『呼び止められた男』
駅前を通って、バイトに向かう途中で、前を歩いていた人を見ていると、その人に見える景色が変わった。
つまり、彼は天罰を受けている人なのだ。
でも、何かがおかしい。天罰を受ける瞬間が見えるはずなのに、今見えている景色と全く同じで、信号の向こうから歩いてくる人も同じだ。
不思議に思っていたが、ひとつの結論に達した。それは、今ここで天罰が下ると言うことだ。
問題はここからどうなるかだが、彼は天罰の方の景色では既に信号の前まで進み、そして信号を無視してわたっているところに猛スピードで車が曲がってきて、彼はそのまま車に轢かれてかなりの距離を吹き飛ばされた。
大量に出血して、うずくまり全く動かない。
あのスピードで轢かれたら、おそらく生きてはいないだろう。
その考えに至った瞬間に僕は駆け出していた。彼は既に信号の前まで進んでいて、交差点をわたろうと一歩を踏み出していた。
僕は彼の腕を掴み、こちら側に引き込んだ。彼は驚いた顔で僕を見ていたが次の瞬間、猛スピードで車が曲がってきた。
でも彼はそれを見ていなかったので、僕に向かって
「何ですか、急に?」
僕は説明できる気がしなかったので、何も言わずにそのまま走り出して、その場をあとにした。
後ろで彼が何かを言っていたが、聞いていられる余裕がなかったので、そのままになってしまった。
おそらく怒っていたのだろうなと思いながら。
「おい、何なんだよいったい?」
走り去っていく男に向かって怒鳴り声をあげるが止まりそうな感じはせず、もう一度怒鳴ろうと思ったところで真横から
「あなたが信号無視して車に轢かれそうなところを助けてくれたんですよ。あなたが見てなかっただけで猛スピードで車が来てましたよ。」
真横を見ると女の子が立っていた。さっきの男が走っていく方向を楽しそうに見ながら。
「じゃ、じゃ命の恩人だったかもしれないんだからなんで逃げたんだよ?」
「さぁ、あなたが怖かったんじゃないですか?
まぁとにかくもう信号無視とかダサいことやめるんですね。」
「お、お前には関係ないだろ。」
「ええ、でも、あの人が止めてくれなかったらあなたは死んでましたよ、確実に。
死にたくなければ、おなじ状況を二度と作らないことですね。
それでは。」
女の子がそう言って、あの男が走っている方向に向かって歩き出した。よく考えると確かに車の音はしていたから、女の子が言ったことが真実なのかもしれないなと思い、
「おい、ありがとう。」と叫んだが、あの男は聞こえていないのかそのまま走っていった。
「どうしたんだよ天野?」
バイト先に走り込んできた僕を見て鈴木さんが聞いてきた。確かに時間は余裕だったし、遅刻しそうでもないのに走り込んできた僕はおかしかったのだろう。
「いえ、あの~部屋の時計が狂ってて、時間勘違いしてたんです。」
「ああ、そういうことか。
それにしてもこのバイトも楽でいいよな。
家電の販売でも、重たいやつはめったに当日もって変える人もいないから、運ぶのも楽だし、何より時給がいいからな。」
「そうですね。」
とりあえず鈴木さんの話に合わせながら、息を整える。
平日の午前中ということもあって、お客さんもほとんどいなくて、在庫の確認や商品の補充をしていると、お昼ぐらいになった。
鈴木さんとバックヤードに戻ろうとすると、
「あの、すみません。天野さんですよね?」
振り替えると大学生くらいの女の子が立っていた。
「えっ、あっはい。僕は天野ですけど……」
僕が誰かわからずに次の言葉が出てこないうちに鈴木さんが
「なんだよ、天野。こんなかわいい娘に声かけられるなんてラッキーだな。っていうか知り合い?」
「いえ、全くわからないです。
お会いしたことありましたか?」
僕が聞くと女の子は笑顔で
「いえ、はじめてです。
私は虹川 十色って言います。
この後、大事なお話があるんですけど、バイトは何時までですか?」
「バイトは今日は一日ここなので、18時までかかると思います。」
「そうですか…………………」
虹川と名乗った女の子は困ったような顔をして黙ってしまった。
その様子を見て鈴木さんが
「あれ、天野はお腹いたそうだな。今日は体調不良で帰らせてもらったらどうだ?」
「えっ?別に痛くはないですけど?」
鈴木さんが僕のかたを掴み寄せて、小声で
「困ってるだろ、あの娘。
ここは話をあわせて帰ってやれよ。」
「でも、僕が帰った後、人が足りなくなるんじゃないですか?」
「大丈夫だって、俺が午前だけだから代わりに入ってやるからさ。」
「いいんですか?」
「っていうか、俺、バイトを一個クビになったから、稼ぎたいんだよ。
頼む代わってくれ。」
「ああ、そういうことですか。
わかりました、でもそれをどうやって店長に伝えますか?」
「俺が上手いこといっといてやるよ。」
そう言って鈴木さんが僕の肩を叩いたところに
「何をうまく言うんですか?」
僕と鈴木さんが振り返ると店長が立っていて、
「お客さんを待たせて、二人でなんの相談ですか?」
「あ、ああ、天野君が急に体調が悪くなりまして、バックヤードにつれていった後で対応しようと思ったんですよ。
ついでなんですけど、店長、天野君が辛そうなので今日は帰してあげてくれませんか?
天野君の分は僕が入りますから。」
店長は疑いの目で僕ではなく鈴木さんを見た。そして短く息をはいて、
「天野君は朝から少し顔色が悪かったからね。
また別の日に代わりに入ってもらうよ
それと鈴木君もシフトの調整が必要なら正直に言ってくださいね。」
「はい、すみません。」
鈴木さんは嘘を見破られたことを悟ってすぐに謝った。店長は微笑んで
「それでは天野君、お大事に」
そう言って、店内に戻っていった。僕は女の子に向かって
「あの、外で待っててもらっていいですか。
早退したのに女の子と一緒に出ていくと、なんか印象が悪いので。」
「わかりました。」
虹川は笑顔でそう言うと、店の外に向かって歩いていった。
鈴木さんが僕の肩に手をおいて、
「報告待ってるからな。」
「そんなんじゃないと思いますけど……」
僕は荷物を整理して、店を出た。
店から少し離れたところに立っていた虹川は僕の姿を見ると笑顔で手を振ってくる。まるで待ち合わせをしていたカップルのようだと思いながら近づき、
「お待たせしました。それでお話ってなんですか?」
「とりあえず、ファミレスとか行きましょうか。
立ち話では何ですから。」
「そうですね。」
僕はそう言って先に歩き出した虹川さんを追いかけた。少し歩いたところで人通りが多くなり、天罰を受けている人も見かけるようになった。その中に人を無理矢理押し退けて歩いている人がいて、その人の景色が変わった。
いつもあんな歩き方をしていれば、天罰を下されても仕方ないと思ったが、天罰の内容が駅で電車を待っているときにたまたま人とぶつかってホームに転落して電車に轢かれるというものだった。
僕がその人に向かって歩き出すと、僕の腕が引っ張られたので見ると虹川さんが真面目な顔で
「やめた方がいいですよ。
あの人が天罰を受けるのは、あの人が普段から迷惑をかけている人だからです。
それに無理に天罰をキャンセルすると、天野さんが天罰を下した候補者から恨みを買うことになります。」
僕はあまりの驚きに何も言えなかったが、考えを整理して
「何であなたがそんなことを知ってるんですか?」
「私が候補者だからですよ。
ランク確認システムはあんまり使わないんですか?
それとも私が言った名前を忘れただけですか?
名前は珍しいので間違われることとかもないんですけどね。」
「いえ、名前は覚えてます。ニジカワトイロさんですよね。
…………………あっ、二位の人ですか?」
「その覚えられ方もなんか嫌なんですけど、そうですよ。
私が何で知ってたかわかりましたか?。」
「はい、でもあの人を助けてあげた方がいいですよ。」
「今朝の信号無視の人みたいにですか?」
「えっ?何でその事を知ってるんですか?
まさかあの天罰はあなたの?」
「実は昨日の看板持ちのバイトの時から、あなたに興味があったんですよ。正確に言うなら駅前で子供を助けてたところからですけど。」
「そんなときからですか?」
「ええ、私もあの場にいて、あの信号無視の人に天罰を下そうとしたところで、天野さんが先に天罰を下したんです。
私は候補者の人を探してたんで、運よく天野さんを見つけられたので、その後を私の補佐役に追ってもらって、交差点の向こう側とかからずっと見てたんです。」
「でも、あの人は救った方がいいですよ。」
「もう見えないので、それは無理ですね。
それに天罰を下したのが、あの『シシガ三』だったら、次にあいつに殺されるのは天野さんになりますよ。」
「それはどういう意味ですか?」
「あっ、ファミレスありましたよ。
続きは座ってからにしましょう。」
虹川さんはそう言うと、ファミレスに向かって歩いていってしまった。僕はそれを追いかけた。




