『case32 犬のフン』
その場の勢いで、バイトを辞めてしまったことを少し後悔しながら、僕は行くあてもなく歩いていた。
いつもならバイトをしている時間なだけにどこに行けばいいのかもわからないし、次のバイトまで時間もあるわけではないから、部屋に帰るわけにもいかない。
そんな中で、僕はただ歩き回るしかなかったのだ。行くあてもなかったし、お金に余裕があるわけでもないからどこかのお店にはいることもできず、とりあえず公園のベンチに腰を下ろした。
公園のベンチから見渡すだけでも、多くの人が天罰を受けている。
子供と遊ぶお母さんが洗濯したばかりの服をぬかるみに落としてドロドロになったり、ジョギングしているおじさんがコンタクトを落として人に踏まれたり、中には顔を背けたくなるようなひどい目に遭う人だっている。
僕は天を仰いで、目を閉じた。
天罰を下されるのは人に迷惑をかけている人だったり、見逃せないほどの悪事をしている人だと考えると、これほどまでに人は天罰を下されているのか、と考えてしまう。
そんなことを考えていた時だった。
「キャー、そんなものさわったらダメよ。」
子供連れのお母さんが大きな声で子供に注意している。
この場所からでは子供が何をさわったのかはわからなかったが、その答えは母親の次の一言でわかった。
「誰よ、砂場に犬のフンなんか捨てたの!
もう帰りましょう。」
そう言って、母親は子供の手を引いて帰ってしまった。
僕はこのフリープレーシステムについて、その場で起きたことだけしか天罰が下せないのかという疑問を抱き、試しに
対象を『公園の砂場に犬のフンを捨てた飼い主』として、行為をそのまま、公園の砂場に犬のフンを捨てたにして、天罰の内容を『お気に入りの靴で犬のフンを踏む』として、『実行』と言った。
この場では、今までのように誰かが天罰を下された様子を確認することはできなかった。
僕はもう一度、天を仰いで、空に向かって大きく息を吐く。
こんなことになんの意味があるのだろう?
犬のフンが汚いのは言われるまでもないことだと思うが、捨てた人にしてみれば何かそうしなければいけない理由があったかもしれない。
どんな理由があっても、小さな子供の使用する公園の砂場に犬のフンを捨てていいことにはならないが、たまたま子供が触っただけで、触られずにひっそりと土に還っていたかもしれない。
そんなことを考えながら、自分の考えを吹き飛ばそうとするかのようにまた息を吐く。
その程度のことで飛んでいかない考えは、僕の天罰が正しかったのかという疑問を残したまま、時間だけをかすめとっていった。
バイトの時間になったので、歩いて向かう途中で、すれ違った人が急に声をかけてきた。
「お兄さん、あそこのスーパーで偉そうな人と喧嘩してた人でしょう?」
喧嘩をしていたわけではないが、そう見えてもおかしくはないので
「あっ、そうです。」
「私はあなたが正しいと思いますよ。
子供たちも悪かったけど、それを注意できる大人が他にいたのに、それをしなかったんだから、あの子達だけの責任じゃない気がするもの。
それなのにあんなにあの子ばかり責めるのはどうかと思ったわよ。」
「僕も注意できなかった一人なのでなんとも言えないです。」
「まあでもあなたがやめる必要があったのかしら。
あの偉そうにしてた人もたまに見るけど若い女の子と話してるだけで仕事してない感じがしてたけど、あの人は偉い人なの?」
「バイトの僕からすれば、あの人は社員だったので偉い人ではあると思います。」
「あっ、そうなの?
あんな上司じゃあ、仕事したくないわよね。
あれ?じゃあ辞めて正解だったってことかしら?」
おばさんは一人で考え込んでしまった。そして、
「まぁ、いいわ。
私はあなたは間違ってないと思う。あなたにどんな事情があったとしても、あの人が悪いと私は思います。
じゃあ、そういうことで。さようなら。」
おばさんは一人で色々と言って、そして、去っていった。
よくわからないが勢いが強すぎて、何がなんだか僕がわからないうちにおばさんは見えなくなっていた。




