『夢の中で』
『ねぇ、お父さんはどこに行ったの?』
子供の声が聞こえる。でも、知っている声な気がする。
『何を言ってるんだ。お前にお父さんはいないだろ?』
おじいさんの声が聞こえる。
『お祖父ちゃん、お父さんは昨日の朝までいたじゃない。』
『おい、星がおかしくなったぞ。』
そうだ、これはお父さんがいなくなったのに気がついた日の記憶。お父さんが仕事に行くと出かけたのを見送って、次の日お父さんが帰ってなかったからお祖父ちゃんに聞いたのだ。
でも、お祖父ちゃんはお父さんは僕が生まれる前に死んでいると言い張って、僕を頭のおかしい子供だと言い出した。
『あのね、星。お父さんはお空に帰っていったの。』
優しく諭すかのように言った母。お父さんが死んだということなのだろうか?
それなら、お葬式をしなければいけないと僕が思った。
お祖父ちゃんが母に向かって
『そんな言い方じゃダメだ。』
怒鳴り声をあげるお祖父ちゃんに母は頭を下げて、
『後で言い聞かせておきます。』
と言った。でも、母はその事に関して話すことはなかった。
何もかもわからないなかで、お祖父ちゃんはお父さんが嫌いだったのかと思ったり、昨日までいた人なのに最初からいなかったように言うのはいくら子供相手でも無理があったのではないかと今では思う。
それから祖父とは疎遠になり、祖父がいる家が嫌になって、家を出た。祖父は何年か前に亡くなったらしいが葬式にもいかず、家にすら一回も帰っていない。
母からたまに連絡が来るが返したこともない。
いつから僕は家族に嫌気が指すようになったのだろう。
父が失踪したのに、近所の誰も気にもとめないし、母もなにも教えてくれなかった。
家族とは所詮そんなものなのだと思ったときから、家族といるのが嫌になったのかもしれない。
父はどこに行ったのだろうか、なぜ存在自体を否定されるほど嫌われたのだろうか、そして母は何故なにも教えてくれないのだろうか?
頭に優しくのった大きな手、微笑みかける優しい顔、そして
『じゃな、星。行ってきます。』
と言って家から出ていくあまり広くない背中。
眩しい光のなかに消えていく、その背中に手を伸ばしたところで、僕は『夢』から醒めた。
頬に涙のあとがある。父が消えてから16年。
誰も父の話をしないし、父がいなくても生活は変わらなかった。
人が一人いなくなれば、生活は変わるのではないだろうか?
それが家族なら当然変わらなければいけないと思う。
でも、変わらなかった。父がいなくても家族のなにも変わらなかったことが一番悲しかったのだ。
いつからだろう?
父のいない現実から逃げるようになったのは?
父がいないことが現実になったのは?
父の存在をなかったこととしてしまったのは?
夢の中にいることを望み、現在から逃げるようになったのは?
神使に『あの事』と言われた時、真っ先に父がいなくなったことだとわかってしまった。
父の存在が現実から逃げ続ける原因になっていることを見透かされたときの驚きと、心の底にしまっていた悲しみを掘り起こされたことに怒りを感じてしまった自分がいたことに驚いた。
逃げてきた人生の行き着く先に『神になる』という選択肢が出たことに驚いた。
ボンヤリとする寝ぼけた頭で、『人生』が変わり始めていることを感じた。




