『注告』
日野さんと連絡を取り、暇があるということで会うことになった。そのため、時間には少し早かったが家を出て歩いていた。
町中には人が多く、天罰を受ける予定の人達も一人や二人ではない。
こうして『神の目』で町を見るだけで、人間とは?と考えてしまう。人に迷惑をかけている人に天罰が下るなら、この天罰を受ける人でごった返している光景は人がいかに愚かなのかを物語っているようだった。
そんなことを思いながら歩いていると、行き交う多くの人の中で直立不動で立っている人影が見えた。その人影の回りにも多くの人が歩いているのに、誰も避ける仕草もしないでその場を通り過ぎていく。
人通りの多い道で、不動だからこそ避けられているのかと思ったらそうでもない。中には歩きスマホをしている人もいるのにその人影をスマホを見ながら見えない力で無理矢理どけられているように不自然に人影を避けている。
僕が近づくと、その人影は僕に向かって歩き始めた。
その姿を見て、僕はその人影の正体を知った。
人影の正体は僕とすれ違い様に、「ついて来い。」とだけ言って、僕の流れていた人波を逆行して路地裏に向かって歩いていく。
僕は何も言わず、その人物を追った。
「先ず聞いておこう。
天罰が見えるようになった感想は?」
なんの気持ちもこもっていない声音で神使は聞いた。
「僕も『神の目』について聞きたいと思ってた。
この間、あなたは『神の目』が使えるようになるのは『B級』からと言っていたけど、僕にはあの時点で『神の目』が使えていた。
こんなことってあるのか?」
神使はため息をついて、
「ハァ。人が神に変わるのに明確な基準は存在しない。
例えば、おたまじゃくしがカエルになるとき、どの段階からカエルと呼ばれるかお前は知っているか?
足が生えた時、尾びれが無くなった時、それともおたまじゃくしも最初っからカエルなのか?
生物の進化の過程を問うた時に明確な基準は作られるが、それは多数を観察した結果導きだされたものであって、真理ではない。」
「B級になったあたりから、神の力を使えるようになる人が多かったから、そういう基準が作られただけで、すべての人が基準通りになるとは限らないということ?」
僕の質問に神使は黙ってうなずき、そして
「『神の資質』というやつだ。
お前は他の候補者よりも資質が高い。
そして顕現するであろう『神の力』も他の者より凄いものになるだろう。」
僕は驚きを隠せずにいた。自分程度の資質ではたいした能力は得られないと思っていた上に、僕のことが嫌いなんだろうと思っていた神使が僕の資質を認め、他者よりも優れていると言っていることが信じられなかった。あまりに信じられなかったため、
「なんで、そんなことが言いきれるんですか?
力は発現してからしかわからないものなんですよね?」
「お前が信じるかどうかは俺には関係ない。
神の存在も天国や地獄の存在等と同じだ。
信じていれば、具体的なイメージや存在するのに結び付くような証拠を見つけることができるが、存在自体を否定している人間にはあやふやなイメージとそこにはあるが何かわからない物質だけが手元に残る。
お前の資質も、お前ができると思うことはできるが、最初からできないと決めつけていることは、よほど簡単なことでなければできない。
俺の言うことを信じるお前と信じないお前の道は分岐する。
信じた未来と信じなかった未来は違う。
お前がどちらの道を進むのかは俺には関係ないということだけ言っておく。」
僕は難解なこの男の言うことを大まかに理解して、最初に聞かれた事に対して答えた。
「人間はこんなにたくさん天罰を受けていたことに驚きました。
何気なく生活していて起こる不都合なことが自分のしたことに対する天罰なんだと考えるなら、人間は常に誰かに迷惑をかけて生きているという自覚を持つべきなんだと思います。」
神使は一度目を閉じて、しばらく閉じたままで何かを考えているようだった。そして、
「そう感じて、お前はどんな『ゼウス』になろうと思った?」
『神の目』を通して見たことを元にそんなことを考えたことがなかったので答えに困ったが僕は
「僕はこのままの世界が続くことができる世界にしたい。
これは『神の目』が使えるようになったから思ったことでもなくて、今までずっと思い続けてることだ。」
「争いの火種がそこかしこに転がっていて、いつ爆発するのかもわからない世界を放置するのか?
天罰を受けるような人間が溢れかえっているこの世界をそのままが良いと思っているのか?」
「たとえ、『ゼウス』の力で争いの火種がすべて無くなったとして、自分達で得た教訓のない平和なら、いつかまた同じ火種がわいてでるんじゃないですか?
迷惑な人が溢れかえっている世界であっても、必死に生きているなかで意図せず誰かを傷つけることだってあると思うんです。
重要になってくるのは、人間が自分達で学び変えていくことだと思います。」
「学ばないから天罰の対象者は増えているんじゃないか。
川はほっといても流れを生み、下流に向かって流れるが、誰かがどこかで手を加えなければ、流域は広がり氾濫を起こしてしまう。人間の流も一緒だ。
人間同士で抑制しあえないなら、神が手を下してでも、正しい流れを作らなければいけないと思わないか?」
「誰かが手を加えたとしても氾濫はするし、無理な流れを作ればそこから氾濫は起きるものなんじゃないですか?」
僕の問いに神使は呆れたようにため息をついて、
「まあ、いいだろう。
お前は日野という候補者と仲良くしているようだが、やめておいたほがいいぞ。」
「どういう意味ですか?」
「まず、『ゼウス決定戦』は遊びじゃない。
候補者の中から次代の『ゼウス』という座を争う戦争だ。
候補者同士はしょせん敵でしかない。馴れ合うのはゲームが進むごとに枷にしかならない。
それにあの日野という男は人を利用しようとしている節がある。
お前も使い道があるかを判断されている状況に今はあるんだろう。情報を聞き出すだけなら良いが、情報は与えないことだ。
不用意に話せばそれは後々お前の首を絞めることになる。
これは『注告』だ。
聞く聞かないはお前が判断しろ。」
「あなたは・・・・・・・・」
僕が言いかけたところで神使は翼を広げ、
「自分の信じる道を進めば良い。
『あのときああしていれば』と考えることほど意味はない。
この世界で信じるのは自分だけ。
そして、『神様ゲーム』はお友だちと協力してクリアを目指すオンラインゲームではなく、『ゼウス』にならなければ、その後はないデスゲームなのだと理解するべきだ。」
神使は飛びあがり、あっという間に見えなくなってしまった。
「デスゲーム?」
僕は混乱の中で神使の言葉を思い返すしかできなかった。




