『日野さん』
「はじめまして天野星と言います。」
喫茶店の机を挟んで、20代後半か30代前半くらいの優しそうな男に向かって僕は挨拶した。男はニコリと笑って、
「そんな緊張しなくていいよ。
天野くんのことは鈴木から聞いてるし、僕も君と会いたいと思ってたからね。」
日野さんは落ち着いた感じで、鈴木さんとは共通点がわからない感じでどうやって知り合ったのかも気になったが、そんなことは置いといて、本題にはいる。
「日野さんは『神様ゲーム』をやられてると聞いてます。
本当ですか?」
「本当だよ。
僕も他のプレーヤーがいるって知ったとき嬉しかったよ。」
「急ぎすぎかもしれないですけど、日野さんの今の神様レベルはなんですか?」
「僕は昨日のcaseで『B級』になったよ。
世界がまるで違うように見えてて、まだ混乱してる。」
「『神の目』ですか?」
日野さんは黙ってうなずいてから、
「町を歩いてる人がどんな天罰を受けるのかが見えるって怖いよ。あの人がもうすぐ転ぶのかとか悲惨な目に遭う人なんて見てられないしね。天野くんは?」
「僕はまだ『C級』なんですけど、何でかわからないのに『神の目』の力が使えてるんです。」
日野さんはあからさまに驚いている。
「えっ、Bになってから力が得られるって、『使い』は言ってたよ。個人差があるのかな?」
「僕もBからって聞いてたんですけど、その話を聞く前から『神の目』の力が使えてたんです。『神使』にその事を聞こうと思ったら、夢から覚めてしまったので確認できなかったんです。」
「へぇー、プレーヤーに会えるだけでもラッキーだと思ってたけど、天野くんは何か特別な存在なのかもしれないね。
他に変わったことは?」
日野さんは未知のものに対する興味が止まらないのか、どんどんと質問をしてくる。『他に』と聞かれても思い当たるのはあれしかない。
「この前、天罰を下した内容とまったく同じ行為をしてる人達を見かけたんで、注意したんです。」
「それで、それで?」
「『神の目』で天罰とまったく同じ内容が見えていたのに、注意したあとは天罰の内容がなくなっていたんです。」
「どういうこと?もっと詳しく教えて。」
「大学生のグループが、スーパーの通路を塞いでて邪魔だっていうcaseだったんです。バーベキューの買い出しをしてたんですけど、僕は雨が降ってバーベキューに行けなくなる天罰を選んだんです。
最初は雨で行けなくて残念がってる映像が、注意したあとは楽しそうに出かけている映像に変わったんです。」
「なるほど、対象の行為を改めたから天罰を下す必要がなくなったということなのかな。」
「そうだとすると、天罰の選択を誤ったとしても、その人を見つけて行為を改めさせれば天罰自体がなくなって、その人が救われるってことですよね?」
「どうだろう。
僕も実際にそんなことを見たなら、もっと何か言えるんだけど、実際に見てないからね。
それに天罰対象を天罰が下る前に見つけられるのかどうかも疑問だよ。その大学生は運よく天野くんが見つけたからそうなったけど、他のプレーヤーが同じように天罰を取り消そうとするかも微妙だよ。」
「どうしてですか?」
「天野くん、対象者はどういう人だったけ?」
「人に・・・・迷惑をかけている人ですね・・・」
「もともと悪いことをしている人を助けるなんて器のでかい事ができるかは僕にもわからないよ。
前提として、行為によって迷惑や被害を受けた人がいるから天罰が必要だと思われた人達を相手にしていることを忘れてはいけない気がするよ。」
「日野さんは積極的にこのゲームをやっていますか?」
「ただのゲームだと思ってた時は、面白いと思って結構やってたけど、事情を知ってからはあまり積極的にとはいけないね。
実際にこんな目に遭う人がいると思うと、自分さえ天罰を下さなければって思うこともあるしね。」
「そうですよね。」
僕は短く答えて黙りこむ。日野さんが
「天野くんは『ゼウス』になりたいと思う?」
僕は質問の意図がわからず首を傾ける。
「『ゼウス』になれば、この世界を自分の思う通りにできるって『使い』が言ってたけど、そんなことを天野くんが望んでるようにも思えなかったからさ。」
「じゃあ、日野さんは『ゼウス』になりたいですか?」
「なりたいとは思わないけど、戦争を起こしたり、世界が大変なことになるような人を『ゼウス』にしてはいけないと思う。
でも、現状ではプレーヤーでわかってるの天野くんだけだし、天野くんがどんな『ゼウス』になりたいかで僕も立場を考えないといけない気がするんだ。
候補者全員が幸せな世界を作りたいと思ってるならそれで良いし、そんな考えを持ってない人が『ゼウス』になったらどうしようって思うと怖いんだよ。」
「そうですね、僕は今の世界で良いと思ってます。
確かに色々と火種も問題もありますけど、それでも人が幸せになろうって頑張ってるこの世界が良いんじゃないかと思います。」
「そうか・・・・・・・」
日野さんは急に笑顔になり、
「それなら、僕は天野くんと仲良くできそうだよ。
みんなが幸せな世界を作りたいと僕は思ってる。
だから、少なくとも天野くんと僕は対立はしないと思うんだ。
これからもたまに会ったり、情報交換したりしよう。
できれば並行で他のプレーヤーを探せたら良いんだけどね。」
「探してどうするんですか?」
「仲間になれるかを判断する。」
「なれそうになかったら?」
「やっつけちゃう?」
日野さんは拳をつきだして言うが顔は満面の笑みだ。
冗談なんだろうなと思って「ハハハ」と笑う。
「会って話せば、きっとわかりあえて、考えも変えてくれるよ。」
それから色々な話をした。今まで下した天罰の話、天罰を受けた人の話、あっという間に数時間が経っていた。
とても話しやすく、そして優しい人だと僕は思った。
天野と別れたあとで日野は、
「天野は、特別なのかな?力が条件を満たす前に顕現するなんて。羨ましいなぁー、そう思わない、『使い』?」
日野の後ろに大きな翼を広げて男が現れ、
「本来なら、そんなことはありえない。
神になるまでは、ただの人のはずだ。神の力が使えるようになるB級は人から神に生まれ変わる事を意味している。
あの天野という青年が何者かはわからないが現『ゼウス』と何らかの関係があるか、もしくは彼の言っていた『神使』という人物がかなり上級職の者なのかも知れない。」
「『使い』にもランクがあるのか?」
「単純に神としての上下関係はある。
しかし、本来の役職がある神はこの仕事を好んではしない。
そういう意味では現在、近くにいないのも納得できる気がする。」
「でも、『使い』が力を与える訳ではないんだろ?」
「その通りだ。天野について調べてみよう。」
男はそう言うと翼をはためかせて、大空へと飛翔した。
「まったく、無愛想なやつだ。」
日野は『使い』が飛び立った空を眺めて呟いた。




