case12 叱らない親
『case12』、その文字が画面に表示される。
偶然とは、たまに起きるから偶然なのであって、頻発するものではない。
日常にありふれた行為が、偶然にゲームの内容と重なっただけだとは僕には思えない。
ただ、このゲームを続けなければいけない気がして、今日も『神様ゲーム』を起動していたのだった。
「case12 20代女性
公園で多くの子供が遊んでいる。その中で少し大きめな男の子が、周りの子の遊ぶのを邪魔したり、乱暴なことをしているが、一緒に来ている親は叱ることも注意することもしない。」
最近の親は叱らないことが多いという話をよく聞く。
それは自分が叱られなくなった世代だからなのか、親に厳しくされたからその反動で叱れなくなったのかはわからない。
でも、叱らないと言うことは、間違った行為が何なのかを子供に教えないということなのではないだろうか。
理不尽に怒ることは教育上悪いことなのだろうが、他の人に迷惑をかける子供はきっと大人になっても、そういう大人になるのではないだろうか。
僕は『中』を選択する。
1.泣かせた子供の親がヤクザで、怒鳴りつけられ怖い思いをする。
2.子供が仲間はずれにされ、いじめられる。
3.叱らなかった親がママ友だけでなく、近所の人からも無視されるようになる。
精神的にきついものばかりな気がした。
1のヤクザに怒鳴りつけられるが一番、その場が怖いがそれで終わりなら一番軽い気がした。
2は乱暴なことをしたりしていた子供が仲間はずれになることは自業自得だが、天罰の対象は、あくまで親であって子供ではないので、方向性が間違っている気がした。
3は、親が子供を叱らないことが原因で、親が辛い目に遭うなら妥当な気がしたので、3を選択し、『決定ボタン』を押す。
確認画面へと進み
・天罰対象
20代女性
・行為
子供を叱らない。
・天罰内容
ママ友だけでなく、近所の人からも無視されるようになる。
僕は『⚡』ボタンを押す。雷が二本落ちた。
『結果報告』と表示され、
「母親は、子供の乱暴を見てみぬ振りをしたため、ママ友からも嫌われ、ママ友が流した噂で近所の人からも相手にされなくなり、困ったことがあっても誰も助けてくれなくなりました。
今回の天罰は、B評価です。経験値を40獲得しました。」
『作為』という言葉を聞いたことがある。意味は簡単で『何かをすること』だ。その反対に『不作為』という言葉がある、これは『何もしないこと』をいう。必要なことをしないことは罪であり、罰せられることなのだ。そう思いながら、『評価内容』に移動する。
「今回の天罰は、実際に迷惑をかけていた子供に天罰を下すのではなく、子供のしている行為を見逃し、放置した親に天罰を下すものでした。
人の判断基準はそれぞれで、ある人が悪いと言ったことが、違う人からすると当たり前なことだってあります。
ただ、誰がどう見ても『悪いこと』というのは存在しています。
自分の子供が可愛くて大事でも、他の子供にも同様に思う親がいて、迷惑なことや乱暴なことをされたら怒るのは必然です。
『良いこと』と『悪いこと』の両方を教えていくのが親であり、しつけというものです。
『何もできない』ことはありますが、『何もしない』のとは意味が全く違います。
今回は親の管理責任とそれを怠った者に対したの天罰を下すものでした。
的確な天罰だったと思われます。」
『何もできない』と『何もしない』が全く違うものだとするなら、『何をしても状況が変わらない』なのか『できるのにしない』のかの違いなのだろう。
僕が天罰を下すのをやめないのは、はたして『できない』ことなのか、それとも『しない』ことなのだろうか。
そんなことを思っていると、画面が切り替わり、
「おめでとうございます。
あなたは累計経験値が200になりましたので、『神様レベル』が上がり、『見習い神様』から『C級神様』になりました。
『重さ』選択において『重度』が解禁されました。
*注意:『重度』は命の危険や重度の障害を与える内容の天罰が表示されます。選択時には結果が残酷なことになる場合もありますので、選択時には慎重な判断をお願いします。」
『神様レベル』が上がった。『C級神様』になったということは何か特別なことの気がしたが、注意文の内容からあまり喜べない自分がいた。




