『移動』
カナミが、フゥーと息を吐くと熱気が近づいてくる。
カグチが来たかと思っていると、雷鳴と共に天野が現れた。
少し遅れてカグチが到着して、
「カナミ、大丈夫か?」
急いで来たからか、それとも自分の炎が熱かったからか、カグチは汗だくになっている。カナミは拘束したバグを指差して、
「もう終わってるよ。
まったく、こいつとのケンカは貴重な金属を使わないといけないから嫌になる。」
「会場に潜んでいたこの人達の仲間もミナモさんが捕まえたみたいです。この人達の処罰はどうしますか?」
天野が報告してから聞いた。カナミは吹き出して笑い、カグチは怪訝そうな顔で「あ?」と言った。
「どうしたんですか?」
変な事は言ってないのに、といった感じで不安そうに天野が聞いた。カナミが
「お前が一番偉いんだから、それを決めるのはお前だろ?」
「僕はこの人達の事を何も知りません。
必死になって戦っていた所を見た限りでは、そうしなければいけなかった理由があると思うんです。
今後、この人達から話を聞きますし、御二人の意見に納得できない人がいれば、また考え直す必要があると思いますが、この人達の事を理解してる人から意見を聞くべきだと思って聞きました。」
「じゃあ、俺達がこいつらを無罪だって言ったら、それを聞き入れるのか?」
「皆が納得できる説明がなされればそうなります。」
天野は真剣な顔で答えた。カグチはちゃかすために言ったのだろうとカナミは思ったが、それにも真剣に答えている。
「バグは………………、能力を使うのが下手だった。
普通に生活していれば体から音が鳴るなんてよくある事だ。
本人の意向とはまったく関係なしに爆発する、その能力を危険視するやつは多く、根は良い奴なのに皆が避けるようになった。
それで必死になって訓練して、やっと使いこなせた頃には次のリーダーを決める試験が近づいてた。
俺は昔からリーダーになるつもりはなかったが、周りは危ないバグより無害な俺をリーダーにしようとした。
俺はバグが頑張ってるのも知ってるから、こいつを認めてやるべきだと言ったが、そう簡単には受け入れてもらえなかった。
能力の上下がリーダーの資質なら戦って決めれば良いとなって俺はこいつとケンカした。
結果は防御能力が高い俺が勝ち、能力を完全に使いこなせてないバグは体力の限界で勝手に自滅して終わった。
時期が違えば負けてたのは俺だ。」
カナミが言うと、意識を失っていたはずのバグが
「人望があるかないか、それがリーダーの資質だって事はわかってたんだよ。だから、リーダーになれば皆が俺を認めてくれると思った。
完全な逆恨みでも、カナミに勝てれば皆が受け入れてくれると思ってた。能力をいくら磨いても誰にも見てもらえなかった。
だから、人が集まるこの場で力を見せたかったんだ。
俺もフウシもサイガもコトもアレキも努力してたのに、敗者としてみられ続けた。
でも、無駄だったよな?
俺達は何のために努力したんだろうな?」
バグを最後の問いかけは誰かにではなく、自分に対してのモノのようだ。涙を流して空を見上げているバグに向かってカグチが
「負けて寝転ぶ事は誰にでもできる、最低の逃げ道だ。
お前らは負けても立ち上がって、強くなってまた挑戦したんだろ?
一生懸命やって、成長を実感して、今なら勝てると自信が持てて、それで再戦しに来たんじゃないのか?
お前らの努力を無駄かどうかを判断するのは、周りの誰かじゃなくてお前ら自身だろう。
胸張れよ、サイガもフウシも俺には強敵だった。カナミの様子を見てもギリギリで勝てたように見える。
そこまで追い込めたんだ、これから次第で次は勝てるかもしれないって思うだろ。
諦めるのも立ち上がるのもお前ら次第だよ。」
「………………処罰はどうしますか?」
そんな事を聞く雰囲気ではなかったが、大事な事だと思って聞いた。カナミが
「俺の下で面倒を見る。
基本的には放任主義で何をしてても良いって感じで、野放しにしてたから次はしっかりと管理下におくよ。
皆に認められたいなら正当な手段で、俺に挑戦しろ。
今日の事は………………危機管理意識の向上のための訓練って事にしておく。」
「無罪放免ですか?」
「俺の下で働く事がこいつらには苦痛なんだから、そういう罰だよ。
それにこいつらが辛い時に何もしなかった俺も罰を受けるべきだと思うんだよ。
もっと昔からこいつらと向き合って話を聞いてれば、こんな事もなかったはずだからな。
同じ場所にいる事は簡単だし楽だけど、移動して世界を見ないと見えてたはずのモノまで見えなくなってしまうんだって学んだよ。」
「バグさんはそれで良いですか?」
「おかしな奴だな。
裁かれる側に意見を求めるなんてな。」
「あなたは今回の事件のリーダーです。
あなた方にも意見があって、変えたい事をみんなが共感したからこそ人数が集まった訳です。
皆の不満を解消しないと同じような事件はおき続けます。
だから、皆さんの意見を僕は聞いて変えていきたいんです。」
「変わった人だな、あんたは…………」
バグはそう言うと目を閉じて、少しの間黙っていた。そして
「あんた等の決定に従うよ。
死ねと言われたらそうするし、生きてて良いなら償いをしよう。」
バグは諦めたような、落ち着いたようなそんな感じで呟いた。
式典を再開し、壁が動き始めた。訓練の一環として襲撃があった想定をしたと説明をしたが、皆が皆信じた訳でもなかったが、壁の移動というイベントによって、些細な事になった。
動く壁を見ながら、壁の意味を考えてしまった。
きっと最初は小さなすれ違いから生まれた溝だったのかもしれない。
それがいつしか塀になり、両側を遮断する壁になってしまったのだろう。
人は誰しも他者に優越感を感じるために心の中に、『自分はあいつとは違う』と溝を作り、その相手に劣等感を感じた時に溝は壁となり、他者を差別し始める。
勝手に作った壁が人間関係を悪化させ、自らに不利益をもたらす事も本当はわかっているはずなのに、その壁を簡単には取り除く事も動かす事もできない。
誰かが言っていた、『人間にとって最も贅沢な快楽は人を赦す事だ』と。
お金をいくら持っていても更に欲しくなり、美味しい物を食べても分量を間違えば苦行となる。自分の中で求める事が続く限り、いつかは苦となりはてる。
だが、誰かを赦す事は一人では成立しない上に簡単にできる事でもない。きっと誰かと一緒にいる事の大切さや相手を認め受け入れる事の大切さを表した言葉なのだろう。
今、目の前でゆっくりと動くこの壁が、隔たっていた両者の心の壁をいつか無くし、この壁も無くなれば良いのにと僕は思った。