『消えない傷跡』
広場には椅子と机が置かれていて、僕達は長老さんに勧められて椅子に座った。
長老さんが
「どのような話から始めましょうか?」
地井さんが
「そうですね、皆さんのご不満に思われているところからお聞かせ願えますか。
我々は皆さんと一緒に改革を行っていきたいと思っています。
皆さんが変えて欲しいところがどこなのか、それをまずは確認させてください。」
地井さんが言い終わると、周りに集まっている人達の中から小さな声で、『都合の良い事ばっか言ってるよ。』、『どうせ俺らのことを使いたいから言ってんだよ。』、『あの若い男がゼウスなのに、あいつがしゃべれよ』などの声が聞こえてきた。長老が片手をあげると周りの人たちの声は小さくなっていき、ざわついていたのが静かになった。
「お聞きの通り、皆さんに対する不信感と言ったものは未だに拭えてはいません。なにより、天野さんがゼウスになった過程が彼らにゼウスの力を認めさせるには足りていないという部分があります。
我々、中間層には前ゼウスのお父様のことを評価している者と批判している者がいます。世界を平和に導いたという意味では誰からも称賛されるものでしたが、その職から逃げてしまったという事実もまた評価を分けたものでしょう。
下位層にはゼウスがどんなものであっても自分達の生活には関係ないと思う者が多く、無関心です。
逆に、上位層はゼウスに力がなければ従う必要がないと思う者が多いため、今後の課題としては、天野さんが力を示す必要があります。
そのためにも地井さんが、あまり前に出すぎてしまうのはいけないことです。
やっぱりあの若いゼウスは何もできないからダメだという印象を与えてしまいます。」
「な、なるほど・・・・・」
地井さんは納得して少し静かになった。僕としてはいつも助けられているので感謝していたが、その様子が僕の評価を落としているとは思ってもいなかった。僕が
「具体的に僕の力を皆さんに認めてもらおうと思うとどうすればいいでしょうか?
僕が不甲斐ないばかりに皆さんを不安にさせているのであれば、努力します。」
「天野さん、農民が雨が降らなくて困っています。
あなたはどうしますか?」
長老さんが僕を試すように聞いた。この『農民』が『困っている中間層の人』という意味なら、見捨てることはできないので僕の能力で雨を降らせることはできる。でも、この質問がそのままの意味であるならば簡単に手を貸すようなことをしてはいけない気がする。
農民が雨が降らなかった時の対応策を考えさせることも必要なことだからだ。僕は悩んだ結果、「雨を降らせます。」と答えた。長老さんは穏やかに優しく笑い、
「天野さんは優しい人ですね。
私も意地悪な質問をしました。
でも、あなたは優しすぎますね、『農民』も『我々』も自分達で解決できることは自分達で解決しなければいけない。」
「どういうことですか?」
僕が悩んでいたことをそのままあてられてしまったことに驚いて、さらに長老さんの言うこともわからなくて聞き返すあたりが僕はまだまだ未熟だと思う。
長老さんは笑顔のまま、
「雨が降るかどうかは天候次第です。だから、農民は雨が降らなかった時にはどうやって作物を育てるのかを考え、ダムを造り、少ない水分でも育つような種類の作物を選び、時に品種を改良することだってある。
雨を降らせる能力がある天野さんなら困っている農民のために雨を降らせることができる。
でも、その場を助けることができても本当の意味で救うことはできていない。
与えられた環境の中で、いかにうまく生活していけるように考え行動するかを通して、人々は本当の救いの道を見つけるんです。
我々も同じです。
皆さんは我々の環境自体を変えてくださろうとしているが、我々には既に順応してしまった環境なんです。
それを変えることは新しい壁にぶつかることと同じなんです。
『変えること』を考えるのではなく、選択肢を増やすような改革を我々は望みます。
ただ、どうしても我々では変えられないこと、耐えられないことはあります。
それを変えることができるのもあなた方だということもわかっています。
だから、天野さんがまずするべきことは我々の信頼を得ることです。」
「信頼を得る・・・・ですか・・・・」
僕がそうつぶやくと長老さんが
「体の表面についた傷跡は時間と共に薄くなり消えていきます。
しかし、心についた傷は一生かけても消えることはありません。
どのような傷跡であったかによって、『許し』が傷跡を消してくれることもあります。
でも、『裏切り』の傷跡は決して消えません。
お父様が逃げてしまったという裏切り、ウツセミ殿が私利私欲のためにゼウス決定戦を行い、力を手にして逃げた裏切り、強き者が弱き者を捨て駒のように扱うこの世界、期待が大きいほど裏切られた傷跡は大きく、深く残るものです。
お父様とあなたは違うかもしれないが、重ね合わせて見てしまうのも理解できます。ウツセミ殿の裏切りの現場にいながら何もできずに繰り上げでゼウスになった天野さんの力不足を疑うことにも理解ができます。
この世界で長く続く、腐った風習をそんなあなたが変えようと叫んでも、できないかもしれないと思ってしまうのは当然のことです。
期待してしまえば、また裏切られてしまうと皆が思ってしまっている現状を変えてあげてください。
そこから変われば、皆があなたを支えてくれるようになりますから。」
長老さんはそう言ってニコリと笑った。




