『エンディング?』
父親が死に、戻ってくるはずのない夫、ずっと家にいなかった一人息子も、もう帰ってこない家で、自分のためだけに夕御飯を作っていた。
誰かのために作るなら楽しみも感じられていたが、今ではただ生きていくためのルーティンとしての行為となってしまった。
寂しさが込み上げてきて涙が浮かぶ。
そんな時だった。最近はほとんど鳴ることのない玄関の呼び鈴が鳴った。新聞の集金やセールス以外で鳴らない呼び鈴にも関わらず、その時は出なければいけない気がして鍋の火を弱火にして、玄関に向かった。
戸を開けると、同じ年くらいの男性が笑顔で立っていた。以前にもこんなことがあったような気がしたが、とりあえず
「あの、どちら様ですか?」
この言葉も以前言ったことがある気がする。男性の笑顔を見るうちに涙が込み上げてくる。
「天野晴といいます。」
名前だけ言ってまた笑顔の男性に抱きついた。
男性は優しく受けとめてくれて「ただいま。」と言った。
もう二度と帰ってくることがないと思っていた夫の帰宅。
あの時、ミナモさんに連行されるときに私に向かって言った言葉は『さよなら』ではなく、『いってきます』だった。
あれから十数年ぶりの、今までずっと言いたかった言葉が涙と共にこぼれ落ちた。
「お帰りなさい。」
「良かったのか?」
ミナモさんの突然の問いかけに僕は何についてかを理解して
「はい、これで良かったと思います。」
ミナモさんは僕の顔をじっと見て、小さく笑い
「お前がいいのなら、それでかまわないがな。」
「父さんは、人間界でどのように扱われるんですか?」
「いなくなっていたことが無かったようにしておいた。
つまり、一人息子が事故で死んでしまって、夫婦二人で生きていると言った感じだ。
あいつはゲームが好きだったから、ゲームを作る会社に就職させておいてやったよ。」
「それって逆にいじめじゃないですか?」
「アハハ、必要なスキルは与えといてやった。
肩入れしすぎだと文句を言われたが、俺にとっては上司が退職したあとの老後生活を明るいものにしてやりたいと思っただけだ。」
「ミナモさんのご家族は今どうされてるんですか?」
「突然なんだ?」
「ミナモさんは戦争で亡くなったことになってるんですよね?
戦争に行って、そのままこっちの世界に来たなら、別れの言葉とかもなかったのかなと思ったんです。」
「戦争なんてクズな政治家がやりたいものであって、誰が得をすることでもない。
第一次大戦の時には戦争特需なんて言って、経済が潤ったが仮初めの夢だった。戦争が終われば仕事がなくなり、金儲けのために戦争を始めれば働いていた人達を失って、金儲けどころじゃなくなった。
俺の家族は弟と妹がいた。
あの戦争が終わって70年だ。弟は病気で、妹も病気でいつ死んでしまうかもわからない状態。
幸いなのは、家族に囲まれていることだろうな。
実はハルが羨ましかった、結婚して子供がいてというのがな。
二十歳そこらでこっちに来たし、戦争中だったから恋愛なんてものもなかった。
だから、ハルを見つけた時、子供と遊んで奥さんに微笑みかけるあいつを捕まえに行くことができなかった。
本当はお前が生まれてすぐにくらいに俺はあいつを見つけてたんだ。」
「えっ?五年間も見つけてないふりをしてたってことですか?」
僕が驚いて聞くと、ミナモさんは今までに見たことない優しい笑顔で
「幸せな家庭とは何かを考えていた。
戦争の時は食べ物も限られていたし、自分達がなぜ生きているのかも強制されていた。
『国のために生きる』それがすべてで自由もなかった。
お互いに監視しあって、面倒事が起きる前に注意しあってた。
今ほど自由ではなく、やりたいことがやれる世界でもなかった。
だから、あいつが自分の家族を通して、幸せな家庭とは何か、幸せなな世界とは何かをつかんでくれるまで待とうと思った。
いわば、留学みたいなものだと思っていた。世界を知り、己を知り、新しいことを学んでゼウスとして幸せな世界を作ってくれれば、それで良いと思ってたんだ。」
「でも、そうはできなかった………………」
「実は捕獲命令ではなく、抹殺命令が出てな。
他の誰かに見つかって、殺される前に俺の手で捕まえることにしたんだ。もし、他の誰かが見つけていたら、あいつの家族も全員殺すかも知れなかった。」
「僕も助けてもらってたってことですよね。」
「親友の奥さんと子供が殺されるのを傍観する趣味はないからな。
今にして思えば、世界が自由を重視するようになってから天罰を下す件数は増えている。
ウツセミが問いかけてきたことの答えは見つかりそうか?」
「天罰を下すのはなぜか、ですか?」
「ああ、自由を認めれば人と人の間で自由がぶつかり合って争い事を生むのではないかとも思える。
でも、自由でない世界の辛さも知ってる俺からすれば今の世界の方が幸せだと思う。
天罰が必要なのは、自由が認められ過ぎているからなのかもしれないな。」
「僕には……………ミナモさんみたいな経験はないですし、天罰を下し始めたのもつい最近のことなので、天罰がなんなのかとか、神とはなんなのかとか、わからないことだらけです。
でも、天罰って親のしつけみたいなものなんじゃないかとも思うんです。親によって判断基準が違うし、何が正しくて何が間違いなのかを教えるための罰が天罰なんじゃないかと思います。
でも、『正しいこと』と『間違っていること』が何なのかを人間同士で決められないから、神様が教えてくれるんだろうなと思います。」
「親のしつけか………………。
考えたこともなかったな。」
ミナモさんはそう言って、あごに手をあて考え始めた。
「あっ、でも、これも夢で見たことの受け売りなんですけどね。」
「夢?」
「はい、ナギっていう少年がお父さんに天罰を下すのはどうしてかと聞いている夢でした。ちょうど天罰って何なのかを考えていた時に見た夢だったので印象に残ってたんです。」
「………………………たまに、ごくたまに、だが、祖先の記憶がイメージとして見えることがあるらしい。
その出来事が、祖先に強い印象を与えておくと遺伝子の中に残り、子孫が同じような状況になったときに蘇ることがあると聞いた。
祖先からの教えだったんだろうな。」
「天罰を下すのは、未来に生きる人達に対する警告なんですかね?
じゃあ、今を生きてる人達は改善しないって諦めていることになるですかね?」
僕はそう考えるととても寂しい気持ちになった。
人に呆れられたり、諦められたりすることは努力したことを全否定されることであり、自分自身を否定されたことに他ならないと思ったからだ。
「お前が誰かの天罰を注意したことによってキャンセルしたことがあっただろ?」
「ああ、ありましたね。
それがどうかしましたか?」
「天罰を下す必要なんか本当はないんじゃないかと思う。
周りの誰かが注意することができれば、それでいいんだ。
でも、相手がどんな人間かわからないから怖くて言えなかったり、自分でない誰かが注意してくれると皆が思ってたり、お前が言ったように注意しても意味がないと諦められていたりするから、迷惑なことをしている人がいても注意することができない。
だからと言って、注意しない人が悪い訳でもない。
迷惑なことをしている人が悪いし、中には人の注意を悪意のある言葉として受けとる人間もいる。
人の真剣な言葉を茶化して、本気で受け止めなければ、それがどんなに大事なことでもしっかりと受け止めることができない。
必要なことは、相手の言葉を真剣に受けとることであり、自分の言葉に重みを出すためにも、『この人が言うならそれが正しいこと』なのだと思わせられるような態度や行動を常にすることなのかもしれない。」
「……………」
僕は何も言えなかった。ミナモさんの言うことが正しいのかもしれない。でも、ミナモさんが言うことが正しいと決めつけるわけにもいかない。
そんなことを考えているとミナモさんは僕の頭に優しく手をのせて
「考えろ。
お前が正しいと思うことを、人間の世界の『正しいこと』にすれば良い。
間違っているなら、俺やムラクモさん、他の神が指摘してやるよ。
一人で無理なら皆でやれば良い。
まぁ、まずは自分で常に考えることだな。」
そう言って、その場から離れていった。
人はおそらく、自分が向かう場所のことは考えていても、そこに辿り着くまでの過程はあまり考えていないだろう。
駅に向かうのに、電車に乗れれば良いからと信号を守らなければ、車に轢かれて電車に乗ることができなくなるかもしれないとは考えない。
自分を中心に周りに気が配れなければ、気にしなかった周りによって足をすくわれてしまうとは思わない。
誰かの視線を気にしすぎて心を病んでしまう人もいるが、気にしなさすぎれば知らないどこかで誰かに嫌われてしまうだろう。
ミナモさんの言ったように、常に考え続けないといけないのかもしれない。
自分が『今』していることは正しいことなのか、その時の『気分』で行動していないか、周りの人に迷惑をかけていないかを。
それは難しいことであることはわかっている。でも、難しいことを避けて楽なことばかりでは人は堕落する一方なのだ。
誰かがしてくれるだろうから自分はしなくても良いとうのは幻想であり、自分が幸せになりたいと思うなら自分で行動するしかないのだろう。
『ゼウス決定戦』も誰かの迷惑な行為を罰することによって、実は僕らが戒められていたのかもしれない。
『あなたはこんなことしてないですか?』、『実は迷惑に思っているんですよ』、『あなたはこんな時は注意することができますか?』
と。
子供がいけないことをしているのは、教師の責任でも親の責任だけでもない。
大人が過ちを犯すのも、その親や教育が悪かったからだけではない。
常に人に囲まれて生活している現代では、注意することができなかったすべての人に責任があるのだろう。
『それはダメです。』と言いきる自信がないのなら、『それって本当に大丈夫なんですか?』と問いかけられる。
それくらいのことはできる人と人の信頼関係がある世界にしていければ良いのにと僕は思った。
『ゼウス決定戦 終結』




