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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五.五話「ネギの従者だ、覚えとけ!」
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幸薄い男、二度見する

 レジナス王国の王都トトリに構えられたヴァリスナード邸へ、土くれを纏った神が降り立った。


「――」


 ロジェクト神が庭先に据えられた銅像の頭を掴めば、人間種には聞き取れぬ言葉を以って神域の魔法が展開される。銅像になったコーディー、その呪いがみるみる内に解かれて消えた。


「やろう、この野郎!」


 自由になった手足の長い男の時間が動き出す。


 彼の体感では、雰囲気のすっかり変わったマリィから敵意を感じ取ったばかりのこと。腕を振るうもその手に曲刀はない。マリィもいなければ、的を失った手は盛大に空を切った。


「あ、れ……。何? 何なの?」

「ちょっと黙るんだぞ、ウスイーノ」


 絶賛混乱中のコーディーを制しながら、シャロはぺたぺたと彼の身を触って確認する。妙な温かみを感じて精霊の少女は眉を顰めるが、今のところ銅像から戻った青年に不審な点はない。弟が哀しまずに済むようにと唸る。


「ウスイーノって、あっしの事で?」

「黙って姿勢を正すのだ、ウスイーノ」


 呆気にとられた手足の長い男が溢すも、精霊は人間種の理屈などお構いなしだ。一通り見ても肌艶や脈拍に異常はなく、額を拭いならシャロは一息吐いた。


 精霊のチェックが終わったことを見届け、それまで黙っていた黒鎧の老人が言葉を差し挟む。


「造形の神まで連れてきおって……。カラシ小僧もそうだが、ネギ坊主は大丈夫なのか?」


 ネギの勇者が暁の勇者を殴り倒して、丸一日がこちらでは経っている。ついさっき屋敷へ戻ったヴァリスナードだが、人間種の勇者が不在になることは気になって仕方ない。


「大丈夫じゃなかったら何なんだ。私がいるんだ、ジオは平気だぞ! ヴァリ助は相変わらず小うるさいな」


 だから剥げるんだぞ、とシャロは愛らしい顔のまま文句を垂れた。彼女の言動はいつもどおりだが、青色の鎧を纏った生真面目な騎士は真顔で英雄へ溢す。


「先生、この精霊に問答は意味をなさないかと」

「いやいや、幾らこやつがお気楽極楽な生き物であってもだなぁ、当事者には違いないだろ。暁の勇者を倒してしまったんだ、これ以上騒ぎが大きくなる前にネギ坊主は儂の手で捕まえねばなるまいて」


 王国のあちらこちらを移動するヴァリスナードは忙しい。ジュラスが言うように問答している場合ではないが、それでもこの国の一大事とあらば問わずにはいられない。


「おーっと。ジオの様子が気になるから、私はこれにてシッケイだ……。表現はこれであってるか?」

「吾輩も一度戻りたい。息子は気になるが、ゆっくり見やればいい。むしろリックが選んだ勇者が気にかかる」

「あ、待て、シャーロット! ネギ坊主は平気ではなかったのか? ……クソ、言いっ放しで消えおったか」


 造形の神とのやり取りがあったかと思えば、精霊は消え失せる。ヴァリスナードの質問に応える者はおらず、何とも言えない空気がその場に残った。


 辺りをゆっくりと見回したジュラスが、ヴァリスナードへ向き直っては困ったようにして声を出した。


今日日(キョウビ)、失敬はあまり聞きませんね」

「……今日日って言葉もそうだな」


 傷の入った剃髪を撫でながら、黒鎧の大英雄は難しい表情を崩していた。


 シャロのお気楽さは今に始まったものでもない。ネギの勇者は親子二代でアレに関わっているのだから大したものだ、そのようにヴァリスナードは思う。精霊がいなくなれば、ジュラスの堅物さが妙に気になってもいた。


「先生、どうされました?」


 硬い鎧に身を包んでいるが、所在なさ気に小首を傾げる様は年相応に見られる。ヴァリスナードとしても、この顔を普段からしてくれればと思わないでもない。素の彼女であれば心配はない、その程度には鍛えているが、どうにもジュラスは背伸びやら肩ひじを張るやらをしているように思えた。


 大英雄という名は一人の人間が背負うには大き過ぎる。後継をジュラスに託すと決めたものの、彼女の硬さには多少なりとも懸念が残っていた。


「黒鎧に禿げ頭、目にかけての大きな傷――ま、まさかな。だけどここはヴァリスナード邸、おぉ? 知らぬ内に大英雄とあっしは出会っていた!? そうだ、マリィの嬢ちゃんは何処だ! 旦那もピンチなんですかいね? ああ、もう訳がわかんねぇ、旦那、助けてくれ!」


 目覚めたばかりのコーディーは、いっそ清々しい程に混乱を吐露した。まるで空気を読まない発言であっても、それは仕方のないこと。銅像にされて丸一日が経っているが、そもそも彼は銅像になっていたことすら気づいていない。


「先生、取り敢えずあの男をしょっぴきましょう。もしくは煩いので殴らせてください」

「許可する訳ないとわかってるだろうに……。お前さんね、儂を引退させないために(ワザ)とやっとるんじゃないか?」


 端で見ていても、幸薄そうな男は煩かった。


 神経質なジュラスが瞳を尖らせることも仕方ないが、「先生に引退なんて有り得ないでしょう」と笑う辺りは年相応の少女らしさが見受けられたのでよかったと思うことにする。ヴァリスナードとしては、彼女が持つ良さを信じている訳であるが……。


「そこの騎士姉ちゃんさ、うちの旦那知らねぇ? 最強なんだけど無鉄砲なんだ。出来たら助けに行きた――痛っ、痛い痛いって!」


 不用意に青い鎧に触れて、コーディーの視界はぐるりと回った。ジュラスから流れるようにスムーズに投げられ、間接を極められる。首も腕も自由を奪われたとなっては、喚くしか出来ることは残っていない。


 騒がしい男を冷ややかに一瞥し、冷静になろうとしながらも彼女は睨むようにして言葉を吐いた。ヴァリスナードを煩わせる者は全て排除する、そのような様相であった。


「あの勇者バカのことなら、私も知っていますので黙っていてください。先生、この男はジオグラフィカエルヴァドス殿の行方を知らない様子で――まさか我々を謀るために虚偽を?」

「幾らなんでもそれはないだろう。これが演技だったら、ネギ坊主の人を見る目を疑うさ」


 大英雄からすれば瞳に少々の濁りは見られるも、この青年は悪人には見えない。ネギの勇者は親子揃ってお人好しな生き方をしていても、誰彼構わず懐に入れることはないと断言出来る。ジオたちをよく知る大英雄だからこそ、コーディーは放置しても構わないと結論付けた。


 それよりも気になることがあれば、大英雄は腕を組んで考え込む。ネギボウズが見当たらないならば、まずはカラシ小僧の方からだ。


 王都は暁の勇者が敗北したことで、必ず騒がしくなる。人の口に戸は立てられないのであれば、そろそろ噂が一人歩きを始める頃だ。ヴァリスナードは黙考していたが、そんな彼へ助けを求める切羽詰まった声が響く。


「そこの大英雄、助けてだせぇ。この騎士姉ちゃんに説得を――痛いっ! 締めないでっ。どうでもいいけどいい匂いだ、チクショウ! ジオの旦那は知り合いに美人ばっかりでズル――痛い痛い! マジで痛いって。ちょ、演技じゃねぇよ、肩が外れるって! やめてやめて、あ……」


 鼻の穴を広げたり騒いだり、最後はゴキンと肩関節が外れる音を残してコーディーは黙り込んだ。


「先生、男ってのは本当にバカばっかりですね!」


 顔を真っ赤にして女騎士はが鳴る。騎士姉ちゃん呼びは、名前を碌に覚えない勇者を彷彿とさせるので大変によろしくない言葉であった。


 女が騎士をするには何かと苦労が絶えない――それを知るヴァリスナードであるからこそ、ジュラスを育てることに意義を見出す。


(バカってのは扱いやすい。むしろ野郎よりも女の扱いの方が困る……、とは言わない方がいいな)


 見たところ、手足の長い男は弱い訳ではない。ジオが従者に取っているのだから、それは言うまでもないことだった。それを軽く手玉に取るジュラスの成長は嬉しいが、どうにも短気でいただけない。


「まーー、何と言おうかな。男ってのはそういう生き物さ。ジュラスの怒りもわからんでもないが、そう怒らんでくれまいか? 結局は儂も、バカなどうしようもない男さね」

「そんな、先生は違います! そりゃあ女性にだらしないってのはありますけど。先生がどうしようもなかったら、誰がどうするって話じゃないですか?」

「む、儂が大英雄ってのがそもそも過大評価よ。いや、現況ではこの看板を背負えるのはおらんのも事実か」


 後継者の不出来さを問うなら、育て切れていない自分を見つめるべきと、ヴァリスナードは静かに嘆息を溢した。


 出来ることならば、この大きすぎる責任を友の息子に背負わせることなく終えたい。大英雄が平和を築いたと言われども、人間種は未だ盤石と言い切れないことが悔しくて仕方ない――その想いは、やはり彼の胸だけにしまわれた。




 日中の広場とあれば、子どもの声で騒がしくなる。夏ももう終わろうかという頃合いだが、人も物も多いトトリに季節は余り関係ない様子。


「はぁー、俺も吟遊詩人になりゃよかったかな」


 女騎士から解放されてベンチに腰掛けたコーディーは、幾つもの驚きと共に長い手足を投げ出していた。王都ともなれば、場末に暮らした彼の想像を超えるものがある。


 第一に、子どもが昼から騒がしくしていられることだ。人口の大半は農業に勤しむのであれば、子どもも立派な労働力。それを遊ばせていられることには驚かざるを得ない。


 第二に、騒がしさに大人も混じっていることだ。手紙の他には碌な情報伝達手段のないこの世界で、吟遊詩人が持て囃されることは理解出来る。ただ、大人も子どももその口上にここまで熱を上げるとは思いもしなかった。


 その他では、衣服の質が違う。レティアも都会ではあったが、青を纏う人を見かけることは少なかった。博愛の神アイリスの教えを国教に掲げても、レジナス王国はれっきとした階級社会である。衛兵や神職ですら衣服のどこかに青が入っている姿を見かけた。


(貴族がたくさんいるんだろうなぁ)


 当たり前のことをコーディーは確かめるように胸中で呟く。器用ながらも薄幸の男は、ぼんやりと人だかりを眺めた。どうでもいいことに思考を割いているのは、出来れば頭を働かせたくもない心境からであった。


 元々は情報収集のため、吟遊詩人の話も聞けて一石二鳥――そう考えていたものの、語られるものを聞くにつれて虚脱感に襲われていく。


「主神アイリスが選ぶ、ただ一人の勇者が敗北を喫したのです。ですが、勇者は何度でも立ち上がる。生きとし生ける人々を護り続けてきた男に、今しばらくの安らぎが必要なのです」


 続き洩らされたのは、緑の鎧を着た無名の勇者への恨み言であった。本来は心地よい楽器の音色すら、コーディーの耳には障った。


「勝手なことを……」


 実際はジオに言及した部分は少なく、王都を騒がせる賊へ話題は移った。吟遊詩人から語られることが大衆にとっての真実であるので、噂程度のこととコーディーは笑ってはいられない。


 どうにかしたいと思ったところで、そこへ割って入ることも出来ない。幸薄い男はやるせなさを覚え、手にした短い曲刀をいじりながら視線をさ迷わせていた。


「勝手は大衆の権利さ。それに腹を立てていたら、勇者稼業は務まらないよ」

「うちの旦那は、そんなことで怒ったりしねえですわ。そもそもあん人は勇者を稼業だなんて思って――何で、おたくがこんなところに?」


 話しかけられるがままに応え、今更ながら糸目を最大限に見開いて驚くコーディー。驚きのあまり、隣の人物を思わず二度見してしまった。


 ベンチにはいつの間にか青年が腰かけていた。ゆったりとした丈の短いズボンにシルクのシャツと黒い眼鏡――軽装ながら襟元には紫の色。王族のシンボルカラーを見つければ、コーディーは二度目の驚きを隠せない。


「ここは天下の往来なんだから。僕がいることに不自然さもないでしょ」

「不自然ってか、おたくは渦中の人でしょうよ。目と鼻の先では暁の勇者の話題がされてますぜ……。それに、王族がこんなとこ来ていいのですかいね?」


 訝しがられども、話題を向けられた人物は「鎧を着てなければ、本人とは気づかれないもんさ」などと笑っていた。


 黒く煤けた眼鏡で変装していても、金髪に鼻筋の通った美青年は目立ちすぎる。鎧がなかろうが、見る人が見ればガッシュだとわかろうものだ。だがそんなことはどうでもいいと思えるくらいに、コーディーの思考は限界寸前まで空回りしつつあった。


 大英雄の次に王族と出会うなど、これまでの人生ではとても考えられないことが一挙に押し寄せ来る。面倒事を避けるならとっとと逃げればいいとまで考えて、小心者ながら楽観的な彼はそれを留まった。


(そういやぁ精霊や神にも出会っていたらしいしな、もう何とでもならぁってもんよ)


 竜でも魔人でも来やがれ! 実際に来たらガッシュに護ってもらえるだろうし――幸薄い青年は、ここでも清々しいくらいに潔く頭を空っぽにしてみせた。


「正体なんかはこちらが気にしなければ、気にもされないもんさ。トトリは人が多いからね、僕なんかに構う人はずっと少ないよ」

「そんなもんなんすかね」


 勇者が組んだ手に顎を乗せて語られるものを、はへーという言葉を溢してコーディーは横目で見る。実際、ガッシュの存在に目を白黒させる者は、この手足の長い男だけのようだった。


 大衆は吟遊詩人に目を向けているし、そうでないものは忙しなく広場を横切っていった。なるほど、人は我が身で精一杯かと納得すると、コーディーは以前とは印象の異なる勇者への疑問へと興味を移す。


「ところで、おたくは本当にガッシュさんで?」

「勿論。主神代行、サリナ・アイリスにただ一人選ばれた暁の勇者さ」


 さらりと返すが、今の彼はカラシ色の鎧も宝石剣もない。武装っ気のないシャツ姿だ。余程注意を払わなければ育ちのいい青年にしか見えなかった。


「いやさ、以前よりも話しやすいのでね。王族相手に不敬ですけど、普通の兄ちゃんみたいに見えますぜ」

「鎧を着てる時は勇者らしくしてるから……。素の僕はこんな感じだよ」


 そう言われたところで、見れば見る程疑いたくもなる。


 暁の勇者という存在にではない。レジナス王国を護る勇者が、何故に己の隣に座って談笑しているのかがわからなかった。行方の知れない主のことも考えて、コーディーはらしからぬ素直な疑問を視線に乗せていた。その様子に気づいたようで、ガッシュは殊更肩の力が抜かれていることを強調してみせる。


「そう身構えなくていい。ジオグラフ殿に敗れたのは真実だし、別にそのことを恨んじゃいない。今の僕は罰則(ペナルティ)を受けてただの人間でしかないし」


 キミを相手に膝を突いたこともある――などと言われると、コーディーは益々どうすればいいかもわからなくなった。ここに暁の勇者がいるのは、偶然ではない。ただ、その意図が分からずに戸惑った。


「あたしゃ、おたくに勝てる程強くないけど?」


 考えてもわからないものはわからない。頭を空っぽにして疑問を届けてもみせた。


 先日、騎士姉ちゃんから逃げる最中に暁の勇者とは対峙したが、妙な違和感がぬぐえなかった。ジオに鍛えられたとはいえ、拳の一発で暁の勇者がどうにかなるとは思えなかった。


「謙遜しないでと言いたいが、私は人間種の勇者だ。強き加護の半面、護るべき人間には勝てないように出来ている」

「え……、それ、何?」


 相変わらずさらりと告げてくる。反面、耳に入ったものはどこまでも衝撃的であった。


 勇者は魔物に強く、魔物は人間に強い、その人間は勇者に強い。妙な三竦みであると思えた。デタラメに見える勇者が人間に弱いなど、彼は主にも聞かされたこともない。


「あくまでも僕のような人間種の勇者であれば、さ。ジオグラフ殿は何処へ向かうのか――キミならわかるか?」

「いや、そいつは……」


 真っ直ぐに顔を向けられ、ネギの従者は押し黙った。煤けた眼鏡に隠されているが、瞳から勇者が持つ力に圧されているような気がする。


 これまで荒事で凌いできたコーディーには、真っ直ぐに生きるジオという少年が眩しく見えた。だから、憧れを追いかけるようにして従者になった。だが、その彼を理解出来たのかと問われると首を捻りたくもなる。


「すまない。答えづらいことを聞いたようだ」

「謝らんでくださいよ。あっしは、ただのチンピラですんで」


 居た堪れない気持ちが強くなり、長い手足を投げるようにして項垂れた。いつだってそうだった。人より器用だとしても自慢になどならない。世の中には人外の域に楽々と足を踏み入れる英雄がいるのだ。


「キミ――というのもそろそろ失礼か。こうして話をしているのだから名前を……。そうか、コーディー殿()か。悲嘆に暮れているところすまないが、顔を上げてくれないか?」


 吟遊詩人が謳うとおりの勇者らしさを以って、ガッシュは語る。


「人間相手に弱いと言っても、これでも僕は人間種最強の勇者だよ。ただの人を相手に膝を突くことはない。ガッシュを二度も続けて倒したネギの勇者一行は規格外なのさ」


 自信を持ちたまえ、と青年は笑う。


 爽やかな笑顔だが、舌先三寸で生きてきたコーディーとしては、何か企みでもあるのではないかと勘繰りたくもなった。習慣に従って疑いたくもなるが、今の彼はネギの従者だ。主であるジオに倣って素直に頷いた。


「お世辞でもありがてぇ、と返事しておきますわ。ところで、あっしに何か用があったんでは? 休業中だったとしても暁の勇者がわざわざ世間話には来ないっしょ」

「いや、世間話に来たんだけど」

「……はい?」


 間髪入れない返事に、幸薄い男は戸惑った。


 おべっかやら世間話は得意だと自負していだが、誰もが知る勇者とは何を話せばよいのやら。一度は解れた緊張が再び彼を襲う。


「だからさ、身構えないでくれよ。今日は世間話ついでに、先日出来なかったことをしに来たんだ」

「すんません。んで、そいつは何ですかいね」


 緊張するなという方が無理な話だ。人の顔色を窺って生きてきた彼は、なるべくバカに見えるような顔を作って話を促した。この表情は案外と権力者の嗜虐心を満たすようでウケがいい。


 ただ、その顔をしても特にガッシュの様子が変わることはなかった。表情を崩すことなく、暁の勇者は用件を語り出す。


「キミが銅像にされていたから、泥人形の暴挙を止めるためにジオグラフ殿へ挑んだ――そのことはちょっと置いて。本来は、キミを再度勧誘しに行ったんだよ」

「は?」

「繰り返しになるが、コーディー殿は剣士だろ? ネギの勇者は剣を持たぬ勇者だから、剣に関してはきちんと師事を受けた方がいいと、そんなお節介を焼きに来たんだよね」

「……暁の勇者にお節介焼かれるとか、光栄過ぎて逆に嘘臭ぇすよ」


 そうは返すが、コーディーは“きちんと師事すれば伸びる”という言葉に人生の節目節目で出会っていた。その言葉を思い出すもただ、どこにも自分を育てようという人物はお目にかかることもなく、現在に至るのだが。


 毒をくらわば何とやら。この勇者に向けて幸薄い青年はボヤいてみせた。


「師事って言ってもね。あっしの世話役には一体全体、誰を推してくれるんで?」

「そりゃ勿論、ヴァリスナード様さ」

「え――」


 勇者という生き物はとんでもない生き物だと理解していた。否、そのつもりだった。まさか大英雄への推薦が本気であったとは思わず、言葉を失くしてしまった。


「昨日のあれも冗談ではないよ。あの方、国を護るために必死だからね。強い人は一人でも多く欲しがってる……。あ、僕が育てると思った? 僕はね、剣でも槍でも感覚で使えちゃうからさ、教えるのには向かないんだ」

「何か、さらっと自慢があったような」

「自慢じゃなくて、単なる事実さ。ただの人間は言葉の綾で、僕は薄いけれども神様ってやつの血が流れてる立派な人外さ。……あ、血が云々の話はややこしいから忘れてくれると嬉しい」


 耳慣れない言葉にぽかーんと口を開けて見ていると、勇者である青年は尚も言葉を続けた。


「師事の件は、ジオグラフ殿への義理立てもあるだろう。だけどヴァリスナード様の名前を出したら、彼は了承する筈さ。勇者としての道は違えたが、ジオグラフ殿とは性質的な近さを感じている」


 僕は結局負けたけどね、と薄く笑ってガッシュは腰を上げる。用件が済んだようで、コーディーが答える間もなかった。


 暁の勇者を見上げる手足の長い男に出来ることは、勇者とは勝手な生き物らしいと認識を改めるのが精々であった。


「ネギの勇者の道が何処へ向かうのか、それを見守るもよし。私と共に国を護るもよし。コーディーなら選べるってことを、言いたかった。あとあれだ、久々に人とゆっくり話せて嬉しかった」


 礼を言わせてくれと言葉を残し、ガッシュが手を振り去って行く。


 暁の勇者が見せる後ろ姿も、コーディーなら出来ると言ってくれた言葉も、そのどちらもジオが見せてくれたものによく似ていた。他人に期待されることのなかったコーディーは、目を何度も瞬かせながらその背中を見送るが、悪い気はしない。


(旦那とガッシュは相性悪いに違いないだろうけど、何だろう。どっちとも勇者らしい勇者じゃねえか)


 唸りながらも彼なりに結論はそこへ辿り着いた。ガッシュが言うとおり、これは単なる世間話であったのに、心には何か沸き立つようなものがある。


 ネギの勇者、暁の勇者、二人に共通するは、魔物すら難なく倒せる大きな力を人々のために使うということ――それは、少し前まで付き従っていた黄金色の勇者には見られなかった眩しさであった。


「ちょっと何処いってたの。私、結構探したんだから!」


 コーディーの思考を、女の声が中断させる。見やれば綺麗な女性がガッシュの腕を掴んでいる。


 声に怒気も含まれていた筈が、ガッシュが自然に腰元へ手を回して女性の耳元で何事かを囁いているのが見えた。何が起こったのかコーディーには結局わからないが、程なくして二人は機嫌よく広場を去って行った。


「あーー、うん。ありゃダメだ。堅物の旦那と分かり合える筈がねぇでさ」


 綺麗な女性をさらりと連れて行く――普段ならば嫉妬の炎に燃えるシチュエーションであるが、こうもスムーズな対応を見せられると感心しか出てこない。


 行方の知れなくなったネギの勇者のことは、気になって仕方がない。まして綺麗なお嬢さん方を侍らせながらも困った顔をする主を想えば、従者は二重に心配してしまっていた。


 吟遊詩人の謳いを聞き流しながら、コーディーはベンチから腰を上げた。




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