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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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花冠をあなたに

 木漏れ日を受けながら、ジオはつい微睡んでしまった。寝起きは悪くない方だが、まだしばらくウトウトしていたいくらいには心地がよかった。


(やっぱり、ファディアの里はいいな)


 草木に囲まれて心安らぐ。珍しく寝ぼけている彼は、故郷に帰って来れたのだと何となく思った。柔らかい風が吹き抜け、運ばれる香りに頬が緩む。


 すぐ上からは懐かしい唄が聞こえている。次いで、頭に心地よい感触があることに気づく。段々と意識が覚醒に近づけば、森の中でひざ枕をされているのだとわかった。


 身体の力が抜け、頭はぼんやりするにも関わらず、ジオは何とも穏やかな気持ちであった。


(親父も、最期には故郷に帰って……。こんな気分になれてた、だったらいいな)


 彼はふと思う。偉大な勇者の背中を追いかけ、駆け抜けてきた。だが自分は父のように後悔せずに走り抜くことが出来るのだろうか――と。


 故郷に帰って来た所為か、弱音が零れそうになった。しかし彼は未だ旅の途中であったことを思い出す。


「あ、お兄ちゃん」


 薄目を開けると妹がジオへ笑顔を向ける。ずっと彼が目覚めるのを待っていた様子で、花畑から身を起こして走り来る。前につんのめりながら急ぐ姿を見て、ジオも笑顔になっていた。


 ゆっくりと瞳を周囲へ向ければ、そこは精霊と出会った森にそっくりだった。心穏やかながらも違和感を覚え、急いで起き上がらないといけない気に駆られる。


「無理しないで。お姉ちゃんも心配してるよ」


 制止の声と同時に、ジオは額に心地よい冷たさを感じた。幼馴染が手でも添えてくれたのだろう――心配してると言われれば、無理に起き上がらない方がいいとも思えた。


「うん。今みたいに周りの人の言うこと、しっかり聞いた方がいいね」

「俺はそんなに迷惑をかけているのだろうか?」

「お兄ちゃん、不器用だから。周りは結構心配する」


 怖い顔もするし初対面だと優しい人には見えないね、と笑いながらいつもの如く毒が吐かれた。


「また変な顔してる! これ、あげるから機嫌直してね」


 腹の辺りに何かが乗せられたが、首も動かせないジオはもどかしさを感じる。そうこうしている内に、よいしょ、と声を出してマリィが立ち上がった。


「どこへ行くんだ?」

「次のところかな」

「結婚するまで、俺の傍に居るって言ってくれたろ」

「うーーーん。ある意味結婚するというか、契約って結婚みたいなものじゃないかな」


 腕を組んで考え込む姿は、ジオがよくする仕草に似ていた。


「……行かないで欲しい」

「ごめんね、ちょっと無理そう。いつかまた会えると思うから、その時を楽しみにしててね」


 またね、とあっさり告げてマリィは走り出した。追いかけようとするが身体はピクりとも動かない――無理に力んでみせると、視界は歪んで崩れた。






 懐かしい唄い声を耳に、ジオは目を覚ました。目覚めるや否や、ひざ枕をしているティアへすぐに問いを投げかけた。


「マリィは?」

「あっちじゃ」


 指が差された方向を、目だけで追いかける。一面に橙色の花畑が広がっているが、これはジオが意識を飛ばす前にはなかったものだ。


「あー……、そっか」


 花畑には似つかわしくない石のオブジェを見つけ、脱力しきった声が出た。


「シャーロットじゃよ。一回エルの様子を見に戻って来てな。あの子には何か欲しいものはないかと聴いて、好きだという花を咲かせて行きおった」

「――うん」

「墓石はロジェクト神から。わざわざルファイド教式にしてくれたんじゃ」


 寝て起きたら風景が変わっている。一瞬見間違いかともジオは思ったが、神や精霊の仕業と聴かされれば納得である。


「どのくらい、俺は寝てた?」

「三時間程かのぅ」


 ジオが見ている方を一緒に見ながら、ティアは応える。淡々と喋る彼が心配になり、再び額へ手を当ててみたが特に熱などはないようだった。


「神ってすげーんだな――てのは、何を今更って話か。違う、そういうことが言いたかったんじゃない」

「何が言いたい? ここには私しかおらん、何でも言うたらええわ」


 彼は自身の理想へ向けて脇目も振らずに走り続けている。弱音を吐くことなどあり得ないだろうが、少しでも心が軽くなればとティアは促す。


 ふぅ、と決意するように息が吐かれた後、ジオは言葉を紡いだ。


「俺は、ダメだな。あの子に、マリィに何もしてやれなかった」

「――っ、そ、そうかのぅ? 私は、そうは思わんが?」


 出された言葉に相当な戸惑いがあったが、表情を戻してティアは続けた。


「マリィな、ヌシが意識飛ばしてから、一杯話してくれたぞ。みんなエルのことじゃったわ」

「でも、俺は――」

「黙ってもうちぃっと聴いとけ」

「むぅ……」


 聞き分けのないジオの額をペシっと叩いて黙らせる。ティアは聴かされた話の中で、一番嬉しくなったエピソードを選んだ。


「あの子、沢山造られた人形の中の一体だったとさ。スウィータでも何でもない、ただの泥人形だったと……。じゃけど、マリィって名前を貰えた、大好きなお花の名前を貰えたってさ。エルの妹になれたって、喜んどったわ」

「それを聴かされて、俺はどうしたらいいんだ?」


 難しい顔をしてジオは唸った。消え行く前に、多少痛みを和らげることは出来たかもしれないが、それだけだ。


 シャロやロジェクト神のように、妹のために何かをしてやれたようには思えなかった。


「はい、これ」


 腹の上に乗せられていたものが、ジオの眼前に突き付けられる。


「花……、何で」

「何でって、あの子がエルにって話じゃよ」


 驚いた顔をしているジオへ、呆れた顔をしてティアは説明した。だが、ジオの方はそのことに驚いていたのではなかった。この花冠が自分への贈り物だというのは、見ればわかる。


「何で、この花なんだ……」


 わからない。妹が一番好きだったものは、橙が鮮やかなキク科の花だ。今目の前にあるのは、小さな紫を球状に咲かせている。幾つものネギボウズが茎を結んで輪っかになっていた。


 何故この花が選ばれたのかがわからない。それがジオの呟きの意味するところであった。


「好きな花はマリーゴールド。貰って嬉しかった花はネギボウス。この花くれた時、難しい顔ばっかしてる兄ちゃんがとても優しい顔になった、そう言ってたぞ」

「……これも、シャロが?」

「お兄ちゃんを笑顔にしたいからって、シャーロットに頼み込んでおった。そん時の顔、いい笑顔じゃった」

「そう、か」


 マリィが笑いかける様がありありと思い出され、ジオは瞳を瞑った。胸に渦巻く想いは一つ――花ひとつで喜んでくれるなら、もっとあげればよかった。


 闘うしか能がない、魔法が下手を言い訳にしていたことに、言い表せない想いが続いて込み上げる。


「さっきの唄、もう一回聴かせてくれないか?」

「珍しい頼みじゃな。まぁ、ええじゃろぅ」


 リクエストに応え、子どもの頃によく聴かされたものをティアは唄う。残念ながら、歌詞の記憶はおぼろげなので鼻唄ではあるが。


「懐かし過ぎて、なんだか泣けてくるな」


 眦から涙が零れていくが、今ばかりは彼の顔に怒るようなものは見られない。


 残りの一コーラス分を黙って聞いた後、ジオは口を開いた。


「お願いが、あるんだ。それも今更なやつ」

「珍しいこと続きじゃ。言うてみぃ、言うだけはタダじゃからな」


 急に改まるものだから、内心でティアは身構えた。弱った男から一体どんなお願いが出るのか。


 結婚の申し出――などは有り得ないと思いつつも、ティアの心臓が早鐘を打った。期待はしない、期待はしないと心で繰り返しながら鼻唄を再開しようとして、これでもかと言う程の真顔になった。ジオが出す言葉に思わず居住まいを正す。


「俺に、魔法を教えてください。ずっと先、マリィが生まれ変わった時には、一面の花で迎えてあげたい。だから、俺に魔法を、教えてください」


 真摯な願いに、この魔女は弱い。「お安いご用じゃ」そう応えて、ティアは膝に抱えた少年の頭に冠を載せた。


「ところでな、ネギの花言葉を知っておるか? ヌシにはアイリスに説法みたいなもんじゃが」

「どうだったか……、ド忘れしたよ」


 優しい少年のことだ、本当に忘れているかは怪しい。ただ、覚えていたとしても自分の口から伝えてやりたくて、幼馴染の少女は続ける。


「花言葉は、笑顔じゃよ」

「そういえば、そうだったな」

「……あのな、昔から言っとるが、勇者なんかいつでも辞めたらええと私は思っとる。怒っているとも泣いているとも判別出来ん顔、エルには似合わんし」


 それはいつもどおりの心配。いつもと違うのは、ただな、と付け加えられた部分であった。


「ただな、マリィが生まれ変わるまで祈ると誓った。じゃからネギの勇者として、笑顔で祈り続けてやろうぞ、な?」

「笑顔で、か……。そいつばっかりは自信ねぇな」

「なに、エルなら出来るさ。心配せんでも、私も伯父上も、勿論シャーロットもついておる……。さて、そのシャーロットが迎えに来るまで、もう少し時間はある。寝ておきなさい」


 ヌシは加護も体力も、魔力も気力もすっからかんじゃ。ティアは普段と同じ笑みを浮かべてみせた。真上の笑顔を見て、ジオは安心してしまったのか瞼に抗い難い重みを感じた。


「ティア、眠るまででいいから――」

「みなまで言わんでええ。珍しいエルのお願いじゃ、(ウト)うてやろうぞ」


 ん、と喉を鳴らしてティアは唄う。


 程なくして少年からは寝息が聞こえてきた。眠る彼の前髪を撫でてはいるが、ティアは単純に愛おしさを表すことが出来なかった。彼のこの先を思えば憂わずにはいられない。


「町に戻れば苦難が待っとる。私としては不本意じゃが、勇者を続けられるとよいな……」


 僅かな間でも心穏やかでいられるよう、祈るようにして魔女も瞳を閉じた。




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