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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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夢の終わり 5

「ほぉ、これが神歴時代に造られた人間か……」


 うーむとティアは魔女らしい表情で唸る。


 工房の中央に鎮座させられた人形は、まばたき一つせずにどこかを見つめている。その髪をフィルが慈しむように梳かしていた。


「ほんと、マリィそっくりだな」


 感心した様子でジオは呟く。これが本当に泥で出来たものなのか、壊すことばかりの少年は目の前の造形に驚きを隠さない。


「何を言うかジオ。マリィのが可愛いぞ!」

「僕のスウィータが一番さ!」


 精霊二人も思い思いにしゃべるが、妹合戦に決着はつきそうにない。スウィータは心を持たない人形であるし、マリィもまた黙っている――当人を放っての兄バカ姉バカが繰り広げられていた。


(なんだろう……)


 ジオもフィルもこれ以上争うことがない。このことには安堵しているマリィだが、どうしてだか心が落ち着くことはなかった。


「考え事かの?」

「うん、ちょっと。何か思い出しそうで」


 ティアの声かけに応えながら、落ち着かない理由に思い至る。彼女はスウィータではない。では何故、そうと錯覚したのかに心は捉われていた。


 記憶を失って兄と出会った。記憶喪失の原因となった大きな音は、ジオが壁にぶつかったからだと聞かされていた。


『こんなところにも泥人形(ゴーレム)……。もう素材は十分だが』


 大きな音を聞く直前のやり取りを思い出す。同時に、少女の肌が粟立った。厭な感じがして仕方がない。


「おいおい、顔色が悪いぞ。横になるか?」

「大丈夫、だよ」


 手を前に突き出して、ティアの申し出を断るマリィ。目つきは悪くとも、優しい人だと理解している筈だ。それが、どうしても近寄りがたい――記憶を失った原因を作った人物は、魔女によく似たローブを着た人間であった。


(怖い……、わからないけど、怖い)


 マリィという名前をつけられる前、ただの泥人形であった彼女は神殿を彷徨っていた。記憶などそもそもない。自我に芽生えたのがつい最近なのだ。


 だからこそ別人の、スウィータの記憶を植え付けられるのも容易であって――


「大丈夫じゃなかろうて。エル、水もらってこい!」

「わかった! フィルさん、水をくれ!」

「……ティアさん?」


 輝く瞳をぱちくりと瞬かせ、マリィの思考は一時中断された。先程はローブ姿に嫌悪を覚えたが、気遣われ肩を抱かれることは厭ではない。むしろ不快かと言うよりも、快感情に近いが形になってくれない。


「なんちゅう顔しとるか。エルのこと好きなのは構わんが、あれの顔つきに似てしまうのはいかんじゃろ」

「私、変な顔してる?」

「うむ、エルにそっくりじゃ。別にええっちゃええが、ヌシは私の妹にもなるかもしらん。女の子に、身内にそんな顔をさせてたら伯父上に叱られてしまうわ」


 カラカラと笑って、ティアは将来の妹を適当な位置に座らせた。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「お姉……。そうか、そう呼んでくれるか」


 笑顔をニヤついたものへと変え、ティアは頬を緩めた。魔女としては泥人形由来の彼女に対して、危惧していることがある。恐らくはシャロも気づいている筈であれば、ここで話題に上げるのも無粋と、身を案じるだけに留まった。


 単なる記憶喪失ではない。神殿で拾った橙色のオーブの存在も手伝って、不安が勝ってしまう。


「お、おぉぉぉっ!!」

「何だっ!?」


 水を汲んで戻ったところ、響いた大声量にジオは警戒心を高めた。が、声と同じく人間以上の大質量が押し寄せれば、加護を使い果たした彼としては瓦礫と化す壁から妹を護ることで精一杯であった。


 工房の壁を割って侵入したものはまん丸の岩石。瓦礫と一緒に身に纏った岩壁を放り出して、灰色のツインテール幼女が諸手を上げてフィルへタックルをかました。


「母さん?」

「そうじゃ、お母さんじゃ。ようも息災で、お母さんを、お母さんを許しておくれーーっ!」


 おんおんと泣きながら、造形の神フィロッサ・ロジェクトが息子の胸に顔を擦りつける。フェイスガードもなければ、尊大な態度もない。


「あれが、虚神?」

「今はただの母じゃな」


 水瓶と妹を抱えるジオへ、ティアが応える。


「あ、ロスさんに連絡するの忘れてた」


 ぼそりと告げるのはシャロだ。


 本来であれば、ルファイドの指示に従ってヴァリスナード邸にあるオーブを護る役目を与えられていた。神殿へと飛び出してからは虚神の監視役であった。


「まぁ、いっか。ルファイドなら全部見通してるよね」

「何処に向かって言い訳しとるのか」


 ツッコミを入れながらも、ティアは返答に期待はしなかった。精霊は人間種とは異なる規則の中で生きている。魔女としては、同じく精霊種であるフィルがどう動くかの方が気になっていた。


「僕はまぁ、いつもどおりさ。先生がいなくなったけど、いつもどおり」


 表情に様々なものを乗せながら、青年は母へ薄い笑顔を最終的に向けた。怒り、悲しみ、その他諸々があれども、泣きじゃくる母親を見ればこうもなる。元々のフィルは気の優しい青年のようだ。


「フィル……、大きゅうなったな、ほんと、こんなに大きくなりおって」

「母さんは変わらないね」


 ははは、と笑いながらフィルは応える。この地はフルゥエラ大陸と時間の流れが異なれども、小さかった彼が青年と呼べる程には時間が経過している。


「ロスさん、よかったね」


 母子の邂逅、誰にも邪魔出来ないかと思われた空間にも、精霊は割って入る。涙と鼻水を垂らしながらであるので、かろうじて無遠慮にはならなかった。


「おぉう、シャーロット。お前、おったんか」


 息子の胸から顔を上げると、鼻水が橋を作る。フィルはその光景に一層困った表情を浮かべていたが、そのまま世間話が始まってしまった。


「親子再会、よかった。これで私もルファイドに怒られずに済む」

「いや、怒られてしまえ。吾輩、貴様が神殿荒らしたことは忘れてないからな?」


 ふぬー、と怒りの顔を見せるが、端からは幼女が犬歯を見せて凄んでいるようにしか映らない。


「ロスさんロスさん、帰る前にちょっと気になることが」

「……私?」


 視線を横へシャロは向ける。それはマリィに照準づけられており、本人はよくわからないと表情をぼやけさせた。兄からもらったのは水瓶だけであったので、どうしたものかと思っていたところでの不意打ちであった。


「おうさ、確かにそうよな。灰色頭に橙の瞳、出来過ぎじゃな」


 ロジェクト神は唸り、泥人形の少女を見つめる。ついでに椅子に鎮座するスウィータを見ては、ははーんと言葉を溢した。


「泥人形に生命は造れない。あの彫刻家は現代でいう魔法使いに近いが、それでも我が子が仕上げたのだから、生命足らん。吾輩に似ておらんこともないが、マリィという娘はまったくの別物よな……。魔法的措置が加えられているのが、捩じれか、彼女の起源(オリジン)か?」

「やっぱりそうだよね。うん、そうか。彼女はロスさんの娘というよりは、やっぱり私の妹だ!」


 嬉しそうにシャロは語る。会話についていけない人間や泥人形は首を捻った。


 その中で言葉を出すのは、魔導に通ずる魔女であった。


「あー、待て待て。その話じゃとマリィは生命ある泥人形となるぞ……。あれか、妖精か?」

「そだねー」

「じゃな。シャーロットが妹として認めた通りさね。この子は永い年月を経て生命が宿った――そう考えるのが一番無理なかろう」

「うんうん、ようこそ現世へ。更なる年月が君を精霊へと誘わん!」


 盛り上がる精霊と神。ついでに魔女も納得をしていたが、ジオにはとても理解出来たものでなかった。害はないと思われるが、妹を案じて口を挟んだ。


「結局、マリィはどうなるんだ。記憶は戻るのか?」

「いやいや、ジオ、彼女に記憶なんてものはない」

「はぁっ?」


 シャロが答えるが、それには納得出来ずジオは呻く様にして声を出した。彼にしてみれば、キリカと出かけた先での神殿破壊が原因だとばかりに思っていた。


「この子は数多く造られた泥人形の一体。僕には生命は生み出せないから、生きているとすれば、それは妖精が宿ったと考えた方が早い」


 けれども、と加えてフィルは言葉を続ける。母も泣き止めば、身体を起こしてみせる。


「けれども彼女、マリィはマリィだね。造った僕が言うのもなんだけど、スウィータとは似た別人さ」


 彼女よりもスウィータの方が可愛い。そこは譲れないのか、泥で出来た彫刻家は胸を張っている。


「そういうことで、うん。マリィが無事なら何でもいいや」


 左の篭手からコップを抜き取って、ジオは妹へと手渡す。こうして笑顔を見せてくれるマリィの存在は彼にとって何物にも代えがたい。


 勇者しかしてこなかったが、マリィのためならば別の何かにもなれそうな気がしている。


「エル、妹は可愛かろう。娘はもっと可愛いらしいぞ?」

「娘だろうが息子だろうが、それはもっと先の話! 第一、俺は結婚すらしちゃいないんだ」


 ここに相手がおるぞ、と言葉が出されていたが、ジオは「はいはい」と適当に相槌だけを打ってマリィへ顔を向ける。コップを空にした妹からそれを受け取り、笑顔であった。


「さてと、フィル。そろそろ帰ろうかの。まぁまぁ長居をしてしもうた」

「わかった。その前に、マリィ――ちゃん」

「なーに?」


 ぎこちない呼び方の造物主に対し、マリィはマリィらしく声を出した。すっくと立ち上がったフィルは、おずおずと手を出して握手を求めた。


「すまなかった。本来なら、僕がキミの兄になっていた筈なのだが――」

「いいよ、お兄ちゃんならもういるから」


 掴んだ手をブンブンと振って、マリィは花咲く笑顔を見せている。


「おお、私の弟も今や立派な兄。感慨深い」

「ちょっとさ、姉ちゃんは黙っててくんない?」


 胸に湧いた感動は今もある。しかし割り引かれた心境でジオは不平を漏らした。


 それでも、妹が笑顔を見せてくれたことが嬉しかった。生み出すだけ生み出して、壊そうとしたフィルにはもっと文句を言ってもいい筈。そこで兄ならもういる、そう言ってくれたことが、何より嬉しかった。


「それじゃ、もう会うことはないかもしれないが――何だっ!?」


 穏やかな握手から、一変して緊迫した状況へ。フィルを中心に、否、フィルの手を握った泥人形を中心に白色光が迸った。




 握った手と言わず、腕から頭から白色の文字を身体に浮かび上がらせ、フィルが悶え苦しむ。彼の手を握った方の少女は、体内の魔力を無理矢理に放出させられて天を仰ぎ見ていた。


「ああ、これが、そうか。ルファイドめ……」


 滅多に見せない深刻な顔をして、シャロは呻いた。


「ケンカを売られた――ではないな。宣戦布告を吾輩らは受けたな」


 精霊と似たような渋い表情でロジェクト神はそう溢した。白色光が打った後、咽返るような煙が辺りに立ち込めた。神や精霊ならばまだしも、これは人間種には毒でしかない。


 人間種から虚神と呼ばれる彼女は腕を大きく振るい、害を為すものを打ち払った。


「ムドラのウジ虫野郎が! あれか、シャーロット――リックが見越した上でこの結末か!」

「そうだね。ルファイドは少し前にジオに選ばせている。その時点でどう転んでもこの結末は避けられなかった」

「バカか……。バカだ! ルファイドならこの結末も捻れさせられようもんじゃろうが!」

「それはしない。時間を捻じ曲げるのは違うって、ルファイドは常々言っている」


 神と精霊が罵声を浴びせ合うようにして議論していた。これは人間種の手に余る事態であると、魔法について深く学ぶティアは直感した。だが、それで納得出来る人間はいないとも理解している。彼女はただ、最愛の幼馴染のことだけが気がかりであった。


「マリィ、マリィ!」


 倒れた妹を抱き寄せ、少年は叫ぶ。白色光の起点となった右腕は焼けてしまっているが、それ以外はいつもと変わらぬ様子。瞼を重くした姿が理解出来ずに、ジオは当たり散らすようにして名を呼び続けた。


 眠るような姿を見せるマリィを前に、泥人形の青年はバツが悪そうな顔を浮かべる。


「何が起こった。この程度で僕は、精霊は消えることはないが」


 言葉のとおり、肌に浮かんだ白色の文字は既に消えており健在。ただし、一瞬であっても精霊を圧倒する魔力を暴発させたマリィは眠るようにして瞳を閉じていた。


 誰の差し金であるかは放って、フィルは顔を顰めた。彼も兄であるので、叫び続けるジオ少年を見てしまえば胸が痛むことを止められない。


「何してんだ、シャロ! 早く、早くマリィへ治癒の魔法を――」

「今更無駄だ。自分で言っててわかるだろ」


 少年の懇願は、淡々とした言葉に遮られた。現実を受け入れろと言われ、頭では確かにわかっていた。だが、到底受け入れられるものではない。


「何言ってんだ、この子はお前の妹でもあるんだろ? なぁ、頼むよ。姉ちゃん、マリィを、マリィを助けてよ!」


 マリィは焦げた右手以外、何も変わった様子はない。縋るように願っても、姉が首をゆっくりと左右へ振る間に、ジオも妹の魔力が急速に身体から離れていることを認めていた。


「勇者も精霊も、勿論神も。みな、万能ではないんだよ」


 シャロの声音は優しい。にも関わらず、出されたものは誰にも何も出来ないと告げていた。


「嘘だ、さっきまで笑ってたぞ! なら俺がこの子を――」

「やれるならやってみろ。魔法を碌に学んでこなかったお前に、この子は救えない。否、神であってもこうなったら無理だ。諦めろ」


 姉の忠告も聞き入れず、緑色の光が何度か少女を打ったが状況はまるで変わらない。


「エル……」


 魔女の目からしても、マリィはもうダメだとわかる。魔法を学び続ける彼女は、どこぞのバカが神や精霊を打倒するためにマリィを利用したのだな、と理解する。知的な理解は出来るが、それ以上はどうしようもなく、自身の無力さに唇を噛んだ。


 既に彼自身も理解しているだけに、足掻き続けるジオの姿は痛々しく見ていられたものではなかった。


「ふざけろよ! どうしてだ、俺はこんなことのために勇者になったんじゃない!」


 無暗やたらに魔力を放出しながら、少年勇者は叫んだ。理解していたとしても、これまでに培われた感情がそれを拒否している。ついには信奉する神への呪詛すら口を吐いた。


「ルファイド、出て来い! 俺に、俺に選択を迫ったな? お前、こうなることわかってたんだろ、ふざけるなっ!」


 天に向けて叫ぶが、それに神は応えない。この場にいる造形の神も痛ましい表情を浮かべ、人間種の勇者を見守っていた。


「やめろジオ。お前が今すべきは泣き喚くことじゃない」


 思い余ってシャロが声をかけたが、まだ若いジオは今度は彼女を標的に怒りと哀しみをぶつけてしまう。


「何でなんだよ! お前がいながら、どうして!」

「どうしても何も、あの子はそういう運命にある。神殿で目覚めた彼女は、既に何者かの影響を受けていた……。お前が出会った時点で手遅れなんだよ」

「そんなこと――」

「受け入れられないか? だが、それが既に起こったことだ。全部ひっくり返すようにルファイドに頼むか? 望むのはタダだけど、それはお前だけの望みだろう?」


 出された嘆きの全てを受け止めながら、姉として精霊は叩き潰す。ルファイド神が時間を巻き戻すことを是としないことは、彼女が一番よく見知っている。


 どうしたらよかったと過去を嘆くより、今すべきことがあると弟の胸倉を掴んでシャロは怒鳴り返す。


「こんなことのために勇者になったんじゃない、そう言ったな? 甘えるな。だけど私はお姉ちゃんだから、お前がわかるまで何度でも言ってやる。勇者になると決めたのはお前、この現在を選んだのはお前。神も精霊も万能じゃないっ!」


 泣いているような、怒っているような弟分へ精霊は根気よく続ける。


「誰にも妹をどうにかすることは出来ない。だから、ジオは今出来ることを一生懸命考えるんだ」


 姉の言葉に、ジオは腕に抱いた少女へ視線を落とす。小さな身体には多少の温かさがあるが、呼吸は荒く苦しんでいることは火を見るよりも明らかであった。


「俺にも、出来ることがあるのか?」


 マリィの小さな口から、お兄ちゃんと零れれば、ジオは彼女の苦しみを取り除く術を望んだ。何が出来るかもわからず、ただただ情けなさがあった。


「ジオ、お前に出来ることはあるが。それはこの子を生き永らえさせるものでは――」

「違う! この子のために出来る何かだ。この子は死を迎えるまで苦しみ続けるのか? 何か、少しでも安らぐようなことが出来る筈だ、そうじゃないとおかしいじゃないか。なぁ、教えてくれよ姉さん……。こんなことも俺は望んじゃいけないのか? それなら一体さ、ネギの勇者って、何なんだよ!」


 未だ気は荒れたまま。しかしそこに勇者としての契約を交わした時と同じく、真摯な願いを精霊は見い出した。険しい表情は崩れないが、シャロが纏う空気は普段のものに随分と近くなる。


 諦めたように息を吐いてから、重い口が開かれた。


「祈れ、ジオ。マリィは私の妹に相応しいと言ったろ? 永い時を経たら、きっと精霊になれる。私たちの妹が笑顔でこの地に戻って来られるよう、お前は祈り続けろ」


 一頻り告げると、シャロは周囲の様子へ気を配る。フィルが今は健在であれども、魔神由来の魔法を身に受けてはどうなるかわかったものではない。


「ええのか、シャーロット」


 息子の心配をしつつ、ロジェクト神は視線を右へ左へと動かした。


「うん、後はジオ次第。この子は強くもないけど、それ程まで弱くもないから」


 その言葉を置いて、シャロは他の神や精霊と共に姿を消した。後に残されたのはティアとジオ、それに眠るように瞼を落としたマリィだけ。


「エル……、何をしとる?」


 恐る恐る、そのような様子でティアは口を開いた。腕に抱えていたマリィを床に横たえ、彼は手を握っていた。


「祈れと言われた。この先にマリィが笑顔でいられるなら、それはそれでいい。けどな、この子の手は今冷たくなってるんだよ……」

「止めなさい――そう言いたいが、無粋か」


 握る手に力を込め、ジオの身体が鮮やかな緑色光に包まれる。生命の素たる魔力を送り込もうとしていることは、魔女には手に取るようにわかった。


「わがままに付き合わせて、すまん」

「今更じゃ」

「……ありがとう。見てくれよティア」


 左の篭手から、仕舞い込まれていたネギの花が零れ落ちる。


「こんなもので、この子は笑ってくれたんだ。俺が花を咲かせるだけでさ、凄く喜んでくれてよ……。ああ、今ハインドと喋りたいなぁ。あいつさ、妹の笑顔が見たいからって、嘘ばっかついてたらしいぜ?」

「私もエルが喜んでくれたら嬉しい。ヌシは人間がわからんって言ってたが、多分な、そういうのが人間らしいってやつなんじゃろうよ」


 ティアが応えるも、それにジオの返事はなかった。残った魔力は少なく、思考も回らなくなってきたのだと魔女は理解する。


 しばし沈黙が続くと、少年はガクりと頭を下げた。それだけの魔力を捧げてもマリィが回復する兆しすら見えない。


(肉体ではない。魂を乗せる器が壊れておるんじゃ)


 頭が落ちても、手が離されることはなかった。未だ魔力は注ぎ込まれている。


 意識を飛ばした幼馴染には告げることも出来ず、ティアは胸中で呟いた。元は生命を持たぬ泥人形が、年月を経て妖精が宿ったところ。定着しきれなかったものが器から離れていくことは止められない。


「……お兄ちゃん?」


 眠るようにしていたマリィがゆっくりと目を開ける。しかし呼びかけられた兄は、それに気づく様子もない。


「エルは魔法が下手でなぁ。今、話しかけても多分聞こえんわ」

「そう、なんだ。ちょっと残念」


 眉間に皺が寄るなかで薄く少女は笑って応えた。苦しそうななかにも、心なしか頬に赤みが戻っている。


「代わりになるかもわからんが、私が話相手になろうぞ」


 杖を放り出して、ティアはその場に座った。彼女の思い違いかもしれないが、横たわるマリィの顔から険しさが減ったように映ったことが、救いのように感じられた。


「何を、話そうかな」

「何でもいいさ。エルに、お兄ちゃんに伝えたいことでも何でも。後から私が伝えてみせようぞ」

「うーん……、そうだね。じゃあ――」


 その言葉を耳に、体内の魔力を吐き出したジオは思考だけでなく意識を落とし始める。


「ゆっくりとおやすみ」


 ティアが呟いた言葉は、兄と妹、どちらへ向けられたものか。少年には確かめることも出来なかった。




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