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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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夢の終わり 1

 カチャリ――金属の噛み合う音がして、道が開かれた。


 神殿の最下層で、橙色の瞳を持つ少女が扉に手を触れる。もう片方の手には、瞳と同じ色をしたオーブが抱えられている。丁度、部屋の中央に供えられたコアと相似形であり、二つの球体は呼び合うようにして輝きを放った。


「待っててね、お兄ちゃん」


 扉が水平方向へゆっくりと開く。その間も惜しむように、少女は呟いた。


 まるきり無防備な背中であるが、泥人形(ゴーレム)の残骸は彼女や輝く巨大オーブからは距離を取ってみせる。内包する魔力の少ないスライムにとって、この橙の光は毒と同意語である。


 扉が開き切ることを待つでもなく、スライムに寄生された泥人形へ目もくれず、少女は再び歩き出した。


(なんだろう。会って、何て言えばいいんだろう)


 薄暗がりの空間へ足を踏み入れるなか、ふと言葉に出来ない想いが胸に湧いた。彼女の記憶は依然として混濁したままで、兄の顔もボヤけたまま。むしろ直近まで世話になっていた“お兄ちゃん”の姿と混ざり合い、彼女の頭は困惑の極みであった。


 ただ、この橙色のオーブを手にした時から、扉を開かねばならない、泥人形の彫刻家の元へと向かわねばならない――湧き上がる衝動に引き摺られて彼女はここまで来ていた。


「でも、お兄ちゃんはきっと待っているから……」


 薄暗がりを越え、いつしか真っ暗な空間を歩く。


 泥人形の少女は、進む程に胸の奥にモヤモヤとした引っかかりを覚えていた。それでも半ば自動的に足は運ばれる。神暦時代、生物と神が気さく話し合えた頃に栄えた町への道のり。


 記憶を失った少女にとってみては、つい最近のことのように感じられていた。兄が語りかけてくれて暇はなかったが、何せこの泥人形が動けるようになったのはつい最近のことだ。だからこそ、混濁、困惑の極みに彼女はいる。


 優しい兄が二人もいることは、嬉しい。ただ今の自分はスウィータなのか、マリィなのか。記憶を取り戻しつつあるが、映像が混ざり合い困惑の色合いは益々深まる。


「……ああ」


 暗がりを抜けた先、果たして少女の胸を打ったものは懐かしさであった。


「帰ってきた」


 胸を突いた想いは強く、それまで大事に抱えていた橙の球体は取りこぼされてた。靄が晴れたスウィータは、胸いっぱいに故郷の空気を吸い込んだ。


 乾いた風が頬を撫でる感触が心地よい。人も魔物も、それ以外も区別のない世界が彼女の生まれた時代であった。麦秋を過ぎ去った後も、ジャガイモなどの収穫が待ち遠しい。他の泥人形たちと過ごす日々を思えば、ついつい苦悩する兄を忘れて笑みを浮かべてしまう。


「お兄ちゃん、もうすぐ帰るからね」


 少女らしい柔らかな表情をして、スウィータは神歴時代そのままの野を駆けた。




「灯りがいるかの?」

「この程度なら魔力を凝らせば見えるだろ、ティア」


 ジオは幼馴染の呟きに首を傾げて応えた。


「いやいやいやいやいや、真っ暗ですよ。全然見えないじゃないすか、そんなの見えるの規格外の勇者くらいなもんすよ……。うわ、進む程に余計に暗くなる!」

「リリ、落ち着け」


 賑々しい会話を繰り広げながら、一行は進む。勇者が蹴り破った扉の先へと彼らは進んでいる最中だ。行方を眩ませた妹を探す、それだけのためならば随分と豪華なパーティーだ。


 前衛は勇者と騎士、その後ろを魔法使いが固めている。これだけで一個師団に並んでしまう――レジナス王国を見回しても今一番バランスのよい一行であった。


「竜がいないのが残念と言いましょうか、少々心許ない感じがありますな」


 リリが溢した言葉は尤もである。だが、神の用意した神殿、地下へと至る道に図体の大きいエディンを連れて行く訳にもいかない。道中では、ネギの勇者が妹の捜索に来た旨は伝えている。その上で、彼らにも目的はあるのだ。


「こちらの事情に付き合わせる気はないから、あんたらはあんたらのやりたいようにやってくれ」

「お? おぉ、スティン様よ、勇者殿はこう言ってますが、我々はどうしますかいね?」

「どうもこうも、元々の予定通りだ。我々は無限に湧く泥人形の脅威を確認するまで」


 黒騎士の少年は相も変わらず淡々と語る。真面目な騎士へ、騒がしい方の騎士は何かとぼやいていたが、結局のところ黙って付き従う形に落ち着いていた。


 騒がしさはあったが、ジオからはついつい笑みが零れてしまう。シャロやオッサンと旅をしていたような賑やかさがそこにはあった。一瞬微笑みはしたが、妹がどうなったかを思えば、彼はすぐに表情を引き締めた。


「何ぞあったか、エル?」

「んや、何も……」


 周囲は暗がりであるというのに、眉を下げた幼馴染の顔が見える。ジオが少しばかり顰め面をした途端にこれだ。


 ティアの心配を他所に、ジオは歩くペースを落とすことはない。暗がりを不用心に進むのだから、幼馴染の心配はわからないでもない。


「あんまり()くと転ぶぞ」


 ここは神が造った空間であれば、何が起こるか分かったものでもない。忠告は尤もだと、ジオは警戒から歩みを緩めようとした――途端、ブツリと鋭い痛みが頭に走った。


「おい、ティア?」


 応えども、暗く広い空間では言葉は反響もしない。


 ジオに痛みはあれども、その実ダメージというダメージはない。五体満足ながら、心許ないものを覚えてジオは辺りを見回した。


 神殿は人智を越えるものであれば、不思議さ不可解さがあって当然。だが、目の前によく知る色の光を見つけては眉を潜めた。


「よーう、プレイヤー」

「……これは貴女の仕業か?」


 気軽に返された言葉。片手を挙げて応えるは、人の形をした別の何か。思わず両の掌を併せて勇者は祈りを捧げた――邪険にではなく、信奉する神を前にすると神妙な態度を取れるくらいにジオは真面目な生き物だった。


「そう堅苦しくするなよ、と言いたいが。すぐにオレを疑うのは悪い癖じゃないか?」


 口の端を持ち上げながら、神は嗤う。背景と同じ黒色の着物とうねった黒髪、ハリの良い褐色の肌が覗く妙齢の女性だ。


 単なる女性でないことは会話の他にも、全身が淡い光に包まれていることからハッキリとわかる。何も見えない空間で足を組んでは、訝しがる勇者へちょいちょいと手招きすらしてみせる。


 誘いに乗るジオであるが、腑に落ちない想いが残れば文句の一つも口を吐く。


「貴女が神出鬼没なのは――それこそ神相手に変な話だが、わかってるつもりだ。だけどな、どうして今なんだ?」

「どうしてって、そりゃお前さん、問いの立て方が違うな。ここは、先程までお前が居た場所じゃぁない」

「何?」


 要領の得ない答えに疑問ばかりが浮かぶ。ジオはついつい、輝かしい緑色の瞳をした神へと睨みを利かせてしまった。


「流石はオレが選ぶプレイヤー、なかなかに味のある顔をしてくれる……。暁の勇者や黄金剣士だと、こうはいくまいて。アっちゃんとこの白銀騎士も面白いが、やっぱり一番はお前だな」

「何を言いたいのか、俺にはさっぱりだ」


 神は人間種とは異なった理屈に則って生きるている。ルファイド神もそのご多聞に漏れず、少年の事情なぞ知らぬといった顔で見つめるものだから、少年勇者は苛立ちを隠せなかった。


 神の余裕に揺るぎはなく「神を理解しようとは随分と傲慢だな」と溢しては、口元に笑みまで浮かべる始末であった。


「あのなぁ、今は急いでいるんだよ」

「勿論知っているさ。ジオグラフィカエルバドスよ、お前の旅はオレを存分に楽しませてくれている……。だから、今日は忠告に来たんだ」


 笑顔のまま、神はやや慎重に言葉を出した。少し間を作ってみるも、ジオからは特に文句もない。そのことを確認すると、ルファイドは続ける。


「日頃の活躍、人間種の勇者としてよくやっている。褒めてつかわそう」

「……お褒めに預かり恐悦至極。繰り返しになるが、俺は今、急いでいる」

「褒めた上で、だ。今回に関してはこれから先、首を突っ込んでもいいことないぞ。これはな、神の後始末だ。それもロジェクト神がやらかした話、このオレに付き従うお前がすべきこっちゃないわ」


 へっ、と吐き捨てるような笑いであったが、そこにあるのは信奉者へと向けられた慈しみの言葉であった。闘神は顔を顰める少年へ促すように話した。


「退いて、どうなるんだよ」

「オレがけりをつけるさ」

「お――」


 シャロに言わせれば、ルファイドは物臭な神である。それがここまでもきっぱりと言い放っていた。予想もつかない言葉に、ジオも思わず言葉を失ってしまう。


 この神が言う通りならば、児童書にもなった無限に湧く泥人形の事柄、それを終わらせてくれるのだろう。ルファイドならば即座に解決へと導くのだと、彼は確かに思った。勇者としてはそれでいい、だがこの場にいるのは妹の身を案じる少年でしかなかった。


「ありがたい申し出だが……、それは聴けない。神のお告げを断るのは如何なものとも思うが」


 俺に任せてくれまいか? そのように兄貴分は告げていた。神の機嫌を損ねれば、一瞬でスクラップにもなりかねない。だが、少年はそれはならんと信奉する神へと告げていた。


「……わかった。それがお前の選択なら尊重しよう」

「すまない、ルファイド。俺は――」

「それ以上の言葉は要らない。オレ自身が舌戦を苦手としているし、何より面倒だ。説得は、柄じゃぁない」


 ふっ、と薄くルファイドは笑う。


「何をしてもいいさ。どうせ生きていくしかない。ただな、これだけは知っておけよ? お前が今死んだら、ネギの勇者を継ぐ者はいなくなる」

「――わかっているつもりだが」

「いいや、自覚が足りないね。お前ね、闘神の加護を安く見積もり過ぎてやしないか。お前の親父は、自らの名前を棄てて力を手に入れたんだぞ。お前がいなくなったら、二代目ネギの勇者は死ぬことになる」


 ここまでを告げ、ルファイドは鋭くなっていた目元を緩めた。


「俺は――」

「考えろとは言ったが、考え過ぎるのはお前にゃ向かん。好きにやれ」


 勇者が拳を強く握った様が見られれば、神にすればもう十分であった。


「ジオグラフィカエルバドス。同じ傷つくなら、自分で選んだ方で、だ。人間種ってのは正直なところ、好きじゃない。けどな、お前も、お前の父もその例外で存外に面白い。だから、だからこそだ。親父の生き様を忘れるな、二度もあいつを死なせるんじゃないぞ」

「おい、ルファ――」


 超越した力を持つ神が再度薄く笑みをつくる。それと共にまたブツリと意識を裂くような波がジオの頭に響く。


「イド……」


 呟くも既に目の前には、神の姿はなかった。


 少年勇者は頭を掻きながら、一歩一歩と足を運ぶ。気づけば暗がりを抜け、豊かな緑色生い茂る町へといつしか辿り着いていた。だがそれにも目を向けることなく、彼は先の石造りの建物を目指した。


 ジオがネギの勇者として行う魔法、刻印(マーク)によれば、確かにそこにマリィがいると示されている。




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