カラシ色の勇者、報告する
季節は夏。晴天に恵まれた日に、王都トトリへ黄土色の鎧を纏った勇者が現れた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労様です……先生の無茶を聞いてくださって、ありがとうございます」
涼やかな声がヴァリスナード邸に響いた。声の主は金髪に碧眼の青年だ。暁の勇者であるガッシュは、黒鎧の大英雄を前にしても全く憶することはない。
声に似つかわしく、鼻筋の通った美男子は出迎えた女騎士に片手を挙げて応える。
「よう、カラシ小僧。丁度いい時に戻ったな」
齢六十を越えた老人であるが、肌の張りだけを見れば四十代と言われても信じてしまえる。ただ年相応に頭頂部は禿げ上がっており、天辺から左目に掛けて走る傷も相まって、男が如何に苛烈な人生を歩んで来たかが察せられる。
「いい時、と言いますと?」
はて、ととぼけたような顔でガッシュは笑顔を浮かべる老人へ聞き返す。傷の多い老人がこうした笑顔をする時は、大抵の場合は無理難題が吹っ掛けられてしまう――それでもこの青年は、魔物との大戦を終結に導いた男へ敬意を払ってはいる。
新たに見つかった洞窟へ、ヴァリスナードたっての依頼であったので、何度か探索はした。しかし暁の勇者が態々出向かねばならぬ程危険なではない。それが彼の判断であったので、もうお役御免と高を括っていたところだ。
「神歴時代の洞窟とあれば専門家が必要だろ? 今、到着したところだ」
「ヴァリスナード様、私はこう見えて結構忙しいのですよ?」
「そう腐った顔をするなよ……なに、見れば貴様も喜ぶだろうに」
親指を後方へと差すヴァリスナード。私室の扉が開かれるにつれ、青年の表情は渋いものから明るいものへと変わっていった。
「げ――爽やか変態勇者っ」
表れた人物は、ガッシュとは対照的に渋い顔をしてみせる。とんがり帽子に外套姿で杖まで持った彼女は、魔女と呼ぶに相応しい。
「変態は辞めて欲しいのですがね、リア」
「ええぃ、変態呼ばわりされて笑顔なのが変態たる由縁じゃて。相変わらずじゃなぁ」
爽やかな笑顔を浮かべる幼馴染へ、ティアは頬を引きつらせていた。奥にいる青い鎧を纏ったジュラスへ助けを求めるも、視線が合うと黙って首を左右に振られてしまった。
「騎士姉ちゃんも。揃って何て顔してるんだ?」
「ティア、このバカ勇者には何を言ってもききやしませんよ。やめろと言っているのに、私への“騎士姉ちゃん”呼びもやめないんですから」
「……あれは、ダメだったのか? ジオグラフ殿のように親しみを込めたつもりだったのだが」
キョトン顔の青年は、ようやく幼馴染みが嫌がっているらしいことに気づいた。彼は騎士姉ちゃんという呼称を本気で親愛のものだと受け取っていたらしい。
名前を覚えないネギの勇者が悪いのだが、全力で勘違いを続ける暁の勇者にもそこそこの問題があった。高名な勇者になれば、思い違いがあってもなかなか周囲に正してもらえない――問題とは実は彼を取り巻く環境にあるので、本人に非はなくとも自然と世間知らずになってしまう。
「ね? これですよ。この鈍ちんには皮肉も通じないんですから――笑顔だけで押し通せるとか思ってるんですよ」
「うーむ、ジュラスも苦労しておるのぅ」
どうしたものかと横目でガッシュを見れば、にこにこと爽やかな笑みが魔女へと返ってきた。こんな顔をされれば、ヴァリスナードのお目付け役の騎士ですらお手上げだ。
身内らは割と辛辣な言葉を投げかけているが、当の青年勇者はあっけらかんとしている。世間知らずと天然の合わせ技が放たれれば、生真面目なジュラスは頭痛を覚えてしまう。
「何はともあれ、私としてはリアに会えただけで嬉しく思う」
顰め面の女性を放って相変わらずな表情が向けられるが、ティアは帽子の鍔を握って目元まで深く被り直してしまう。元から人と目を合わせることは苦手な彼女は、いつでも真っ直ぐに見つめてくるガッシュが正直言って苦手としている。
勇者としての評判の他、好青年であることはよく理解している。ジュラスが言うように抜けているところがある彼だが、それも先刻承知だ。十三になる頃から(ジオが里を飛び出してから)、少女は王都で魔法の修練を積み始めた。ヴァリスナードの元で才覚を発揮すれば、大英雄が育てている暁の勇者に出会うことも必然。
幼馴染なのだから、いい加減に目を合わせるのが苦手だということくらいは分かれ――そろそろ直接言ってやろうかという頃合いでもあった。
「嬉しいか、よかったのぅ。私は用件済ませたらすぐ帰る故、適当に眺めておくがよい」
「つれないね……しかし、貴女はそれがいい」
流石はリア、などと口にしている。「爽やかな顔して、さらりと変態発言ですよね」ジュラスは鳥肌でも立ったか、鎧の上から二の腕をさすっていた。
「あのなぁ、ウィゴッド……何度も言うが、私には好いてる男がおるからな。そう言い寄られても、困る」
言葉の通りに困った顔をして、ティアは笑っているか微妙な表情を作る――暁の勇者は、英雄譚に違わず強く清廉な人であることはよくわかっている。それでも、この少女は頬に若干引き攣りを隠せない。
十代のウィゴッドは持てる力から、随分と調子に乗っていた。ひけらかすようなことこそしないが、いけ好かない感を醸し出していたのだ。それを杖の一発で目を覚ませてしまったのは、紫の瞳をする魔女の若気の至りであった。
「それこそ、何度も言ってる話だ。私は、貴女という存在が好きなのだから、そこに他の男は関係ないだろう?」
「う、うーん……」
きっぱりと告げられた言葉を耳に、ティアは腕を組んで首を捻る。どうにもこの青年は純粋過ぎて、世間ではハッキリとわかるようなお断りの言葉すら労わりと受け取ってしまう傾向にある。いっそ、キリカを見習ってどこまでもストレートに言ってやるべきかとすら思う。
やり辛いことに、ガッシュ自身は真っ直ぐな人物だから傷つけたくはない――そこに微妙な複雑さが生まれてしまうので、魔女は頭を抱えたくもなる。どこぞのネギの勇者のように真っ直ぐな生き物は、彼女はどうにも無碍に出来ないでいる……尤も、どこぞの勇者バカはそれなりに嫌がっていることもわかってくれのであるが。
「貴様ら、聞いておるか?」
ふーん、と息を吐きながら、大英雄は訝しがる。次代を担うのは若者であれば、任せてもおきたい。しかしここ最近は明らかに魔神に関与したものたちの跋扈が目立つ。ともすれば、まだまだ老骨にも鞭を打たねばならない。
「遅くなりましたが、報告を――」
大英雄が苦言を呈すると、青年は途端に勇者らしい表情へと戻る。先の依頼の報告をすべく、細く短く息を吸い込んだ。
「これまで表層部分までは調査しました。前回報告したとおり、地下迷宮の様相を呈しているわけです。多少潜ってみたものの、魔物が巣食っておりますれば、即刻封印してしまうことが最良かと」
淡々と語られたものは、つい最近にして見つけれらた洞窟に対してのものだ。王都トトリとレティアの中間に位置する森、その奥に大きな空洞が見つけられた。
新たな地下迷宮が見つかること、それ自体は不思議なことではない。存在こそしておれども、神が秘匿していることはザラにあるからだ。ただ、今回見つかったものは容易に三階層まで踏み入れることが出来た、しかしそれ以上に踏み込む必要性は感じない――それが暁の勇者の報告であった。
「ふーむ……どうしたものかな」
顎元に手をやりながら、救国の英雄は唸る。影響がないならばそれでいい。だが、このところ人間の間で不穏な動きが見られれば、神の力を悪用するものがいるのではないかと邪推せざるを得ない。
「爺な。不要に悩まんために私を呼んだんじゃろ?」
悩める老人へ、魔女らしい顔をしてティアは言葉を挟んだ。単騎で軍を跳ねのける暁の勇者だ、それが探索しても尚不安が残るのであれば、どうしても神の関与を疑わざるを得ない。
鋭くなる紫の瞳を見ては、ヴァリスナードも包み隠すことは出来ない。
「ジュラス……」
「はい」
大英雄の声に、女性騎士は布に包まれたものを取り出す。前回にガッシュより受け取ったものであるが、単なる洞窟探検の戦利品では終わらない。
「ほー、これはまた、何とも」
橙色をした丸石を手に、ティアは口の端を持ち上げる。三階層まで踏み込んだという暁の勇者が持ち帰ったそれは、随分と興味深さを示すものであった。
「もうちぃっと潜らねば、わからんな」
きっぱりと魔女は語る。橙は第七位の神であるロジェクト神の証であるが、その二つ名は“造形の神”だ。その神がただのオブジェを作っただけ、とは考えづらかった。
「ではのぅ、ティアもつけるから引き続き頼めるか?」
呟くヴァリスナードの瞳は、老人とは思えない程眩くギラついている。人の世を脅かすものがあれば、この英雄は血を滾らさずにはいられない。
「勿論――いいですよね、リア?」
大英雄の頼みを、暁の勇者は二つ返事で請け負った。件の地下迷宮は神の用意したダンジョンであるかもしれない。それでも、勇者の血が騒ぐのか、血色の良い顔でガッシュは魔女を見ていた。
「……トトリまで出て来たんじゃ、それなりに稼がせてくれよな?」
半分程諦めを持ちつつ、ティアは洞窟の探検を了承した。
彼女が気になるのは、こうしている間にネギの勇者が何処かへ行ってしまわないかということだ。最近癖になりつつある溜め息を深く吐きながら、少女は柔和な笑みを浮かべる青年を何とはなしに見送った。




