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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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夢見たものは、何ですか

「今となっては昔のこと。一人の彫刻家の男がおりました。


 神暦初期であれば、十二神の偶像や神殿建立の記念碑を作るなど、仕事には事欠かきません。ですがこの男は、立派な像を造りながらも不満顔。


 評判の彫刻家でしたので、依頼は絶え間なく続きます。毎日毎日像を作りながらも、心にはどこか穴が空いたような想いが残ります。造ったものは褒められますが、いまひとつ納得がいかないのです。


 そんな男の元へ、ある時ふらっと神様が立ち寄りました――そこ、ご都合主義とか言わない! ゴホン、神話の時代ですから、とにもかくにも神様が男の元へ立ち寄るのです。


 石で出来た身体に橙色の瞳をした神様は言いました。『大した腕だ。このセルペンティアの像は、吾輩が見てもおっかない。だが、勿体ないな』図体のでかい、石くれの鈍そうな神様にこう言われては、男も黙ってはおりません。勿体ないと言われても、彼は神を造りたい訳ではなかったのです。


 『ではこれ程の腕のある君が、本当に造りたかったものは何なのだね。吾輩に教えてくれまいか?』でかい体から尊大な自称、その割に神様は紳士な口調で尋ねました。問われた男はハッとさせられます。


 私が造りたかったのは、人なのです――この答えに、石で出来た神様は大層喜びました。造りたいものはわかっても、男は向こう数年は依頼で腕が塞がっています。折角造りたいものがわかったのに、夢へ手を伸ばす時間が見当たりません。強い嘆きへ、神は救いの手を差し伸べました。


 『では、この子をしばらく使うといい』差し出されたのは、小さな子どもでした。肌は土色、瞳は橙。神が造った泥人形(ゴーレム)でしたが、輝かしい瞳を男は(イタ)く気に入ります。


 助手を得た彫刻家は、これまで通り朝な夕なに作品に向き合います。変わったところと言えば、人手が増えたため夕刻には自分の好きなものを造り始めることが出来たのです。


 お世辞にも器用とは言えない泥人形でしたが、瞳と同じく精力的に働きました。これまで弟子はとったことがありましたが、作品に妥協を許さない男に人間はついていくことは難しいのです。文句も言わず、それどころか彼に懸命に付き従う助手は、男にとっては弟子でありながら、家族のようなものになりました。


 これまでのやもめ暮らしからは打って変わって、誰かとの生活というものは男の造りたい“人間像”にまで影響を与えます。


 さて、順調に制作を続けていた男ですが、これもある時にハタと気がつきます。今手がけている人間の彫像、これが完成すればどうなるのか。再び石くれの神が現れて、愛しい助手を取り上げてしまうのではないでしょうか。そう思うと、男は像を完成させることが出来ません。


 『先生、像の完成はいつになるのですか?』主の夢を応援したい泥人形は、ふと疑問を投げかけてしまいます。


 完成させる気のない男はやや素っ気ない態度で、瞳に色をつけたいが、なかなか納得いかないんだ、そのように答えます。実際、十二神の彫像を作ってきた男ですが、人間の瞳の色を何色にするかで悩んでいたことも事実でした。


 そうか、作品は、先生の夢はもうじき完成なのに、何と勿体ない(・・・・)。従順な泥人形は、男が寝静まった頃に手伝いを始めました。造形の神に造られた泥人形には、彩ることなど造作もありません。


 『ああ、これで私は先生と次の夢を追えるんだ』真っ直ぐに想いを呟き、朝を待ちます。


 日が昇り始める頃、いつものように男は工房へ出ると、裂けんばかりに瞳を見開きました。完成させる気のなかった像、その瞳に何とも鮮やかな橙が差し込んでいるではないですか。その色、その生き生きしさの何たることか――男は頭を抱え、叫びながら走り出しました。


 助手が悪戯などする筈はないとはわかっているので、怒りなどはありません。ただ、男は気づいてしまったのです。神が戯れに寄越した泥人形の戯れ、それすらも己の力量を上回っていると。


 助手と離れたくない、だが一緒にいると自身の腕のなさを突き付けられる――綯い交ぜになった感情のまま走った男は、湖へと落ちてしまいました。


 いつもの時間になっても、彫刻家の姿は見当たりません。純粋な助手はただひたすらに待ち続けましたが、いつまでたっても顔を見せぬことへ嘆き悲しみました。


 先生は自分の腕が未熟だからいなくなったんだ。きっと、きっと自分が人間を作れるようになったら、先生は帰って来てくれる。疑うことを知らぬこの泥人形は、一人で像を造ることを再開しました。


 どれだけ時間を費やしても、人間は造れませんでした。そうなのです。幾ら色彩に優れていても、泥人形には生命を生み出すことが出来ないのです。


 ダメだ。人手が足りない。


 泥で出来た彫刻家は嘆きます。赤く腫らした瞳を回すと、そこには出来損ないの泥人形が転がっていました。そうだ、彼らにも手伝ってもらおうじゃないか。


 不眠不休、ついでに不朽。動きだした出来損ないたちは、己を作った彫刻家を喜ばすために泥人形を増やし続けます。


 さて、無限に生み出される泥人形たち。そんな話を耳にすれば、石くれの神様も文字通りに重い腰を上げます。


 『おや、久方ぶりに来てみれば……何とも困ったものだ』神の時間感覚は人間種とは異なります。彫刻家がいなくなっていたことにようやく気づき、やってしまったかと頭を掻きました。あの男が作る人間を見れないことを、残念に思います。


 最後に、我が子である泥人形を連れて帰ろうとしましたが、その数は余りに多く、どれが自分のものであったかもわかりません。


 『やれやれ、作品は時に神の想像を越えてくれるものか』困った橙色の神は、せめても泥人形が溢れかえらぬよう、神殿に閉じ込めてしまいました。一仕事を終え戻る頃、何となく思います。『さて、あの男の本当の夢とは一体何だったのだろうね』


 神殿では泥人形たちが、人間を作ろうとずっとずっと働いているそうです。仮初めの主人に褒めてもらえるよう、今この時も――おしまい」


 ふいー、と息を吐く教師役の修道女。ご本を読んで欲しいなら持っておいで、このように言ったのは確かだ。だが、泥人形の本を持ってくるなどは思わなかった。


「みんな、どうだったかな?」


 青空教室は静まり返っており、グリデルタはやや緊張した面持ちで子どもたちに尋ねていた。この話は彼女も勿論知っているが、今でも主題(テーマ)がよくわからない。その上、第七位のフィロッサ・ロジェクト神は人間種にとって遠い存在――というよりも王歴の今となっては主神や邪神の話程度しか一般的ではない。


 本を持って来た子どもはこの場におらず、成人を目前にした少女は乾いた笑いを漏らす。


「グリデルタ、その問いでは子どもたちが答えづらい」


 少し工夫をなさいと、小声で老神父が言った。最近は弟子を大人扱いして、不用意な口出しをすることは減っている。今も彼が何かをするのではなく、もう一押しを要求するに留まった。


「えーっと、この彫刻家は何をしたかったんだと思う?」


 問いを変えれば、子どもたちは口々に話し出す。やれ人間造りだ、やれ家族が欲しかっただなど枚挙に暇がない。


「何もしたくなかったんじゃないかな」

「あー……そうかもしれないね」


 子どもたちの考えは、どれもそれなりに筋が通りそうであった。だが、一人がぽつりと溢した言葉が修道女の胸に一番響いた。


(他人に言われて何かをするのも、飽き飽きするし。それに――)


 やりたいことに邁進するのは、本当に幸せなのだろうか。ふと、そのようにも彼女は思う。夢に気づかなければ、この男は破滅しなかったに違いない。刺さる程に響いたのは、少し前に理想の勇者像を追い求めるために、普通の暮らしを手放した少年を見たからか。


「――ルタ、グリデルタ」

「あ、はい!」


 老人の呼び声に、ビクりとしながら少女は返事する。答えて気づくが、既に子どもたちの姿はなかった。


 先月に師である神父、ペスデルゴから“どんな大人になるか考えろ”と言われてからは、物思いに耽ることも増えた。少年勇者に抱いた想いは複雑で、一言では表せない。夢を追うことは素晴らしいが、何かを犠牲にすることは彫刻家の男のように、先には破滅が待っているように思えてならない。


「これ、グリデルタ。子どもたちを放ったらかしにしおってからに……問答がよかったと褒めようと思ったらこれじゃ」


 やれやれと老人は首を振る。神の徒として、教え導くことは当然にして必要なことだ。だが、目の前の人が何を望んでいるのかを知ることはもっと大切となる。望みを知らねば、他者にも己にも振り回されることになる――そういった意味では、この泥人形の話は教訓めいたところもあった。


「すみません。ところで、みんなは何処へ?」


 再び乾いた笑いを上げながら、周りを見回す。平素は子どもたちのことを先に気にかけるようになってきた。師に言わせれば、ようやくシスターらしくなってきたところである。確かに成人を目前に、背は伸びて顔つきも大人びてきている。


「吟遊詩人が来ておるらしい。ローレンがみんなを連れて行ったよ」

「あんのガキぃ、人に本を読ませるだけ読ませて!」


 猫のような瞳を見開き、グリデルタは少しばかりの怒りを表す。大人になりつつあるものの、この辺りにはまだ幼さが残っている。ローレンが最年長とはいえ、十歳では構って欲しいことを素直に出せない――ここを彼女が理解するのには、まだしばらくの時間が必要かと神父は目を細めた。


「まぁまぁ、そう言うなかれ。こんな田舎じゃ、子どもたちは真新しい話に喰いついてしまうものさね」

「よっぽど面白い話なんでしょうね?」


 師に対する言葉遣いとしては荒いところもあるが、これも少女の持ち味。好々爺らしくペスデルゴはほっほっほと笑って語る。


「そりゃ面白かろう。何でも、緑の鎧を纏った少年勇者の話らしい」

「へ――?」


 表情を崩し、呆けた声をグリデルタは上げた。どう考えても、ネギを背負ったあの勇者が吟遊詩人に謳われるとは思えない。初めて少年と出会ってから五か月も経とうとすれば、名を上げていても不思議ではないのだが。


「子どもたちが楽しみなのもよくわかるぞ。次の演目は、緑の人と赤いスカーフと言うのじゃから。のぅ面白そうじゃろ、グリデルタ?」

「あ、あ……」


 かー、と少女の顔が赤くなる。勇者と村娘など英雄譚のド定番ではあるが、よもやまさか己のしでかしたことが世間に謳われるとはと、修道女らしさを崩して少女は震える。


「ローレンが嬉しそうにしておったな」

「や、やめろーーー!」


 ニヤニヤ顔の神父の元から、グリデルタは一目散に駆け出した。


 吠えたところで今更である。それでも黙っていられるものでもなく、伸びた手足を振って懸命に走った。


「……儂としては、デヴィンと結婚するのが一番と思うのじゃがな」


 ふぅむ、と顎髭に触れながら、師は弟子の背中を視線で追った。


 勇者と村娘の恋は、実際には英雄譚で謳われるような美しさはない。愛弟子が哀しむことだけはないようにと、老神父は主神へ祈りを捧げていた。




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