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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第一話「語り継がれることのない勇者」
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ネギを背負ってやってきた 6

「へ、ヘヘヘ」


 目の前の状況が受け入れられず、ペジンはただ笑うしかない。仲間内で貧相だ、と言われ続けた顔を一層惨めに引き攣らせている。


 ゴブリンも環境に合わせて多様な進化を遂げたが、このペジンはごくごく一般的なゴブリン、その中でも小さな存在に過ぎない。百四十センチ程度の背丈に、骨ばった体躯と相貌。それが今では顔の皮を張り裂かんばかりに緊張させていた。


 彼の目の前には、季節外れの暴風が吹き荒れている。


 凄まじい音が山の下の方から鳴り響いているが、それが何事かは理解できない。否、正確には理解をしたくなかったというべきか。先程から聞こえている音は、風などではないことくらい想像がついていた。


 理解せずとも、その暴風は勢いを衰えさせることなく彼へと近づいて来るのだ。また一つ、背の高い木よりも高く放り出された同胞が断末魔を響かせる。彼は考えることを放棄していたが、とんでもない暴力がゴブリンを襲っているのだ。


「アハハハ――はぁ……」


 笑い疲れたか、ペジンは尚も頬を極限に強張らせたまま、ゴーズが飛び上がっていったのを見送る。どんな衝撃を受けたのかは、最早考えたくもなかった。知り合いの中でも剛腕を誇っていた彼が、物干し竿のように細長く引き伸ばされた挙句、地面に激突するとともに赤い水溜まりへと変わってしまっていた。


(おお、神よ、オレはこんなことなぞ望んでいなかったゾ)


 手は動かないが、必死で信仰する神へと祈りを捧げていた。届ける想いは“もう十分です”であった。


 日の出と共に起き、農耕に所為を出しては日の入りと共に眠る生活を送っていたペジンである。人間からすれば、魔物のくせにと思ったことだろう。だが、ここ十数年では珍しくもない風景だ。大戦後、ゴブリンを取り巻く世界は一変した。


 それまでは、死と隣合わせに怯える人間をからかい程度に襲えば、食糧は賄えていた。それが、勇者なる人間がこの地のヌシを倒してしまった。人間は、魔物に抗える――そのことを知った人間たちは、ラミアを、ハーピィを狩りにかかることになる。


 人間にすれば、どうやっても勝ち目のないヌシのただ一体が恐ろしかったのだ。


 人間は、ゴブリン以上に増える。数は少ないものの、ゴブリンより上等な魔物である筈のラミア、ハーピィは数に物を言わせた人間に山から追いやられてしまった。生態系の上では彼らの種族の一人勝ちだと一族は思い込んでいた。だが、大抵のゴブリンは農耕に勤しむこととなっている。


 他の魔物の脅威がなくなればいつの間にか、人間こそが彼らの脅威となっていた。それが、この山でのゴブリン事情だ。


 ゴブリンはこの世界でポピュラーな魔物とされている。狡猾で好戦的、食性は雑食。言語を操り繁殖力も高く、人間は永い歴史の中で苦労を強いられてきた。だが、抗えない程の脅威かと問われれば疑問を持たざるを得ない。


 よく知られていることもあって、既に人間は様々な対抗策を練り上げていた。勇者を擁するギルドでも、今や魔物の脅威を図る指数では最低ランクを示しているのだ。


 人里へはおいそれと手は出せなくなった。となれば山の中の獣を狩るしかないが、余りに搾取し過ぎると、やはり人間がゴブリンを狩りに来ることになる。神父などという魔法を使える人間は大変な脅威だった。


 結果的に、ゴブリンは自給自足する他なかった。その仕事ですら、ゴブリンの中でのヒエラルキーの下に位置するものが栽培に適さない山を切り開き、日がな一日働き続けることが定着している。


「やりすぎだ、神よ!」


 同胞が再び吹き飛ばされた姿を見て、ペジンはようやく声を張り上げた。戦闘センスのない彼は、気づけば父と同じ農奴の位置に居た。戦うことの出来ない魔物は、どうにかして種族の役に立つことを探さねばならない。出来なければ黙って死ぬ他ない。


 父子、二代で仲間から虐げられてきた。若い頃は土いじりをする父を馬鹿にしていたが、妻も子どももいる今となっては、それもよいのではないかとようやく思えていたのだ。ただ、彼が農耕に楽しみを覚え始めた頃には、腕っぷしの強い同世代からいびられ始めることになってしまう。


 先程、地面に赤い花を咲かせたゴーズには、彼は随分と虐められた。人間を食おうとしない魔物は、魔物ではない――と。されたことは酷く、随分と嫌ったものだ。だが、何もこんな死に方をしなくてもよいのではないかと思う。


「――――ァッ」


 酷い音がして、ペジンは耳を必死に押さえた。今飛んでいったものは、レジィだろう。原型などなく、捻じ切れんばかりに姿を変えていたが、ゴブリンにしては珍しい赤毛は忘れようもない。レジィもまた、人間を襲わず土いじりに明け暮れる彼を笑う男だった。


「も、もうやめてくれっ!」


 溶岩竜のように目を赤くして、ペジンは叫んだ。神にこの生活をどうにかしてくれと祈ったが、同胞を皆殺しにしてくれと祈った覚えはない。


「――ッ!?」


 声が出せる程に戻った農奴であったが、再び言葉が出せない程に身を強張らせた。ビシャリという水っぽい音が足元でしたのだ。暴風に煽られた、水と脂肪を詰まらせた革袋が彼の直下で破裂する。


 暴風は、彼の喉元まで迫っていた。ここ最近ボスになったゴブリンと共に暴れ狂っていた、腕自慢の者たちが、水をまき散らす肉片へと変わっていく。


 己が神への祈りは、魔物を屠る現象を巻き起こした。そうでも思わなければやっていられない。


「アハハハ、アハー、ハー」


 血気盛んな同胞がみな死んでしまった。誰もいない筈なのに煩い。最早自分がけたたましい笑い声を鳴らしていることにも気づかず、ペジンは暴風を迎え入れた。


 笑い声と、息の切れる音を耳にしながら、彼は暴風と対面した。驚くべきことに、その風には色が付いている。緑色をしたそれは、視認すれば最後、死をもたらす現象だった。


「アー、アヒっ」


 自分が漏らす声の意味がわからないが、構わない。恐怖を前にして、何とか助かるために脳みそが回り続ける。左程長くもない人生の中で彼が思いだしたのは、家族のことだった。


 器量はよくないが、精一杯働く妻。まだ小さな息子は、自分によく似ているから、きっと大成はしない――それでもいいじゃないか。自分はただ畑を耕して、家族と暮らしていきたいだけた。もう、人間なんてどうでもいいじゃないか。


 こんなことならば、稼ぎになるからと強引に誘われても断ればよかった。新しいボスに、仲間に腰抜けと言われたとしても、命あっての物種だ。人間の里を襲うなどは、愛する妻や子を置いてすべきことであっただろうか?


 今となっては、必死に拓いた農作地を放棄せざるを得なかったことが恨めしい。それさえなければ、こんな場所に出ずに済んだのだ。


「んーーっ!!」


 人型に暴力をありったけ詰め込んだそれが眼前に迫り、ペジンは覚悟した。最後の声としては間抜けかもしれないが、許して欲しいと思う。この目に映った、人間の少年らしきものに、自分は殺されるのだ――最悪の結果を予期して、魔物は瞳を強く瞑った。


「……ん?」


 しかし、風は己にぶつかることなく吹き抜けた。襟足を揺らしただけのそれを、間の抜けた顔をして農奴の魔物は見送った。


「おい、ペジン、大丈夫か?」

「ん、ああ……」


 まるで生きた心地などなかったが、他の農奴からの声にかろうじて反応してみせる。無事だったゴブリンたちが、不思議な顔で彼を見ている。皆、仲間から罵られた、農耕に生きる臆病者だった。


「神が生き永らえさせてくれたんだ、帰ろう」


 誰かの言葉にペジンは同意した。今も尚、耳を塞ぎたくなるような悲鳴がしている。だが、それでも自分たちは生き残った。神はいる――出来ることなら、残りの人生は土を弄って家族を養います、と気弱なゴブリンは祈った。




 ゴブリンの村へ続く道、踏みしめられて固くなった地面を二人の人間が進んでいた。


 踏みしめるとは言ったが、地面に足が触れている時間は非常に短い。ただ、ぬかるんでもいない地面に大きな足跡が残っている辺り、この半裸の人物の脚力を推して知るべしというところだ。


 もう一人の方は、颯爽と駆け抜ける巨漢に背負われ、憮然とした表情を浮かべていた。


「ネーギの勇者は超英雄ー、ネーギの勇者は格好よしー」

「……」


 背負われた少女は、無言で遠くを見ていた。


 驚くべきスピードで山道を進むこの乗り物。乗り心地は悪くないが、鼻歌代わりに歌われたものが、ネギの勇者を称える自家製ソングであった。先程から同じメロディで聞かされるそれに、洗脳されつつもある。それこそ、ネギこそ世界標準職なのだ、と少女は錯覚に陥りかけてもいた。


「……グリデルタ殿、本当によかったのですな?」

「うるさいわね、今更戻っても変わらないでしょ!」

「はっは、その通りですな」


 十番まであると言っていた歌を中断して温和な声を出す男へ、少女は怒鳴り声で返していた。山の中腹を越えた今となっては、残念ながら今更なのだ。


 戻るに戻れない。戻れば命は守られるかもしれないが、人としての尊厳を今後一切失ってしまう。そのように彼女は思っていた。


 膝を治してもらった恩はさることながら、自分を助けたネギの勇者だとかいう人物に伝えるべき言葉が残っていた。自発的に気づいた訳ではないことが、一層彼女の癪に障った。


 話は、緑色の暴風が吹き荒れる前に遡る。


 嫌々勇者を待っていたら、現れたのは剣を持たないネギの勇者だった。そいつはぶっきらぼうな上に、魔物とはいえ躊躇なく命を奪うものだった。そんなものに巻き込まれてケガまでしたグリデルタは、己が不幸を呪ってもいた。


 ローブ姿の綺麗な少女が自分の膝を治した時にあっても、迷惑をかけられたのだから当然だと思っていた。


 当たり前だと思った――それ故、忘れていたのだ。青臭いと思った少年が間に入っていなければ、間違いなく彼女はゴブリンの投げた石に顔を砕かれていたということを。


 シャロが何故怖い顔をしたかわからない。そう告げた後、困ったような顔をしながら、オッサンは不機嫌な理由を教えてくれた。


「ふん……面白くないわ」


 少女は不快さを隠すことなく溢していた。


「若い内は、そんなもんですよ」


 知った顔で半裸の男は応える。彼女の伝えるべき言葉が何なのかをわかっている彼は、ニヤつくではないが、口元を綻ばせていた。


 彼が信じる勇者の先代は、先の大戦から人類を救った大英雄だ。出来過ぎた()の人は、見返りを一切求めなかった。そのために、成し遂げた偉業にも関わらず、小さな村で、たった数人に看取られてこの世を去った。


 それは彼が尊敬する勇者の望みだったのかもしれないが、恩を受けた側としては納得出来ない。仕事には対価が必要だと男は思っている。ただのオッサンでありながら、こうして三代目ネギの勇者の旅に付き合っているのは、彼なりの恩返しでもあった。


 ある日、滅ぶ筈だった村を一人の勇者に救われた。その時のことは、中年になった今でも瞼を閉じれば昨日のことのように思い出せる。恩返しがしたかった――だが、恩を返そうにも、助けられたばかりの頃は無力な子どもだったのだ。


 何の因果か、大恩ある方の息子と今は旅をしている。その息子も、見返りを欲するタイプではない。だからこそ、この少女の存在が嬉しかった。


 これまでの旅で、勇者は人を助けて当たり前という意見を耳にしていた男であるが、それは奢りだと思っていた。富であれ、名声であれ、英雄は何かを糧に魔物を滅ぼす。


 だが彼の主の糧はそういったものではなく、もっとささやかなものだから質が悪いし報われない。


「ニヤニヤして、気持ち悪いわね。とっととあのネギ男のところへ連れて行きなさいよ!」


 村長の娘とは言え、成人前の少女が大の大人に溢すべき言葉ではなかった。それでも、勇者に命を、それ以上のものを救われたオッサンとしては、ニヤつきを抑えられない。


「私へは、罵詈雑言を幾らぶつけていただいても結構です。実際気持ち悪いだろうし……ですが、勇者様には別の言葉をかけてくださいね。約束ですぞ!」

「あーもう、うるさい! 無駄口たたく暇があるなら、足を動かしなさいよ!」


 がなる少女の言葉は意に介さず、オッサンは、好戦的だったゴブリンの転がる山道を駆け抜けた。





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