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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第四話「ネギを讃えよ、吟遊詩人」
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吟遊詩人は、時に静かに謳う【幕間】

 アレクラは王国最大の穀倉地帯に構えられた村の一つである。国民の食糧事情を一手に引き受けるこの村は、他と同じく、小麦を貨幣に変えることで成り立っている。


「ママー、吟遊詩人だ!」


 幼子が人だかりへと駆けて行く。手を離された母親は、すぐにでも腕を伸ばしたい気持ちがあったが一拍ばかり時を空けた。長閑な村であれば、多少はしゃいだところで問題ない。自身の幼少期を思い出し、母親はゆっくりと歩き出す。


 その身を包むはウール素材の衣服であるが、パッチが当てられていた。彼女に限らず、この町の人たちは凡そこのような恰好が標準とされる。衣服を新調するくらいならば、農具や家財道具に金をかけるのが自然だ。


「おお、坊主も来たか。これから始まるところだ」


 走る幼子へ、髭を蓄えた男が朗らかに笑う。地味な灰色のチュニックは腰紐に巻かれ、肘の辺りにはやはり当て布がされている。実にこの村の農夫らしい服装であった。


 生活は太陽の登り降りと共にされ、ほとんどの民は農耕に勤しむ。豊とは言えないが、小麦のお陰で食いっぱぐれることはない――暮らし向きは悪くないと言っていいだろう。


「おや、仕事はいいのかい?」

「何、ちょっとくらいならいいだろう。日頃の俺らの働きをアイリス神も、ケイマラード神も見てくれているさ」


 人集りのなかで、ゆったりとした会話がぽつぽつと起こっていた。


 腹が満たされれば、その他の事柄にも目が移る。本日は丁度、町の広場では数少ない娯楽に興じようと人々が集まった。時刻は昼を回ったところ、ややのんびりとした気性の村人たちは少しだけ休憩時間を延長する。


「間に合った。ママー、ママーっ」


 満面の笑みで、幼子は母を呼ぶ。甲高い声が響くが、誰も顔を顰めるようなことはしない。皆が皆、期待に胸を躍らせているのだ、怒れる訳はない。


 老いも若きも、これからのことが楽しみで仕方がないのだ。情報伝達手段に乏しい世界では、特に日がな一日農作業に明け暮れるアレクラでは、他所の様子を聞くことは大きな娯楽となっている。


 今や衆目は、一人の青年に視線を注ぐ。外套に羽付きの帽子と、一風変わった姿だが、変わっているだけに一目で彼が吟遊詩人であるとわかってよい。期待に満ちた瞳は、青年が商売道具を準備する様すら楽しみに見守っていた。


「失礼、少し調整を」


 よく通る声で、青年は断りを入れた。期待に応えるべく、手早く弦を弾きながら音の調子は確かめられる。


 爪弾かれる――実際には優しく撫でるような奏法であるが――音は、まだ本番でもないというのに、集まった人たちの瞳を一層輝かせる。


(流石はアレクラ。始まる前からこれとは、ありがたいことです)


 洋ナシを縦に切ったような形の楽器には、多くの弦が張られている。リュートと呼ばれるこの楽器を手に、町から町へ、国から国へと渡り歩くことが彼の仕事だ。


 相棒の準備が整えば、渡り歩く際に披露してきた話をここでも聞かせよう。それも伝説から最新の英雄譚までを口にするべく、一度咳払いをしてみせた。


「今日は何のお話なのっ」


 興奮した幼子は手を叩いて、彼へ催促してしまう。小さな音であったが、きっかけとしては十分だ。拍手を以って青年は歓迎された。


「そうですね……」


 期待溢れる人たちを見回しながら、吟遊詩人は話題を吟味した。お客の期待に応えてこそ、エンターテインメント――ならば、いつだって最上級に面白い話を披露すべしと男は笑う。


 吟味する間に、自然とリュートが奏でられ、複数の音が折り重なる。柔らかな旋律は、確かな低音に支えられて曲となった。


 実際は、曲と呼んでよいかもわからない代物であると、弾き手は思っている。幼き頃に聞いた吟遊詩人の楽曲、それを見様見真似で弾いたことが始まりであった。微かに残る記憶を頼りにした演奏は、実は出鱈目なのかもしれない。


「そうですね。わたーしが、つい最近に王都で見聞きした優しき男のお話、そしてもう一つは過去の英雄譚を……大戦時にこの村を救ったとされる男、そんなお話をいたしましょう」


 本日は本業であるのだから、言葉を叩き込む必要はない。リバーハインドは緑の鎧を纏う勇者の姿を一つ一つ思い返しながら、丁寧にその活躍を語り始めた。




 ゆったりとした音楽に乗せ、吟遊詩人の青年は三代目ネギの勇者の活躍を人々へ伝える。まず語られるは、レティア闘技場での一幕だ。


 従来では魔物同士の闘いを見物するものであるが、レティアでは勇者対魔物、或いは勇者同士の激突を見ることが出来た。すぐ近くの町、ラスパにはギルドこそあれど、護衛や搬送がクエストの中心であれば、賑やかな闘いというものに村人の心は掴まれた。


「レティア闘技場では、勇者と勇者が相見(アイマミ)えていました。片や、金色の剣を持つ者、片や緑色の拳を固める者――果たしてどちらが勝ったでしょうか」

「剣だよ、剣の方が強い!」

「拳だ! 英雄は素手でも強いんだ!」


 合いの手のような形で、子どもたちが口々に言葉を投げ入れる。


 騒がしさを諫めるように、リバーハインドはリュートの曲調を変え、流れを変えた。ややアップテンポの曲に、子どもたちは吟遊詩人へと瞳を戻す。


「さて……剣と拳、どちらがということではありません。ただ、この場では緑の軽装鎧の者が勝ったのです。大衆を味方につけた黄色の勇者、力強くはありました。ですが、他人を棄てた者と、他者の命を護ろうとした者――果たして、どちらが勇者らしかったでしょうか?」

「守る方!」

「そうですね。人の力は、想いに依ると私は思います。そういった点では、緑の人の方が強かったのでしょう」


 優しい笑みを浮かべ、青年は子どもたちに答える。


 この後は、往生際悪く暴れる黄色の獣を、緑色の優しき獣が打ち倒した話が続けられた。人々は勇者の奇跡を耳にしながら、興奮したように姿勢を前のめりにしている。


「はい――私が語る英雄譚、それは紛れもなくこの目で見聞きしてきたものです。ですが、真偽はみなさんが計ってくださればと思います」


 倒れた観客へ追い打ちをかけた獣、それを止めるために魔力を使い果たした勇者。かくも激戦が語られるが、これは日毎に見る夢が如く、誰にも理解されない話であるとリバーハインドは知っている。彼はあくまでも語り手であれば、解釈はその他の人たちへ委ねることとした。


 元より緑色の勇者は名声にこだわることはない。ともすれば、名前を呼ぶこともなく“緑の人”とだけ紹介される


 ネギの勇者は、一時は確かに名声を得ることを望んでいた。だが、リバーハインドと出会った頃は、勇者が当たり前のように名声を求めることへ疑念を覚え始めていた――だからこそ、吟遊詩人の青年はジオと名乗る勇者を好ましく思っていた。


「力は大切です。ですが、力のみを追い求めることは、違う。“勇者だから偉いのではない。人を護るから偉いのだ”彼は、私にそれを教えてくれました……」


 更に曲調を変えて、吟遊詩人は語る。瞼を閉じれば、友とでも呼ぶべき少年の姿が思い描かれる。


「力とは何なのでしょうか。数多くの英雄譚を伝える私にも、未だにわかりません。強ければよいか? そのように問われれば、首を捻ってしまいます……小さなみなさんにも伝わるように言うならー、ケンカに勝てばそれで終わり、と出来るでしょうか? それで終わりにしてよろしいのでしょうか?」


 楽器を爪弾くことは止めず、観客を見回す。多少の沈黙の後、子どもたちが真剣な顔つきになったことを確認して、吟遊詩人は語る。思わず、力が入りそうになったので、一呼吸を更に置いた――真に語るべき相手を、リバーハインドは見つけていた。


「勇者とは、神――大いなる存在から力を借り受けた者たちです。私は彼らが万能とは思いません。大きな力と引き換えに、何らかの制約を負うのです。彼らは時に、我々が当たり前のように享受している暮らしすら棄て去ります。それ程のリスクを引き受けてまで、どうして闘うのか……憶測ですが、きっとそこには、人を護りたいという単純かつ純粋な祈りがそこにあるのでしょう」


 吟遊詩人は、真っ直ぐに一人の人物を見た。黒髪黒目でありながら、神に愛されたこの少年は群衆に紛れても目立ってしまうように思える。色は同じでも、高い魔力を持つ彼は人よりも光が強い。


「では、次のお話。ほとんどの吟遊詩人が語らぬ、英雄の話をしましょう」


 再び、曲調をゆったりとしたものに変え、厳かに言葉が紡がれていく。


 だが、村の人たちは一人、また一人と散っていった。


「お前さん、その話好きだねぇ」


 去り際、農夫の一人がそのように呟いていた。


「えー、いいじゃん。緑の人、カッコいいじゃん!」


 子どもたちは賛同してみせるが、何度も繰り返されてきた虚言に、村の大人はそれこそ辟易としていた。魔物との対戦を終結させた人物は、大英雄ヴァリスナードであると大人は認識している。


 王国どころか隣国まで救った大英雄に比べれば、この村に起こったらしい事件を解決した人物の話など霞んでしまう。それどころか、村人は老人とごく一部のものを除いて、大型の魔物など目にしたことはないのだ。


 嘘つきハインド。


 ただ一人、村を壊滅の危機に陥れた魔物を見た子どもは、嘗てこう謗られていた。吟遊詩人となった今では、彼をそう呼ぶ者は少ない。


「これは、私が子どもの時の話です――」


 観衆が減ろうが、リバーハインドは語る。リュートが暗い音を立てることも、この話の不評を買っていた。


 それでも、子どもは最後まで聞く。そこには、大人が諦めてしまった何かがあるから。


 それでも、リバーハインドは繰り返して謳う。そこには、彼が諦めたくない何かがあるから。


「十年、それは我々にとっては長いものですが、魔物にとってはどの程度のものなのでしょう……」


 大型の魔物が現れ、村を根こそぎひっくり返そうとした。それを緑の人が止めてくれた――顛末は特に劇的でもヒロイックでもない。だが、リバーハインドは子どもたちから視線を外して、二人の少年に語りかけた。


 一人は、彼の弟分のようなラリィ。もう一人は、ジオグラフィカエルヴァドス――緑の鎧を身に纏う勇者だ。


「さて、十年という周期が崩れてはいますが、再びあの魔物が現れないとも限りません。ただ待つだけでよいのでしょうか。本当に魔物が現れた時、わたーしたちは大切な人を失わずにいられるのでしょうか……小さなみなさん、ゆっくりと考えてください」


 そこでリュートは止まる。この村に起きた災厄は語り継がねばならない。


「初めてあんたの本業を見せてもらった。流石は玄人だ……俺も、玄人として応えよう」


 パンパン、と乾いた音が響く。緑色の少年勇者は、誰も気にすることなく吟遊詩人へ向けて拍手を届けた。


「私やラリィの悲願、貴方に届いたのでしたら、吟遊詩人冥利に尽きます」


 おどけたように、リバーハインドは肩を竦める。それでも、ネギの勇者は真っ直ぐに瞳を向けることを止めてくれない。


(この話が嘘であれば、どれ程よかったか……)


 嘘つきハインドは胸中でボヤく。ようやくここまで来た。とても現実には思えない魔物、それを退けられるであろう力を持つ勇者が村にやって来た。


「ハインド兄さん、お帰り」


 勇者を連れて戻った弟分、彼だけが信じ続けてくれた。一緒になって魔物の脅威を訴える彼もまた、嘘つき呼ばわりされていた。


「ただいま。よく、頑張ったね」


 愚かなまで真っ直ぐに育った弟分は、ラスパで大変な目に遭っていたことだろう。語ることばかり上手になってしまった吟遊詩人。今この時ばかりは、言葉は無粋と、件の魔物による襲撃で家族を失った少年の頭を撫でた。


 季節は麦秋――村は収穫を前に慌ただしくもなる。


 己の話が嘘で済むならば、それでいい。故郷の人々が詰まらぬ日常を、いつもの暮らしが送られるよう、吟遊詩人は祈った。




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