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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第四話「ネギを讃えよ、吟遊詩人」
61/202

オッサンと勇者、大いに暴れる 2

 夜明け前からラスパは騒がしかった。


 町の危機を知らせる警報に巨ネズミの群れ、建物を揺るがす程の轟音と続けば、時計の針を進めたように人々は活動時間を繰り上げた。眠っていられる状況ではなかった。目の前に魔物の群れが転がっているとなれば、身の安全を確保するために文句などは言っていられない。


 日の出前に叩き起こされたことへの不満も、緊急クエストが発注されてはむしろ喜びに変わる。日銭が得られると共に、小麦の収穫を前に町のために働ける――一致団結の様相を得て、夜明け前からラスパは騒がしくも活気に溢れていた。


「ちっ――」


 ラスパードッグが次々と運ばれていく様を横目に、大きな舌打ちをする男が一人。鈍色の鎧集団を纏め上げるマイロは、民衆の輪に加わることもなく不機嫌さを露わにしていた。


「マイロ、あのな……」


 巨ネズミの一体をギルドへ引き渡した女が、おずおずと声を掛けた。彼女も鈍色の鎧に身を包んでいるが、何処か雰囲気は異なった。同じチームに属しながら、同じ立場でありながらアンナは遠慮がちであった。


 不快さを露わにする仲間が目に入れば、どうしても覗き見るようになってしまう。


「面白くないな」


 舌打ちを繰り返しながら、路地裏に控える鈍色の勇者は背中を民家の壁へと預けた。


 男の目の前では、誰も彼もが彼を放って楽しそうにしている――早朝から叩き起こされたにも関わらず、だ。その和やかな雰囲気の中心に、中年の男がいるとわかってから、彼の頭は燃えるような感情に支配されていた。


 アンナの他、二人の仲間も命こそ無事であるが、酷い有様であった。周囲が楽し気にすればする程、怒りが湧いてくる――勇者の仲間が一般人に軽くあしらわれたという事実が許せない。


(相変わらず面倒くさいねぇ……)


 仲間の言葉を聞き流しながら、女勇者はクエストに応えるべく用意した台車に手をかける。


「何してんだ?」

「……仕事だよ。ある程度の人数が参加しておかないと、私らの面子が立たないだろ」


 やや棘のある台詞をアンナは出してしまう。キョウジとかいう中年の男が気に入らないのはわかるが、片腕の人間ですらクエストに参加している。マイロが威厳ある頭目で在り続けたいのであれば、彼女へ向ける声は不機嫌なものではなく、労いである方が生産的だ。


「余計なことを……」


 目先ばかりを見た鈍色の勇者は、変わらず渋面を切ったまま答えた。四角い顔の中央、眉間には皺が折り重なっている。目元に刻まれた皺は、苛立ちを表す。不快さを隠すことなく、男は呻く。


 北方を中心に活躍するこの勇者も若くはない、そろそろ中年の域に差しかかろう頃合いでやっていることがゴロツキと変わらないとは――アンナは深い溜め息を吐きながら、首を左右に振った。


(すっかり変わっちまったな)


 胸中に現れた言葉を噛み締め、鈍色の鎧を着た女はよく似た鎧を着た男から視線を外した。この分だとマイロが重症の仲間を救うことはない。そう思い至れば、黙って台車を押す。


「おい、待て」


 短く吐かれたものに、ついにアンナは嫌悪感を覚えた。永らくチームを組んではいるが、いつの頃からかその物の言い方には引っ掛かるものがあった。これまで蓄積してきたものを思えば、どうしてここまで堪えてきたのであろうかとすら思える。


 言うべき言葉ではないと理解した上で、今まで出すことも出来なかった文句が堰を切ったように溢れた。


「命令すんじゃないよ。私らには上も下もない……最初にそう言ってたのは、あんたの筈だったろ!」

「そんなもんはな、十年以上も前の話だ! これだけ大きな組織になって、弓しか取り柄のないお前ですら幹部待遇になっている。一体、誰のお陰で食いっぱぐれなくて済んでると思ってる?」


 壁から身を離し、前のメリになってマイロは怒鳴る。成人直後の駆け出しであったアンナに、あれこれと教えてくれたの間違いなくこの男だ。だが、今は頼れる男がどのような表情をしていたかすらも思い出せない。


「少なくともさ、今日からは自分の力で食っていくよ。正直あんたにゃもう、うんざりだ」


 顔を向けることもなく、女は決別を告げた。少なくとも、誰かを寄ってたかって叩きのめすために勇者ギルドの門を叩いた訳ではない。


「待てと言っている。お前、この町で俺に従わずに生きてけると思ってるのか? お前は、お前は――」

「うるさいねぇ。私にゃアンナって名前があるんだ。お前呼ばわりすんじゃねぇよ、このオッサンが! この町で暮らせないなら、出てってやるよ……そうだね、同じオッサンでも、もっと強くて頼りがいのあるのが丁度いるだろ?」

「アンナ、お前!」


 叩きつけられた鈍色の篭手が大きな音を立てる。民家の外壁が剥がれ、慌てた様子で小柄な男が飛び出して来ていた。この家の住人であり、怒気を含んだ表情をしていたが、マイロを見た途端に顔色は変わっていく――この町で鎧を着ている者は勇者だ、不平を溢すことにもリスクを伴う。


「何だ?」

「――あひっ、な、何でもっ!」


 喧嘩を売るつもりはなくとも、文句の一つは言いたいところであった。


 住人が視線をやり場なく彷徨わせていようとも、マイロが自身の方が不快であると示すと家の中へと逃げ帰った。


「そうだ、それでいい」


 鈍色の勇者は少しばかり溜飲が下がる思いに、言葉を溢す。誰も彼もが思い通りの筈なのだ。今の小柄な男のように、自身が一言で操れるものであるのだ。


「アンナ、覚えていろよ」


 四角い顔に、蛇のような眼をしてマイロは呟く。


 今や力を手にした男は、ラスパにおける影の支配者だ。気持ちが晴れやかでない原因はわかっている。彼の言う通りにならない者がいるからだ。


「マイロさーん、お待たせしました」

「よく来たな。早速頼みたいことがある」


 遠ざかる女を見ることは、今はない。駆け付けた部下たちへの命令が先だ。支配者に逆らうことは許されない。


「あそこにいるオッサン、あれが目障りだ。クエストが終わり次第、囲んでくれ」

「了解です」

「ふふふ、そうだ、それでいいんだ」


 集まった者たちが揃って返事をするれば、マイロはようやく損なった機嫌を戻しつつあった。まずはこれ程にも不快な気分にさせた、英雄気取りを叩きのめす。


 規格の統一された鈍色の鎧、それを纏った配下は実によく命令に従ってくれる。中でも、彼らは魔物よりも人間を相手にする方が得意であるのだから、マイロとしては言うことなどはない。






「どうした、シャーロット」

「ちょっと考え事ー」


 うーん、と精霊は腕組みをして唸る。先程からこの様子であるが、この娘がまさか考え事をしているとは――保護者代わりの神は、大きな瞳を見開いて驚愕の意を示していた。


「失礼だぞルファイド。私も人を憂う時はある!」

「ほぅ……」


 紅い瞳をした少女のような生き物は、驚く神へ諸手を挙げて抗議の意を示す。可憐な少女がするには似つかわしい格好であれども、百年以上の歳月を経た精霊がするものとしては如何なものか――ルファイドは顎元に手をやりながら、少々黙考した。


「そうか、人間に触れることで成長のような……いや、変化というよりもその機能が育ったのであれば、生長か?」


 ううむ、と今度はルファイドが唸ってみせる。


 首が傾けられた際に垂れた黒髪はやや曲がっているが、艶やかなものだ。肌の色は褐色で、若い女性らしい見た目に反することなく張りが見られる。


 相変わらず服は着物であるが、本日は灰色の着流しを身に付けている。シャロは知りようもないが、男着物を更に着崩しているために豊かに育った胸は谷間を見せていた。相貌に緑色を携えた妙齢の女性――簡単に言えば、闘神ヴァンデリック・ルファイドとはそのような見た目をしている。


「私にセイチョーってあるのか? あるとすれば、私もルファイドくらいおっぱい大きくなるのか!」


 ハッと紅い目をシャロは開く。精霊として生まれ変わった己に不満はない、ただもう少し胸が大きければと思うのは、過去に人間であった頃の僅かな名残であろうか。


「正直、オレにもわからん話だ。何せシャロは特異中の特異だからな……人々がそうあるように願えばー、お前の姿形も変容する、のか?」

「わからんてことだな! ま、このままでもいいや。それにしても、神様も万能ではないなー」


 わははは、と精霊は笑う。あれこれ思いを馳せれども、シャロはすぐにケロりとした表情に戻る。まるで引き摺らない精神性は、人間とは別種の存在である証左でもあった。


「シャロがそれでいいなら、それでいい。さて、オレの愛する精霊シャーロット、一体全体、何を憂うことがある?」

「うん? ああ、そうだ。考え事をしていたんだよー」


 一拍子ズレた返答にも、ルファイドは鷹揚に頷いて続きを待った。その表情は慈愛に満ちており、闘神と呼ばれる時のものとは異なる。竜神アギト・エギレアが炎と進化を司るように、ヴァンデリック・ルファイドにも別の顔があるのだ。


 神がこの精霊を勇者につけたのは、勇者のためだけではない。人間と出会うことで変化することを望んでいた。笑みを向けてくれるのは嬉しいことであるが、彼女が何を想い、何に悩んでいるかが肝心だ。


「何を考えていた? 聞かせておくれ」


 柔和な笑みを見せながら、神は愛すべき精霊へと促す。再び腕組みに戻ったシャロは「うむむ」と溢しながらも口を開く。


「あいつ――ジオに、私は必要なんだろうか」

「ほう?」

「いやな、あいつの望みは間違いなく勇者になることだった。今も変わりない……けど、ここのところ人に触れて、アレは変わってきている。闘いの最中、異種族を思いやってしまう姿も見られた」


 眉根を寄せて、シャロは語る。整理のつかない心内を溢してみせるのは、目の前に愛情注ぐ神がいるからか。


「一見、これまで通りに一生懸命なんだ。だけど徐々に噛み合わなくなってきている、確実に。オッサンに対してのもそう、料理人の姉ちゃんに対してもそう、ティアにしても……あいつ、どうしたいのかな? 自分で言ってて、よくわからんのだけど」

「ジオグラフィカエルヴァドス、あれは面白い生き物だな。シャロが思わず世話を焼いてしまうように、オレが思わず肩入れしたくなってしまうように――」


 声の小さくなっていく精霊に、ルファイド神は優しく続ける。


「あれも人間だ、変わっていくものさ……だからといって、お前が不要な訳はない。シャーロット、お前はあいつの何だ?」

「神の癖に愚問だな。私は、ジオのお姉ちゃんだ!」


 何が琴線に触れたか、表情はすっかり元のシャロに戻っていた。腰に手を当て、ふんぞり返りドヤ顔を見せている。


「その通りだシャロ、姉らしくするといい。あの弱くなるまいと、強く在ろうと足掻く少年を導いてやれ」


 歯を見せて神は笑う。生き物を超越したルファイドがこうして掛け値なしに笑うことは珍しい――愛する憐れな精霊が人間との出会いを経て変化を見せてくれる、それは数少ない心慰みであった。






 パタパタと背丈の低い人物が屋内を走り回る。その動きに合わせ、黒髪は上下に忙しなく揺れていた。


 ギルドの花形である受付嬢の御多聞に漏れず、ネラは整った顔立ちをしている。座っていると大人びて見える彼女であるが、動き出せばむしろ実年齢より幼く見えるのは何故か。


(よく働くなぁ……)


 他人事のようにそれを眺める少年が居た。ギルドの食堂で、大柄な中年と昼食を摂りながら、今後について相談をしていたところだ。この後は彼の生まれ育った村へ行くことになるのだが、何となくネラの姿を目で追ってしまっていた。


「ええと、何か?」


 ちょっと忙しいんですけど――とまでは言わないが、少しばかり厳しい口調になる。ギルドは何処も人手不足であれば、受付業務だけで済む訳もない。蒸かした芋を手に、ラリィ少年が眺めてくるとなれば、朝から碌なものを胃袋に収めていない彼女は、やや恨めしい表情にもなる。


「な、何でもないですっ! お仕事、頑張ってください」

「ありがとうございます。そちらも、村へのお帰りの際はお気をつけて」


 慌てる彼へ、キリっとした表情でネラは応えては、パタパタと駆けて行く。その後ろ姿からはまた幼い印象を受けるが、決して頼りないものではなかった。「はぇぇ」と大口を開けながら、少年は気のない音を漏らした。


「ギルドの受付嬢は大抵、びっくりする程美人です。ですからといって、ジロジロと見ては失礼にあたりますぞ?」

「あ、はい、ごめんなさい」


 優しい口調で咎められ、ラリィは素直に謝った。大柄な男は、皿に盛られた芋に手を伸ばしながら微笑む。


「ネラ殿も、流石ですな。予想外の事態に慌てながら、ラリィ少年への気遣いも忘れない。ああいう人たちに、ギルドは支えられているのですな――と、すみません。つい説教臭いことを……オッサンの戯言と聞き流してください」

「いえ、そんなことは」


 オッサンに倣って芋を口にする。町へと出てみれば、厭ことばかりかと思っていた。しかし、ギルド受付嬢もこのオッサンも、彼がこれまでに見たことのないタイプの人たちで、今では暗澹とした気持ちは鳴りを潜めていた。


 今朝方から慌ただしくしている町を眺めていたが、魔物の襲来後に集まった人たちは懸命に働いていた。一緒になってラスパードッグを運んだラリィは、ようやく昼食にありついていた訳だが、不思議とただの芋が上手く感じられていた。


「さて、あの魔物の群れが前兆だという話……私も朧気ながら思い出しましたぞ。お気持ちは逸るでしょうが、主の到着をお待ちください。あれは、私では返り討ちに遭ってしまうでしょう」

「そ、そんなに強いんですか!?」


 昨日から続けて見せつけられていた、キョウジという男の強さ。それでも、村に訪れるであろう魔物には敵わないという――思わず立ち上がってしまったが、袖を引かれて席に座り直す。


 中年の男は実に真面目な顔をして語る。口振りからすれば、十五年前に緑の人と一緒に村を襲った魔物に出会っているのではないかとすら思えた。


「余り使いたくない言葉ですがね、相性というものがあるのですな。私は人間相手なら少しやれますが、魔物退治となると周辺への被害も考慮にいれないと。やはり、専門家にお任せした方がよいと思います」

「……わかりました」


 これ程強い男が言うのであれば、ただの少年であるラリィはそれ以上の言葉もない。


 素直に頷くと、キョウジは満足いったように頷いていた。そこにはこれから強い魔物と対峙することへの怯えもない、ただただ柔らかな笑みが浮かべられる。この顔を見れば、自然とラリィはふと浮かんだことを尋ねずにはいられなかった。


「キョウジさんの主、緑の人は本当に強い人なんですね」

「そー……ですな。そうですな、とてもとても強い。しかしですな、その方も病には勝てなかった」

「え――」


 急に表情に陰りを見せた男への驚きが隠せない。緑の人を呼ぶと言っていたのに、これではまるで故人について話しているようではないか。


「ああ、すみませぬな。十五年前に活躍をされたその方は、先代緑の人。今こちらに駆け付けているのは、彼の御子息であり、私が最も信頼を寄せる人間の勇者です」


 どうぞご心配なく、そのように付け加えてオッサンは再び笑顔に戻る。疑問などが湧いてきているが、ラリィは興味本位で尋ねることに気が引け、芋を齧る。


 柔和な笑みを浮かべる男だが、時折先程のような哀し気な顔をしていることが気にかかった。そもそも、ラスパへと何故やって来たのかもわからない。聞いてみたいが、詮索するようで憚られた。


「ラスパも、料理が美味しいですな。ジオ様にも召し上がっていただきたい……持ち運び出来るようなものはなかろうものでしょうか」


 うーん、と唸る男を見て、ラリィはここぞとばかりに口を開く。


「ホットサンド、ホットサンドがいいですよ! ラスパは小麦が有名ですし、緑の人に好き嫌いはありますか?」

「……はぁ」

「あ、急に大声で、ごめんなさい」


 困ったような表情をオッサンがすれば、少年の言葉も精彩を欠いてくる。しゅんとしみせると、大柄な男は笑い出した――これまでのような微笑みではなく、豪快な笑いであった。人目を気にせぬ大笑いには、呆気に取られてしまう。


「すみませぬな、ああ、今日は謝ってばかりだ。我が主には好き嫌いはありませぬよ」

「え、じゃあ何で笑うんですか?」


 今度は疑問を隠すことなく問いかける。それには、これまで以上に柔らかな笑みでオッサンは応えた。


「ラリィ少年の生真面目な姿が、主に似ておりましてな。あの方は――」


 しばらく離れてしまった主の姿を、ありありと思い描いて口を開く。だがそれは途中で無粋な音に遮られてしまった。


「出てこい、オッサン!」


 大きく開かれた扉の先では、昨日から因縁のあるマイロが声を張っていた。相変わらずの鈍色をした鎧に身を包んではいるが、手にはロングソードが握られている。何とも穏やかでない出で立ちを見れば、温厚なキョウジも不機嫌そうに言葉を吐き捨てた。


「貴方も、十分にオッサンって言われる年齢ですぞ?」

「――っ!」


 何処からともなく、噛み殺しきれなかった笑い声が届く。実年齢で言えば、キョウジの方が上であるが、顔つきを見るとマイロの方が老け込んで見えてしまう。どこからどう見ても、中年が中年にケンカを売っている構図だ。


「うるせぇ! とっとと来やがれ!」


 四角い顔を赤に染めて、男は叫ぶ。振り回された拳が扉の木枠を打つと、ギルドからは笑いも散り消えた。


 ラリィが目をキョロキョロとしている姿も収め、オッサンはゆっくりと立ち上がって進む。


「外へ出てやりますから、他の方へ迷惑になるようなことはしませぬように。ラリィ少年、少し待っててくだされ」

「オッサン!」


 ひらひらと手を振りながら、キョウジはマイロの横を素通りする。昨日今日と強さを見せつけられているが、何処か心配が残り、その後をラリィは追いかけていた。他にも心配症が居たようで、ネラは大きめのフォークを手にして小走りで彼らを追った。


「何ですかこれは――」


 ギルドの外には鈍色の鎧を纏った者がズラリと居並ぶ。数は優に三十人を越えている。


「ちょっとですけど、マイロの性格を疑いますね!」


 驚愕を露わにする少年の横、ギルド受付嬢はフォークを握る手に力を込めた。立場からオッサンに肩入れをする訳にはいかず、言葉の上では控えめであったが、横からは憤慨している様がハッキリと見て取れた。


「まー、エゲつない手を……ここまでしては、もうケンカの域を越えてますな。私に勝ったところで、その後はどう事態を収めるつもりで?」


 集まった男たちがオッサンを取り囲み始める。今更動じることはなく、中心人物であるマイロへと静かに投げかけていた。


「どう収める? そもそもが間違いだ。お前が俺にケンカを売った。それで俺に叩き潰された、それだけだ」


 口の端を持ち上げて、マイロは嗤う。半裸などとふざけた格好をしていても、この男が強いことはもう認めていた。その上でも自身の勝ちは揺らぎない。


 囲んでしまえば、組み付かれる前に鈍色の人の群れで容易に圧し潰すことが出来る――数は力であり、この町では誰も彼に逆らうことは許されない。


「なるほどなるほど。この規模でも、ただのケンカで済まされますか……クズですな」

「精々、ほざいてろ。一思いにはやらんぞ、見せしめも兼ねてじっくりとやってやる」


 すん、と鼻を鳴らしてマイロは睨みつける。この期に及んで、動揺の一つも見せないことが気に入らない。どうせなら、この輪の外で見学している少年のように慌てふためいてくれればと思わないでもない。


「オッサン、気をつけて!」

「心配はありがたい。ですが、やはりご無用ですぞ?」


 ラリィの切羽詰まった叫びに、キョウジは調子を変えることなく応える。頼り甲斐のある声であっても、人に囲まれて状況が読めていない――その歯痒さから更に叫びを強くする。


「違います、向こうからまだ馬が! こっちに来てるんですよ!」


 少年の視線の先には、遅れてやって来た一頭が足を止めていた。男は馬上に子どもを残して、既に地に足をつけている。瞳を回してから、石畳の地面を蹴り上げた。


「オッサン、緑の鎧のやつがそっち行ったよ!?」


 首を持ち上げて、ラリィは緑の風が通った軌道を見送る。マイロの増援だと思い込んでいた彼は、鈍色の鎧を着た人たちが同様に見上げていたことを見落としていた。


「オッサーーン!」


 上からの叫びに、呼ばれた本人はバツが悪そうに笑う。


 見慣れた緑の鎧をシンボルに持つ少年――とても短気であるが、それはいつも誰かのために怒っているとよく知っている。大抵は魔物に向けられるが故に、真正面から彼が怒る顔を従者は見たことがなかった。


(いや、心配は必要だったかもしれませぬな)


「何だ、あれは?」

「人間って飛べたんだ」

「マイロさん、どうすんだ!」


 鈍色の人たちは、口々に感想を漏らした。


 緑の風を巻き上げ、上空へと飛び立った少年。その者は空中で緑色の光の壁を展開する。

当事者も見物人も、その様を思わず眺めてしまう――英雄譚は数あれど、空中を跳ねる勇者など聞いたことはない。


 魔法で作った壁を足場に、ネギの勇者は囲いの中へ飛び込んだ。振り被られた拳は地面へと突き立ち、足元を揺るがせる。放出された魔力に人々は二三歩程後ろへと後退った。


「勇者様!」


 現れた主を前に、オッサンは両腕を広げて歓迎する。


「オッサン!」


 その胸に向かって、勇者は飛び込んだ――右の拳を大いに振り被って。


「長い間留守にして、何してやがった!」


 風切りを立てながら放たれた拳、それを上半身を捻ってオッサンは躱す。振り抜かれたのを見送ると同時、大柄な身体は腕の関節を取りにかかった。


「すみませぬ。今は、野暮用としか」

「いっつもそれだっ、簡単に謝ってるんじゃねぇよ……」


 腕を絡められたまま、相手の身体ごと腕を持ち上げる勇者。そのまま地面へ叩きつける算段だ。


「そりゃぁ、悪いと思えば謝るでしょう」


 技を解いて従者は緑の鎧、その肩当ての上で倒立して逃げる。流石に真上に逃げれば追撃はあるまい――誰もがそのように思ったが、少年勇者の怒りはまだ収まっていなかった。


 ゆっくりと身を縮めていけば、折れた膝は爆発的な勢いをもって伸ばされた。


「痛いですぞ」


 無理矢理に飛び上がられては頭突きをもらい、オッサンはぼやきながらも真剣な表情を崩さない。この程度の攻撃で止まる少年ではないし、現に手指が顔にかけられている。


「痛くしてんだよ」


 力任せに従者を放り投げ、自身も追いかけて飛び上がる。展開する緑の光を何度か踏み越えれば、先に身体を浮かべる男を優に追い越しては蹴りを繰り出した。


「いつになく、怒ってらっしゃる」

「当たり前だ!」


 空中で交わされる攻防。蹴り足が胴に届いても、オッサンはまた一つ身を捩って力をいなす。掛けられた足が外れれば、先程のお返しとばかりに指を主人の顔にかけた。


 腕の力だけで相手の身体を引き寄せると、腕を胴体へ回して頭を両膝で抱え込む。


「今日は、何に対しての怒りですかな? このオッサン、そこまで怒りを買っていましたか」


 むん、と力を入れると立場は逆転。少年の頭を逆さを向いていた。未だ二人は建物二階分の高さにある。


「俺に対する怒り、つまらん私憤だよ」


 地面が迫るなか、緑色の少年はぼそりと呟く。直後、激突した石畳は派手な音を立てた。


「いえ、私は歓迎ですぞ。ジオ様がご自身のことでお怒りになられるのは、初めてのことです」


 地面に突き刺さった主から、従者はゆったりと飛び退いた。いつもの鍛錬の延長線上にあるようなものだが、流石に上に乗ったままというのは憚られる。


「当たり前だろ……」


 右の腕を割れた地面から引き抜きつつ、ジオはゆっくりとその拳をオッサンの胸に押し当てた。伏せられた顔からは感情が読み取れないが、力の篭らない声と拳が震えるは、泣いているのか怒っているのか。


「あんたは、俺の身内だ。出て行ってもいいが、家族に黙って出て行かれたら、辛いだろうが」

「――その通りですな。申し訳、ございませんでした」


 従者は呻くようにして、重苦しくも詫びる。これまでも鍛錬のなかで幾らも打ち合ってきた。だが、真っ直ぐな少年が俯いて出したこの拳が、今までで一番堪えるものであった。


「いいよ、オッサン。言ったろ? あんたは俺の家族だ。だからな――」

「家族じゃからって、殴っていいもんじゃないぞ?」

「ティア……締まらんから、途中で口を挟まんでくれ」


 少年は横に浮かぶ幼女へと渋い顔をしてみせる。とんがり帽子にやぼったい外套に身を包む姿は、正に魔女と呼ぶに相応しい。


「一体、何なんだ……」


 飛び込んで来た緑の鎧を着た男、その一連の動きを見てマイロは唸った。その身に纏われていた風は、まるでレティアの英雄ラザロのようでもある。更には、連れの子どもの異様さには何と表現したものか――さらりと浮かんでいるが、魔力でそれを為すには一体どれ程の技量が必要であるのか。


 己を軽く投げ、仲間三人を軽くいなした中年の男。それ自体は凄いことかもしれないが、優れた人類であれば十分に出来るであろう。ただ、駆け付けた二人の勇者と魔女、これはいけないと永らく職業勇者を務める男は感じ取っていた。


(バカな、いや、バカか?)


 事態をどう収めるか(・・・・・・・・・)、そのことに気を回すと共に首を回すが、配下の者たちは彼よりも一層呆けた顔をして距離を取っている。何を間違えたのかはわからない。それでも、マイロは残った矜持で頭を抱えることだけは避けた。


 その彼の鼓膜を、咳払いした音が打つ。


「どこまで喋ったか……ああ、そうそう。オッサンは俺の家族だ、だからな?」

「――っ!?」


 頭を持ち上げた緑色の勇者、その相貌を見てマイロは息を呑む。表情を隠すためかいつの間にか固い金属の仮面がつけられている。だが、眼の部分に開けられた孔から漏れ出る光は余りに強く、直視し難いものだった。


「だから、俺の家族に大した理由なくちょっかい出すヤツはな、ぶっ飛ばすと決めてるんだ。あんた、余程の理由があったんだろうな?」


 低い声で、告げられたものは鈍色の勇者に迫るには十分過ぎた。理由を聞くという台詞は、ある意味で落とし所であった。後ろに居る魔女が杖を構えるともなれば、逃げの一手しか選択肢にはない。


「勇者様、この度は――」


 おぼえてやがれと、英雄譚の三下が上げるような言葉を残して、鈍色の職業勇者たちは背中を見せる。


「いい。もういい。それよりもだ、オッサン。俺を呼んだのは、あんなの相手にするためじゃないだろ? 俺は、一体何から人を護ればいい?」


 仮面を解き、勇者らしい顔を見せるジオは従者へ用件を尋ねる。内容はともかく、既に目的を当てている辺り、流石は我が主とオッサンはにこやかに微笑んだ。


 それらのやり取りを遠巻きに見ていたラリィは、鈍色軍団が逃げ去ったことを機に勇者らへと近寄る。手始めに声をかけるのは、これまで世話になった中年の男へだ。


「オッサ――キョウジさん、ひょっとして、彼が、その?」

「その通り。あれこそが、三代目ネギの勇者なのです!」


 力説するオッサン。己の主がとんでもなく強い、それを誇りたい気持ちは理解出来なくもない。


「……ネギの勇者って、何なんですか」


 ただ、何とも釈然としない想いが残ったので、ラリィは小さく溢す。吟遊詩人から聞かされていた緑の人、憧れを抱いた勇者の称号は何処か不穏な想いを少年に残していた。




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