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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第四話「ネギを讃えよ、吟遊詩人」
57/202

緑の人、旅に出る 1

 レティアの町は、本日も晴天に恵まれた。そろそろ北方では小麦の収穫時期とあり、ギルドは賑わいを見せる。物に動きがあれば、人もまた動く――依頼を予期し、男たちは早くも祝杯を挙げていた。


「もう、そんな時期なのね……」


 ギルド受付嬢、ラフィーネは人知れず大きく息を吐いた。季節はいつの間にか初夏を迎えている。小麦の収穫は結構なことだ。だが、彼女は両手離しでは喜べない。


『もうじき誕生日だったな。父さんが悪かったから、そろそろ帰って来てくれ』


 先日、手紙が届いた。仕事人間な父親が、謝罪のために態々筆を執ったことに新鮮な驚きがあった。


(だからってねぇ……そりゃ、もうすぐ二十八なのは自覚してますってば)


 カウンターに頭を埋め、ラフィーネは心の中でぼやいた。心配はありがたいが、手紙にはハッキリと“行き遅れ”などと認められていた。


 彼女の仕事はギルドの花形であるので、大抵は稼ぎのいい勇者の嫁に貰われていく。十余年受付嬢を続けている間に、相方の受付嬢が四人は入れ替わったと記憶している。氷の女に代わって、行き遅れと囁かれ始めているため、些細な言葉にも非常に過敏になってしまっている始末。


「なぁ、どうして遅れるんだ?」

「――っ!?」


 酒場スペースから届いた声に、ラフィーネは肩を震わせた。子どもの声であるので、キリカが父親と談笑していることはわかる。己に向けて出された言葉ではないと理解しているが、ついつい反応してしまう。


「意識をせずに動けるようになってきたが、たまに考え込んでしまう時がある。その所為だ」

「そんなに考えてないぞ、あたしは」

「俺もキリカも、力で押せるタイプじゃない。跳躍を基本にした流れるような移動術が命、ほんの一瞬の遅れが良さを殺してしまう」


 寡黙で通っているラザロが、饒舌に語っていた。その傍らには杖が立てかけられており、町の英雄が引退したことが真実であるとわかる――であれば、跡継ぎ娘には幾らでも言葉を尽くすことも納得出来る。


(ラザロさん……立ち直ったみたいね)


 書類を広げながら、名物受付嬢は耳を傾ける。彼女としては複雑な想いもあるが、拳奴ラザロは町に大きく貢献してきた人物だ。引退した現在も、若い勇者たちへの指南役を買っていた。魔物との戦闘経験は、多少の銭を積んだところで手に入るものでもない。


 自身が人質に取られたこと、オッサンを黄金剣士に売り渡したことへは、拭い難い嫌悪感があった。しかしそれも、ネギの勇者が赦していれば、ラフィーネには何も言えたものではない。


 言葉を差し挟むようなことはせず、父子の話を見守った。


「師匠は、殴りながら考えてるって言ってるぞ?」


 無垢な表情で、キリカは父へ問う。期間は短くとも、ネギの勇者について多くを学んだ彼女は、知らずの内に岐路に立たされていた。


 緑の鎧を纏う少年、それはラザロですら憧れを抱く程の強さを持っている。だが、心身共に成長期にある娘を思えば、ネギの勇者のコピーにしてしまうことには疑問が残る――この辺りの悩みを知っているからこそ、少年勇者はここ最近は親元へ娘を返しているのだろうとも察している。


「ジオくんは、強い。それはもう、言葉にならん程強い。父さんが全盛期であったとして、もう大したことも出来ないだろう……だがなキリカ、お前の体格で彼の真似は勧められん。我々はウィッツ神による恩恵を受ける赤風の勇者であって、ネギの勇者じゃない」


 娘が如何に心酔しているかを理解しているからこそ、ラザロは言葉を選んでゆっくりと語り聞かせた。これでわかってくれればと思うが……


「信仰、変えちゃダメか?」

「我が娘ながら、無茶苦茶な発想だな。良いも悪いもない。そもそも闘神の加護、その本領は一握り――否、たった一人の人間にしか与えられない」


 ジオが死ぬか、その力を放棄せねばキリカは真似事も出来ない。この事実は酷であるために呑み込み、赤髪の男は続ける。


「まだロッカで勇者やってた頃、二代目ネギの勇者に会ったことがある。とんでもなく強い人で、父さんも教えを乞うた。だがな“闘いのスタイルが全く違うから”と丁重に断られたよ」

「……ジオは、色々教えてくれた」

「そう、か」


 一拍ばかり、ラザロは間を作る。睨み上げるような顔をする娘には、言葉は選ばねばならない。


「殴り方、蹴り方は教わったか?」

「教えて、くれなかった」

「そういうことだよ、キリカ。加護の使い方や勇者としての心構え、それらを彼は教えてくれたのだろう」

「……うん」


 赤髪の少女も、何かに気づいたらしく眼を伏せた。


(キリカちゃん、大丈夫かしら)


 平素は寡黙な男が、少女の心の機微に応えられるかが心配であった。他人事とは言えども、ここがギルドであれば受付嬢は席を立ち、彼らへと近づいてみせる。


「お前が自分のことをわかるまで、色を付けずに待ってくれたんだ」

「え?」

「本当にいい師匠だな、キリカ。だから、彼の良いところを見習い、父の良きところを真似て欲しい」

「――うん!」


 父の言葉に、少女は納得のいった笑顔を返した。敬愛する師を貶すでもなく、むしろ認めてくれるのであれば、敢えて反抗することもない。


(そっか……ラザロさん、きちんとお父さんしてるんだな)


 歩調を緩め、ラフィーネは二人へと歩いて行く。今更カウンターへ戻ることは不自然であるし、口実なら幾らでも容易出来る。心持ちはもやもやとしたものが残るが、ラザロへのわだかまりが散っていったようにも思う。


「パパ、あたしは頑張って強くなる! 師匠が結婚出来なかったら、あたしが貰ってあげるんだ。だから、ジオに相応しいくらい、強くなる!」

「あー……動機はともかく、強くなろうとするのはいいことだ。だがな、強さだけ追いかけたら、婚期を逃すから気をつけ――どうした、ラフィーネ?」


 大きな音に振り返れば、金髪美人が盛大にすっ転んでいた。「何でもありません」と告げつつ何事もなく立ち上がっているが、表情がどこか険しいものになっているのは何故か。


「姉ちゃん、どうした。あたしが結婚するのはまだまだ先(・・・・・)の話だから、驚かなくていいんだぞ?」

「キリカ、ちょっと黙ってろ」

「え、何で? 何か悪いこと言った? 結婚には相応しい年齢があるだろ?」


 父の言葉は不可解と、首を捻る。この素直さは称賛すべきものであると、親バカながらラザロも思っている。しかし、時と場合は考えてしかるべし。後ろの受付嬢が凄い表情をしているのが見えないのであろうか。


「キリカちゃーん。話題を変えて悪いんだけど、ジオさんたちがさっき訪ねて来てたのは、どうして?」

「ん、ああー、ジオか。しばらく、留守にす、るって、言っ、て、たぞ……」


 後半に進むにつれ、キリカの言葉は小さくなっていった。ラフィーネが笑顔を浮かべているにも関わらず、背筋にうすら寒いものを感じる。


「キリカ、謝りなさい」


 訳は後で教えるから、と述べるラザロも何とも言えない渋い表情をしていた。そんな父の顔を見ては「ごめんなさい」と素直に、少女は謝罪に転じた。


「いいえ? 笑っているんですから、お気になさらず。さて、それでジオさんは何方へ?」


 多少意地悪であると思いつつも、表情は変えずに言葉を続ける。


「北方に行くってさー」

「……北方に?」


 ふと、ラフィーネは疑問符を浮かべる。何故北方なのか? 小麦運搬や周辺の魔物討伐は、ギルド所属の勇者であれば理解出来るが、彼のネギの勇者はそれらとは立ち位置が異なる。王都で竜人とも闘った人が、態々北方を目指す理由がよくわからない。


 金髪の受付嬢が首を捻っていると、赤髪の少女は遠慮がちに口を開いた。


「え、何ですって――」


 オッサンが今、北方にいる。確かに少女はそう言った。


 あれから三か月、屈託ない笑顔を見せてくれた男の現在を知れば、ラフィーネの心は揺れに揺れた。






「見つけたぞっ!」


 怒号に似た声が響く。低い声は、男のものか。馬に跨る人物、その冑に篭る声を聞きながら、中年は拳を胸の位置に構えた。


「やはり三人、私の耳もまだ捨てたものではありませんな」


 外套を放ったまま、黒髪黒目の中年――キョウジは呟く。地面から見上げれば、迫りくる獣の勢いに押されるものであるが、この男は変わらず笑みを携えていた。


「マイロさんに恥をかかせやがって」


 速度を一層上げ、手にした槍を振り翳す。チンピラらしい口上であるが、鈍色の鎧や手にされた武器にはそれ相応の金がかかっている。つまりは、マイロなる職業勇者はそれなりに幅を利かせる人物であった。


「何ともつまらん意地ですな――否、つまるかつまらんかでは、私たち(・・・)は動いておりませんので、笑ってはなりませんか」


 先端を尖らせた金属が襲い来るなか、オッサンは呟く。三か月、随分と我儘を張り通して来たが、どこまで行っても主人の少年が大事にする考えからは外れられない。


 それは、彼が大恩ある勇者に(サト)され、彼が幼き頃の主へと諭した言葉だ。粗末にすることなど、出来はしない。


「ふっ――」


 短く呼気を吐きながら、槍の先端を避け、その腹に手の甲を合わせる。力を逸らせれば、前進あるのみの騎兵は驚く馬を抑えながらすれ違って行く。


「ただのオッサンが!」


 次の馬が、剣を振り被る男を運ぶ。


 騎兵は強い。人間単騎を越える速度と威力を備えている。だが、大上段に構えられたものは軌道が限られてしまうのだ。


「貴方にオッサンと呼ばれる筋合いは、ありませんな」


 縦か横かの二択に迫られる。それには軸足を中心に身体を旋回させ、縦方向に振るわれる剣をオッサンと呼ばれる男は躱した。


「あ……」


 呆けた声を出しながら、鎧を着た男が石畳に投げ出される。命中すると思った剣が空を切ったことで、バランスを失った身体は馬から離れてしまった。


「ふざけんなよ!」


 三騎目は、やや後方から弓を引き絞った。


 高い声は女のものだろう。視線を馳せたキョウジは、頭を掻きながらゆったりと歩を進める。


 放たれる矢に合わせて、真っ直ぐに足を進めれば、恰好の的となる。だが、それこそが狙いだ。


「……何で」


 二騎目と同じく、呆けた声を上げながら、女勇者を乗せた馬がオッサンの横を通過した。ゴブリンは愚か、コボルトも討ち取った矢を素手で掴まれてはそうもなる。驚きから、跨ったものは暴れ狂い、あらぬ方向へと走り去った。


「女性の殴り方は、教わっておりませんでな」


 薄い笑みを浮かべ、キョウジは踵を返す。


 槍の使い手が馬を翻し、再度彼へと走り寄って来ている。


「ずぇあああ!」


 大きく声を張り、男は高く槍を掲げる。突くも叩くも薙ぎ払うも出来る構え、既に中年に対する侮りはなく、何としても制圧するために槍は備えられていた。


「惜しい、実に惜しい」


 呟きと共に、オッサンは身を低くする。


 大柄な身体が縮込められ、頭上を金属が掠めた。だが、これは回避のための技ではない。


「ごめん」


 台詞が吐かれると共に、その身は更に半回転をする。低い姿勢から、繰り出されるものは馬にとっては異物でしかなく、背に乗せた人物と一緒に盛大にその身を石畳へと打ち付けていた。中年は、先程手にしたレードル、調理危惧であるお玉杓子を振るってみせた。


「まぁ、こんなもんですな」


 パンパンと手を打ち合わせ、キョウジは路地裏へと歩む。大口を開けて彼を見る人々には、笑顔で応えた。


「キョウジさん……」


 目の前の光景に、何と言えばよかったのか。答えがわからず、ラリィは男の名を呟くに留まった。


「朝飯前、と言うと彼らに失礼かもしれませんが。まぁ、緑の人に従ってきた男は、この程度の力は持っておるということですよ」


 ニコリと男は笑みを見せ、少年たちの元へ歩み寄る。柔らかな顔をしているが、馬に乗った勇者たちをさらりといなす程度にこの男は強かった。


「おじさん、知りませんよ?」

「ん? ああ、私は根無し草のようなものです。誰に恨まれようとも、構いません」


 笑みは崩れないが、ジト目を向けるギルド受付嬢を認めては、言葉もややゆったりしたものになる。背の低いネラがしていると、我儘を通す子どものように見えなくもないが、私的な理由で主の元を離れた彼こそ、我儘を言っているのだから何とも言えない。


「ところで、どうしてレードルを持ってたのですかな?」


 単なる興味本位であったが、話題が逸れるかもしれないと、キョウジは拝借した獲物を付き返す。


「お昼前でしたから、握ったままだったんです」

「ほう……」


 笑みを倍加させて、男はネラを見た。


 昼食を摂る前であっても、他人事にこの女性が首を突っ込んでいた。それがわかれば、勇者の従者としては朗らかな表情をしてしまう。


「ああ、ではそろそろ昼食ですかな」


 一度ギルドへと戻りましょう。男は呟き、少年たちへ帰還を促した。


 呆気に取られる人はさておき、小麦の収穫を控えた北方の地でオッサンは精霊へと交信を試みる。


『あいあい、こちらシャロ。勇者育成部長のオッサン、最近任務を怠けてはおらぬかっ』

「……誠、耳に痛いお言葉ですな。そんな我儘な従者から、一つお願いがございます」


 直接頭へと語りかける言葉であるので、周囲からは独り言を呟いているようにしか見えない。それには気にすることもなく、キョウジは願いを告げていた。


「ジオ様にご伝言願えますかな? オッサンは今、ラスパの町におります、と」


 身勝手極まりないが、旧知の精霊に向かい堂々と言えば、戻ってきた返事は案外と想像の域に収まるものだった。「あいよー」などと一言が戻れば、何か見てはいけないものを見てしまった顔をしている少年と受付嬢を伴ってギルドへとゆったりと歩き出していた。




「だ、旦那ーっ! あ――旦那っ、旦那ーー……」


 従者の男は走ったが、流石に馬の脚には勝てなかった。遠のく主人を追いかけるも、次第に緑色の背中は小さくなっていってしまう。


 石に躓いたところで、一瞬彼の主は振り返ったが、その足が止まることはなく、すっかりと姿は見えなくなってしまった。


「よかったのか? あの幸薄いのと約束したとこだったろうに」

「……」


 ジオに抱かれるように馬に跨った少女が溢すも、返事が戻ることはない。


「エル、お前なぁ。そんなに伯父が好きか?」

「――家族だからな」


 再度の問いに、少年はようやく口を開いた。その表情は握り締められた拳程に硬い。


 コーディーには申し訳なく思う。従者と認めた先で、このような仕打ちをするのは勇者失格であるとも認める。認めた上で、少年は噛み合わせた歯を鳴らす。


 シャーロットから、連絡が入った。気まぐれな精霊からのおちゃらけだと疑うことはなかった。


『ジオ、心して聞け。オッサンから待望の連絡だ』


 彼女の真面目な調子に、一瞬ばかり理解が遅れた。だが、少年はすぐさまに幼馴染の襟首を掴んでは、馬を買うために駆けていた。


「お前の言う家族が何か、それはまた聞かせてもらうとしてじゃな。あの幸薄いのには、もうちょっと説明してやってもよかったんじゃないか?」

「すまないとは、思ってる」


 馬は最高速度に達しているにも関わらず、ジオは手綱を強く握り締めていた。鎧が変形せんばかりに震えてみせれば、この少年がどれ程心を心を揺らしているかは外からでもわかる。


 それでも幼馴染の行く末が気になり、少女は見上げてしまう。嘗ての頃よりも背が伸びた彼は、下から見るとまるで別人のようでもあった。


「そうか――らしく、ない。らしくないな」

「ぬぁっ!?」


 馬が上体を持ち上げたことで、小さな少女は頭を上下に振られた。身体そのものはジオに抱えられているために問題ないが、頭が振られる状況にあっては好いた男の腕に包まれても嬉しくとも何ともなかった。


 ヒヒィンと馬が嘶けば、来た道をひた走る。


「はっはは、いいぞエル。いい、実にいい!」


 脳をシェイクされた後であったが、ティアは口角を持ち上げていた。引き返すなどは無駄の他、何物でもない。だが、それでも幼き頃の彼に近い表情を見つけては、口元が緩むことを止められなかった。


 その顔も、力なく肩を落としたてヒョロリとした男が視界に収められると、先程とはまた違った険しいものに変わっている。


「う、うぅ……旦那、酷いや」


 手足の長い男が、背中を丸めて歩く。


 主を信じてついていったら、知らぬ間に人外手前の身体になっていた。それでも、一緒に強くなろうと言ってくれたことが、人間を辞めてもいい程嬉しかった。


 ついてきたのは男の勝手だ。誰にも期待をされない人生だったのだから、誰よりも強くなりたいと咆えていた。手先と口先の器用さしか取り柄のない彼は、その想いに蓋をして長い物に巻かれて二十年以上を過ごした。


「期待させるだけさせて、うぅ、うっ――」


 頬が濡れるにも構わず、コーディーはしゃくり上げる。自失にも陥っていた男は、後ろから迫る音にも構うことはなかった。


「おい、幸薄いの、しゃがめ」

「え?」


 振り向けば、獣と目が合った。視界一杯に広がる馬の顔。


(獣、怖ぇっ!?)


 かくして、手足の長い男は馬に踏み潰されつつも、主と再会を果たした。


「すまん!」

「へ? あ、あ……うん?」


 地面に胡坐をかきながら、男は混乱のままに声を出した。長い腕は、行き場を惑った心と同様に所在なく地面に投げ出されていた。


「幸薄そうなお前でも、虐めるのはいけないって思ったそうじゃ」


 ほれ、と小脇を突かれた少年は、バツが悪そうに頭を掻く。


「コーディー、ちょっと聞いてくれ」

「へぇ」


 主の少年はいつでも真面目な表情をしているため、今のこれが何であるかは彼には掴み切れない。


「謝罪の気持ちはあるが、謝り続けるのは俺の自己満足だ。だから、率直に今の状況を伝えたい。お前が、俺について来ると言ったその言葉、それは信じている」


 ゆったりと語られる言葉は、要領を得ない。信じてくれているなら、一緒に連れて行ってくれてもいいじゃないかと、そこまで湧き上がった言葉をコーディーは呑み込んだ。主の少年はまだ言葉を選んでいる最中であった。


「これから、家族を迎えに行こうと思うんだ。お前も知ってる、あの上半身裸の男だ」

「へぇ」

「そいつとは、ずっと一緒だった。理由も言わずに出て行ったが、今そいつが危機らしい。迎えに行って、必ず戻る。待ってて、くれるか?」


 勇者としての力量に見合わず、少年はおずおずと告げた。結果から言えば、目の前の男を見捨ててしまった形になっている。しかも別の従者と天秤にかけていては、見捨てられても文句言えない。


「エル……」


 魔女が声をかけると、少年は肩を震わせていた。彼自身、身勝手であることは重々自覚している。


「あ、そうなんすか」


 いってらっしゃい、と手足の長い男は口にしていた。


「やー、あのオッサンを助けに行くんすね。よかった」

「うん?」


 ジオに代わり、ティアが疑問の声を上げる。胡坐姿のままである男が笑みを浮かべるものだから、どうしても訝しがってしまう。


「ああ、すんません、姐さん。あれすよ、えーっと……何て言うか、大事な話じゃないっすか。家族を助けに行くって、そんな急用だったんすねー、と。教えてもらえたから、十分すよ」


 にっ、と笑顔を主へと見せた。


「よかったな、エル」


 言うが早いか、少女は馬へ跨ろうと必死に足を伸ばしていた。残念ながら、背丈の低い彼女では届かずにいた。


「お――」

「コーディー、ありがとう。なるべく早くに戻るから」


 ティアの身体を抱えながら、少年勇者は馬に乗る。


「はい。殴り合える次の時を、待っていますぜ」


 手を振りながら、従者は主の出立を見送った。生真面目な彼は、こんな些細な事でも戻って来てしまうのだ。ありがたくもあり、心配でもあった。


 それでも、自分のような人間にも気を配る勇者は、きっと行く先々で誰かを助けるのだろうと、手足の長い男は予期する。


「ああ、そうだ」


 いってらっしゃいませと言ったところで、コーディーは耳を聳てた。馬に跨り出立しようという頃合いで、どんな大事な用件かと身構えをしていた。


「新しい薬な。あれ、正しくは噛んで呑むものだから」


 お前に言ったのは、忠義を試すためだった。すまんと溢して、今度こそジオは北方を目指して走り出していった。


「だ、旦那ーーーーっ!!」


 手を伸ばしても、もう遅い。


 手足が長かれども、馬が駆けるには届かない。一杯喰わされたと思わないではいられないが、不平はなかった。旅から戻れば、主である少年は今度は自分を鍛えてくれる。


 そのように思えば、コーディーはにこやかに二人を見送るのであった。




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