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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第四話「ネギを讃えよ、吟遊詩人」
56/202

オッサンと少年

「ひぇーっひぇっひぇっひぇー」


 何とも魔女らしい笑いがカナン亭に木霊する。


 黒い外套に身を包み、トンガリ帽子を被ったティアは釜の前に向かっていた。杖の代わりに木製のレードルを持てば、煮える液体を掻き回す。


「姐さん……何してるんですかい?」


 一種異様な光景に、思わず手足の長い男は声をかけてしまった。ティアという少女が変わり者であるとは知っていたつもりだが、ここまで魔女然とした姿を見たのは、これが初めてであった。


「何って、エルの手伝いじゃ。邪魔するでないわ」

「ああ、旦那の……て、言われてもわかんねっすよ。本当に手伝いなんですかい?」


 どう見ても儀式だ。


 疑問を投げかけても、少女は再び奇妙な笑い声を上げることに夢中になっている。これはもう返事はないものだと決め込み、コーディーは主である緑の鎧を着た少年へと向き直る。


「ん? ティアのあれか? 魔女なら笑うだろ。後、旦那はよしてくれ」

「そうだぞ、魔女は笑うんだぞ!」

「……へぇ、そうですかい」


 主人に続き、赤髪の少女までもが肯定の意見を出していたので、曖昧な返事を出すしかなかった。レティアの英雄、拳奴ラザロの娘がこうしてくつろぐ姿も見慣れたものだ。


 今もネギをゴリゴリと磨り潰すジオの背中に、キリカはべったりと寄りかかっていた。加護の扱いに慣れてきたのか、最近では常時身体の一部を変化させており、今は尻尾が愉快気に振られている。


(旦那が元気になってよかった。だけども、まぁ、なんだろうか)


 やっぱり羨ましい、そのようにコーディーは心の中で呟いた。


 王都から戻ったネギの勇者は、何をするにもうわの空であった。一時はキリカに接触禁止令が出される程にもなっていたが、ジオという少年が元通りになってくれて、自称従者としては満足であった。それにしても、少女がべったりなのは羨ましい。


「ふぇーっふぇっふぇー」


 奇妙な笑い声を上げる魔女も、献身的にネギの勇者を介護している時は、ただの少女のような顔つきになっていた。魔女の衣装が脱がれれば、何とも愛くるしい女の子ではないか。幼馴染みのお姉さんに愛されて止まないなどは、どんな加護を得たのか! コーディーは誰にも見られないところで、すり減る程奥歯を噛みしめていた。


「くそっ、やっぱり旦那はロリコ――」

「コーディー、くだらんことを抜かすなよ?」

「何でもないです、ごめんなさい」


 酷い殺気を覚え、言葉を引っ込める。何も瞳を濃紺色に変えて睨まなくてもいいじゃないか。そんな思いもあったが、魔女に似た辛辣な言葉を吐くようになったキリカへは何も言えない。


 後、瞳まで獣化されると、人外の化け物を相手にしているようだと、一般人であるコーディーは素直に恐怖を認める。


(くそ、絶対強くなって見返してやる!)


 長いものには巻かれるタイプのコーディーであるが、その心の奥底には勇者への憧れが燻っている。それこそおくびにも出さず、静かに男は燃えていた。


「お、どっか行くのか?」


 仮想敵(キリカ)が徐に立ち上がった様が見られる。いつもならば昼まではゆったりと過ごす彼女であるが、最近はこうしてカナン亭を離れることが増えた。


「一々うるさいなぁ……師匠、パパのとこに行ってきます!」

「いってらっしゃ――お前、あっちが自分の家だろ?」


 思わずつっこみをジオが入れるが、キリカは満面の笑みを浮かべて飛び出して行ってしまった。足を部分変化させた少女は、赤い風を纏うとすぐに姿は見えなくなった。


「行ってきます、か。何か、いい響きっすね。旦那は知ってました? あの子は、父親以外には懐かないことで有名だったんすよ?」

「始めは堅い表情をしていたか……」


 ネギを擦る手を止め、少年勇者は少女との出会いを振り返る。


 町で泥棒に蹴り飛ばされるところで出会い、町の英雄である父をぶっ飛ばしてほしいと頼まれた。その後は、従者がラザロに捕らえられたり、黄金剣士などという二つ名を持つ勇者と闘技場で闘うことになった。


「根は、本当にいい子だ。環境に恵まれれば、キリカはもっとずっと、強くなる」


 瞳を閉じ、獣化した黄金剣士がキリカへ迫った時の事を思い返す。


 命が奪われるという瀬戸際、それでも少女は吠えた。勇者の娘として生まれたことを怨んだことはないとハッキリ言い放った。三代目ネギの勇者も、同じく勇者の息子という立場だ。この小さき勇者に思うところもあっては、弟子にも迎えようものだ。


 何より、独り闘技場に立つジオへ、声続く限り名を呼んでくれた。人々が自分に力を貸してくれる――ネギの勇者はそのような小さき人々を護らねばならないと、何度でも決意を改めてくれる。


「正直言って、キリカが羨ましいっすよ。旦那について行けるくらい強くなるだなんて……」


 表情を陰らせながら、男は呟く。長い手足も、椅子に腰かけたことで所在なくぶら下がっていた。


「何だ、コーディー。お前、俺が言った言葉を忘れたか?」

「勿論、覚えてますぜ。“俺も、旦那のようになれる”と」


 忘れる筈がない。ゴロツキでしかない彼は、この程度の期待すらかけられたこともこれまでになかった。いつかは、必ずその足元程度でもいいから強くなるのだ。ついでに、出来る限りモテたい。


「……いい眼だ。けど、ちょーっと、邪心が入ってるな?」

「へぇ、精進します」


 主に下心を見抜かれ、コーディーはにべもない返事をしてしまう。モテたいが前面に出なくなっただけでも、褒めてもらいたいものだと思う。それでも、真っ直ぐに微笑む少年を見れば、従者もそれに倣って表情をにこやかなものに変えられた。


「エル、いいか?」


 話が一段落した頃、ティアが声をかけてきた。こちらも作業が終わったらしく、手にしたスプーンには緑色の液体が掬われている。


「うぉ、姐さんがまともに喋ってる! 変な笑い声とか上げない方が、絶対に可愛いっすよー?」

「……これ以上くだらんこと抜かすと、お前の脳髄をゴブリンと入れ替えるぞ」

「何でもしますから、許してください」


 魔女はやはり魔女であった。笑いながら人体実験の素材にされる姿が、ありありと想像出来てしまう。この女は、躊躇なくやる。キリカの毒は実害がないため、あちらが天使のようにも男には思えてきたくらいだ。


「コーディー、あの笑い声は魔法の詠唱だから、茶化すなって言ったろ?」

「初耳っす」


 さも当然と主が告げてくるが、何のことやら。「言ってなかったか」などとジオが顎元に手を当てて考え込んでいるのを見れば、単に忘れていただけだろうと従者は理解する。理解した上で、魔法とはもっと格好いい呪文を唱えるのではなかったのかと疑問が残った。


「火球飛ばしたり、水を出したり、一瞬のことで済むなら短い詠唱でいいんだろうけどな」

「え、何、何すか?」


 ジオが指差した方向、釜は湯気を上げているが、火は既に消えている。が、そもそもで言えば、釜の周辺には火を起こす道具も魔導器も見当たらなかった。


「一々呪文呟き続けるのも面倒だから、ティアは笑い声に含まれる音韻で魔法を連続使用してたんだよ」

「あの、何か凄そうな響きですね。因みに旦那はそんなことは――あ、出来ませんかそうですか」


 人の手では、未来永劫燃え続ける炎を生み出すようなことは不可能だ。ネギの勇者の魔力量は常人を上回るが、それでも魔力の壁は数秒しか保てない。まして、魔法が苦手なこの勇者ではきちんと呪文を唱えなければ、神や精霊から力を借りることが出来ないでいる。


「今日のエルはサービス旺盛じゃな。うむ、私も実演をしてやろうか……実はな、笑い声である必要もないんじゃよ」


 ごく自然に会話を続けながら、ティアは魔法を成立させる。本人も半ば無意識にしている操作であるが、独り言をぶつぶつ呟くだとか、考えながら喋り続けるよりは、笑い声を上げている方が楽だとの判断だ。


 先程は、釜周辺に火を起こし続けた。現在はスプーンの先に冷気を集めてみせれば、緑色の液体は固形に姿を変えた。飴玉のような形であるが、ティアが拾い上げると形が少し歪む――弾力性のある球体の出来上がりだ。


「完成じゃよ。ああ、エルと私の共同作業だ。初めての共同作――」

「よし、コーディー、呑め」

「待てぇい! 何をしとるのかっ」


 トリップしている間に、完成品が手足の長い男へ突き付けられていた。ティアとしては、これは幼馴染のために作ったものであり、幸薄い人間に食べさせる気などは毛頭なかった。


「あ、はい――」


 何とも毒々しい色の球体であったが、主が言うのであればそうする他ない。闘技場でジオが前の主人を殴り倒したその日から、コーディーはネギの勇者を信じている。


「ん、んぐっ!」


 口に放り込んだものを、喉を鳴らして飲み干してみせた。思ったよりも弾力性が強く、喉を通る異物感に咽返りそうにもなった。


「ティアに頼んだのはな、新しい薬の作成だったんだ。粉末だと飲みづらい上に、水に溶けて吸収が悪くもなるらしい」


 だから、スープに溶かして固めてみた。そのようにジオは言っている。それもごく最近知り合った炎の料理人にヒントを得てのものだ。


 残念ながら、ティアが文通をしてレシピを教えてもらえているというのが実情であるが。王都にあげられる魚、その成分にあるプルプルしたものを一度煮詰める。後は、スープと混ぜて冷やせば、ゼラチン質が固まってくれる。


 とはいえ、異物が喉を通過したコーディーは身体を折って、少々悶えてみせた。日頃軽薄な言葉ばかり垂れ流す男であるが、自身を慕う人物が倒れたとあればネギの勇者は心配気に眉根を寄せる。


「おい、大丈夫か?」

「う……旨ーい」


 瞳に輝きを乗せて、コーディーは感想を口にした。栄養価が高いネギ、それを煮詰めたスープだ。不味い訳はない。


「ええい、私が懸命に作ったものを、このような、このような男に……」


 地面に手を突き、ティアは唸った。幼馴染みを助けるために、慣れぬ料理も勉強した。或いは恋敵であろう料理人にも、恥を捨てて頼み込んでいたのだ。何だか泣けてくる想いであった。


「姐さん、ゴチです!」


 ここぞとばかりに爽やかな笑みを従者は浮かべるが、半べその魔女としては恨みが勝る。スプーンを杖へと持ち替えて、再び笑い声を上げる。


「ふはははは、死ねーい!」

「え――」


 杖からは初級魔法である雷が迸る。初級とは言え、抵抗の少ない人間が喰らえば死に至らしめられる。かくして全身を魔法に打たれた男は、我が身に何が起こったかも理解出来ぬままに床へ転がった。


「ティア、お前……」


 旦那という呼び名も認めたつもりはなかった。だが、無残に横たわる姿を見れば、この男も認めねばならない。ジオは幼馴染の魔女へと視線を運ぶ。


「大丈夫。致命傷は避けている。それに――」


 言葉を切って、ティアは床に転がる幸薄そうなヤツを見た。


 雷に撃たれても、男はむくりと起き上がる。不死者(アンデッド)の精製、それもやってやれないことはないが、今は必要ない。


「何すか、超痛かったすよ?」


 むくりと身体を起こして、コーディーは苦言を溢した。


「ほれ、見ろ。問題ないな」

「何なんすか、ほんと。死んだばあちゃんが一瞬見えたんすけど」


 首を振りながら、男は状況理解に努める。中央に心配そうな主と、視界の端には口元を歪める魔女の姿があった。


「成功、だ。これがエルとの共同作業だとか、呪いたくもなるが、成功だ」


 やや不機嫌そうに言葉が吐かれるが、その幼馴染は心配気な表情とともに従者と認めた男へと手を伸ばす。


「すまん、コーディー。最近思い出したんだが、俺を真に信じれくれる人には、即死でなければ何とかなる――ぶっちゃけ無茶苦茶な加護が得られるんだ」

「へぇ……」


 主である少年が申し訳なさそうに語るのを、呆けた表情で従者は見た。いつもよりも、ジオの表情には含みがあった。


「旦那?」

「ああ、うん。それでいいわ。新しい薬も、本来はここまで利くものじゃない……コーディーが俺を信じてくれてるのなら、俺もお前を信じ抜くよ」

「へぇ……え、何?」


 試すような結果になったことに、ジオは渋面をきる。女にモテたいと言って憚らない男であるが、ネギの勇者のように強くなりたいという気持ちに嘘はないのだ。


「幸薄いの、人間を辞めることはないが、その身は最早人外の手前。ネギの勇者に身も心も捧げ尽くすこと、努々忘れるなよ?」


 邪悪な笑みをする少女を前に、結局男は「へぇ」とだけ応えるに留まった。


「強さに限界はないと、俺は思う。明日から、俺と殴り合って極限を目指そうな」


 主がにこやかであることは嬉しい。それでも腑に落ちない感が従者にはあった。


 ネギの勇者の面々は、何とも個性的だ。だが、いつの間にかそこに己も含まれていたか、とコーディーは観念した。




 ラスパの町、その外れも外れで、黒髪黒目の少年は息を切らしていた。


「ハァハァ……」


 全力で走った後だ。心臓が飛び出る、そのような表現は嘘臭いと思っていたが、実際に限界を越えて走ってみれば、その喩えは案外上手いだったと噛み締めてみせる。


「無理、ほんと、無理っ!」

「まぁ、そう言わずに。逃げれて、よか――ゴホっ、よかったじゃないですか」


 少年の体力は限界だ。余裕もない筈だが、横でギルド受付嬢が大の字になって天を仰いでいれば、虚勢を張るしかない。


「そうは言いますが、おじさんが一番元気なのが、納得出来ません」

「おや、私ですかな?」


 ギルドから全力ダッシュ、その後が今である。走って流石に暑くなったか、外套を脱いでオッサンは肌を露わにしていた。ついでに、筋肉を見せつけるようにポージングをてみせていた。


「オッサン、ちょっと黙って」


 少年は路地裏の壁に身を預けて唸った。


 ここに来るまで、単純ながら説明の面倒くさいことがあった。


「キョウジさん――でしたか? 貴方、無茶苦茶ですよ」


 ネラが言うように、中年はギルドで無茶を通してこの場に居る。


 荒くれ勇者のマイロを華麗に投げ飛ばし、そのパーティーをギルドの外へと連れ出した。ここまでなら、腕に覚えのある勇者なのかもしれないと思っていた。だが、結局は心配して付いてきた少年と受付嬢を両脇に抱えて走り去ったのだ。


 鈍色の鎧集団を放って、颯爽と駆けた。


「はっはっは、巻き込んですまないな、ネラ殿。私としましては、少年の――ああ、名前は?」

「ラリィと、呼んでください」


 少年は睨みつけながら、中年へ名乗る。半ばギルド勇者へケンカを吹っ掛けたようなものなのだから、もうどうにでもしてくれよ、そんな投げやりな想いでもあった。


「ラリィ殿のケンカに首を突っ込んでしまいましたのでな。でもですな、ギルド受付嬢で、あそこまで勇者にふっかけては、なりませぬぞ?」


 ネラから取り上げたレードルを翳し、中年は苦言を呈する。


「だって、だって――」

「ふむぅ……わからんでもないですが、まだまだ青いですなぁ」


 カッカッカ、とオッサンは豪快に笑ってみせる。


 彼自身の悩みは何も解決、進展していないが、どうにも困っている人を見ればそんな顔もしていられない。むしろ、誰かの役に立っている方が楽でもあった。


「だけどおじさん! 依頼人に迫る勇者なんて、私は許せません!」


 ネラは黒い髪を振り乱しながら抗議していた。


「許せない、ですか」

「な、何ですか」


 オッサン――キョウジは顎元に手を当てて、神妙な顔を作る。こんな時ばかりは、自身の主のことを思い出してしまう。いつでも誰かのために怒る少年は、成人してしばらくまでは“許せない”が口癖であった。


 その言葉が良いか悪いかはおいて、未来ある若者を憂うオッサンとしては、懸念が残る。


「許せないって言葉、ちと落とし穴ですな。自分が許したくないことを、誰かの所為にしてすり替えてしまう……便利な言葉だと思うのです」

「――っ」


 受付嬢は、思わず言葉を呑んだ。苦労は人並にしてきている。だが、雑多なラスパでは、誰かに一々細かく注意や叱りを飛ばすこともない。お節介なオッサンという存在は、何とも珍しいものであった。


「あ、あの……」


 沈黙を好機と見て、黒髪の少年、ラリィが口を挟んだ。元々は、彼がギルドへ依頼をしに行ったことから始まっている。内容は口にするまでもなく、断られてしまっているのだが。


 村を救って欲しいだけであるのだが、それに応えるためには莫大な人材を投入せざるを得ない。


「ともかくですぞ、あの手の手合いは、数を為して脅しをかける連中にはまともに取り合うのは、お勧め出来ませぬ」


 オッサンは、言い淀むラリィを遮って説教を始めた。こんなことを言い出すのも、年を取った証だと思う。しかし生き急ぐような少年を見ては、口喧しくもなるものだ。


「まあまあ、このオッサンにお任せなさい。悪いようにはしませぬから」

「あの!」


 少年は、黒い瞳を大きくして叫んだ。ギルドには何度も足を運んだ。それでも、彼の願いは叶わないでいる。


「はいな。願うだけはタダですので、どうぞオッサンにお話しなさいな」


 ニカっと笑みを浮かべて、中年は次の言葉を待とうとした。だが、町の端まで逃げたものの、馬の走る音が聞こえては猶予もなかった。聴くだけならば、と少年へと促してみせる。


「村を、救って欲しいんです……十年に一度の割合で、大型の魔物が現れる」

「……去年が、十年目でしたか?」


 黙っていたネラが口を挟むが、ラリィはゆっくりと首を振る。


「十五年が経ちました。十年周期が崩れたので、信じてもらえないんです」


 語る言葉は、表情と同じく苦々しいものだった。彼自身、当時のことは覚えてなどはいない。ただ、真剣にその脅威を謳う者がいたから、こうして今年もギルドへ依頼を申し出ていた。


 最初こそ討伐依頼として成立していたが、実際に魔物が現れないとなれば、ギルドとしても力の入れようがなかった。まして、小さな村ではかけられる金額も小さなものとなる――町を離れての任務であるのに、移動と報酬がまるで割に合うものでもなかった。


「だから、キョウジさんが最後の望みなんです!」

「ほぅ、それは一体?」


 足音が俄然大きくなるなか、オッサンは黒髪の少年の言葉に耳を傾ける。迫ってきている数は、恐らくは三人。剣を抜かれては、ネギの勇者の元で鍛えた彼も、少年たちを護り切るのは骨が折れる。


 狭い路地に陣取るキョウジは、早くも奇襲の算段を立てていた。


「素手でここまで強い人、貴方は緑色の勇者ではないのですか?」

「ほほぅ……」


 否定も肯定もせず、ただただ唸った。


 この件が解決すれば、シャーロットへと交信する予定であった。だが、もっと早く連絡をすべしと決意する。


 ついでに、男は奇襲を取りやめ、単身で通りへとその身を翻していた。


「オッサン!?」


 少年が心配からそのように声を上げるも、当のオッサンとしては笑みを溢すことを止められない。


「心配をしてもらえることは、誠ありがたい。ですが、心配は無用ですぞ? 何せ、ここにいるのは貴方が言う緑色の勇者、それに鍛えられた従者なのですから」


 馬を逸らせる男たちを前に、キョウジはいつものように笑ってみせた。それは、自身を鼓舞するものであると共に、護るべき人を安心させるためのものであった。




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