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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第三話「ネギと炎の料理人」
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ネギが主菜で、何が悪い! 4

「あーもう、あーーー、もうっ!」


 ひたすらに食材を刻みながら、女料理人は吠えた。横からは彼女の師匠が呆れたような顔をしている。


「カンナお前さんよう……」

「わかってるっすよ? おしゃべりする暇があるなら、手を動かせって言うんすよね! やってるっすよ!」


 厨房は戦場だ。喩えを続けるのであれば、シェフは指揮官であり、現場の全ての責任を背負う立場にある。結果が求められることは勿論であるが、その過程においても評価は付いて回る――カンナは今、事態の収拾に追い詰められていた。


「姉ちゃん、次はどれだっ」

「四角い皿の魚っ、ティアさんと一緒に任せるっすよ!」

「了解だっ」


 迅速に返事をして、キリカは皿を拾い上げた。厨房では清潔にと怒られてからは、どれ程急いでいても赤風を纏うことは辞めている。


「料理娘、私は何をしたらいいー?」

「丸い皿を並べて欲しいっす! 後、今だけでいいからシェフと呼んで欲しいっす」

「あいよー、シェーフ」


 入れ替わるように現れたシャロに向かって、威勢よく指示が飛ばされていた。呑気な返事に苛立ちを覚えないでもないが、猫の手も借りたいこの状況では贅沢など言っていられない。


「ソース出来たぞ……まだメインが残ってるんだから、飛ばし過ぎんなよ」

「ええい、わかって――すんません。ゆとりが、ねぇっす」


 暴言を口に仕掛けたところで、彼女は一度口を閉じた。明らかに余裕がない。本来ならば、モータリアと共に味付けをとことん丁寧にと思っていた筈なのだ。それが、仕込みから仕上げまで二人でやらねばならないとは。


 一体どうしてこうなった……泣き言も出したくはあるが、カンナは滲んだ汗を拭う。嘆いてみても、状況は変わらない。息を吐きながら周囲の様子に気を配る、人手不足のなか、ネギの勇者一行はよく助けてくれていた。このことがわかれば、僅かだが気も紛れるというもの。心が落ち着かねば、思わずミスが生まれる可能性もある。


 予定していた食材が届かない――まさかこんな事態が起こり得るなど、カンナどころかモータリアも予想していなかった。商業区に上げられた食材、その悉くが腐っていると聞かされた時の絶望たるや、表現尽くしがたい。更に悪いことに、狙ったかのように宮廷料理人のほとんどが熱を出して倒れてしまっていた。


 この異常事態は直ちに王へと知らせるべきであったが、同時に他の人間に漏れてしまうことを恐れた。結果、厨房にいる者以外で知る人物は、ヴァリスナードのみであった。


「ボヤくのも謝るのも、後にしろ。なるようにしかならんのだから、最善を尽くすぞ」

「――はいっす!」


 包丁を握れる人物は今この場に二人のみ。指揮官でありながら、前線での活躍が望まれている。兵も武器も圧倒的に不足して戦場に挑む。何とも心細いを通り越して、とっとと投降してしまう方が楽になれただろうと、料理人たちは思わないでもない。


 どうしてこうなった――昨日までのカンナであれば、こう叫んでいただろう。だが、今の彼女は全てを任せられたシェフだ。何よりお客が料理を待っている――過度な期待は禁物だが、希望もまだ残っていた。


「カンナちゃーん、お待ちどうさまっ」

「手伝おう……」


 チビとノッポの男が、木箱を抱えて厨房へと駆け付けた。白衣に帽子を被った二人は、すぐに包丁を握る――チビがハロルド、ノッポがロクザン、共に王国料理コンテストで競い合った料理人だ。


「恩に着るっす」


 調理をしながらでの礼は、普段であれば師匠のげんこつをもらってしまう程の非礼だ。だが、時間も人手もないこの状況では流石に目を瞑ってくれている。二人の料理人にしてもそれは同じだ。


「たっぷりと着てくれよー」


 コンテストの際、彼女には気づく余裕もなかったが、チビの方随分と軽薄そうな雰囲気が漂う人物であった。対照的にノッポの方は「無駄口を叩くな」と短く呟いていた。髪や目の色は茶色と共通点はあるが、何とも対照的な二人である。


 不思議なことに宮廷料理人である二人だが、体調不良を訴えることはなかった。この緊急事態に、文句の一つもなく食材をかき集める役割を買って出ていた。


「あーもう、何でもいいっす! 後で幾らでもお礼はするから、手を動かして欲しいっす!」


 半ば自棄っぱちにも聞こえるような声で、本日のシェフは叫んだ。大声を出されている状況でも「え、まじで何でもいいの?」とハロルドは嬉しそうな表情を浮かべている。


「じゃあ、終わったら一晩お付き合いを――」

「……何すか? 何か言ったっすか?」


 変に言葉を呑み込んだ男のことが気になり、カンナは顔を上げる。しかし、そこには「いえ、何でもないです。手を動かします」などと妙に真剣な顔つきをするハロルドと、「気にしないでくれ」とクールに言葉を返すロクザンの様子しか見られない。


 真反対に居たモータリアが鬼が如き形相をしていたことを、その弟子が気づくことはなかった。その後は何事もなく、調理は進められる。


「カンナー、最後の味付けはどうする?」

「そっすねぇ……」


 日常会話の如き、力みのない声が交わされた。


 食材と料理人、最低限が揃った今、ゴールも見えてきた。木箱の中を改めた訳ではないが、一流の料理人である二人の仕入れを疑う必要はない。何が作りたいかは、凡そ全体で共有されている。


 作るべきもの、レシピは既に決まっている。師からのこの問いには別の意味がある。勿論、そんなこともわからねば、カンナはモータリアの一番弟子を名乗れたものではない。今そう言えば、ケンカ別れをした時もこのようなテンションで二人は話し始めていたことが思い出される。


「最後の一味は、あれっすね。いつものっすよ」

「あー……聞くまでもないかもしれんが、一応聞かせてくれよ」


 手を緩めることはなく、師は弟子の言葉を待った。これまで曖昧なままで済ませてしまっていた。ケンカ別れの要因に今この時、モータリアは踏み込んでいた。


「あ、僕もそれは聞きたい!」

「……無駄口を叩くな、と言うべきなのだが、俺も聞かせて欲しい」


 ふと気づけば、料理人たちは手を止めてカンナを見ていた。状況的には、こんなことで遊んでいる暇はない。だが、こんな状況だからこそモータリアの教えに立ち返るべきであると、彼女は強く想っていた。


 一子相伝の秘伝でも何でもない、ただの師匠の口癖だ。


「あー……口にするのは、何か恥ずかしいっすね」


 シェフも手を止めて、赤くなる頬を掻いている。「何が恥ずかしいだバカ野郎」表情の上では、不機嫌そうにモータリアがしてみせるが、それも弟子へと促すためのものだった。


 改めて言おうと決意する。この数年、忙しさにかまけて忘れていた基本中の基本を――


「料理は、料理は愛情っす! さぁみなさん、時間一杯、目一杯に手間暇かけてやろうじゃないっすか。私は、この料理でお客を笑顔にしてやりたいんすよ!」


 パンと手のひらを打ち合わせ、カンナは気合を入れ直す。出されたものは、ごくごく当たり前の言葉だ。


 料理は技法を学び、時間をかければ誰にでも美味しいものを作ることが理論上は可能。だが“誰にでも出来ることを、誰よりも丁寧にやれ”師の言葉の本質は、ここにあった。


「かー、この状況でそんな言葉が出るかぁ、終わったら本気で口説――いえ、何でもないです」

「バカは放っておいてくれ。手間暇なら、幾らでもかけてみせるさ」


 再びモータリアに睨まれたハロルドは、やはり言葉を途中で呑み込んでみせた。相方の方が特に問題にも上げていなかったため、鬼の形相もすぐに解かれることになった。


(何と言うか、感慨深いじゃねぇか)


 突き出た顎を撫でつけながら、男は弟子の言葉を噛みしめる。カナン亭に現れた頃の彼女から、己の口癖が出される日がくるなど思いもしなかった。今日は本当に、予想外のことばかりが起こる。


 ふと胸を過ぎった想いに、モータリアは何故か目頭が熱くなっていた。


「師匠、手を動かしてくださいっす!」

「ん、ああ……」

「ああ、じゃないっす――今この時は、ボクがシェフっすよ!」


 白衣を締め直し、カンナはピシャリと言い放った。威勢は良いが、鼻垂れの泣き虫だった子どもが、一端の言葉を吐く。言葉だけならば、ずっとこの女は一丁前だったが、ケンカ別れをした時とはまるで別人だ。


 いい加減に認めてやらねばならないだろう。実際には、コンテストの時点で既に認めていた。だが口の重たい料理人は、上手な褒め言葉が思い浮かばず――


「了解だ、シェフ」


 短い言葉に、想いを全て詰め込んで返すことにした。湿っぽいのはどうにも苦手だ。


「ねぇ、丸いお皿って何個並べるのー?」


 藍色の髪をしたメイドが所狭しと皿を広げている。その姿に怒鳴る弟子を見れば、感傷に浸り過ぎることもなく、調理を進めることが出来た。




 レジナス王国東端、中立地帯との境目で空気が張り詰め切って弾けた。魔法によって起こされた奇跡、境界線でもある地割れを、赤い肌の竜が容易く踏み越えていた。


「レッドドラゴン――にしては随分と大きいな」


 過去にドラゴンをも相手にしていたジオは、見たままに感想を口にする。構えすら取られていなかったが、竜の背に跨る白銀の勇者へ注意だけは向け続けていた。


「当然。私が竜人の勇者であるように、エディン――彼もまた竜の勇者とでも呼ぶべき存在だ。竜騎士の力、とくと披露しよう」


 琥珀色の瞳に優しさを浮かべ、エドワンは真っ直ぐに応えた。そこには、相棒であるエディンに全幅の信頼が注がれていることが表れている。


(作戦……思いつかなかったな)


 心の中でボヤきながら、ジオは敵対する勇者に向き直る。正直なところ、やりにくさを覚えていた。


 奸計を巡らす人間が苦手だとばかり思っていたが、愚直なまでに視線を投げかけられるのは、どこぞのネギの勇者の姿を見せつけらているようで反応に困ってしまう――この戸惑いは、新鮮なものであった。


「ところで、闘う前に一つ聞いてもいいか?」

「どうぞ?」


 手綱を握りながら、エドワンは首を傾げてみせた。隙だらけの敵にも、こんな顔を見せる。益々やり辛さを少年勇者は覚えてしまう。


 相手が良いと言うならば遠慮なくと、素直な疑問を口にした。


「竜人の騎士なら、竜に乗らなくても竜騎士だろ。竜に乗ってるのなら、竜騎兵じゃねぇのか?」

「考えたこともなかった……よくわからんが、我々の国ではそう呼んでいるんだ。すまん」

「あぁいや、謝らんでくれよ……」


 ジオなりの冗談であったが、それ以上に竜騎士は懸命に答えようとしていた。


 初めて出会った竜人の男が特殊であったのか。ジオは竜人種そのものに対する認識を改める。人間がそうであるように、竜人も実に様々な考えを持っているのだと。


(やっぱり、殴りながら考えよう)


 結局、無策のままネギの勇者は拳を硬く握り締める。正対する竜人も、やはり生真面目に応えた。瞳からは先程までの親しみが消え去り、現れた時の無機質なものへと変わっていた。


「エディン!」


 鋭い叫びに応じ、赤いドラゴンが咆哮した。長い首を突き出して突進するが、牙の奥には人間を引き裂くには十分過ぎる二丁の爪が控えている。


魔力塊(ランプ)っ!」


 斜めに走りながら、ジオは使い慣れた呪文を放った。ドラゴンとの間に不定形の緑色光が現れ、その進行を堰き止める。巨躯を誇る赤い竜は魔法に自らの肉体で挑んだ。


「踏み越えろ」


 たった一言。呟かれた言葉には魔力が込められていた。一度弾かれたものの、エディンは命に従って緑色へ足を踏み入れ、光を砕いた。大地を大きな足が踏み締め、人間の勇者へとそれは肉薄した。


「こんなろうが!」


 距離が詰められ、同時に左側から放たれた爪をジオは左手で迎え撃つ。返された手の甲は、竜の大きさをものともせずに弾き切った。それは、ヴァリスナードとの修練で見せた要領の再現だ。


「痛いのいくぞ、歯ぁ喰いしばれや!」


 叫ぶ緑の勇者。


 竜の爪が届く距離とは、とどのつまり緑色の拳の届く距離にあることを意味する。ジオは地を蹴り、懐へと飛び込んだ。捻られた上体、その奥には振り被られた右の拳が待っている。


「エディン、避け――」

「――――っ!?」


 竜騎士の声も最後まで告げられることはない。腹に深く拳をめり込ませたドラゴンが、苦悶の表情と共に叫びを漏らした。


 ドラゴンが口から飛沫を飛ばす様は、周囲の竜人にも脅威を覚えさせた、緑色の光を纏ったネギの勇者の力は、人間と呼ぶには疑念を抱かせる。


「そうか、その緑色光。貴方が緑色鬼(グリーンオーガ)か!」

「あー……遺憾ながら、間違いない」


 蹲る相棒を見つつ、竜人の王子は呟いた。広域魔法をも披露するこの人間を侮っていた訳ではない。ただ、魔法を行使せずにエディンを打ちのめす生き物がいることには、驚きを禁じ得ない。


「どうした、今を機に攻めてこないのか?」


 出された言葉は、変わらず淡々としたものだった。エドワンからすれば、目の前の人間が、聞かされていた人間種と異なるものがあり、戸惑いがあった。言葉を出すことで時を稼ぐことしか出来ない。


「……」


 それに対し、ジオはしばしの沈黙を作ることで応える。


 彼の心情を率直に語るとすれば、ここまで堂々と言われると困る、が表現としては正しい。真っ直ぐさが取り柄の少年としては迷う他ない。結果的には拳を固めながらも、一旦は距離を取ってしまっていた。


 外野からは白髪の竜人を始めとして、野次が飛び込んで来る。真面目に闘う気があるのか、人間風情が舐めるな、などと口汚い言葉が大半であった。


 それにはエドワンが睨みを利かせて黙らせるが、人間の勇者は投げかけられた台詞に腕を組んで真剣に考えていた。


「何だろうな、そんな気になれなかった……そう言うとあんたらは、侮辱と捉えるかもしれない。けどな、無暗に人を喰い散らかそうとしないなら、竜人が人間に対する悪鬼でないならば、最低限の礼は払いたいんだよ」


 いつものことながら、少年勇者は眉間に皺を寄せて渋い表情を作っていた。彼自身、こんなことは、絶好機で拳を止めたことは自己満足だとも理解している。だがそれでも、竜人の勇者とは遺恨を残したくないと思えたのだから、仕方がない。


「く――あははははっ」

「な、何だっ!?」


 頭上から届けられた高い声に、ジオは思わず構えを作ってしまった。竜騎士が何をしているのかが、さっぱりとわからずに戸惑っていた。


「エドワン王子が、笑うている……」

「んあ?」


 外野から届けられたものに、思わず少年は間の抜けた声を出してしまった。笑う、それが何であるか、正面の生真面目な竜人からは想像もつかない姿だった。それは臣下にしても不可解なものであり、白い竜人も口をあんぐりと開けていた。


「くふふふ……はぁ、腹が捩れるところだった」


 あー苦しい、そのように漏らして白銀の騎士は冑の隙間に指を入れる。目元を拭っているのは、瞳が湿ったからであったが、それこそ他の竜人たちからすれば何とも珍妙な光景であった。


「人間種からすればさ、我々は紛うことなき化け物だろうよ。それを前にして、こんな、こんなことを言うとは……貴方は面白い人だね」

「そりゃどう――」


 そりゃどうも、そのように緑色の勇者は口にしようとしていた。にも関わらず、次の言葉に閉口する。「エスジレーヌに来ないか?」エドワンは口早に告げていた。尚も、言葉は続けられる。


「その魔力や胆力、人間種離れしているではないか。弱き生き物の中では不理解に苦しんだことと推察する。むしろ、こちら側に来た方が……貴方としても気兼ねなく暮らせるのではないか?」

「……」


 飾らぬ率直な表現に、ジオは瞳を閉じてしばし黙考した。若がご乱心じゃ!――むしろ告げている本人の方が取り乱しているが、そんな言葉も飛び込んで来る。


「ありがたい話だが、残念ながらお断りだよ。俺は、どう足掻いても人間側の勇者なんだ」


 己が父が為したことは、人間種の暮らしを護ることであった。幼き日よりそれに憧れるこの少年は、何を置いても人を護ることに注力してみせる。出された声には、そのような意志が乗っていた。


「む、そうか。案外と、返答は早いな。敵対している相手に言うことではないが、口説いてすぐにフラれるってのは、何だか辛いものがあるな」

「……口説く?」


 心底残念そうなものが声音に含まれていたが、ジオには生憎と要領が旨く掴めない。しかし、今この時に話し合いの余地が見出せていた。


「仲間云々ってもんは、王様同士の話が終わってからどうだ? きっちり同盟が結べたなら、人間竜人の垣根は低くなるだろ」


 話が苦手な割りには、上手く提案が出来たと彼は自負する。


「――ダメだな。私は今、王からの命を受けてここにいる。勝手は、出来ない」


 だが、今度はエドワンの方からきっぱりと断りが入れられた。そこに冗談などはなく、ひたすら真面目な解答であった。だからこそ、ネギの勇者は好意的な笑みを浮かべる。


「違う形で出会いたかったな。あんたとは、どうにも殴り合いをしたくないと思ってしまう」

「何だ、貴方は!? 振った矢先から口説きに……それが人間の文化なのか?」


 直球には直球で、少年は素直に言葉を紡いだつもりであったが、どうにも相手には受けが悪かったようだ。実に狼狽えた様子が戻ってくるではないか。首を捻ってみせるが、それ以上には言葉は続かなかった。


 悶えていた竜が、吠えつつ立ち上がることで、話し合いの芽は摘まれる。再戦の声が二人の勇者に向けて届けられていた。


「取りあえず、相棒はやる気満々だな」

「そうだな、エディンは本気を出そうとしている」


 瞳を一度瞬かせ、エドワンは手綱から手を離す。ドラゴンの燃えるような赤い肌、そこに白銀の手を合わせながら、視線を敵対者へ向けた。


 瞳の琥珀は一層に色を濃くして、魔力が迸る。次の瞬間には竜が翼を広げ光を放った――正に灼熱、燃えるようにではない。事実、肌を燃え盛らせながら、エディンという名のドラゴンは姿を変貌させた。


(げっ――)


 勇者としての矜持から、今にも漏れ出んばかりの言葉を呑み込んだ。だがジオは眼前の生き物に対する警戒を極端に引き上げる。肌よりも更に明るい色をした瞳、それは過去に大変な苦戦を強いられた相手がしていたものと実によく似ている。


「我が信奉するは竜人、竜種を愛されるアギト・エギレア神。人間には炎の神として知られているのかもしれないが、竜人の間では少しばかり異なった加護を授けてくれる」


 アギト・エギレア神とは進化の神だ、白銀騎士は告げた。


「さっきまで、加護も使ってなかったのか」


 ここが戦場でなければ、もっと驚きを表現していたことだろう。言葉の通り、進化した竜は人間の手に負えるようなものでなくなっている――それこそ、吟遊詩人が語る英雄譚に現れる暴竜そのものだ。


「溶岩竜、貴方も名前くらいは聞いたこともあろう?」


 炎に身を置きながら、その声はどこまでも涼し気なもの。相棒への信頼は、揺らぐことがない。


「あー、そうだな。ガキの頃に見たことがあるよ」


 やや投げやりになりながらも、ジオは敵対するものに倣って生真面目な返事をした。周囲の温度が一気に上がるなか、背中を伝う雫は随分と冷たく感じられていた。


 ただ、拳を固めることだけはやめない。真っ直ぐに、眼前の暴れ者を見据えた。




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