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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第三話「ネギと炎の料理人」
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肉でも魚でも持ってこい 4

 居住区と商業区の境目にある施設に、この日は大勢の市民が集まっていた。舞台中央には五つの調理台、同じ数の若手料理人が揃っている。この国一番の若手料理人を決める大会ともなれば、観客は興奮を隠せずにいた。


 開始の合図とともに、白い調理服に身を包んだ男たちは動き出す。食材を確認する者、器具を点検する者、早速に包丁を取り出した者……行動は異なるが、黙々と調理を開始する姿は皆一様であった。


 参加者は王国の権力者が抱える、ないしは推薦された料理人だ。コンテストというものは幾つかあったが、開催の規模と優秀者に与えられる栄誉を考えれば、ヴァリスナード主催のものが最高峰と言える。ここに吟遊詩人が語る英雄譚のような派手さはない、だが磨き抜かれた技術を前にすると、市民たちは自然と黙って観覧し始める。


 観客の興味がコンテストそのものに移った頃合いで、実況席からはそれぞれの料理人の様子が伝えられた。五人の動き、それらの注目ポイントが解説されれば、飽きて騒ぎたてるような者は現れない。


(へー、王都って人が多いんすねぇ……)


 観客席を見回しながら、参加者の一人は明後日の方角へ向かった感想を抱いていた。否、まともに思考したくない。とういよりも、現実逃避をしていたい。それが彼女の本音だった。


 どうしてこうなった――ジュラスに引っ張り込まれた直後、そのような言葉ばかりを繰り返していた時に比べれば、一見すると落ち着いた様子に見える。


 実際には、心が大いにざわめき立つもいいところであった。


 彼女にしてみれば、王都へはレシピコンテストに参加するために来ていた筈だ。それがどうしてこんな大舞台に立たされているのだろうか、そのように思わずにはいられない。昨日、師であるモータリアと話した時も、調理技術はさて置いて“一味足りない”と言われたばかりだ。


 何故、ヴァリスナード推薦枠で特別出場などを果たしているのか。カンナにはさっぱりとわからない。再び三つ編みに手を伸ばしたところで、会場内からは、おぉとどよめきが起こる。


「それでは各料理人に注目してみましょう」


 言葉が向けられたのは、二人の料理人だ。背丈や恰幅といった体格は異なっているが、その動きには共通するものがあった。


「まずはハロルドさん、ロクザンさん両名の動きに注目していただきたい。若くして宮廷料理人に上りつめたお二人は、この大きなコンテストを前にしても淡々と包丁を振るっている! しかーし、よく見てください、切られた食材が一瞬でありますが、ふわりと舞ったようにわたーしの目には映った! どれだけ薄く切られているのでしょうか、その技巧、正に若手料理人最高峰と称する相応しい」


 簡単な経歴も挟み、実況は進められる。熱闘を繰り広げる二人は、宮廷料理人、その総指揮官であるシェフの愛弟子だ。無骨な料理人は調理に関係のない無駄口は叩かない。だが、同門同期である若き二人は素振りには出さないが、互いに仕掛けどころが何時であるかを意識し合っている。


(宮廷料理人って、やっぱりすごいんすね)


 ハロルド、ロクザンと言えばレティアで多くの店を回った際に、カンナはよく耳にしていた。上を目指す料理人は、彼らのようにあるべしと。その力を今二人は夢の大舞台で披露している。切磋琢磨する料理人からにじみ出る緊張感が、彼女にも伝わるようであった。


 彼らが緊張するには理由がある。仕上げられた料理への審査だけであれば、目の前のものにのみ、最善を尽くせばよい。だが、ヴァリスナード主催の王国料理コンテストは、調理過程すらも、観客への見栄えすらも審査対象に含まれている。同門対決となれば、どうしても技法に類似性を見られてしまう――手の内が読み切れている相手であるからこそ、個々の創意工夫を如何にアピールするか、そのタイミングを見極めることが重要なのだ。


 己の持つ技量を惜しみなく披露し合える相手がいることを、カンナは羨ましくも思う。真剣な表情の料理人を見ようとするが、舞台を照らす照明が強く、彼女は目を伏せた。


「素材への下ごしらえへと進むなか、オーディエンスの注目を集める料理人がまた一人!」


 追って吟遊詩人は、動きを見せた料理人の実況へ移った。それと同時に、観客たちは今紹介されている長身の男へと視線を送った――高く掲げた手、その指先は繊細な動きをもって加味を行っているとわかれば、先程の料理人たちへ向けたものとは異なるどよめきが起こる。


「出たーっ! 高い位置から振るわれるこの独特の技法っ――王都はおろか、旅先までもルコリチさんの話題は届いておりましたっ。降り注がれるスパイスたちは理屈もわからないが、この上なく肉に馴染む。空気を含むことで食材の旨みが云々といった説はありますが、実際のところはどうなのでしょうかね?」

「さてなぁ……しかし、実際に彼の料理は旨い。他の者が真似をしてもああはならない、彼独自のものなんじゃないか」


 不意に話を振れらたヴァリスナードは、少々戸惑いつつ口を開いた。主催者であることは承知していたが、まさか解説者まで請け負っていたことを、彼はこの時に初めて知った。


 焦りは外へ漏れていない筈だが、その隣に座る妙齢の女性には気づかれていた。愉快げに口の端を吊り上げる彼女を見れば、後々の面倒事が浮かぶ。大英雄の眉間にはやや大きめの皺が現れていた。


「なるほど、ありがとうございます。無理にでも理解するならば、料理の神に加護を受けていると言った方が、受け入れ易いのではないでしょうか? ええ、わたーしはそのように思います。王都一の人気店、ジバリエよりエントリーのルコリチさん、パフォーマンス性も抜群だ!」


 実況兼、審査員席からの評も相まって、観客は長身料理人に釘付けとなった。彼は容姿もよく、特に女性からは黄色い声援すらも飛び始めた。五人中三人が権力者のお抱え料理人であったため、知名度は日頃より市民へ腕を振るうルコリチが群を抜いている。


(神の、加護っすか)


 実況を耳にしながら、料理人の女は自身の手のひらを見つめる。ずっと料理人として生きてきた。だが、男性社会ではこれまで活躍することが出来ずにいた。仕事の技量で負けているとは思わないが、どうあっても腕力、体力の面では負けてしまう、新しいレシピを考案しても、雇われている店の新作メニューとされて自身の功績になることはない。


 震える手のひらを、やはり見つめる。彼女には、料理しかないのだ。これしかないのに、日の目を見ることはない。


 モータリアに厳しく育てられたこの料理人は、どの店に行っても重宝された。多くの店を渡り歩いてきたが、やってきたことと言えば、雑用、清掃、下ごしらえ、賄い作り……これらが大事なことであるとは当然理解している。


 だが、彼女が本当にしたかったことは、こんなことだったのだろうか。


「そしてそして、静かながらも着々と調理を進めている職人がここにも一人――――」


 吟遊詩人は残ったリュカリアへの実況を進めていた。参加者の中で最年少でありながら、既に国教であるアイリス教における専属料理人として活躍している人物と説明される。


 カンナはその音を聞きながら、揺れる瞳をキツく閉じた。


 リュカリア少年が鍋に火をかけたことを聞けば、準備万端で挑んでいるとわかる。もっと言えば、投じられる食材が如何に手間暇を込めて作られたかなど、容易に想像出来てしまうのだ。この場に立っている者は皆、常日頃から料理に対して心血を注ぎ込み今日という日を迎えている。食材の準備すらも碌に出来ていない己は場違い甚だしい――彼女が思い浮かべた言葉を、誰が否定出来ただろうか。


 カンナもまた、料理のみに生きてきた人物だ。手を抜いた覚えもなく、本人なりに懸命にここまで走ってきている。場違いだという想いは、彼女がそれ程まで真摯に料理というものに取り組んでいるから生じたものだ。


(もう、全部投げて帰ってしまおうか)


 不意に生じたが、一体何処に帰るところがあるのか――


 葛藤の最中にあっては、バカげた考えばかりが浮かぶ。置きどころのなかった手は、再び髪へと伸ばされた。そしてつい笑ってしまった。


 ここきて、彼女が笑った理由は一つしかない。無理矢理舞台に上げられたとは言え、基本中の基本を忘れていたのだ――自分はまだ、コック帽すらかぶっていなかったと。一味足りないどころか、まったくなっていない。幼き日より厳しくも温かく育ててくれた人物の姿を浮かべれば、今の自分が如何にバカなことで悩んでいたのか。


「悩んでいるようで、全然悩んでもなかったのかもしれなかったすね」


 笑みこそ自嘲的であったが、先程まで呆然としていた人物とは思えない程、さっぱりとした口調で独りごちていた。


 そうと決まれば、三つ編みを帽子の中へ仕舞い込む。髪などをいじっていた後であれば、調理台に用意された水で手を洗った。何と言うことはない。帰ろうかと悩んでいたが、その実、舞台にすらまだ立っていなかったのだ。


 さてどうしたものかと、ようやく料理人の顔をして彼女は向かう。逃げることは容易い――だが、逃げなかった。それは自覚出来ずとも、このような舞台に立ちたい、そのような想いが彼女も少なからずあった。そうとわかれば、袖捲りをしてカンナは唸る。


「さって……あのバカ師匠は、ボクに何を作れと言うんすかね」


 レシピしか持ち込みのなかったカンナは、用意された食材を扱う他に道はない。正直なところ、王国最高峰の若手たちと比べられて、無様な姿は見せたくない。だが、肉でも魚でも持ってこいという心境で取りかかれば、モータリアが作らせたがっているものの見当も付くというもの。


 緊張ばかりが目立っていた頃には気づかなかった。こうしてみると他の料理人やよく喋る実況などは、彼女にとっては些細なことであったとわかる。


 審査員席から少し離れた位置、他の観客席とは異なったところに見知った顔を見つける。真面目な金髪の女性騎士と小さな魔女、更には心配気な顔をする赤髪の少女がカンナを見ている。女性陣が落ち着きない様子であったが、それはこの料理人の震えが伝わったからだろう。


「そこで見ているといいっす」


 届かないことは承知で、カンナは呟いた。


 緑色の鎧を纏った人物が真っ直ぐに瞳を向けている。彼に対しては、何故だか逃げるような姿は見せたくない。あの少年が昼間に言ってくれたように、自分の思う全力でここまで走ってきている――勇者と料理人、境遇は違えど、彼もまた“何かが足りない”と悩んでいる同類(バカ)だ。


 無様な姿を本当に見せたくないのは、誰に対してであったか。カンナは綻びのある記憶のなかから、大切な人のことを思い返す。そのついでに言えば……


(歳下になめられたら、職人として、否――モータリアの弟子として名折れっすよ!)


 パンと手のひらを打ち合わせ、女料理人は前を向く。調理服は彼女にとって戦闘服だ。胸を締め付ける程、キツく紐を結べば、居住まいはまるで別人へと変わる。


 その姿が見られれば、洞察眼するどい少女は師匠に倣って、真っ直ぐに見守ることが出来る。手のひらに震えがあるように見えていたとしても、心配などはない。それは、青い炎が見せる揺らめきなのだから。




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