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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第一話「語り継がれることのない勇者」
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ネギを背負ってやってきた 3

「勇者様、遠路はるばるようこそ。私が村長のイサックです」


 がたいのよい髭男に、緑の鎧を着込んだ勇者は迎え入れられた。


「あ、どうも」


 両手が塞がっていた彼は、首だけで会釈をする。気絶した村娘を預けるために近くの屋敷へ入ったが、そこが村長の家だとはまるで思いもよらなかった。にこやかな表情を浮かべた村長であったが、勇者の腕で気を失った娘を見て、その表情は一変する。


「グリデルタ、どうしたんだ!」

「知り合いの方でしたか。実はこの娘さんが――」

「娘さんだと? 娘はまだ嫁にはやらん! いや貴様、娘に何を、何をしたーーー!」


 顔を真っ赤にして勇者へと食ってかかるおじさん。冷静に状況を説明しようとしていた少年だが、その勢いたるや首をもぎ取らんとばかりに揺すってみせる。仮にも英雄である彼に大したダメージはないが、村娘を取り落とさないか気にかかっていた。頭を振られるのは、ダメージがなくとも視界がブレるので勘弁願いたいと思う勇者であった。


「貴様、貴様ーー! きさっ――」

「……ん? 終わり?」


 いい加減、殴って大人しくさせようか、などと思っていた勇者であったので、首振りが止まってくれたことはありがたかった。娘に続き、村長までも暴力で黙らせた。そんな噂が立つのは、英雄として避けたいところだ。 


「村長、めっ!」


 先行していた仲間の姿を視界に収め、勇者は項垂れた。シャロの手は緑色に淡く発光しており、誰が村長を黙らせたかは一目瞭然であった。出来ることなら、自分も意識を失っておきたいなぁ、などと緑色の全身鎧を着込んだ少年は溜め息をつく。




「本っ当に、すみません!」


 村長が目を覚ましてから、勇者は深い謝罪を告げていた。守るべき人を傷つけるなど、あってはならないものだ。


「頭を上げてください。無礼を働いたのは、私の方ではありませんか」


 先程までの勢いはどこへ行ったのか、イサックは穏やかに勇者へと語りかける。癖なのだろう、顎ヒゲに手を添えながら村長は微笑みを浮かべていた。


「そうそう。勇者はもう謝ってるから、許されてもいいんだ」

「改めまして、依頼を受けた勇者です。このバカのことは……既にご存知ですね?」


 村長を殴っておきながら偉そうにするシャロはさておき、勇者は自己紹介を始める。


「ええ、シャロ殿からは既にご挨拶をいただいています」


 穏やかな声音とは裏腹に、鋭い視線が勇者へと注いだ。この瞬間から、勇者の品定めが始まっている。


 魔物の脅威に晒されるこの世界では、それに抗することの出来るものは、みな一様に勇者と呼ばれる。力を持たない村人にすれば、魔物への対抗策は多ければ多いに越したことはない。更によいことには、勇者は互いに賞金の掛けられた魔物を廻って競争をする形になっている。つまり、力を笠に法外な請求をする勇者は、他の勇者に淘汰される仕組みが自然と出来上がっているのが、現在の勇者制度だ。


(勇者が来たと喜んでみたけど、うちみたいな田舎へは名のある勇者は来ないわよね)


 父と同じ頃に目を覚ましたグリデルタは、興味なさそうに少年へと視線を注いだ。ネギだとかふざけたことを抜かすこの勇者が、即刻断られればいいとすら彼女は思っていた。


「依頼の前に、イサックさんは“グリオ”って名前をご存じですか?」


 少女の視線を知ってか知らずか、真面目くさった顔をして勇者は再びその名を尋ねていた。


「いや、存じ上げません……ですが、身に纏う見事な緑の全身鎧。間違っていたら申し訳ないのですが、“ルファイド様”の加護を受けておられるのではないかと」

「――驚きました。己が信奉する神に向けて遣う言葉ではないのですが、よくこんなマイナーな神をご存知でしたね」


 グリオという名は知られてはいない。だが、地に膝を突かなかったどころか、少年は瞳を丸くして驚きを表していた。その勇者の後ろで、緑の髪をした少女が何かを言いたがっていたが、その口は勇者の手に塞がれてしまう。


「シャロ様の姿を見た時から、そうではないかと思っていたのですが。貴方様をお見掛けして、確信に変わりました。闘神の加護を受ける勇者様、お名前を存じ上げない私を許してください」

「え、え? あんたがルファイド教の勇者ーっ!?」


 つい声を上げてしまったために、男二人の視線を集めてしまったが、それが何かとグリデルタは鼻を鳴らした。


 何かと納得がいかない。闘神ルファイドと言えば、この村では主神に次いで崇められている。その神を背景に持ちながら、シンボルとでもいうべき剣を持たない自称勇者――どこからどう見ても不審人物であるのに、イサックはにこやかに笑顔を向けている。これはどうにも、少女には納得の出来ないことだった。


「これ、グリデルタ。勇者様に何て口の利き方をするんだ!」

「だって父さん、こいつは―」

「まだ言うか! お前という奴は……勇者様、すみません。娘だからと、少し甘やかして育ててしまったのかもしれません」

「な、父さん、何で頭を下げるのよ!」


 その光景に、少女は衝撃を受ける。先程、盛大に勘違いして勇者の首を絞めていた姿を彼女は知らないが、気の小さな父であっても村長として不当な要求には断固として戦ってきた姿を見て育っていた。娘だからと特別扱いされた記憶はないし、むしろ日がな一日農耕に駆り出されたおかげで、彼女は白い肌のお姫様とは真反対な日に焼けた健康的な成長を遂げていた。


 厳しい父が、自分と大して年齢の変わらない少年へと頭を下げる姿は、見ていて辛いものがあった。

 

「頭を、上げてください」


 困ったような顔で、勇者の少年はイサックの肩へと手を伸ばす。


「私の目的は、魔物から人を救うことなのです。あなたに頭を下げてもらうことではない」


 グリデルタは決して認めたがらないが、少年が告げる言葉に嘘はなかった。この勇者は、窮地に立たされた村が出した救援要請に応えて、この場にいる。


 黒髪黒目の平凡な出で立ちでありながら、少年は緑の鎧を衣服のように自然と身に纏っている。緑は戦いの神、ルファイドのイメージカラーだ。それを着こなす彼は、間違いなく神の寵愛を受けている――そのように、村長は感じ取っていた。


「そうだよー、ジオに頭なんか下げなくていいよー」


 第三者が間伸びした声を上げる。グリデルタが騒いだことすらなかったことにするような(空気を読まないといってもいい)そんな声だった。ジオとは、この少年の名前なのだろうか。


 そう言えばきちんと自己紹介すら出来ていなかったと、グリデルタは若干の後悔をする。胡散臭い勇者であろうが、村長の娘としては挨拶くらいはきちんとしておきたいと思うところだ。


「割と真面目な話をしてるんだから、シャロは黙っててくれ。あと、ジオって名前は捨てたんだ。俺のことはグリオと呼ぶように」

「えー、それは先代の名前だし。私、なるべく大人しくしてたのに。ジオのケチー」

 

 シャロは懸命に抗議していたが、頬を膨らませてぶーぶーと言う姿は、どこから見ても幼い子どものようであった。美しい顔をしているのに勿体ないことをすると、グリデルタはどうでもよいところで怒りを覚え始めていた。


「まぁまぁ、勇者様。お連れ様をそんなに怒らないでください」


 再び人のよい笑顔を浮かべ、村長は会話の流れを断ち切りにかかる。勇者の来訪を喜んでいたのは、何も世間話をしたかったからではない。目的は別にある。


「そうそう、探索に出るよー、ジオ」

「だから、グリオと呼べと言ってるだろうが……いいわ。お前にまともな話は無理だったな」


 眩暈を覚えるようなやり取りをしながら、勇者は腰を上げる決意をした。キリっと瞳を尖らせるが、背負ったネギのおかげで間抜けに見えてしまう。


「あ、そうでした」

「何です?」


 玄関の扉へと手をかけたところで、緑の勇者は村長へと振り返る。既にシャロへ依頼内容が語られているのに、これ以上何があるというのか。


「聞けば、勇者様は名声を求められているとのこと。ゴブリン退治の語り部に、是非、娘のグリデルタを連れて行っていただきたい」

「「はぁ!?」」


 イサックの申し出は、突飛なもので、勇者と村長の娘は同時に声を荒げていた。


 これから、村を離れてゴブリンの巣窟へ向かおうというのだ。そこへ愛娘を同行させる――どう考えても正気の沙汰ではない。それよりも、知名度を上げたがっていることを村長が知っているのが不思議だった。だがそんなことも些末事かと、ジオが口の中で言葉を噛み殺していると、後ろではシャロがブイサインを決めていた。


「お前か! これか、この口が悪いのか!」

「ふぃー、いひゃい、いひゃいよ、ジオ」


 ぐいーんと音が鳴るほど頬を引っ張られているシャロであったが、表情はどこか嬉しそうでもあった。それとは真反対に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている人物が一人。


(この、糞親父!)


 心の中で毒を吐きながらグリデルタは父親を睨みつけるが、“頼んだぞ、全てはお前にかかっている”とでもいうような熱い眼差しを返されては、諦めて旅の支度を整える他なかった。


 村長の娘といえど、村を守れる程の力を持っている訳ではない。期待されているのは、村を守れる力を持った人物のご機嫌伺いなのだ。


「何、彼はルファイド様の恩恵を受ける勇者なのだ。お前を守ってくれるだろうよ」

「……わかったわよ。行ってきます」


 流石は我が娘だ、口角を上げてイサックは続けていた。娘の方はというと、何とも複雑な表情を浮かべているではないか。


 頷いてみせはしたが、半ば諦めにも近いものだった。厳しさと甘さのバランスが極端な父親が、今更変わることはない。彼女は最早不満の言葉を口にしない。ついでにいえば、この村長の顔色を窺う村の人たちのことも苦手だった。


 文句を言っても、誰も聞くものなどいなかった。自分を救い出してくれる勇者がいつか現れるのではないか。彼女がそのように夢想したこと、それを笑うことは誰にも出来ないのではないか。


「危険だけど、いいのか?」

「いいのよ。よろしくお願いしますね!」


 ぶっきらぼうな口調の少年へ、グリデルタはこちらもぶっきらぼうに答えていた。誰も聞いてくれる者などいなかった。


 喜ぶべきなのだろうが、ネギの勇者だとかいう存在に心配されることは、どうにも納得がいかない少女だった。




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