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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第三話「ネギと炎の料理人」
33/202

スープに一味足りないぞ 2

 カナン亭の二階にある角部屋は、ネギの勇者が長期滞在している。最早馴染みとなったこの手足の長い男は、勝手知ったる様子で扉を無遠慮に開く。


「旦那ー、ただいま戻りまし――今日は何のお祭りですかいね?」


 思わずそんな言葉が口をついた。旦那と呼ばれた少年は来客中であり、いつものようにノックもなく扉を開いてしまったことへは、後悔が生まれる。客人がいることを失念するなど、これまでの主であれば叱責は免れない。


「その旦那ってのは、辞めてくれ。どうにも慣れん」


 どのように非礼を詫びようかと悩む間もなく、ジオがいつものぶっきらぼうな口調で窘めていた。それどころか、来客に断りを入れるとコーディーへと向き直ってすらいる。立派な緑の全身鎧は堅牢さを示しているが、不思議と怖さはなかった。


(全然怒られねぇでやんの……)


 目の前の少年は黒髪黒眼、どう見ても自分と同じく平民出身だ。どうしたコーディーと心配気に出される声は低く、敵同士の時とは違って妙な安心感がある。幾分か歳下の相手であるが、落ち着き払った姿を見るとどうにも頼りたくなってしまう――怒られないことは、未だ慣れはしないが、このジオという名の勇者は仕えるに値する人物だと直感している。


「んやー、何でもねぇです」


 そういえば、この人は頭にバカがつくお人良しだったか――強い効果を持つ、ネギ薬も安く販売していたことを思い出して一安心。コーディーは糸目を細くして周囲を見渡す。


 お祭りは言い過ぎだが、この部屋に人がいつになく集まっていることも事実。主の来客にするには失礼にあたるのだが、ついつい見回してしまう。怒られないからと、少しばかり調子に乗り始めていたともいう。


 まずは手近な赤髪の少女、キリカと目が合った。以前はただボサボサだった頭にも手入れがなされれば、どこぞのお譲様かと見紛いそうになる。


 加えて、父親以外に懐かないことで有名な彼女が、勇者に背負われるようにしてくつろいでいるのは、何なのか。コーディーに向かっては「何か文句あんのか」とでも言いたげに睨んでいる。


 次に彼の前を横切った人物がいる。“レティアの華”と称されるラフィーネだ。さも当たり前のように部屋の片づけをしているが、この金髪美女がどうして少年勇者に甲斐甲斐しく尽くしているのかは謎のまま。


 歳上の美人なお姉さんを横目で追ったところ、豊かな胸の膨らみが否応なしに映り込む。そのまま視線を上げれば、汚物でも見るような目と見事に交錯した。


 一番奥には、勇者のベッドに腰をかけて平然としている、カナン亭の一人娘アビー。ソバカスを気にしているようだが、その笑顔は看板娘に相応しい人好きするものだ。


 父親であるモータリアがもう少し柔和な表情をしていれば、或いは職人気質でなければ、声をかける男も大勢いただろう。この手足の長い男は、営業スマイルすら向けられたことはなかったが。


 そのアビーの隣に並んで座る女性は、彼も見たことがない人物であった。所在なさげな感と、茶髪を三つ編みにした地味さが第一印象であるが、肌ツヤが非常にいい。ボディラインも非常に引き締まって見え、町で見かけていたら思わず声をかけたと思う程だ。


が、今はアビーがお客相手にはしてはいけない表情を向けてくるので、詮索することも危険だと直感がささやくを通り越して騒ぐ。


 可愛い女の子から綺麗なお姉さんで部屋が一杯だ、そのような結論をコーディーは下した。


「何なんすか、何なんすか!」


 叫び、チンピラ上がりは天を仰いだ。キリカから「うるさいぞ」と言われてしまうが、神をも呪うこの気持ちは、少女にはわかるまい。


 何故に勇者という存在はここまでモテるのか。普段から真面目なことばかり言ってる癖に、ズルいぞとコーディーが吠えていた。昔から上手くいかないことばかりだったと、彼は嘆きに嘆く。


 立派な家柄も誇れるような学もなければ、英雄になれる程の腕っ節もなかった。あったのは、手先の器用さと話術、後は危険回避に長けた直感――それすら、黄金剣士に危うく殺されるところであったのだから、本当にあるのかも怪しい。


 悲しいかな、少年時代よりずっとコーディーは権力者の横で、指を咥えて見続けてきていた。


 自分だって美人に囲まれてチヤホヤされたい。声には出していないが、彼は己に正直な生き方を貫いてきていた。だからこそ、敵対した黄金剣士すらも救おうとするネギの勇者は眩く映った。憧れはあるし、今は世話にもなっている。が、そんなことも考えられないくらい悲嘆に暮れてしまう。


「ズ、ズルいっすよ……一人くらい俺に回して――」

「どきなさい、クズ」


 全く飾り気のない直接表現に、手足の長い男の心は折れた。ついでに手足も折ってさめざめと泣く。レティアの華は氷の女とも呼ばれているが、美人が本気で向ける侮蔑は非常に堪えるものがある。なかには、そのキツさを喜ぶ男もいるようだが、生憎とコーディーは苛められて喜ぶタイプではなかった。


「ジオさん、それでは私はこれで失礼します」

「ああ、いつもありがとう……」


 泣き崩れる男を視界に収めながら、ジオは礼を述べる。彼が帰ってきたら留守を任せて依頼を受けよう、そのように考えていたが今の状態では憚られるものがあった。


 背中に持たれかかっている少女も、今では勇者を名乗る存在だ。留守番などを頼むことは忍びない。ともなれば、従者を名乗るこの男をどうにかしてやらねばなるまいよ、とジオは思う。何が悲しいかはわからないが、自分を慕っているコーディーを放ったらかしにすることは、それこそ忍びない。


「アビー、カンナさん、依頼の件は少し待ってくれますか」


 すみませんと告げると、アビーは可憐な笑顔を浮かべて「いいですよ」と答えている。目配せの後、カンナを連れて部屋を退室していった。


 コーディーの入場からほどなくして、ネギの部屋に残った者は結局いつもどおりの面子であった。大人たちを見送れば、キリカは定位置であるジオのベッドに腰かけ直す。今日も今日とて、いつ冒険に連れていくのか? と催促に来たつもりであったが、どうにも部屋の雰囲気がそれを許してくれない。


「何だか、可哀想な気がしてきたぞ」


 先程はキツい視線を向けたキリカであったが、大の大人が泣いている姿を見ると、その眉も下がる。不憫というか、こちらまで泣けてきてしまうような、言語では表しにくい物悲しさがある。こんな状況では、自分の都合で話すことは憚られた。


「ラフィーネさんには近づくなって何度も言ってるんだから、ありゃ自業自得だよ」

「うーむ、だが泣いている人を放っておくのは、勇者としてどうなんだ?」


 ラザロに人質に取られ、そこを助けてくれたオッサンは重症を負う羽目になった――ラフィーネの黄金剣士アレルギーは酷いもので、元従者であるコーディーは、評判以上に冷たい視線を彼女から浴びせられ続けていた。


 因みに、クズと真正面から言われたことは、今日が初めてであった。


「あー……そりゃそうだ、ごもっともだわ。キリカは優しいな。それでは、すまんがあの泣き止まない大人に、このネギでも持って行ってくれ」

「身から出た錆びだろうけど、錆びなら落としてやったらいいよな」


 大人の事情というものはよくわからないと、キリカはニカっと笑ってみせる。ジオの言葉を素直に受け止めた彼女は、ネギを手にしてコーディーへと歩み寄った。


 彼女にとっても印象の悪い男であるが、ヘジワース邸でも震えていたことは、記憶に新しい。困っている人を助けるのは勇者の役目だ、そのように教えられたキリカは伏せる男の肩へ優しく手を置いた。


「ほれ、ジオのネギを食べて元気出せ」

「……俺に、くれるのか?」


 コーディーが涙を拭って顔を上げると、そこには天使の微笑みを向ける町の英雄がいた。赤風の勇者は、師匠(ジオ)が黄金剣士を諭した場面を思い出しながら、言葉を紡いだ。


「オマエがクズなのは、今に始まったことじゃないだろ? 先月から心を入れ替えたんだ。まだまだクズに違いはないが、オマエは改心したクズだ」


 闘技場でやり合ったあたしが保証しよう。そのようにキリカが慰めにかかったが、男は泣きに泣き、嗚咽までも漏らす始末。


 何故これ程の目に遭わされるのだろうか。勇者に成り立ての少女に完膚無きまで叩きのめされた事実をコーディーは思い出す。闘技場での華々しいデビューを夢見ていたことは、本人以外は知らない。


「慰めてやったのに、余計に泣いたぞ。なんでだ?」

「俺は闘うしか能がないから、わからんなぁ……と言いたいところだが、今のはキリカが悪い」


 えー、という抗議の言葉を聞きながら、ジオは口をへの字にして渋い表情を作った。少女は純粋であるが、分別が足りないことを忘れていた。


(俺の見積もりに甘さがあったか。まぁ、弟分も妹分もフォローしてこそ勇者だ)


 自らが招いた状況ではなくとも、責任の一端は自分にもあると重い腰を持ちあげた。闘う以外に能がない、そのように言いながら背負い込もうとする癖がジオにはある。この辺りを見て、ラフィーネが渋い顔をしているのだが、そのことを本人はまだ気づいていない。


 それでも、無理をしているかと問われたならば、ジオは「好きでやっていることだ」と答える。考えることは苦手だが、人の話は懸命に聴けば何処かに突破口があると、彼は知っているからだ。


「コーディー、何故泣く? お前も一端(イッパシ)の男、他人に泣かされるようなことはないじゃないか」

「……こんなに悲しいのに、泣くことないんすか?」


 迷える子羊へ、ジオは慈悲深い表情を浮かべて首肯した。おんおんと泣いていたコーディーであるが、主の落ち着き払った低い声には熱心に耳を傾けている。


 魔物との闘いに明け暮れてはいるが、神官の家系に彼は生まれ育っている。神職にこそ就きはしなかったが、村を離れるまでは神父である叔父が悩める人々の話し相手になっている姿を見ていた。ある意味で人を救わんとすること、それは何時であってもジオの眼前に突き付けられている。


「そうだぞ。ラフィーネさんは、あの一件で今は精神的に不安定なんだ。時期が悪い。今変えられないところよりも、今も変わらないところを見てくれないか?」

「おお、ジオが神父っぽいことを言ってる」

「……キミはちょっと、黙ってなさい」


 横槍が入ったが、ネギの勇者は咳払いをして再び口を開く。


「どこまで話したか。ともかく――自分の変わらないところを見つめろってことだ。誰に何を言われようとも、お前がネギの勇者の下で尽力してくれている、この事実は変わらない。他人に何を言われようが、コーディーはコーディーさ。違うか?」

「ジオの旦那ぁ」


 ぐすぐすと鼻を啜りながら、青年は主の中に救いを見た。細い瞳からは別の意味で涙が零れそうにもなる。この町では何も出来ることがない、そう思っていた矢先、関節的ではあるが役に立っていると褒められた。


 誰かの役に立てる日が来るとは、故郷で荒れていた時期には思いもよらなかった。やはりこの人物は仕えるに値する、自分の直感は当たるのだと自信を取り戻しつつあった。


「俺も、旦那のようになれるだろうか」

「なれるとも」


 問いかけに、ネギの勇者は鷹揚に頷く。事実、彼のおかげで随分と楽になっている。闘う以外に能がないジオ一人では、レティアの滞在費を稼ぐことすら難しかった筈だ。


「そうか、俺もいつかはモテモテに!」

「モテるのは……何だ、その、無理かもしれん。というか、諦めておいてくれ」

「何で!?」


 思わず従者の男は驚愕を表していた。褒められて嬉しかったが、モテたいその一心に尽きる彼は『何だこいつは、自分だけモテようというのか』と喰ってかかりそうにもなる。不思議なもので、神妙な表情をするジオのことが一周回って腹立たしくなってきてしまった。


「お前、何か勘違いしていないか?」

「勇者はモテるためにしている訳じゃない、そんなつまらんこと言うんでしょうが!」


 眉間の辺りを指で押さえる勇者は、先程に比べて余計に渋い表情をしてみせる。「つまるかつまらんかでは動いていない」この台詞は彼の前でも語った筈……だが、正論の聞き飽きたコーディーは結局、主人にやり場のない怒りをぶつけてしまっていた。


「なージオ、こいつもう、ぶっ飛ばしていいか?」

「ダメだ。そんなことしたら、キリカが培おうとしている勇者としての格が下がる」


 泣いている理由が“女にモテたい”だけであったとわかり、キリカは半ば呆れていた。ジオも咄嗟にフォローに回るものの、女にモテたいと堂々と言われては、結果的にキリカを守る方に回っていた。最近になって出来た弟分に妹分、さてどちらを守ろうかと唸ってもみせるが、コーディーは考える時間も与えてくれない。


「ほら見ろ、旦那はキリカを庇う。結局は女の子が好きなんじゃないか!」


 いや、それでも泣き腫らすこの男を助けようか、などと思った矢先にこれである。よくよく思えばどうして謂れのないことで責められにゃぁならんのか――ネギの勇者という存在はなかなか理解されないもの。わかってはいるが、新米従者の横暴にジオの何かが切れた。


「コーディー……お前さんな、勘違いしている。それだきゃハッキリ言っておこう」

「え、何、なんすか?」


 いつもより一段とジオの声が低くなる。怒られている――などではない。ジオは淡々と話していた。だが何やら億劫そうに語る姿を見て、コーディーは気勢を削がれてつつあった。


「ベッドに座っていたのは、依頼人。アビーがいつもの調子で巻き込んだ感じだな。それにお前さん、あの子に愛嬌があるって言っても、たまに吐く毒気を知らんだろう?」

「ぉ、ぉぉ……」


 この間、すれ違い様に「ネギ臭い」と言われたんだぞ、と勇者はあらぬ方向を見ながら告げる。弟分、妹分そのどちらともなく困惑の言葉を漏らすも、残念ながら、勘違いの訂正はまだ終わらない。


「ラフィーネさんにはな、お世話になっているけど基本的に出てくるのは小言だ。割と潔癖な女性に生活を管理されてみろ、役得よりも辛さの方が勝るから」

「でも――」

「そんで、キリカは弟子みたいなもんだ。百歩譲って、キリカの可愛いさは認める。頼られて嬉しいことも認めよう、でもなお前、この子が成人するまで何年かかると思ってるんだ? お前、この状況でモテモテとか抜かすか?」

「あ、いや――」

「というかな、ネギの勇者が如何にモテないか知らないだろうが。客引きしてる姉ちゃんに敬遠されるレベルだぞ? 俺の周りに集まるのはな、基本は犬猫と子どもだけだ。ああ、あとオッサンな。中年の男にはモテるぞ」

「……」

「そもそも、三代続く勇者の癖に、吟遊詩人がまったく謳わないんだぞ、まー知名度がない。強くなけりゃ存在価値がわからん。そんなだから、いい子だなぁと思ったお嬢さんにお手紙送って、一月待っても返事すら返って来ねぇんだよ。お前、それでも俺がモテるって言えんのか?」


 途中からコーディーは言葉を発することもなかった。正直、引いていた。その様子に構うことなく、ジオは淡々と言葉を紡ぎ切った。怒気は愚か、感情すらも置き去りにした彼の眼は部屋の隅を見ているようで、その実、焦点は合っていない。


「ジオ、その辺にしておこうな」


 黙って聞いていたキリカであったが、まだまだあるぞと言われると口を挟む。ジオの頭を撫でながら「勇者の格が下がるぞ」と呟いていた。


「――はっ、俺は一体、何を」


 数回瞳を瞬いて、少年勇者は現実に戻ってきた。頭を撫でてくれる少女は「いいんだ、いいんだ」と優しげに慰めているが、どうしたものか。感情を込めずにと思っていたが、鬱積されたものは一度でもタガが外れると大変になる――ジオは改めて、不平など言うまいと猛省した。


 普段ならば泣き事などは言わないが、育て親の如きオッサンがなかなか帰ってこない状況にあって、(トド)めのような言葉を吐かれてしまったのがよくなかった。ネギの勇者に向かって「モテモテで羨ましいなぁ」に類する言葉は禁句だ。


「何か、その……すんませんでした」

「否、いい。モテるように見えるかどうかは、見る方の自由だ。俺の方こそ、少々取り乱してすまなかった――ところで、急に話は変わるが、コーディーは何か用でもあったんじゃないか?」


 いつもより帰りが早かったじゃないか、とジオが告げれば、細い瞳を限界近く広げてコーディーは驚きの表情を作っていた。




「あら本当ー、あのジオくんがねぇ」


 穏やかな声が人の少ない食堂に響く。昼時のカナン亭にしては、何とも珍しい光景であった。


「本当だとも。あやつは昔から無鉄砲でな、私もよう苦労させられたわ」


 老婆――のような喋り方をした少女は、目の前に出された紅茶を口に運んだ。カナン亭の入口には“臨時休業日”の札が出されており、他に客はいない。


 ここの娘とその幼馴染とやらが別のテーブルでくつろいでいるが、しばらくこの宿のおかみさんと二人でお茶などをしている訳だ。のんびりとし過ぎたか、既にこの紅茶も二杯目が終わろうとしていた。


「お譲ちゃんも苦労するねぇ。亭主が外出してるもんだから、店のもんは紅茶くらいしか出せないけど、ゆっくりしておいきよ」

「かたじけない。じゃがなぁ、私はお譲ちゃんって年齢でも――否、自分では歳を数えておらなんだ。忘れておくれ」


 幸薄そうな青年に待つようにと言われたが、一向にネギの勇者が現れる気配もなかった。そこでこの魔女に声をかけてくれたのが、シシリィだ。こんな恰好をしている人物に茶を勧めるのだから、いい人なのだろうなと少女は思う。


 宿屋兼、大衆食堂でもあるカナン亭はいつもこの時間帯は繁盛しているとの話題も出ていた。忙しい食堂にあっても、シシリィには気忙しさがない。むしろ体型も手伝って何処か見る者に落ち着きをもたらす程だ。そのことを聞けば、料理は全部亭主がやっているんだよ、あっはっは、と豪快にも笑っていた。


「ヌシは何というか、面白い人物じゃな。後、娘ともよく似ている」

「おや、アビーとかい? ここいらじゃそんなことを言う人なんていないから、何だか嬉しいねぇ」


 魔女はふと口にしてみせたが、すぐに離れたところからアビーの抗議の声が飛んで来ていた。細見の娘からすれば、ふっくらし過ぎている母親と同じと言われることには抵抗があったのだろう。


「顔に出るところ、アビーとおばさんはそっくりだと思うっすよ? むしろ、思ったことをすぐ言っちゃうとこ、直さないとおばさんがかわいそうっす」

「ぬ、ここにも伏兵がいたか」


 王都へ向かう道中、背中には気をつけな。そんな言葉を宿屋の看板娘は吐いていた――無論、冗談だ。アビーにしてみれば、母とも会ってようやくカンナが笑顔を見せたことでホッとしている。稼ぎは減るが、父親が野暮用で出かけてくれていたことは、何ともありがたいことであった。


「仲がよいんじゃな」


 彼女らのやり取りを見て、しみじみとちびっ子魔女は呟く。邪魔をする気も会話に混ざる気もなかったが、幼馴染みだと言う二人のやり取りは、どこか懐かしいものを思い出させた。それと同時に、折角訪ねて来てやったにも関わらず顔を出さない少年への不満が渦巻きもした。


 手持無沙汰を隠すため、腕も足も組んで少女は上を見上げてみる――ふと、この天井を魔法でぶち抜いてやれば、ネギが血相を変えて来るのではないか。そのような考えももたげ始めていた。


「だーー、コーディー! お前そういうことはさっさと言えよ!」


 ゆったりとした空気が一変、ドタドタと慌ただしい音が雪崩れ込む。何事かを叫ぶ人物が勢い込んで階段を飛び降りてきた。


「なんじゃ、ようやく来たか」


 軽く溜め息混じりに少女はそちらを見る。かれこれ六年と三十六日振りか、と呟いた魔女は帽子のつばやら外套に皺などないかを今更ながら気にし始めていた。


 食堂に居る人たちは一斉に振り向いては、驚きを示す。噂では彼の黄金剣士を圧倒したというネギの勇者が、それこそ血相を変えて走っているのだ。この小さな少女は一体どのような人物なのか、関心が寄せられる。


「ティア、すまん。待たせた!」


 勇者としての体裁も何もなく、つんのめりながらジオは声を上げた。周囲の人たちは、こんな勇者の邪魔をしてはいけないと少し距離を取って眺めてみせる。遠慮のないコーディーは少し後をついているが、概ね二人で話せるようにという空気も生まれていた。


「なにを今更、多少待つくらい構わんて。久しいが、ヌシは息災か?」


 随分待たされたからと、魔女は手足を組んだ姿勢そのままに、大仰に言葉を放つ。最後に出会った日から指折り数えていたことも棚に上げ、この台詞はバシっと決まったと内心で思ってもいた。


「んあ?」

「なんじゃその返事はっ!」


 すっくと立ち上がった少女はほぼ全力で怒鳴った。彼女にしてみれば、呼ばれたから来てやったのに何故呆けた顔をされねばならんのか、というところだ。


「旦那、精霊に呼ばれたっていうのは、その人ですよ?」

「……嘘だろ?」


 うん? と首を捻ってジオ少年は唸る。藍色の髪に見覚えはあるが、どう考えても彼女が幼馴染(・・・)にはまるで見えなかった。少なくとも、最後に会った時には当時の自分よりも背が高かったと記憶している。


「ティアは俺の幼馴染だぞ? そりゃあしばらく会ってなかったが、こんなちんちくりんの訳が――」

「誰がちんちくりんじゃ!」

「ああっ――」


 怒りを堪え切れなかった少女が、渾身の右ストレートで勇者の脇腹を抉った。迷いのない一撃は見事なもので、その場に居合わせた誰もが思わず声を漏らしていた。いきなり殴る方もどうかと思うが、仮にも勇者が幼子の拳に膝をつく姿は本気で心配になる。


「エルよ、ヌシは少々見ん内に随分なことを言うようになったのぅ……その曇った目玉、用をなしておらんと見える。繰り抜いて路傍の石コロと入れ替えてくれようか?」


 ふー、ふー、と息を吐きながら少女――ティアはそら恐ろしい提案を持ちかけていた。先程の拳は魔力も篭らないただの正拳であったが、今は魔力が溢れ出してやや長い髪がわななき出していた。その波は、高い魔力を持つ勇者であれば感じ取らずにはいられない。


「その年寄りくさい話し方……お前、ティアか? え、縮んだ?」

「アホか! 最後に会ったの幾つの時だと思っておるか、私はあの時と全く同じ背丈じゃと言うに」


 ジオが語る程に怒りを倍加させていく少女であったが「エルに期待した私がアホだったんじゃ」と次第にトーンダウンをしていく。がくりと項垂れたところで、不意に勇者は指を差していた。何かを思い出したらしい。


「あー、そうかそうか。俺の背が高くなったんだな。そもそも、俺をエルと呼ぶのはティアか母さんだけじゃないか。うん、よく見りゃガキの頃のティアと変わらんな」

「はいはい、ヌシの幼馴染のティアじゃよー……精霊シャーロットの呼びかけに馳せ参じましたとさー」


 殴られたダメージも大してなかったようで、少年は幼馴染の少女へ向けてにこやかに笑う。対照的に、殴っていた側のティアの方が疲れ切った顔をしていた。もう好きにしろとばかりに、投げやりな返事に終始する。


「旦那、この幼女――もとい、魔女みたいな人が幼馴染みなんで?」


 先程のことを引き摺るコーディーは、ネギの勇者は幼女にモテる加護でもあるのではないかと疑いたくもなる。言葉にしたとおり、この女の子がジオと近い年齢とはとてもではないが思えない。歳の離れた幼馴染もいる、そのように考えておかねば頭を整理出来そうになかった。


「そうだな。こいつはオッサンの姪っ子でー……あれ、お前は幾つになったんだっけ?」

「エルの一個上じゃ。幼馴染の歳も覚えておらんのか?」


 まぁ、私も自分で歳は数えておらんけどな、と少女は溜め息とともに答えた。二人のやり取りを見ていると、益々混乱が深まるようでコーディーは唸る。


「旦那は幾つでしたっけ?」


 あまり立ち入るのもどうかと思うが、従者を名乗る身としては気になるのだから仕方ない。この少年は、自分よりも少しだけ年下なのだろうからと目星をつけている。歳が幾つだろうと憧れや、世話になっていることが変わることはない。だが、ジオが実は十歳に満たない可能性もあるのではないか、そんな極端な想像にも行き着いていた。


「えーっと、成人したのが二年前だから……十七か。それがどうした?」

「いや、何でもねぇっす。単なる興味本位でさ」


 大したリアクションもコーディは取らなかった、否、取れなかった。再び首を傾げるジオの横では、彼の幼馴染みが「ヌシが歳を言ったら、私の年齢もバレるだろ!」と脛を蹴り上げている。蹴られていても、勇者にはダメージなどないようで朗らかな笑みを浮かべていた。


(へー、この幼女は十八歳かー)


 どこか遠いところを見ながら、手足の長い男は胸中で独り言ちる。十八歳で幼女ってなんだ? 様々な驚きがあった。だが中でも重大事は、ここのところ年下に付き従ってばかりだということだ。今更何かが変わる訳ではないが、何と言うまでもなくコーディーの糸目が一層細められていく。


「はぁ……もうよい。ともかく、今日から私が伯父の代わりにサポートするから、大船に乗ったつもりでおるがよい」


 ヒラヒラと手を振り、ティアという名の魔女はどっかりと椅子に腰を下ろした。自失状態にあった手足の長い男へは「そこの幸薄いの、ご苦労だったな」とお礼のような尊大な言葉を投げて寄越している。


「お、お役に立てたんなら、何よりですぜ」


 どもりながらも、コーディーは平静を取り繕うことに成功した。だが二十七歳になった男は、黄金剣士を始め、ここのところ十代にお世話をされている。


 自分に正直に、今この瞬間を生きると豪語していた彼も、流石に己の人生について考え始めていた。




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