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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
26/202

ネギの勇者だ、覚えとけ! 4

 朝を迎えたレティアの町、その上を緑色の風が駆け抜ける。加護を身に纏い、勇者が一つ屋根を蹴れば二棟は跳躍してみせていた。


「ぉ、ぉぉっ」


 ボサボサの赤髪が強風に煽られ、キリカは思わず硬い鎧の後ろに顔を隠した。横目で覗えば、見慣れた町の景色が流れていく。


 驚きがあった。


 拳奴の身分にあっても、闘技場で活躍する父が好きだ。だが、年齢から衰えが見え始めた頃から少しずつ変わってしまった。それでも、幼い少女は誰にも相談が出来ずにいた。町の人はラザロの闘い振りに惚れている。自分が相談することで、父が闘いを奪われたら一体どうなってしまうのか。


 レティアの勇者は職業勇者だ。王都に近いこともあり、点数稼ぎを考えている汚い大人ばかりだと、キリカには映って見えた。


 だから、この驚きは不思議であった。まさか勇者に相談をする日が来るなど、全く思いもしなかった。父譲りの洞察眼を持つ彼女は、ジオの背中に身を預けて祈る。


 この人が、父を止めてくれますように、と。


 怒っているような、泣いているような顔をしている勇者だ。一緒に連れて行って欲しいというわがままを言っても、黙って頷いてくれた。この人ならば信じてもいい。


「地面に降りるから、口を閉じていてくれ」


 ザン――石畳に転がる砂利を磨り潰しながら、ネギの勇者は路地に降り立つ。衝撃に一瞬目を閉じたキリカであったが、痛みなどはなかった。


「ここって……」


 本日二度目の驚きから、思わず言葉を溢した。瞳を開けば、住処とは比べ物にならない程立派な建物が並ぶ通りへと出ている。そして今二人が立っている場所は、一度父に連れられて来た邸宅であった。


「さて、ここからは流石に背負ったままではいけない。なるべく離れず付いて来てくれ」


 ぶっきらぼうな物言であったが、赤髪の少女はゆっくりと頷いて応えた。町の有力者ヘジワースのお屋敷へ行くのだ、緊張しない人物の方が少ないのではないか。多額の寄付金など、レティアへ貢献しているらしいが、少なくともキリカが住む通りでは怪しい噂ばかりを聞かされていた。


 今もジオがノックをしても、屋敷から反応はない。ここにキリカとラフィーネ、それぞれの頼みがあると勇者は確信している。以前にかけた刻印(マーク)の魔法によれば、オッサンがいることは間違いない。


 あくまでも勇者然として、緑の鎧を着た少年は根気よくノックを続けていた。いつの間にかメジロが彼の肩へと止まっている。意志を示すように、つぶらな瞳で彼を見つめていた。


「ネギ、大丈夫だよな?」

「……キリカは俺が守るから、大丈夫だよ」


 静まり返った大通りにいると何やら不気味で、少女は背中を向ける人物へ声をかけた。守るという言葉を聞いても、心配は減らない。むしろ増していた。


 彼女が気にしていたものは――


 突如、獣のような唸り声が響いた。金属を擦り合わせたような、ともかく人間が上げるようには思えない不快な音だった。


「大きな音がするけど、ごめんな」

「ぉ、ぉぉ」


 口にするとほぼ同時、勇者は扉を蹴破った。豪奢な家具などが並んでいることが映り込んでくるが、それらには目もくれずに続けて拳を足元へと打ち下ろす。


 木製の床が抜ければ、二人は地下階へと落下した。やはりネギの勇者が抱きかかえてくれていたため、キリカには傷の一つもない。地面に降ろされると、赤い髪の上にメジロは止まった。


 心配ばかりしている少女を慰めようというのか、あれ程嫌がっていたにも関わらず、今ではすっかり大人しい。


「……大丈夫、だよな?」


 再度、少女は問うた。不安で仕方がない。盗人が現れた時、見ず知らずの自分を守ろうと怒った彼だ。身内が大怪我をさせられたとなれば、どれ程怒ってしまうのだろうか。


 キリカは、少年勇者を案じずにはいられない。




 幾つかのものが混ざっているが、血の匂いがする。


 誰の家かも理解しないまま、ジオは石で囲まれた一室の前に立つ。耳障りな声を聞き、鉄製の扉へ拳を突き立てた。


 一撃では頑強なそれは開かない。ならば二度三度と拳を打ち付ければ、扉よりも先に留め具の方が音を上げて倒れ込んだ。耳を塞いでいるキリカは、心配そうな顔をしているが無事だ。まだ、周囲に目を配る程の余裕はあった。


――中の様子を目にすると、途端にその余裕とやらは塗りつぶされる訳だが。


「ノックもまともに出来ないとは、何処の田舎出身だ?」

「……お前」


 厭味たらしい物言いに、ジオはいつも以上に低く声を絞り出す。ゆっくりと話していなければ、今にも殴りかかりかねない。気づいていたが、獣のような叫び声は彼の従者のものだった。


 壁に貼り付けにされた中年の男には、勇者には見慣れない装飾が施されている。彼の腕や太ももから生えているものは、短剣の柄だろうか。ジオは拳を硬く握り、黄色の鎧を着た勇者を睨む。


「ジオとか言ったか。どうしてここがと言いたいが、恐らくは何らかの魔法だろう。聞くならこうか、ここに何をしに来た?」


 質問のついでか、動作のついでに質問をしたのか。トリルは何も躊躇うことなく、手にした短剣を男の腹へ突き立てた――同時、人語にならない叫びが響く。


「おい、貴様……何してる?」


 肩や太もも、更に脇腹の辺りに短剣が刺さっていることから、殺す気がないことはわかっている。しかし苦しむ従者の姿が見るに堪えず、ジオは部屋に足を踏み入れた。


「何って、拷問じゃないか。俺は明日の闘技場で、お前に全くの余裕で勝たねばならんらしいからな。弱点を聞こうと思ったんだが、まぁ今のお前の顔を見ただけでも、目的はある程度は達せられた、かな」


 何処か他人事のように、黄金剣士はつらつらと語る。従者がいなくなれば動揺するかとも思ったが、中々衝撃的なシーンが見せられたのではないかと、彼は思う。動揺が誘えるならば、それもいい。


 今この場で殺し合いになったとしたら、それはそれで問題ない。ネギの勇者は因縁を掛けられた相手の屋敷へ不法侵入をしている――このような構図が成り立っているのだ。


 十分な挑発が出来たと自覚したトリルは、両掌を天に向ける。これ以上はオッサンをどうもしないというポーズだった。標的は突如現れた緑の勇者へと変わっている。


「それにしても、いい駒を飼っているな。痛がるだけで他には何も話さない……それに引き換え、私の駒と来たら、な?」

「――キリカ。部屋に入るな」


 大仰に溜め息を吐いて、黄金剣士は視線を回す。敵が意図するところがわかり、ジオは外套を広げて目隠しを作った。


 聞き捨てならない台詞があったが、優先順位は相手が示している。淡々と語る青年の視線の先には、震える男がいた。手足の長い彼は黄金剣士の従者であった筈だ。うわ言のように何かを呟いていることも、その隣に赤毛の男が転がっているところから、時を経ずして理解出来た。


「ネギ、どうした? 父は、父は何処だ?」

「……ちょっと待っててくれな。邪魔なあいつを、今すぐぶっ飛ばす」


 そしたら、次はお前の父ちゃんをぶっ飛ばすからな。笑顔を作ることはやはり難しい。ジオはせめても声音は優しく、冗談を飛ばしていた。


「こ、ここまでするとは思わなかった……」


 このようにコーディーは繰り返している。彼自身、非常に怯えており、目は虚ろだ。最悪の事態も想定したネギの勇者であったが、うつ伏せで倒れるラザロの背中が動いたことを見逃さなかった。


 死人はいないが、まだ最悪に転じる可能性は残っている。


(これから、死人が出るかもしれないからな)


 二人の男の命を救うため、速やかに眼前の勇者を名乗る男を殴殺することも止む無し。それが少年勇者の出した答えだった。


 いつも以上の力を拳に溜め込み、ネギの勇者は更に足を進める。握りが強すぎたか、緑色の鎧はカタカタと震えて音を立てていた。沸き上がる怒りに、呼気を短く吐いていなければ内側から燃え尽きてしまうかのような錯覚にも陥る。


「――なりませぬぞ」

「オッサン!?」


 少年は届いた声に足を止めた。未だに拳は硬く結ばれていたが、構えたまま放たれることはない。


「人を殺しては、なりませぬぞ」


 小さな音だったが、ハッキリと届いた。身体からは血を流しながらも、従者は主を戒める。


「……オッサンがそう言うなら、そうする」


 応えて、拳は仲間を捕える鎖へ放った。前のメリに倒れるオッサンを受け止め、ジオは踵を返す。腕組みをして成り行きを眺めるトリルを見れば、感情を押さえられないかもしれない。この際だと視界から外してみせた。


「なんだ、つまらないな」


 言葉の通りの表情を浮かべ、黄色の勇者は顎をかく。ここで闘ってもよかった。自分を虚仮にしたジオを、賊として抹殺出来れば、それでよかったのだ。


「つまるかつまらんかでは、俺は動いていない」


 真面目な性格が祟り、ネギの勇者は応える。それがまた神経を逆撫でされるとわかっていたが、掲げる勇者像に偽らないためにも無視という選択肢はない。今やオッサンを肩に担いでおり、身動きは制限されている。舌戦程度しか、張れるものがなかった。


「兄貴、どうするんですかっ!」


 そんな中、緊張感に耐えられなかったコーディーが立ち上がる。小心者な彼は、主である青年へ喰ってかかっていた。


「どうするってコーディー、勇者が逃げようとしているんだから――」


 組んだ腕を解けば、それは後ろ手に回される。


「こうするさ」

「お前っ!」


 一閃、薄暗い地下室に黄金色が煌いた。ジオが反応するも、大柄な男を担いだ状態ではとても間に合うものではなかった。


「どう、して?」


 呆気に取られた。このような表現が似つかわしい。黄金の剣はコーディーを斬り裂き、大輪の赤い華を咲かせていた。


「お前、そ、それでも……勇者か?」


 不法侵入者として突き出す筈であった、ネギの勇者一行が無事に脱出する。この場合、別の下手人が必要となる。ラザロを負傷させたことも含めた全ての罪を、使えない駒に着せる。これが、トリルの描いた絵だった。


 状況をよく理解したジオは、震える声を、侮蔑に満ちた瞳を隠すことなく黄色の勇者を睨んだ。


「当たり前のことを聞くなよ。人間への影響力で言えば第四位、ウィッツ神の加護を得た勇者さ。得られた力を行使して、何が悪い?」


 全く悪びれることなく、トリルは再びシンボルである黄金剣を振り被る。コーディーを賊にするとなった段で、彼に命があっては都合が悪いのだ。


「ちっ――」


 勇者らしからぬと思えたが、ジオは舌打ちをしてしまう。オッサンを投げ捨てれば間に合うかもしれない。だが、あれからうんともすんとも言わなくなった彼から、手を離すことは拒まれる。しかし、勇者として手をこまねいている訳にもいかない。


 既に剣は頂点から下降を始めようとしている。このままでは、主に裏切られた絶望の中で、この小心者の男の命は奪われることだろう。


 刹那に揺れる少年勇者に代わり、その刃の元へ薄緑色の生き物が飛び込んだ。羽ばたき振られた翼は細くしなやかな手指を模る。


「効率はいいけど、ここまで引っ張ったオチとしては、下の下だね」


 柔らかな緑色の光を展開し、赤い瞳をした少女が黄金剣を止めていた。


「ピーちゃんが……」


 部屋に入るなと言われたキリカであったが、お気に入りのメジロが飛び込んでいったとなれば、視線で追ってしまう。気に入った理由を挙げるならば、まず物珍しさがあった。だが、あの鳥を好んだ理由は他にあったとハッキリわかる。


 人ならざる美しい少女だった。ごく薄い藍色の髪は腰元まで伸ばされ、肌はきめ細やかで白い。純白のローブに身を包む彼女の相貌は赤く、それは人間種では届かない奇跡をもたらす証なのだと、観察眼鋭い少女は理解した。


「お前、何者だ?」

「闘神ルファイドより、ネギの勇者を導くことを定められたもんだ。精霊様だぞ、恐れおののけ」


 サラリと手を払い、剣を打ち払う。いつもの調子で精霊(シャロ)はのたまう。


「……結局、お前の力を借りてしまったな」


 また借りが増えることになったが、安堵の息をジオは漏らした。黄金剣士と対峙しながら、シャロの左手が淡い緑色を灯している――瞬時にコーディーの傷が塞がる様を見れば、感謝を捧げる他ない。


「後のことは、お姉ちゃんに任せとけ。その拳を振るうのはここじゃない。闘技場で、決着つけるんだろ?」

「ああ、そうだな」


 ようやく拳を解き、ジオは地下室を後にする。シャロがいれば安心だ。背後を気にする必要がなくなったため、気を失っている男三人を無理にでも抱えることが出来た。


「精霊を従える勇者……そんな者、聞いたことがない」


 一挙に撤収が始まった光景を見つつ、しかし手出しすることも出来ない。トリルは幼子のように疑問を、そのまま口にしていた。場合によっては二三度は魔法の行使が必要とも思われたが、相手がこの場では闘う気のないことにシャロは気づく。


「聞いたことがない? ルファイドの奇跡は、秘匿されてなんぼだぞ。私の苦労を何と思っているんだ」


 ぷんぷん、といった様子で顔色は幾分か赤くなる。無礼な人間の言葉に、機嫌が悪くなっていたといえる。


 性格の悪くない彼女であるが、大事な仲間への仕打ちを考えれば、何か文句を言ってやりたくもなる。オッサンもそうだが、大事なネギの勇者が、危うく人を手にかけるところだった――彼には、人間の勇者でいてもらわねばならない。


「知らないなら教えてやろう。ジオは、ルファイドが奇跡を託した人物。更には、貴様が駒と呼んだ男――あのオッサンが己の全てを捧げても惜しくないとまで慕う、人間側の勇者」


 彼こそが三代目ネギの勇者だ、覚えとけ!


 あどけない顔をしていても、ハッキリと敵対の言葉が告げられる。何とも言えない表情をしたトリルを見て、シャロはここぞとばかりにドヤ顔をしていた。


 背後のやり取りを耳に、勇者は明日のレティア闘技場で全てを決すると腹を決める。


(秘匿してなんぼと口にした矢先、自分から名乗るのかよ)


 日頃、父の名声ばかりを気にしていたジオとしては、どうにも引っかかる台詞回しだった。大体にして、イーシアの活躍を摘まれたことは、少しばかり根に持っている。ほんの少しだけ、本当だよ? とジオは誰にでもなく弁明する。


 納得いかない部分もあるが、仲間が自分に代わってこれ程にも怒ってくれた――そのことだけで、少年勇者は扉の外で不安気にしている赤毛の少女へ、笑みを向けることが出来た。




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