表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
24/202

ネギの勇者だ、覚えとけ! 2

 早朝と呼んで差し支えない頃合い、半裸の男は仮宿の屋根で胡坐をかいていた。大柄な身体でありながら猫背でいる姿は、力強くもあるが、どこか愛嬌のようなものもあった。太ももの上で頬杖をつくことおよそ一時、おもむろに立ち上がると音もなくその場を離れた。


 先程まで男が視線を向けていた先、そこでは人間大の鉄球を片手で受け止める少年の姿があった。


「いやぁ、勇者様は本当に強くなられた」


 誰にでもなく、中年の男は独り言ちる。鼻を垂らした童の頃から――否、彼が生まれ足取りおぼつかない頃から付き従っているのだ。この男の心中を代弁するならば“まるで、若かりし頃の先代のようだ”であろうか。護るべき宝のような存在であったが、今では己よりも遥かに強くなっている。それは嬉しくもあり、悲しくもあった。


――オッサン、どこに行くんだ?


 夜半、身を起こした際に勇者は彼へとそう問いかけた。ここ最近では珍しくもないやり取りに、これまたいつものように男は返した。


(ちっとばっかし、用足しですな)


 少年へと返した言葉を胸中で繰り返す。既に彼の勇者は、人間では並ぶ者もない程の力を備えている。だが、真っ直ぐ過ぎた。


『僕を、置いていかないで』


 幼少の頃のジオが溢した言葉は、未だに忘れることはない。先の大戦を納めた勇者の息子が彼である。シャーロットというパートナーがいるにも関わらず、幼子はただのオッサンにこのような言葉を投げかけたのだ。


 勇者は孤独だ。比類なき強さがあるからこそ、その存在を絶対足らしめる。だが、同時に誰にも追いつけない程の強さは、孤独を招く。決して孤立ではない。護るべき、愛すべき人々に囲まれていながら、勇者は独りだ。


 それは、どこまで行っても拭い切れない疎外感を生みかねない。


 人との違いに悩む、これこそが勇者もまた人である証左か。人を護るために力を磨く、しかしそれは人から離れていくことを意味していた。成人を迎えたジオは、理想とする勇者になるべく悪態は吐かない。時折愚痴を溢すことはあったが、それも歳相応の少年らしいもので、親戚のオッサンのような立場からすると、それすら嬉しく思える。


(むしろ、着いて行けなくなりつつありますな)


 屋根から屋根へ、その大柄な体躯から想像できない程の軽やかさでオッサンは移動する。チラチラと視線を振るのは、少年の元を離れることへの寂しさからではない。一度見ただけで町の英雄の技を真似て見せるなど、あの勇者の成長は楽しみでしかなかった。自らの意志で離れる訳はない。


 それでも、いつかは離れねばならない。否、置いてけぼりにされるだろう。それでも構わない。大恩ある二代目ネギの勇者は、人間どころか魔物すら追いつけない強さを備えていた――ジオはまだまだ強くなれる。寂しくもあるが、やはり嬉しさが勝つ。


 ならば、既にジオにしてあげられることなぞたかが知れている。だが、繰り返すが少年勇者は真っ直ぐ過ぎた。昨日の友が今日の敵となった時、彼は動けないだろう。


 だから、お節介極まりないが、オッサンは早朝から町を駆けていた。


「さて、この辺でよろしいですかな?」


 奥まった路地へ降り立てば、割と大きな声で中年の男は呟く。そこには誰もいない。


 独り言――ではない。


「どこでも、いいぞ」


 それに応える者が、確かにいた。


 燃えるような赤髪に、引き締まった肉体。中肉中背、おまけに中年と呼んで差し支えない年齢であるが、それはこの町の強さの象徴であった。


「赤風の勇者が、寝込みを襲いに来ることはないでしょう。狙いは……何ですかな?」

「容易く教えると思うか?」


 質問に質問で返し、拳奴ラザロはオッサンを睨む。そこに悪意はない。では何故睨んだか――睨まずにはやっていられなかったのだ。今でこそ拳奴と呼ばれているが、彼にも輝かしい黄金の時代があった。久しく聞くことのなかったかつての通り名を耳にすれば、眉間には深く皺が刻まれてしまうというもの。その名を闘神の加護を持つ勇者の従者が呼ぶのであれば、心拍は自ずと高くなる。


「ただの中年を相手に貴方のような勇者が現れるとは、驚くべきか喜ぶべきか。いずれにせよ、我が主の行く道は遮らせませぬよ」


 ステップを踏みながら、オッサンはラザロを睨み返す。そこには普段の温厚な中年の姿はない。平凡な人の身でありながら、永らく鍛え抜かれた男の姿がそこにあった。


「おしゃべりは、得意じゃない」

「問答無用です、か――」


 構えもそこそこに、赤毛の男は忽然と走り出す。昨日にオッサンも目にしていた、超低姿勢での突進だ。


(どっちだ?)


 朝の冷ややかな空気の中にあっても、中年の男の額から汗が滴る。己がネギの勇者程の力があれば、こうも追い詰められることはないのだろう。単純に見えて、ラザロの突進はこれまで相手にしてきたどの魔物よりもやりにくさがある。魔物は強いが、人間に選択を迫ることはない。


 尋常ならざる突進スピード、これは大した問題ではない。少なくとも、頑強さを売りとするオッサンにすれば、攻撃を受けつつも組み技に持ち込むことが出来る。これが、あくまでもただの突進であるならば、である。


「ふっ――」


 呼気を一つ吐き、赤風の勇者であった男は尚も加速する。


 距離は十分に取っていた。だからこそ、オッサンは相手をおびき寄せることを選んだ。だが、距離など問題ではない。加速を重ねるラザロの姿を目で捉えることだけで精いっぱいになってしまっている。時間的には秒にも満たない筈であるが、男は迫る赤い風を前に、汗が幾筋も流れて行く感覚に囚われてしまう。


 その感覚も置き去りに、目前に迫った突進に意識を集中させる。させねばらならぬ。


 これはただの突進ではない。相手の目前で突進のスピードそのままに直角に横移動を可能とする、勇者がなせる技なのである。


「右――否、左かっ」


 その声は実際に紡がれていたものか。オッサンはただ、これまで勇者について回ってきた経験から見切りをつけ、自身に言い聞かせていた。来るならば左だ、と。


 眼前の風は指向性を持った力だ。どう来るかではななく、どこへ向かっているかが問題なのだ。


 仮に右であったとしても構わない。左から来るべく対処を行うと決めれば、それでいい。右なら、右なりの対処をすればいい。魔物との闘いに経験豊富な彼であったが、人間の勇者と闘うことは、その実これが初めてであった。


 膝元にラザロの指先が触れようという頃、勇者の従者は敵の視線が左へ切られていることを見逃さなかった。確信を持って、相手の動きのその先へと腕を伸ばす。


「お前、俺のことをよく知っているようだな」


 伸ばされた腕に捉えられることはなく、ラザロはボソりと声を出す。左ではなかった、反射的にオッサンは右方向へと腕を払う――だが、それすらも捉えることはない。


「よく知っているがために嵌る。右か左かの二択だと、誰が言った?」

「な――」


 オッサンは驚愕の声を漏らす。ラザロは視線も身体も右へ左へと振っていた。そのどちらへとも対応すべく動いていた筈だった。どちらも空を切ったと自覚すると同時、意識は途絶える。


「真正面、そんな選択肢もあるだろうよ」


 敵の後頭部を蹴り放ち、町の英雄は冷めた顔で地面へと降り立った。


 左右ではない。トップスピードを殺すことなく垂直へと跳躍する、これこそがラザロの持つ加護の真骨頂。日頃の移動術もこの必殺の一撃のためと言える。軽く飛び上がった上で勢いそのままに相手の頭蓋を打ち砕く、かつて勇者を名乗っていた頃に得意としていた魔物殺しの技を、拳奴は解放していた。


 これが正しいかどうかではない。拳を振るうでしか生きられない、正に拳の奴隷である彼はこうして今日もまた裏舞台での争いに身を傾けていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ