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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
20/202

無名の勇者がやってきた 4

 時刻は昼を幾分か回った頃。すっかり腹ぺこになっていたジオは、目の前に運ばれてきた大皿に瞳を輝かせていた。店に入った時から届いていた香りに、期待は否応なしに高まってしまう。


「オッサンオッサン、これ何だ? 見たことあるか?」

「パン、のようですが……生憎と」


 円形のパン生地の上には赤い色のソース、更にはふっくらした黄色のトッピングが糸を引いている。


 勇者として旅をしているものの、田舎育ちのジオやオッサンがイメージする食事は農民と大して変わらない。豆や雑穀のごった煮が主食であるし、食事への関心事は“腹が膨れるかどうか”であった。


 なかなか手をつけようとしない客を前にしても、給仕役のおばちゃんはにっこりとほほ笑んでいる。田舎者丸出しもいいところだが、野菜も盛りつけられて(イロドリ)豊かなこの“料理”に対して、興味が尽きない二人であった。


「貴方たち、ピザも知らないの?」


 ラフィーネは敬語を使うことも忘れて、呆れた声を挙げていた。昼食のために群がっていた子どもたちは帰っていったが、この場にいたならば何と言ったことだろうか。何かと思うところはあるが、ガイド役としては主賓が手を付けねば食事も始められないから困ったものである。


 お腹が鳴らないことを祈りつつ、ふわりとした金髪の下で彼女は美しい顔に憂いの色を浮かべる。


 盗人を捕まえた後で町の人がネギを称えていたことも含め、最早自分が知る常識は通用しないと諦めることにした。諦めた矢先であったが、カナン亭が大衆食堂だとは言え、肩に鳥を載せたままで食事を取ろうとするのは、都会暮らしからしてみると考えられない。


「……ピ、ザ?」


 何それ、常識だったんですか? そのような様子で、二人と一羽は小首を傾げている。メジロであろうか。緑と白を基調とした姿は、このネギの勇者にどこか馴染んでいた。


「すみません。私も勇者様も田舎暮らしが長く、こんな料理は見たことが――あ、食べ方もわかりませんぞ。どうしたものか」

「オッサンも知らないのか。お前は……知らないよな?」


 口々に勇者らが語るが、何からツッコメばよいのだろう。少なくとも、鳥に尋ねるくらいなら私に聞けよ。ラフィーネは黙って頭を抱えていた。


「あんちゃんら、ピザは初めてなのか。作法なんか気にせず、熱い内に食べてくれよ!」


 やり取りを見越してか、奥からコックが顔を覗かせる。ピークを過ぎて中休みを取ろうかというところで、彼は店内へ注意を注いでいた。料理一筋で、客には興味を示さない――そのような評判が立っているのに顔を見せたのは何が働いたのか。身なりは良さそうなのに、場違いな雰囲気を出すこの少年がそうさせたのであろうか。いずれにせよ、男は大柄な身体をカウンターに乗せてテーブルの一角へと視線を送っていた。


 カナン亭の主人であるモータリアは、突き出た顎をしゃくって二人へ促していた。厳つい顔つきで、恰幅のいい腹は白衣を突き出しているが、表情はとても穏やかに見える。レティアで一番と囁かれる料理人は、気難しい割には人格者としても有名であった。


「お心遣い痛み入る……では、いただきます」


 相変わらずバカ丁寧であるがどこかチグハグな言葉遣いをして、勇者はピザへと手を伸ばした。それに続き、従者も分割されたピザの一つを口へと運んだ。


(はぁ、ようやく昼食ね)


 今朝から気苦労が絶えないラフィーネであったが、ピザを前にすることで表情に光が差し込んでいる。昼食と呼ぶには少々遅い時間だが、却ってそのことがよかった。


 通常業務をしていれば、昼時のカナン亭にはとてもではないが入れたものではない。並ぶだけで休憩時間が過ぎ去ってしまうものだ。当初は厄介事を持ちこまれたとも思っていたが、王都帰りの料理人が作るピザを口に出来るのであればもう言うことはない。


「うん、やっぱりおいしい! モータリアさん、貴方の料理は最高よ!」


 頬張った瞬間、濃厚な旨味とそれぞれの野菜が醸し出す酸味、甘味が押し寄せる。お行儀が悪いと自覚するも、こんなに素晴らしい料理を作る店主へはすぐに感想を伝えたくなってしまったのだ。口の中が目一杯に幸せになったのだから仕方がない。事実、ラフィーネが掛け値なしの笑顔を向けることは珍しく、ギルドの常連がいれば驚いたことだろう。


 しかし、カウンターからこちらを覗いている店主は喜ぶ様子もない。お世辞は嫌いなタイプだったかしら、とラフィーネは少しばかり不安に陥ってしまった。職業柄、間を空けずに語る彼女は再度問わずにはいられない。


「あれ? その、聞こえて、ませんでした?」

「ん、ああ――聞こえているよ。ありがとうな、ラフィーネ」


 町でも評判の美人に褒められたのに、やはりモータリアは漫然と彼女らのテーブルを見つめていた。肘をつき、手の上に顎を乗せた姿勢は何か考え事でもしている様子に映る。


(おかしいわね。いつもなら喜んでくれるのに……)


 何でだろうなぁ、と思い二切れ目のピザへ彼女は手を伸ばす。その時、彼女は気づいた。大皿に置かれたピザは、あれからまるきり減っていない。勇者たちのピザを食べる手が止まっていることに、彼女は気づいた。


「なぁ、オッサン……」

「はい、勇者様……」


 ぼそりと呟くジオとオッサン。そんな様子を見るとるラフィーネは戦慄してしまう。


 口に合わなかったのだろか。カナン亭よりもおいしい店などレティアにはない筈だが、勇者と呼ばれる身分の人物にはもっと格式高い店を紹介すべきだったかもしれない――ガイドを失敗したことへの、言い表せぬ焦りが募り始めていた。


「え、え、どうしようっ」


 冷徹な美女で通っている彼女は、珍しく慌てていた。仕事で無理難題を吹っ掛けられることもあったが、相手が黙り込んでしまうなどというケースには出会ったことがなかったのだ。おろおろという様子で首を振るラフィーネであったが、奥から届けられた声に救われることになる。


「ラフィーネ、お前さんさ……前に尋ねてたよなぁ。どうして俺が、宮廷料理人の推薦を蹴ったのかってよう」

「聴きましたけど、何で今そのことが?」


 姿勢を変えず、ぼんやりと店主はいつかのやり取りを思い出していた。目の前のお譲さんが焦るものだから、何故レティアで働くのかを教えてやることにした。人はいいが、多くは語らない彼であるが、今日ばかりは話してやろうかと思えたのだ。


「俺がこの町で働いているのなんて、大した理由じゃないけどな」


 重い口を開きながら、モータリアは顎をしゃくる。ラフィーネへそちらを見るようにという指示だ。当然、彼女が見やれば、初めてピザを口にした少年とオッサンの姿が映る。


 わからない――それが見たままの感想だった。少年が目頭を押さえているのは一体何故なのだろうか。


「こんなにうまいメシが、あるんだな……俺は本当に、闘うこと以外を知らない」

「世の中は広いんです。折角のおいしい“料理”です。召し上がってくださいな」

「そうか、これが“料理”というものか」


 大衆向けの料理を噛み締めるジオを見て、ラフィーネは複雑な想いを胸中に抱いていた。確かにカナン亭の料理は美味である。だが、何も泣くことなどないだろうにと彼女は思う。


「舌の肥えた連中を喜ばすよりも、この程度の料理も知らない奴らへ食わせてやる方が、俺はまぁ、何というか、やりがいを感じるんだなぁ……」


 コック帽の上から頭を掻いて、店主は厨房へと引っ込んでいった。中休みに入ったばかりで、まだまだ時間的には余裕がある。だが、彼はすぐにコンロへ火をかけるのだ。食を通して人々を幸せにする、それが彼の夢だった。夢が一つ叶えば、また次の夢へ。多くの人を笑顔にするため、モータリアは早くも仕込みに入っていた。


「仕事の意味――か」


 仕事の報酬はより良質な仕事、とはこれまで商売人の父から聞かされていた言葉だった。だが、あれ程嫌がっていたこのフレーズが、今この時は何よりもしっくりと胸に落とし込められていた。




「ごちそうさまでした」


 ピザを平らげたジオは、木製の皿を前にして両の掌を合わせる。アイリス教徒は感謝や祈りを示す際、胸の前で手の握り合わせる。


 ルファイド教における正式な作法であるが、ラフィーネには随分と稀有に映った。人の出入りの多いレティアにおいては、少数派は排斥されるもの。ガイド役の彼女はその所作を注意しようかと、腰を浮かせていた。


「おいしゅうございましたな」


 勇者と同様に合掌ポーズでオッサンも祈りを捧げる。中年の男が真摯に手を合わせる姿は、どこか厳かにも見える。


「……とても、おいしかったわね」


 彼らが真剣に手を合わせているものだから、ラフィーネはうるさく言うことを辞め、ただ食事への感謝を捧げることにした。モータリアの作る料理の前では、信仰の違いなど関係ないようにも思えるから、不思議なものである。


 とは言え、腹が膨れてくると眠気とともに現実問題を直視せざるを得ない。ふわふわの髪を撫でつけながら、ギルドの受付嬢は努めて厳しい言葉を放つ。


「それで、どうするんですか?」

「うん?」


 随分ととぼけた表情で、ジオは小首を傾げていた。とぼけたようなその顔は、ひょっとしたら何も考えていないのかもしれない。だが、そのことが生真面目なラフィーネの神経に障る。


「うん、じゃないでしょ! 闘技場に行く前に、お仲間の魔法使いと合流しないと!」


 机に手を叩きつけながら、立ち上がる。黄金剣士トリルが言ったのだ――闘技場で決着を着けよう、と。いつもなら放っておくところであるが、町長から直々に任せられた身としては見過ごす訳にはいかない。


「まぁまぁラフィーネ殿、落ち着いて。勇者様なら大丈夫ですよ」


 カラカラと笑いながら、半裸の男は目の前の女性を窘めていた。勇者が勇者と争う、そんなことなどまるで問題ではないという口ぶりだった。


「何をおっしゃいますか! 勇者ですよ? 黄金剣士ですよ? 闘技場に立ったら、逃げられないんですよ!?」

「お、おおぅ」


 見目麗しい女性に捲し立てられ、オッサンは上体を後ろへ逸らしていた。が、すぐに口元に笑みを浮かべ始める。


「ありがとうございます。主を慮ってもらえるってのは、従者としては嬉しい限りですな」


 かっかっか、と爽やかに笑っているが、ラフィーネとしては複雑な状況に違いはない。ギルドの受付嬢という役目から考えると、どちらかに肩入れする訳にもいかない。だが、ピザ程度でこれ程に感動してしまう少年が闘技場で公開の私刑を受けることを喜ぶ趣味は彼女にはなかった。


「おじさんは黙っててください! ジオさん、どうするんですか?」

「え、俺? うん、そうだな。えーっと……」


 緑の鎧を着た少年は、どぎまぎとしながら口ごもる。急に水を向けられると困る、それが彼の率直な思いだった。


 人間同士での争いに加担すること、それは信奉するルファイド神が望むところではない。だが、こと場所が闘技場で、相手が勇者となれば話は変わるのではないかとも思う。


 先日は引いてみせたが、勇者の争いは神の代理戦争の様相も呈してくる。私闘でなく、公的な場であるのならば、むしろ引くことは出来ない。


「結局、逃げることは出来ないからな。やれる範囲でやってみせるよ……それじゃ、ダメかな?」

「相手は、吟遊詩人も謳う黄金剣士ですよ? 勝算あるんですか?」


 前髪の隙間から、上目遣いでラフィーネは告げる。物言いとしては不躾になっているともよくわかっている。もう社交辞令だけで語ることはやめだ。この少年勇者の行く末を、ギルドに関わるものとして単純に案じ始めていた。


「勝算は、ないな。舞台に立ってから、殴りながら考えるよ」


 食後に提供された紅茶を口にしながら、ジオは穏やかに答えていた。何かツッコミを入れねばと思った彼女であったが、従者のオッサンが激しく首を縦に振るものだから、何も言えたものではなかった。誰かこのバカを止めてくれ、とすら思うラフィーネであったが、勇者を止めることの出来る人間なぞ早々いるものではない。


「その心意気や、良し!」


 否、勇者に抗する人間がいたか。カナン亭の扉を開け放ち、声を張る人物を見てこの女性は思い出していた。そう、このレティア闘技場が誇るスター、ラザロがいたのだ。何故彼がネギの勇者に接触しようとしたか、その思惑は全く知れない。だが、ラフィーネは町の英雄の登場に微かな期待を寄せていた・


「娘を賊から助けてくれたんだってな、あんた。思ったよりも若い」


 黄金剣士が名乗り上げなけりゃ、俺が挑んでいたところだ――そのように拳奴の男は笑って語った。


 これより二日後、レティアを揺るがす程の決闘が闘技場で行われることになるが、そのことはまだ誰にも予測はついていなかった。




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