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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
19/202

無名の勇者がやってきた 3

 ギルドで勇者同士の諍いがあったにも関わらず、レティアの午後は雲少ない青空に恵まれていた。イーシア同様に気候の穏やかさは、この町の売りの一つでもある。


「えー、あちらに見えますのはカナン亭です。元々は安宿の一つだったのですが、食事が大変おいしいため、今では食堂として有名になっています」


 闘技場での催しに関わらずに、いつでも人の多いお店ですね。ラフィーネは右手を挙げたまま説明をする。長年ギルドで勤めているだけあり、喧噪の中にあっても口調には淀みがない。


 いつもの通り、レティア中心部は行き交う人が多かった。西側の農村部から王都へと向かう際、この町で宿を取る者が大半だ。宿場町としての意味合いだけでなく、今では観光地にもなっていたりする。様々な人が往来するこの町は、レジナス王国の中でも活気に溢れている。


(あー、やりづらい。田舎に、帰りたい)


 満面の笑みを浮かべる受付嬢であったが、心の中ではこの場を一刻も早く離れたがっていた。


 人が多いことはいつもの通り。だが、目の前にいる集団を何と評したらよいものかわからない。子どもや野良犬がいるのは当然だが、それらが彼女を囲んでいるため、勝手が違い過ぎた。


「ほほぅ、宿泊費が安いってのはいいですな。因みに、おいくらですかな?」


 表現のしようがない代表格――半裸の男がラフィーネのガイドを聴いては、優しそうな笑みで何度も頷いている。


「食事なしなら二千シェノメですね。三千からが相場ですから、格安かと」


 笑顔を絶やすことなく、彼女は律儀に答えてみせる。表に出すことはないが、心の中では“これも仕事”という言葉をずっと繰り返し続けている。


 ギルド内で勇者同士が争った。


 事の大小はさておき、前代未聞の事件などという訳ではない。地方出身の荒くれが小競り合いをすることは、むしろ日常的に起こっている。しかしこうして彼女がガイドを言いつけられたのも、争いの発端が、受付嬢が笑ってしまったことにあるなどと言われてしまったから仕方ない。


「勇者様のパーティーでしたら、もっと王都寄りによい宿をご紹介しますが……」

「いやいや、一般の方が利用する宿のがいいんです。お気遣い、感謝しますぞ」


 ラフィーネは随分と言葉を選んだ。応答した人物の気分は害されていないようで、隠れて胸を撫でおろす。ネギの勇者一行のガイドこそ、町長から直々に任された役目だ。粗相のないようにと言われているが、ギルド設立の立役者が推薦する人物をどのように扱えばよいかなど、さっぱりと見当がつかない。


(せめて、偉そうな見た目をしててくれたら助かるのに……)


 胸中で愚痴を溢しつつ、彼女はチラりと視線を投げかける。そこには子どもと犬猫に囲まれた少年がいる。この緑の鎧を着込んだ彼は、ネギの勇者だと言う。話題性で言えば、黄金剣士トリルの方が余程耳にする機会が多かった。


 その黄金剣士の仲間を軽くあしらったのだから、やはり凄い勇者なのか? そのようにも考えてみたが、生憎とラフィーネには勇者の強さの違いは判別出来なかった。むしろ仲間が負けたと理解した瞬間、衆目の前で非礼を詫びて潔く帰ったトリルの方が、余程勇者らしく目に映っていた。


「ネギ、もう一回草笛やってー」

「ゴブリンって怖いのか? お前、魔法使えるのか?」

「みーちゃんがネギに懐いてるよー」


 やんややんやと子どもたちは黒髪の少年に群がっていた。とっとと案内を終えてしまいたいところであったが、行く先々で噂を聞いた人たちがジオに纏わりつくため、一向に説明は捗らない。


 子どもに優しい、それは勇者像に合致する。しかし、犬猫にまで好かれるのはどうしたことだろうか。他にも、勇者が少年とオッサンの二人旅だということ自体が、ラフィーネにはよくわからなかった。どう見ても、このパーティはバランスが悪い。


「勇者様、ところでシャロ様はどちらに?」

「ああ、どっかその辺で犬猫にでも紛れてるだろう。あいつ、人混み嫌いだし」

「なるほど。今日は犬でしょうかね?」


 他にも仲間がいるんじゃないか、そのようにラフィーネが思った矢先、彼らが妙な事を口にしていた。子どもたちの声が大きかったので聞き取りづらい。


「他にも、お連れの方がいらっしゃるんですか?」


 聞き返すような立場にもないのだが、彼女は何か違和感を覚えてついつい言葉を挟んでしまった。


「シャロって言う名前の女の子です。これがまた変わりものでしてね」

「女の子なんですか!? そんな、早く合流しないと!」


 のんびり答える勇者に、一瞬怒りのようなものが湧いてきた。町は平和と言うが、それは魔物に対してのものだ。このような人通りの多いところでは、まして闘技場なんていう公営ギャンブルが行われるような場所では、人間の間でトラブルが絶えない。


「失礼した。どこにいるかはすぐにわかるんですよ。それにあいつは魔法が使えるんで、心配いらないです、はい」

「あ、魔法使いの方ですか」


 少年の返答を得て、怒っていた筈のラフィーネも驚く程に納得をしていた。これならバランスは悪くないと、思わず金髪を揺らしながら首を二度三度と縦に揺らしていた。ギルドに務めていると、必然的に様々なパーティーを目にすることになる。


 ゴブリンなどの魔物を相手にする場合、一組のパーティーは凡そ三人ないしは四人一組で構成される。護りの固い護衛とメインのアタッカーが前衛、斥候や弓士などの後衛が主なものだ。中には、貴族が箔をつけるために騎士三人などという編成もあるが……ともかく、ネギの勇者の仲間のあと一人が魔法使いであるのならば納得出来る。


(もう笑いはしないけど、やっぱり貴族の坊ちゃんなんだろうなぁ)


 ラフィーネは、子どもに纏わりつかれているジオを見て、このような評価を下すことにした。


 魔法使いは希少だ。場合によっては百の騎士に匹敵する。志願すれば王都で魔法研究をして一生衣食住に困らないし、わざわざ勇者と冒険に出る必要がない。それ程の存在が旅に出るのであれば、余程の変わり者か訳あり、或いは王都で支払われる以上の給金が出されるかだろう。


 黄金剣士の仲間を撃退した手並みは鮮やかだった。それでもギルドのベテラン受付嬢は、身なりのいい少年が法外な報酬を積んだのだと理解する。そこまで思い至れば、案内役を任された彼女としては、その黄金剣士が最後に残した言葉が心配になってしまう。


「ところで、勇者様。私が心配するのも何ですが、早くお連れの魔法使いを探した方がいいんじゃないでしょうか」

「うん?」


 納得顔から一変。神妙な顔つきになった女性へ、ジオは首を捻っていた。よくわからないという表情を浮かべる彼を見ると、不安は募る。


「あの、差し出がましいことなのですが、黄金剣士が貴方に闘技場で――」

「ちょっと、ごめん!」


 ラフィーネが話していた途中であったが、緑の少年は慌てて飛び出していた。勇者らしいと自分で思い込んでいる丁寧な口調を忘れ去って通りへ駆ける。


「……益々、わからないわね」


 話の腰を折られた彼女は、不可思議だと言葉にする。


 そう、不思議で仕方がない。世間知らずそうな少年であるのに、飛び出していった彼の顔は、立派な勇者に見えてしまうではないか。




「あっ――」


 少女は小さく音を漏らしていた。泥棒、と目の前のおばさんが叫んだかと思えば、おばさんよりも間近に大きな男が迫っていた。


 一般的な成人男性よりも大きなそいつは、ところどころほつれて破けた衣服を引き摺り走っている。血相を変えて走るには訳があった。男は右手に女性物のカバンを引っ掴んでいる。おばさんに見えた人物はドレス姿で化粧をしているし、男を指しながら何事かを喚いている。


(ああ、泥棒がこっちに走って来てるんだ)


 少女はカバンを取られた女性を挟んで、丁度男の真向いの進路に立っていた。我ながら、客観的に観察しているなぁ、という感想を持っているが、それは余裕を示すものではない。


 よくわからないが、血筋のお陰か窮地に陥る程、冷静に観察する癖があるのだ。わからないついでで言えば、どうして今日に限って一人で町の中心へ出て来たか、それもよく分からない。周囲の子どもたちが“勇者がやって来た”などと言っていたのを耳にしたからだろうとは思う。だけど、勇者というものには期待できない。


 よくわかっているのに、何故日中に一人で町の中心にやって来たのか。本当に、よくわからない。


「どけっ、このクソガキが!」


 余程の大金でも手に出来たのだろうか、男の目は完全に血走っている。どけと言っているという時点で、男が迂回することはないだろう。だが、自分も咄嗟に動ける状態ではない――こんな時でも、やはり冷静に状況を見極めていた。


「――っ」


 逡巡する合間に、声を出す程度の時間はあったのだが、少女はそれを呑み込んだ。一体、誰に助けを求めるとよいのだろうか。その問いに応えられる人物には、出会ったことはない。勇者ギルドなる存在を少女は知っているが、同時に、それが人助けのための集団ではないということもよく知っていた。


 何か今日は町の雰囲気が違うように感じたが、結局何も変わりはしない。最後の最後まで、少女は目を開いたままであった。


 男の全景ではなく、一部に焦点が合わされる。馬車も走れるように舗装された石畳を、履き潰された靴が蹴っている。その足、起点となる膝が少女の眼前へと迫れば、衝撃とともに少女の視界はぐるりと回った。


「ふざけやがって!」


 吐かれた声には、怒気が含まれている。走ってきた男のものかと一瞬思った彼女であったが、先程の罵声とは異なったよく響く低音であった。


「……ん?」


 ゴツゴツとした感触を受けつつも、少女は不快に思うことはなかった。よくわからないが、転げたにも関わらず彼女に痛みはない。周辺を見渡せば、ぶつかる筈だった男の背中を見送っている。


「怖かったろ? 白昼堂々と泥棒だとか、女の子を蹴飛ばそうだとか、許しがたいな」


 逃げる男よりももっと近く、自分を抱きかかえている人物を見て、少女はぼんやりと思考を回す。


 黒髪黒目の少年だった。平民の出身だと思われるが、端正な顔立ちをしている。少女が更に見回し、緑の全身鎧が日の光を反射したところで、目を細めた。よくわからない。これが今話題の勇者だとは思うが、取った行動が実に勇者らしくない。


 この町の勇者は、みな職業勇者であるので、魔物討伐専門だ。もっと言えば、懸賞金の掛かってもいない人間相手に働くことなどなかった。


「貴方、何?」


 地面へと降ろされ、少女――キリカは問わずにはいられなかった。勇者がお金にもならない人助けをしたこと、自分のような身分の者へと話しかけること、優しそうな顔つきの癖に瞳は怒りに燃えていること……そのどれもがわからないことだらけで、少女は問うていた。


「俺か? 俺は、そうだなぁ……通りすがりの勇者ってやつだな」

「何それ?」


 緑の全身鎧を着た勇者が微笑むが、先程から疑問符ばかりが浮かんでしまう。瞳に飛び込む情報が多すぎて困る。色々ツッコミどころはあるが、一番大きな疑問はこれだ。


「貴方、どうして玉ねぎなんかを握っているの?」


 少女には、何もかもがわからないことだった。




「ジオさんっ!」


 ラフィーネは思考を切り替えて叫ぶ。トリルの申し出どころの騒ぎではない。大通りへ飛び出して行ったかと思えば、ネギの勇者は盗人から少女を守ってみせたのだ。


 自警団を呼ぼうか、そのように思った時、従者の男が手を出してそれを制していた。


「大丈夫ですから、ネギの勇者を信じてください。賊はすぐに捕まりますとも」

「で、でもギルドからの支払いなんて、ないですよ?」


 この女性が惑うのも無理はない。勇者を名乗る人物が、一銭の特にもならない人助けをしていることが一つ。遥か先へと走り去っている盗賊を捕まえるといっていることがもう一つ。混乱の極みであった。


「勇者様、腕の見せ所ですぞ!」


 オッサンは、ここぞとばかりに大声を張っていた。逃げる男はそれどころではないが、この時点で衆目が集まる結果となる。


「オーライ、と。そう叫ばずともいいけどな。感覚接続(コネクト)


 己へと向けられた声を他人事のように聞きつつ、ネギの勇者は呪文を呟いた。瞬間、勇者を淡い発光が包むと共に、その視線の先にいる男の全身がジオと同じ色に光る。


「あ、何だ?」


 身体が光に包まれ、盗人は間抜けな声を溢す。何らかのスキル、魔法を仕掛けられたと理解すれば一層走りに力が込められる。まずあり得ないが、魔法であったとしても、初級呪文であれば十分に逃げ去れる距離にあると男は理解していた。


「今更何をしたところで、火球だろうか風切だろうが、俺には届かな――っ」


 突然、男の身体が崩れ去る。周囲に居た人々も何事かと思っていたが、悠然と後を追いかけてきたオッサンに倣い、男を取り押さえることに協力を始めていた。


「お見事です。勇者様」


 オッサンは男を羽交い絞めにしながら、自慢げに呟いていた。捕まった盗人が“辛い辛い”と喚くことから、魔法が適切に働いたのだと納得する。


 辛いと喚くことはわかったが、大の男が涙を流してまで苦しむほどの呪いをぶつけたのだろうか。一瞬ばかり、ネギの勇者へ慄いてみせる者もいた。何にせよ、ギルドに関わる彼女としては、いつまでも放っておく訳にはいかない。


「……お疲れ様です。とろこで、勇者様は何をしたんですか?」


 呆気に取られていたラフィーネであったが、少し間を置いて詳細を尋ねるべく、オッサンの元へと駆け寄ってきていた。賊の様子をも気にする辺り、町の治安を守る意識があることが窺い知れる。だが、彼女の瞳には不可解さ、疑問が浮かんでいた。


 一体、ジオという少年が何をしたのか、不思議で仕方がない。勇者の奇跡を問われ、オッサンは胸を張り、満を持して答えた。


「勇者様が、シャロ様の位置をいつでもわかるって仰っておられましたよね」

「ええ、そうですね」

「元々、彼は自然と共に生きる神官でしたから。生命と感覚を共有する魔法をジオ様は使えるんですな。勇者は玉ねぎをかじった、それはもう全力で!」

「……あ、はい」


 はっはっは、とオッサンは自慢げに笑っている。森司祭(ドルイド)としての魔法適正を持つジオが勇者までやってのけているということは、従者としては誇らしくて仕方ないのだろう。勇者であり魔法使いである、そのことが如何に誇らしいかは、ラフィーネにもよくわかる。


 わかるからこそ、後半は声にもならなかった。


 物言わぬ植物と意思疎通すること、それそのものは大変素晴らしいことだ。感覚を共有することも、過酷な魔物討伐においてはやはり貴重な能力だ。だが、ちょっと待って欲しいとギルドの受付嬢は思う。


 そんな素晴らしい魔法を使って、生の玉ねぎを食べて得た感覚を相手に押し付けるとか、どうなんだ。


 ネギの勇者とは何なのか。益々、ラフィーネは疑問を深める結果となった。




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