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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
16/202

チャンピオンになれなかった男

 興奮に沸いた会場から離れても、その熱は冷めやることを知らない。


 肉体労働が主な収益源であるこの国において、酒と賭博は過酷な労働を耐え抜く男たちの娯楽と言われて憚らない。少なくとも、この町ではある競技に熱が上げられている。


 他の町にもこうしたものはあったが、盛り上がったとしても興行として成り立つかと言われれば首を捻ることになる。闘技場はリスキーなものだった。一定の敷地と設備に拳奴が最低限は必要だ。更にはスポンサーの存在も必須であるが、娯楽施設を建てるくらいであれば、農地にする方がこの世界では堅実なのだ。


 ここ、レティアの闘技場は例外と言える。試合はとうに終わったというのに、興奮が収まらない観客たちがエントリーを受け付ける事務窓口にまで訪れる程になっていた。この町の夕刻を彩る光景としては、さして珍しくともない。


「報酬だ。今回もいい働きだったな」


 低くなおざりな声とは対照的に、高い音を机がいつもの調子で立てていた。何も机が話した訳ではない。競技者へ支払われるべき報酬が詰まった革袋が、事務机に置かれて擦れた音を鳴らしていただけだ。


 随分と小気味よい音がしていたが、当の入れ物は片手で十分に掴める程度の大きさでしかない。


「……ありがとう」


 事務の男が発した音以上に低い声で、男は形式的に礼の言葉を述べていた。これ程会場を沸かせた彼に対して支払われるものとしては、随分と少ないもののように思えた。しかし、男はそれ以上は何も言うことはない。出された報酬を掴むと、それをぶっきらぼうに引き寄せ、踵を返して人だかりを割っていった。


 中肉中背、一般的な労働階級によくある背格好であったが、赤い髪は衆目を集めるのに一役買っていた。燃えるような髪と精悍な顔立ちのおかげで、男――ラザロは実年齢よりも若く見られている。取り巻く人々は、やはり彼の進路を邪魔することなく、熱狂的な言葉を吐き続けていた。


 無表情であるが、この男の出で立ちを見れば、単なる農民でないことは簡単に知れる。胸元は軽鎧で覆われているが、覗く筋肉質な地肌は張りがよい。軽く丈夫であるこの鎧は女性が好んで装備するものであったが、今ではここ、レティアの町では強さの象徴とされてさえいた。


 労働階級の中でも下から数えた方が早い拳奴の身分であったが、強さとエンターテイメント性から、ラザロは別格扱いをされていた。魔法以外に禁じ手のないレティア闘技場において、重武装が主流となる時代が永らく続いていたものだ。その時代を終わらせたのが、誰でもない彼だ。鎧は最低限に、華麗なる空中殺法を披露する存在は、これまでの下馬評を覆して一躍トップへと躍り出ていた。


「今日もクールだったな!」

「次はオークとやってくれよ!」


 一度舞台を離れれば、愛想も何もないラザロであったが、注がれる視線と声援は並々ならない。先程までの闘いに十分満足していたように見えた観衆であったが、彼へは未だ尚も熱い視線が送られている。男たちからの熱っぽい視線を受けつつ、花形拳奴は片手を挙げるだけの姿勢を見せて事務所を後にした。


 熱いエールを遮ることはしない。だが、会場外では必要以上に応じることもしない。だからこそ、町の人々は彼の輝かしい働きぶりを見るために闘技場へと足を運ぶのだ。惜しむらくは、幾度も機会はあったのだが、チャンピオンとなることが叶えられていない点であろうか。


 ある時は王座決定戦前での負傷、ある時は決着直前でのスタミナ切れ――華があるのに頂点には立てない。最早、成功しない魔法でも掛けられているのではないかと憶測も飛び交っていたが、彼はその他で負けるようなことはなかった。チャンピオンにならないから、ラザロは格好いいのだ、そのように語る者さえ出てくる始末である。


「……」


 事務所の扉を閉め、興行を終えたラザロはすっかり暗くなった町を見渡す。そうすれば、いつものように彼を待つ特別な存在がすぐに見つかるのだ。これ程までに強い男が、何故拳奴として生活しているのか。答えはそこにあった。


「パパ、今日はどうだった?」


 途端に飛び出して来たものは、明るい音だった。


 瞳にかかるほど伸びた前髪は、燃える程に赤い色をしている。ボサボサの頭はファッションでも無精でもなく、手入れが行き届いていないことを意味していた。ボロを纏った小さな少女であったが、ラザロへと向けられる瞳は対照的に輝かしいものだった。


「……いつも通りさ」


 言葉通り、いつもの言葉を口にしては頭を一撫でした後、ラザロは愛娘を肩に担ぎ上げる。パパは今日も最強だったんだね、と娘が言っていたが、肩に乗った時点で彼女とは目が合わないでいる。そのことをいいことに、拳奴の男は視線を遠くへやっていた。


(今日も、なんとかいつも通りが出来た。だが、次は……)


 娘や観衆に熱狂的にもてはやされていた彼であったが、見据える瞳は酷く鋭いものだった。




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