ネギが通った跡
その日の天気は、何とも表現し難いものだった。気候が穏やかなくらいが取り柄のイーシアだけあって、雨が降ったところで荒れることもない。にもかかわらず暴風でも吹き荒れている様子で、山の方から響く轟音があった。日頃、村へやってくる筈の鳥の姿も見えない。明らかな異常が山の向こうにあった。
「落ち着かないようだな、村長。娘が心配か?」
「いや、そんなことは……」
曖昧に言葉を紡ぎながら、組んだ腕を掴む手指に力が込められる。この酷薄な声を出す人物がいなければ、村長であるイサックはぐるぐるとその辺りを練り歩いていたであろう。言葉では否定してみせたが、勇者は勿論、同行した娘の安否が気になって仕方がないのだ。
だが、王都から態々やって来た司祭――アジードの瞳が届く範囲では弱みが見せられない。たかが司祭と思うなかれ。大国のほぼ全てが信仰する神の使途、その中でもレジナス王国、その王都に隣接する都市の教会を任せられている人物が彼だ。たかが田舎の村長では逆らうことなど許されない。まして、アジードの師は王国で大司教を任じられている。これはこの男が果てには凡人には掴み切れない程の権力を得ることを示していた。
「そんなことは、ありませんよ。娘が同行したのは闘神の加護を得た勇者です。如何な魔物でも狩り倒して戻ってきます」
「……闘神ねぇ」
イサックの願望のような呻きを見透かしてか、未来の権力者は鼻を鳴らす。村に到着した際に語った言葉に嘘はない。あのゴブリンは随分と強い。暁の勇者くらいの力がなければ、返り討ちに遭うというものだ。
(魔物に対抗すべき勇者は増えたが、質はと問われれば……まぁ、語るまでもないな)
村長にバレぬよう、男は口元を歪めていた。
先の大戦以後、魔に対抗すべく勇者を擁するギルドが乱立した。平和な時代にあっても魔物はすぐ傍にある。しかし、否、だからこそ平和ボケした今にあっては、程度の低い加護を受けた者でも勇者が名乗れてしまう。
ゴブリン程度であれば屠ってくれるし、それが人間の尊厳を高めてくれるのであれば、アジードからすれば願ったり叶ったりだ。この地で新たな長となったゴブリンは、異常に強い。試みに王都の腕自慢を差し向けても、屍を晒す他なかった。だからこそ、良いのだ。
余りに強い魔物であれば、暁の勇者が動くことになる。彼は本物の勇者だ。その彼を援助することが出来れば、教会内はおろかギルドを始めとして市井の羨望はこの司祭に集まる。だからこそ邪魔となる神父を排除して、ゴブリンが営々と耕した土地へ結界を張ったのだ。
そう、あのゴブリンは人間を憎むように仕向けられている。憎悪が集まれば集まる程強くなる呪いを受けた鎧ですら――
「グリデルタ、グリデルターーっ!!」
「……騒々しいな」
野心という名の炎が猛り始めた頃、突如叫び出した中年の男の声で冷や水を被せられてしまった。アジードは眉間の皺を深くして、村長の走り出した先へ視線を送る。知らずの内に野心家としての顔が現れていたが、すぐ傍には誰もいないことが幸いだった。
(ふむ。あのゴブリンが倒れたか。闘神の加護なぞある筈もないと思うが……計算が崩れたな)
心中で呟いたことは己が内にだけ留める。それは儀式のようなもので、眉間の皺とともに顔は徐々に取り繕われていった。王国の民から信頼を向けられる司祭の顔に戻し、男は村長が飛び出してしばしの間を空けてから歩みを始めた。
「ちょ、ちょっと父さんってば!」
「グリデルタ、よくぞ、よくぞ無事で……」
村に戻るなり父が飛び出してきたかと思えば、いきなり力一杯抱きつかれてしまった。突然のことに、彼女のネコを思わせる瞳も大きく見開かれていた。厳しいのか甘いのか、その辺りのバランスが悪いことは今更であったが、勇者一行の前で泣いて縋るのはやめて欲しいとグリデルタは思う。
それ程心配するならゴブリンの元へ送り出すな――そのように言いたい彼女であったが、何故村長がそんな危険なところへと同行させたか、その背景は知ることもなかった。振り払ってやろうかとも考えてはみたが、いい年齢のオッサンが泣いているのだからやめることにした。
その少女の視線の先には、半裸のオッサンが親指を立てて爽やかな表情を浮かべている。
(今日はオッサンに抱きしめられてばかりの一日ね)
もうどうにでも好きにしてくれよ。半ば投げやりな気持ちになるところ、グリデルタはせめても視線をオッサンたちから遠くへ投げていた。
「本気で心配してくれてるんだな。いい父ちゃんじゃないか」
大きくはないが、よく通る声がした。彼女が直感的に好意を抱く声だった。あまり年齢の変わらない少年であったが、異形のゴブリンを打ち倒した姿を見た今となっては、どうやら勇者らしいと認めつつある――否、認めると言えば、身を挺して投石から救ってくれた時点で彼女は認めていた。
「……まぁね、いいのかもしれないけど」
奥歯に物の詰まったような面持ちで少女はその声に答えた。流石に魔物の討伐を行った英雄と話すために父親を引きはがして、オッサンに預けている。勇者の言うとおり、いい父親なのだろうが、安否を確認した後もなかなか泣き止まない姿を見ては格好いいとは思えない。
「贅沢だぞ村娘! 父親のいないジオへの当てつけだな!」
「――え?」
勇者のすぐ隣、宙に浮かぶ少女から出された言葉には、グリデルタも面食らってしまう。聞き間違いかとも思えたが、すぐに緑色の拳がシャロの頭に降ってきたので間違いではないらしい。
「あ、あの、私……」
「気にすんな。父親の顔を知らない訳じゃないし。先代勇者だった親父は寿命を全うしたよ」
まぁ、親父がどんな勇者だったかは知らないんだけどな――黒髪の少年は爽やかに笑ってみせる。その横ではシャロが頭を押さえながら勇者へローキックを放っているが、意に介す様子もない。
「やっぱりきちんと言わないとダメだわ」
「ん、なんだ?」
平然とした顔をしている勇者を見て、グリデルタは自分でも驚く程に大きな溜め息をついていた。少年は疑問符を浮かべていたが、このネギの勇者という生き物がどうしてこんな風になってしまったのか、少女はようやく思い当っていた。
(溜め息も吐きたくなるわよ……吟遊詩人の語る英雄譚も当てにならないわね)
神に選ばれし魔物を討つ英雄、それが勇者だと語られていた。目の前の少年が勇者らしからぬと思っていたが、“現実に生まれついての勇者”などいないことがわかった。神父が語ってくれていた言葉を使うならば、神に選ばれた時点で勇者を目指すのだ。この少年は、ろくに知りもしない先代勇者の跡を追いかけて勇者になったのだろう――グリデルタは勇者継承の仕組みなどは知りもしなかったが、順番が間違っているとしか思えなかった。
(生まれた時から勇者だから、子ども時代がないんだわ)
手で顔を覆って少女は俯く。何となく彼の境遇はわかったような気がしていた。その一方で、今なお、どうしたと彼女を心配している勇者へどんな顔を向ければよいのかはわからなくなってしまった。
思えば、裕福ではないが村長の娘として生まれた自分は、母親こそ早くに亡くしたがそこに不便を覚えたことはなかった。村の生活はハッキリ言ってつまらないし、同じことを繰り返す村の大人を好きになれないでもいたが、みな彼女に優しかった。怪我をしたら誰かが助けてくれるし、痛ければ痛いと言えばよい。そんなことは当たり前だと思っていた。
「グリデルタ殿」
顔を伏せる少女へ向かって、半裸の男が声をかけていた。近づいて抱きかかえようという訳でもない。ただその目は“約束、覚えていますな?”と語りかけている。
「わかったわよ、もう。わかったってば!」
「ならばよろしい。よろしく頼みます」
「そうだぞ、村娘。頼んだぞ」
「……お前ら、何言ってるの?」
がなる村娘に、頷くオッサンと緑髪の少女。勇者はきょとんとした表情で彼らの様子を見ていた。わかったと言われても何がわかったのか、彼にはさっぱりとわからなかった。
「あのね、勇者様」
「どうした?」
グリデルタが自分の服の裾を握りながら声を上げる。礼を言うだけのことが、これ程労力のかかることだとは知らなかった。今更ながら、そこそこ格好のよいこの男へ面と向かうことは、気恥ずかしいというか照れくさいというか。ともかく、腹を括らねばとても出来そうにもなかった。
先程から首を傾げている少年も、事態はわからなかったが、この少女が何かを伝えたがっているのだろうと察し始めている。従者たちもニヤニヤとしており、状況がわかっていないのはこの勇者と村長くらいなものであった。
「あのね――」
ようやく腹が決まったグリデルタが声を絞り出してみたが、どうにも最後までは続けられなかった。
「いやぁ、みなさん。よくぞご無事で」
漆黒のローブを広げ、男は穏やかな表情、優し気な声と共に勇者一行の前へ姿を現した。柔らかい雰囲気を伴って現れた人物であったが、指先で持ち上げられた眼鏡は光を照り返し、生憎と瞳に優しさを見ることは出来なかった。
現れた神官は、場の空気を一変させた。語られたものは始めこそゴブリンを討伐したことへの労いと勇者への賛辞であったが、遠まわしに非難めいた色が浮き出ていた。彼がこの場に来た瞬間から、村長の表情が凍り付いていたことにしても、勇者と行動を共にしていた人たちは薄々察しをつけ始めていた。その勘を保証するかの如く、神官を守るように黒色の甲冑を纏う兵士がズラりと並んでいる。
勇者という制度が敷かれてからというもの、こういったことはよくあった。魔物への対処に困ってはいるものの、外部の者が解決したとあっては既存の元ある郷村の面子は丸つぶれというものだ。事実、過去には魔物を倒した人物が、そっくりそのまま集落を支配したというケースもあった。だから、魔物の討伐の後程に人類は結束を固めていた。
とかく、人間とは外部の存在を厭がる存在なのだと、それらを眺めていた人物は理解している。そのことを知っているし、制度を守りたがる者がいることも無論知っていた。一度は引退した身であるので、彼は成り行きを見守ろうとしていた。だが、アジードの次の言葉を聞いては黙っていることなど出来なかった。とうに権力争いから身を引いた立場であったが、口を挟まざるを得なかった。
「……まぁ、そこまでにしておけよ」
「なっ――どうして、ここに?」
どうして、と問われて老神父は蓄えた顎髭をいじりながら、勿体ぶって間を空ける。色々と気になるところではあったが、神に誓って嘘を吐くことは出来ない。この老神父はゆったりと口を開いた。
「ある方に救われてな。それよりもアジード、私が耄碌しておらねば、お主はゴブリンを根絶やしにするといったか」
「あ、いぇ……」
老いても尚、その眼に力は失われてはいない。異形のゴブリン、ヘスの襲撃によってリタイアをした筈の神父が詰め寄る。たかが老人の言葉であったが、それまで偉そうにしていたアジードは沈黙をもって、しばしの間を作り出していた。この間があればこそ、次の言葉が用意出来るというものだ。
「御身が無事であったことに驚きました」
黒衣のローブに身を包んだ男は、掛けられた眼鏡を押し上げながら語る。空けた間でさえ、驚きを顕していたかであったように演出されている。その様さえ、彼の修業時代を知る老神父にしてみれば油断を許さないものだと知れた。白々しい言葉であったし、普段であれば流すところでもあった。だが今引くことは、一度は死んだ身としては赦されない。魔物の襲撃で死を迎える筈だった老人は、年齢不相応の声を張ってみせる。
「黙れや、小僧! お前がゴブリンの耕した地へ結界を張ったことなど、とうにわかっておる!」
「……神父様?」
村長の娘は、つい言葉を差し挟んでしまった。肉体労働が主で言葉少なな村人が多いなか、温厚な神父が声を荒げる姿など見たことがなかったのだ。優しい神父こそ、実は貴族王族を相手に神を問うて回った人物だと父から聞かされていたが、これまでは大げさな噂話だと流していた。だが、彼女の前で声を張るこの老人は、聞いた噂に似つかわしい。
しかし、この場にいる神父もまた問答を生業とする者であった。
「ええ、私が結界を張りましたとも。ですが、それのどこが悪いというのです! 汚らわしい魔物たちに怯えて暮らすこと、それが健全だとあなたは仰るのか!」
「語るに落ちたな……」
自信満々に反駁してみせた姿を捉え、どこか落胆した様子で老神父は語った。出来ることであれば、修業時代に敬虔な神の徒であった眼前の男を問い質すことなどはしたくなかったが、それも今となっては仕方がない。
「お前さんさ、我らが崇める神の言葉を忘れてしまったようだな。争いなき世界、人々が種を越えて理解し合える世界を目指せ――その教えこそが主ではなかったか。神の徒として集まった我ら、思想は違えど、我らを束ねるただ一つの教えだったではないか」
一頻り語っては、ふぅ、と小さく溜め息を吐く老人。そこには何が込められていたのか、傍らにいる村娘には理解出来なかった。
「ゴブリンが田を耕した。それは人間を食わずして暮らす、共存への道ではなかったのか?」
言うべきか迷った末、言葉を口にする。これで狂信的な彼が留まるとも思えはしなかったが。
「甘い、甘すぎますよ。王国は先の大戦以後、ギルドを中心に武装を進めている。だが! それでも足りない……貴方には見えていないのか? ゴブリンだけではない、この地に限っても魔は幾多も存在する!」
熱狂的な神官は声を荒げ、老神父へ反論した。彼の言わんとせんこともわからないではない。だからこそ、老人は鈍くなりつつある身体を押して口を開く。
「問うことは、止めよう。お前へ言っておきたい。私は――否、既に村の若者はゴブリンへ理解を示したぞ」
「へ――」
その言葉に、少女は身を固くした。その若者が誰を示しているのかがわからなかったが、首を左右に振っても何も変わらない。村の神父は彼女を真っ直ぐに見据えていたのだ。
「まぁ、そうですナ」
老神父に似た、皺がれた声が響く。ただし、語尾は人間が話すには随分と癖、訛りのあるものであった。その主は背丈の低い、緑褐色の肌をした生き物――ゴブリンの前長、ヤーロであった。
「ここのお嬢さんは、私を、私たちを見て怯えることがなかっタ。このような人物が次に村を担ってくれるのであれば、ゴブリンは人間へ危害を加えることはなイ」
我々が拓いた地を戻してくれるのであれば、不問にする用意がある。そのようにゴブリンは答えていた。村の間で起こっていた諍いも、両者間で終わりを迎えようとしている。今この場で不服を唱えている者は気づけばただ一人となっていた。
だが、この一人が厄介なのだ。黒衣をまとった騎士たちを携えて、何かの口実があればいつでも丸ごと村を潰してしまえる権力を有する人物がいるのだ。その人物は、ゴブリンの言葉を吟味するように、勿体ぶって口を開く。
「ふむ。村の諍いが済めばそれでいいのですが、どうしたものか……我々としては、村が平和であればいいのです。ですが、いつゴブリンがこの契約を破るかわからないではないですか。異なる種族のものが、我らが神に服従を誓えるのですかな?」
「お前――」
控えめに口の端を持ち上げて、宣われた。この瞬間に老神父も、ゴブリンの前長も口を紡ぐしかなかった。神の加護を受けて、この世界は回っている。魔物が信奉する神に誓わせるのではない。この男は、人間の神へ誓えと言っているのだ。それはヤーロたちにとって、余りに不合理な条約と言える。
この間、不穏な空気が流れたものの、人間魔族の両者は共に争いを避ける方向で決まっていた。つまりはアジードの一人勝ちになりかねない状況であった。
「わっはっはー」
誰もが、勇者ですら押し黙っていた中、いやに愉快な笑い声が響いた。タイミングが良いのか悪いのか。荒れた天気を見せた空が、綺麗に雲をこの時に散らしている――その空いた青色の中に緑色光が降り立った。
「祈る神がなきゃ、ルファイドに誓えばいい。あれは随分と寛容だぞ?」
すいーっと降りったそれは、人の形をした別の何かであった。
腰元まで伸びた神は、薄い藍色をしている。雲が割れたことで差し込む光を受け、それは緑色に周囲の人物たちへは映っている。白いローブを纏い、天空から降り立っても無傷でいるその身体は、高位の魔法によって護られていることがうかがえる。次いで、およそ人間には見られない赤い瞳は高い魔力を有している証左であった。
「な……」
合理的に話を進めていたアジードであったが、目の前の光景に言葉を失ってしまった。否、合理的であるからこそ、これまでの状況から全てに符合がいったのだ。
差し向けたゴブリンによって寝たきりとなった筈の神父が健在であったこと、暁の勇者でなければ倒せないと見込んだ魔物が屠られていること――全ては闘神の加護がなせる業なのだと理解する他ない。
「おい人間、何を驚いている。お前も神職に身をおくなら、精霊の一つも見たことはあろう?」
「が――あ、ああ」
人間の形に目一杯の魔力を詰め込んだ存在――シャロを見て、王都から来た神官は言葉にならずとも同意を溢す他なかった。これが真に闘神の加護でなかったとしても、精霊種に争いを挑むことなど馬鹿者のすることだ。
「よいな、アジード。先のお前の質問に応えるならばこうだ。ルファイド神に寵愛されし精霊、シャーロット様がこの老いぼれに幾ばくかの生を与えた、だ。この時点で、既に村は神の加護を受けているのだ。最早、我々がどうこう言う問題ではない」
「ですが……ですが、精霊がこの地を退いたらどうなるのです? 誰がゴブリンと交渉をするのですか?」
「き、意様!」
アジードの言葉はその場凌ぎのものであった。だが、神に継ぐ精霊をもってして王国の権力を引かせようとしていた老神父には、この上なく利くフレーズであった。所詮、老いた身では村の未来は決めきれない。決められるとすれば――
「私が繋ぎます。私が、交渉し続けます!」
「グリデルタ、お前……」
これまで黙っていた村長であったが、愛娘が飛び込んできたとなれば口を開こうというものだ。ただ残念なことに、村長はこの後をフォロー出来るような言葉が浮かばなかった。代わりに、緑褐色の生き物が口を開いていた。
「ああ、この少女ならば交渉は出来ますナ」
勇者とともに異業種のゴブリンを狩るに一役かった人物、彼女は村の状況も知っている。まして、不用意な争いを嫌う少女であれば適役だと、魔物の前長は言う。十分な補償を得ていた少女であったが、勢いに任せ過ぎていたが、それはあくまでも魔物側によるものだ。この先に続ける言葉なぞ、最早少女にはなかなかった。
意を決して口を挟んでも状況が変わることがない。そのことに焦るグリデルタであったが、そんなことは必要もないのだと、自然と知れた。
「そうだな。この娘は強いぞ? それに、ルファイドの精霊の意見に背くなら、俺としても戦わなけりゃならなくなるな」
よく響く声で、それまで黙っていた勇者が口を開いた。後ろへ引き下がりかけた少女の肩を抱く姿勢で現れたものだから、グリデルタとしては最早退くことも出来なかった。
「ああ、解決だな。これ以上文句があるなら、彼女は私の弟子、シスターにでもするよ。お前、辺境の地に飛ばされたとはいえ、司教の位にある私の言葉には逆らわんよな?」
「貴方は、何を――」
途中まで紡がれた言葉があった。だが、くわっと目を開き、老神父はたじろぐ男へ止めの一言を放って押し留める。
命令系統のトップが身を揺るがせたものだから、黒衣の騎士がざわめいてみせる。だがそれですら、男が“帰るぞ”と言えば、短い時間の内に撤収が始まった。それから時を経ない内に、村からは争いの色などまるで消え去っていた。
これまで以上の殺風景を前にして、少しばかり前に出過ぎたかと老神父は思っていたが、若者たちが何やら嬉しそうにしていたので問うことはそれ以上にしなかった。
力のないもには何も語ることは出来ない。若い頃にはそのように思って力を求めた老人であったが、グリデルタの姿に、若き頃に得られなかった答えを見た気がしていた。




