表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第七話「精霊と踊る狂信者」
126/202

届く悲報と吉報

 この一月前からの出来事は、後にレジナス王国の歴史に刻まれることになる。


 良きにつけ悪きにつけ劇的であった。空を打った白色光は、魔神ムドラ・ヴォークリッサを示す色だ。しかし四百年も前に滅んだ神を人々はすっかりと忘れていた。人々にとっては、神よりも魔物の方が身近な存在であったから。


 人々は瞳の色をそれこそ水色に変えたことだろう。魔物との大戦を記憶しているのは老人を始めとする大人ばかり――しかし白色光に怯えたのは大戦を知らない子どもたちであった。


 王国北部の砂漠蟲(サンド・ワーム)に始まり、直近は大英雄ヴァリスナードの再起を奪った巨大な魔物。吟遊詩人の口伝えにより広まり始めたこの脅威を前に、力のない子どもが出来ることなどない。精々震えるくらいのものだ。


 怯える子の姿は、大人に改めて問い直している。


 魔物はすぐ傍に居り、今にも人間種へ襲いかからんとしているのだと。


「と、言ーうのが通説ですが――」


 妙なところで言葉を伸ばしながら、吟遊詩人は謳う。


 それらを遠巻きに、アイリス教のシスター――グリデルタはつまらないといった風の顔をしていた。今語られるのは、人々の知らぬ白色の脅威に立ち向かう緑の勇者の話だ。


 彼女は知っている。これから熱弁されるであろう英雄譚は、ここイーシアで飽きる程聞かされている。語られるは、白色の煙を撒き散らす黄金色の獣が振るう牙と、それへ立ち向かった緑の鬼の話。レティア闘技場に現れた世に謳われぬ勇者の英雄譚だ。


 白色は何もここに始まった話ではない。魔物との大戦でも見られた加護である――近いところではレティアの闘技場以前に、ここ、イーシアにて見られた奇跡であった。奇跡という言葉にしたくはないが、ゴブリンの勇者が吐いた炎、そこから煙る白色を見たグリデルタにとっては他人事ではない。


「――て、話だけど。ねぇ、聴いてる?」

「ああ、うん。聞こえてるけど、聴いてない」


 耳に飛び込む騒がしい音へ適当に呟くと、次には甲高い声が突き刺さる。


「あんた! もう、ほんと。いつものこととは言え、もうもうよ。もうもうモーモー言ってる内に、私は立派な牛になるわよ!」


 勢いに煽られてグリデルタは背を後ろへ逸らす。驚きを示した行為であるが、声の主はまだまだ叫び足りないと、擦り落ちた眼鏡を持ち上げて続ける。


「聞いてグリデルタ。貴女はシスター、是非とも聞いていただきます。初めから始めるわよ、いいですか?」


 あれはとても寒い日の事だったわ――と、少女は吟遊詩人も真っ青な程の語りっぷりを披露する。ただし話は冗長、簡にして要とはとても言い難い。半分以上聞き流していたグリデルタであるが、一点気にかかった箇所で眉をピクりと動かした。


「ちょっと待って」

「何よ。話はまだ途中、でもいいわ。到頭認める気になった?」


 ん、と顎を突き出しながらエイミーは言うが、グリデルタは上げた眉を堕として訝しんでしまう。何を認めるというのだろうか。


「口うるさくしながら、あの癖のある吟遊詩人のところに通い詰めちゃってさ。もー、ほんとにあんたも好き者ねぇ」

「は?」


 多分に怒気を孕んだ言葉を出すが、夢見がち眼鏡は両手を組んでキャーキャー言っている。人に話を聴けと言う割りに、エイミーはグリデルタを無視して自分の世界に入り込んでいた。


 彼女の言う吟遊詩人とは、今村人に英雄譚を――レジナス王国の情勢を語るリバーハインドのことだろう。友が嬉しそうなことは喜ばしいが、大体この女のテンションが上がる時は恋愛絡みなので、グリデルタはこめかみに青筋が浮くことを止められない。


「ハインドさんとは何もないから、騒がないで。むしろ迷惑かかるから、ほんとやめて」

「えー」


 割と本気のトーンで伝えても、エイミーは首を振って「違うでしょ」と溢している。溜め息交じりのそれは、幼馴染から見ても腹が立つ仕草であった。


「じゃあどうして流れ者に熱心に会いに行くのよ。好きでもなけりゃ理屈に合わないわ。理屈にならないから恋、そうでしょう?」


 肯定しようが否定しようが、今の弁ではどちらにつけ恋として処理される。正直なところどうでもよかったのだが、ハインドに迷惑がかかるのは本意ではない。


「ハインドさんにはね……。話を聴かせてもらってるの」

「何の話?」

「吟遊詩人の話は英雄譚でしょ。他に何があんのよ」

「何って、なんだろう。グリデルタの好きそうな話と言えば、世界各国の艶話かしら――あっ、ちょっと、何処行くの! 私の話はまだ終わってないから!」


 無言で背を向け、エイミーの声を聞きながら場を離れようとするグリデルタ。だが届けられるものが必死そうであったので、足を止めてしまった。嫌いではないが面倒臭くなる時もある――ただ、彼女はアイリス教のシスターであれば、耳を傾けてみせようとする。


「えーっと、何処まで話したかしら……。そうそう、大英雄が倒れたのは、そりゃもう大きな魔物が西で出たからって話だったわね。吟遊詩人が語って――ああ、これで話が逸れたのか」

「さっさと話して頂戴」

「やだなぁ、そんな渋面切らなくてもいいじゃないの。続きは、続きは、ちょっと待ってね」


 グリデルタを正視するのに耐えられず、エイミーは視線をきょろきょろとさせる。少し時間を置いて、ポンと手を打てば話は再開された。


「そう、聴いてよグリデルター。この世には主神も獣神もないわ! ほんと、酷い話よ」


 怒ったかと思えば、眼鏡娘は落ち込む仕草を見せた。相変わらず動きのうるさい人だと思いながらも、グリデルタは頷くだけでとやかく言うことはなかった。


「あんた聞いた? あー、そう言えば聞いてなかったのよね。二度手間よ二度手間。時間空いちゃったからウケるか心配だけど――」

「酷い話をウケてどうすんのよ……」


 額に手を当て、頭痛を堪えるシスター。もう本当に離れようかしら、と思ったところで、エイミーは大英雄が倒れた以上の事件を語ってみせた。


「え、それって……」

「でしょ? やっぱり、白馬の王子様は庶民にゃ遠い存在なのよ」


 やれやれと首を振りながら、エイミーは「やっぱりデヴィンが一番の有力株ね」などと拳を固めている。


「いやいや、落ち込む理由がわからないわ。それって明るい話題じゃないの」


 色恋には疎いグリデルタには夢見がちな少女の悩みも理解出来なかった。しかしどこでそんな話を入手してきたのかと、感心すらしてしまった。


「さーてみなーさま。大英雄が倒れたことは正に悲劇でーすが、決して落ち込む必要はありません」


 ハインドが手にした楽器から、明るい音へ切り替える。よく通る声に村人は思わず注目を集め、グリデルタもまたそちらへと意識を向ける。


「一つの時代が終わったかもしれませーんが、我々の歴史は終わりません。暁の勇者が遂に帰ーって来たのです。それも嬉しいニュースを引っ提げて!」


 惹き付けるには十分な引き込み。ほら、来たわよとエイミーは先に仕入れていた話題にほくそ笑む。


「主神代行サリナ・アイリス神にただ一人選ばれた暁の勇者、彼が結婚するという話は、今のレジナス王国にこれ以上ない祝福でしょう!」


 勇者の帰還と結婚、おめでたい話題にイーシアは揺れた。人々の表情を見ていると、なるほどエイミーが惜しむのもわかるような気がグリデルタにはしてくる。


 ただ、彼女は少し不安を強めてしまう。


 明るい話題があるのは嬉しいことだ。だが西に巨大な魔物が現れ、大英雄が倒されたことは事実。白色光が遠くに上がったことは、ここイーシアからも確認されている。


「……大丈夫かしら」

「何か言った?」


 友の問いには、いいえ何でもと返しつつ、不安が徐々に強くなることをグリデルタは止められない。強い魔物が出れば、きっと緑色の少年勇者は動いてしまうのだと思えてならない。


 人が傷つくくらいなら、己の身を差し出す少年だ。どうしても心配は尽きない。


(ジオが、無茶し過ぎませんように)


 目聡いエイミーに見とがめられぬよう、グリデルタは東の空へ向け、密かに祈った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ