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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六.五話「あたしをデートに連れてけよ」
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それが護るべきものなんでしょうな

 多くの人が行き交っている様子を、ジオは隅の方でぼんやりと眺めていた。ある人は忙しなく、ある人たちは笑顔で――闘うことにばかり目を向けてきた少年勇者には、複雑な色に映った。鎧を解いているため、町中にあるとどうにも頼りない感が目立つ。


 手持ち無沙汰にしていた彼の目の前を荷馬車が走って行く。積まれた橙色の花を視界の端で捉えると、つい表情は硬くなってしまう。


「お悩みのようですな」

「そんなことは……、否、意地張ってもしゃーないよな。わかってるさ」

「主に言う言葉ではないのでしょうが、このオッサンめは、そのお悩みこそが貴方の成長につながるものと信じております」


 黒髪黒目の少年へ、同じ色をした中年が語りかける。この熊のような大柄な男がみせる、にっこりとした笑顔は歳不相応にさわやかなものだ。しかし笑みがよく馴染む――育て親の顔を見て、ジオは安心感を覚える。


 何故顔色一つで自分のことがわかるのだろうか。ふと浮かんだ疑問すらも見抜かれていた。


「ジオ様のことならば、ほぼお見通しですぞ。この私を誰だとお思いか?」

「……オッサンは、うん、オッサンだもんな。いやまさか、本当に親戚のおじさんだとは思ってなかったが」


 ハッハッハ、と豪快に笑っているキョウジはティアの伯父である。先日、そのティアから自分の母親と、ティアの父親が兄妹だと教えられたところ。


 ジオとしては、幼馴染の少女が従姉というのもそうだが、オッサンがおじさんだというのは何とも不思議な感覚であった。


「まーー、私は先代ネギの勇者に妹共々救っていただきました身ですし。血の繋がりはないですから、親戚と名乗るのもおこがましくてですな」


 にっこりとした笑みに少し寂しそうなものが含まれている。父のことを思い出しているのだろうと思い至り、少年勇者は我知らずの内に頷いた。


「ああ、そうか。わかった」


 ようやくわかったと、ジオの表情も和らぐ。何がわかったのだろうかと、片眉を上げて反応したオッサンも黙って続きを待った。


「家族だ。父親じゃないんだけど、オッサンは俺にとって親父代わりだ」


 そりゃあ俺の顔色一つでわかるよな――腑に落ちたものを口にして、隣の中年とよく似た顔で笑ってみせる。


「お父上代わりは、ヴァリスナード様ではないのですかな?」

「いやー、畏れ多い話だ。気軽にじっちゃん呼ばわりしてるけどよ、あん人は大英雄だろ? そんな人を親父と呼ぶのは気が引けるわ」


 ヴァリスナードは誰もが認める英雄中の英雄だ。未だレティアも明るい雰囲気を保っているが、直に彼が倒れた事実が広まる筈と、笑みを浮かべていてもジオの顔には翳りが差し込まれた。


 命に別状はない。だが齢六十を越えた身体を酷使し過ぎた。ティアがシャロを伴って治療に当たっているが、過度に期待はするなと言われている。


「大英雄を差し置いて私が父親代わりですか、それこそ畏れ多い話ですな」


 軽くお手上げのポーズをするオッサン。コミカル過ぎる動きだが、大きな男がすると愛嬌の方が勝つ。しかしジオは目元をピクリとさせた。


「まーた露骨に話題を――違う、そういうこと言う時じゃない」


 ありがとうとジオは言う。


 露骨に話題が逸らされたのは確かだが、ヴァリスナードの件で不要に悩まぬようにとの親心に違いない。キョウジがジオの素振りから気づいたのと同様に、自分にも相手のことがわかるのだと何か嬉しい気持ちが溢れそうになった。


 込み上げてくるこの想いは感謝の念であると気づき、少年勇者は続けて両掌を合わせて祈った。おお、ヴァンデリックと神へ祈る間も、オッサンは待っていた。


 十分に時間を空けると、穏やかな細い目を鋭くさせて主へ向かう。


「問わせていただきたい。ジオ様は何を祈られましたか? 何ぞ、お願いすることでもありましたかな」

「願うことなんてないさ。ただ、感謝を捧げた。俺のような生きものにも、心配やら何やらをしてくれる人がいるって、今更ながらわかった。前から知ってはいたが、今な、ああそうなんだと実感出来たんだ」

「感謝を捧げる、ですか。実によいお祈りですな。今のお顔立ちは、目標にしてらっしゃる偉大なる男によく似ておいでですぞ」


 上の方を見上げるジオは、独り言に近い形で語っていた。それでも隣に居る人物が大きく頷いてくれたことを感じ取ることが出来た。


「悟りとは気づきの連続線上にあるそうですぞ。で、ありますれば、ジオ様のお気づきはお悩みの連続線上にもある筈。違いますかな?」

「そう、だな……」


 噛み締めるように呟きが出された。癖である腕を組む姿勢になり、少年は胸中で自問自答をしばしの間繰り返す。


 今朝のアビーに始まり、コーディーからの指摘もそうだ。闘うしか能のないジオは、どうしても人間らしさへの実感に乏しい。


(人並の生活を送ってこなかったからか、それとも理想ばかりを追い求めたからか)


 どちらも言い訳のようであった。


 マリィが教えてくれたもの、大事に握り締めたそれを思い浮かべては、必死に人間らしさを捨て去ろうとしていたことに気づく。人を護ると豪語しながら、何と愚かなことか。自嘲的な笑みを浮かべ、ジオは口を開いた。


「俺、さ。自分を追い込んでいたつもりで、逃げてしまってたんだろうな」

「はて、逃げとは何でしょう」

「勇者になるってことばっか掲げて、何で勇者になりたいかってばかりで……、うん。俺は勇者が人の何を護るか、どうすれば人を護ったことになるのか、そいつを考えてなかった」


 ぽつぽつと溢しながら、ヴァリスナードの言葉を咀嚼し直す。笑っていれば平気なのか? 答えは否だ。


「ガキの頃、じっちゃんからは早い段階で指摘されてたんだよ。でも、どうしてそんな大事なことを忘れてたのだろうか……。本当に俺は闘うしか能のない男だ」

「なるほど。真面目な貴方らしい」


 ふふっと小さく笑いが漏れた。先代ネギの勇者によく似た顔で、先代が絶対に言わないような言葉が出される。ここにオッサンは不思議なおかしさを覚える。名を棄ててしまった人に、人間らしさを捨てようとしていた少年、なるほど二人は親子であると思えた。


「では、今はどうお考えか?」


 笑ってしまったことの非礼を詫び、代わりのものを従者は投げかける。このような問いはずっと精霊と繰り返してこられていた。オッサンも、よもや自分に問う役割が回ってくるとは考えることもなかった。


 妹を救い、姪を救った勇者は、やはり尊敬に値する。父親に迫る日も近いと期待させてくれる。妹を探すために自分勝手に離れはしたが、恥を忍んで戻った甲斐があった。


 主である少年の悩める顔は、世間がどう言うかは知らないが、キョウジにとっては他の誰よりも勇者らしい姿なのだ。


「やはり自信なんてものはない。だが、俺は理想の勇者を目指して走り続けてきた。何を護るかまだわからないけど、傍に居てくれる人たちが笑顔であってくれたらと思う。人の笑顔を護る力を身に付けるため、これまで努力を惜しまなかった――自信はないが、そのことにだけは確信を持っている」


 迷いながらも拳を握って語られた言葉に、キョウジは元から細い目を一層細めた。


 町へ出る時はいつも緑の全身鎧を纏っていた主が、今はそれを左の篭手にだけ留めている。大小の傷が目立つ右の拳は、先が随分と平であった。どれだけ打ち込めばこうなるのか、先代勇者と共に闘ってきた男には、ジオの努力が口だけのものでないと痛い程に理解出来た。


「今は、こんなところかな」

「その素直さ率直さがありますれば、よろしいのではないかと思われます。人の笑顔、それが護るべきものなんでしょうな……」


 まだまだ何事かを言いたくもなったが、拳を解いて笑うジオの姿にキョウジは尊さを覚えた。今語られたものは彼の祈りなのだ。多くを語るは無粋と、出かかった言葉を微笑みに変えて呑み下した。


 ジオの成長が感じ取れて嬉しい――だが、喜びに負けて要らぬことを言うのは従者失格であった。勇者はまだ自身の持つ力しか信じられていない。ヴァリスナードが言うように、ジオはまだまだ悩まねばならぬ。


 さて、余韻の残るこの場からどう動こうかとオッサンが悩み始めると、妻が大通りから手を引かれて戻ってくる姿が見えた。


「ジオーー、何してんだよ! あたしをデートに連れてくんだろ?」


 フィー姉ちゃんの相手ばっかりさせやがって。出された言葉にラフィーネは微笑んでいるが、確かに女性陣を待たせ過ぎていた。女性を怒らせると後が怖い、これは教えて差し上げても余計にはならないだろうと、オッサンはジオへ視線を戻す。


「ごめん、もう一つ悩みがあったわ」


 何でしょうかな、と聴いてくれるオッサンへ向けて少年はまた素直に言葉を出した。


「デートって、何。どうしたらいいの?」


 先程までの引き締まった顔はきれいさっぱりと拭い切られ、ジオはいつもの間の抜けた面に戻っている。


「オッサンにお任せあれ、ですぞ」


 この顔も無駄な力みが抜けている証拠であると、オッサンにはわかる。笑みを倍加させ、ウィンクまでも披露しては少年の背中を押した。




「オッサン、デートってこんなに大変なんだな。修行は辛いのだが、気楽に思えてしまう」


 太陽が傾いた頃、苦々しい表情をしてジオは言う。


「うーーむ、元来は過酷なものではありませんがー……」


 気楽に楽しめるタイプと、そうでないタイプに分かれはする。クソ真面目に考え過ぎるジオは、明らかに後者に分類された。が、それを主に告げることは憚られる。


「ジオさんは考え過ぎなんですってば。キリカちゃん楽しそうなんだから、それでいいのよ。ハッキリ言いますけど、それがわからない人ってモテないですよ?」

「モテ――」


 柔らかそうな金髪とは真反対の、ドストレートな物言いに少年は言葉を失った。


「これ、フィー」

「だってキョウジさん、誰かが言ってあげないと。じゃぁ、貴方が鍛えて差し上げたらいいじゃない」

「とは言いましてもな……、なぁ?」


 自身も後者のタイプである、そのように自覚するオッサンは心苦しい想いに駆られた。


 ラフィーネが「貴方はモテます。妻が言うんですから!」などと訴えてくるが、それはヴァリスナードの遊びに付き合わされている内に身に付いたものだ。やましいものがなくとも、妻の誤解を招く言動は取れたものではない。


「おーーーい、ジオ! 何してんだ、次はあっちだ!」


 笑顔で急かすキリカの手には食べ物の他、小物を入れた袋が握られている。小さな身体に無尽のスタミナ。今も笑顔で手を振り、名を呼ぶ。


「う、うむ。わかった! わかったから、ちょっとだけでいいから時間をくれ」


 大さじすりきり一杯、最早溢れ出す寸前まで荷物を抱えたジオは、泣き言に近い言葉を溢した。勇者を目指す彼は、誰かがいる前での愚痴は抑え込んでいた。それがたった半日で決壊しそうになる。


 恐るべし、デート。全身鎧を解いた勇者は心に体験を深く刻み込んだ。


「俺はどうするのが正解なのだ。アドバイスを……、ヒントだ、ヒントでもいいから!」


 珍しい助けの求め方に、ついオッサンは吹き出してしまった。横の妻からは「ほら、貴方も私と変わらないじゃない」と届けられる。思うところはあるが、後が怖いので反論はしない。


「ジオ様、今の状態が正解なのです」


 なんてこった、と素直な嘆きが返される。


 特にそれ以上のアドバイスも出すことはない。不謹慎かもしれないが、こういった姿を見て居ると先代ネギの勇者の姿が思い出されるのだ。ジオールに振り回される先代は、ジオ程めげることはなかったが、困り顔をしながら少女の護衛役を買っていた。


 今日のキリカは本当に楽しそうで、そう馴染みが深くないオッサンですらもう少し眺めていたくなる。絶大な力を持つ主をまぁ、よくぞここまで振り回せるものだと舌を巻きたくもあった。


 思えば、赤竜エディンに連れられてジオの故郷を訪ねた折り、キリカは殊更に大人しかった。馬車の中では、「師匠の邪魔をしてはいけないから」と聞かされている。


 マリィを失ったことは赤髪の少女にとっても衝撃的なことだった。だがそれよりも彼女がショックを受けたのは、ジオが哀しむ顔を見せてくれなかったことだ。師弟関係であるのは確かだが、自分を頼りにして欲しいとキリカは思っている。


(彼女もまた、勇者の子、ですな)


 幼いながら闘技場で大人たちに引けを取らない。だが、勇者とは単なる力自慢ではないのだとキリカは理解している。勇者とは一体何をする者なのか、それを学ぶために二代目赤風の勇者は師の言い付けを守る。


 因縁で言えばオッサンは、キリカよりもむしろラザロの方が結び付きが強い。大きな力を与えられた勇者は、常々問われ続けなければならない――拳奴に身を堕とした元勇者を見るだにそう思う。


 それぞれが勇者道のような芯を持たねば、いずれ黄金剣士トリルのように堕する――ラスパで幅を利かせた大喰らいのマイロも然り。否、キョウジ自身もマイロに対する怒りで我を失ってしまったのだ。


「キリカちゃんが本当に楽しそうでいいわよね」

「そうですな」


 我儘を言わなかった少女にはこれくらい許されていいだろう。妻の言葉に同意しながら、キョウジはそう思った。キリカもいずれ今のジオのように悩む時が来る。それは必ずだ。


 その日が来るまでに、ジオは悩みをもう一つ二つ克服せねばならない。逆しまに考えると、弟子の存在が師を育ててくれるのだ――キョウジがそうであったように、ジオもまたそうなる。


 チラリと隣を見ると、その主はまたオッサンへ向けて助けを求める目をしていた。


「なぁ、俺は何か悪いことした?」


 オッサンの心内を知らぬジオは、情けない顔で呻くがそれも仕方ない。闘技場で活躍するキリカは町の英雄ラザロの再来だ。大通りを歩けば、下手な勇者よりも余程民衆に歓迎される。


 自分の稼ぎで買い物をしているが、その度にオマケがついてくるので荷物持ちには覚悟が必要だ。


「ジオ様には……、何でしょう。覚悟が少々足りなかったのかと存じます」


 言うか迷ったところであるが、オッサンの言葉はすんなりと主へ吸い込まれたようだ。「そうか、覚悟か」と呟いてから、ジオは愚痴を溢すことはなかった。




 デートの翌日、ジオはいつものとおり早朝から修行に打ち込んでいた。緑の全身鎧はそれなりの重量があるが、父の形見を纏っている方が心は安定してくれる。


 昨日は普段使わぬ筋肉を使ったためか、背中に張りがある。知らずの内に緊張していたのだと、己との対話の中で結論させた。


 今の彼はカナン亭の庭先に腰を下ろしている。足を組む姿は、刻印(マーク)の魔法で初めて会話を試みた時と同じもの。膝に乗せた手は掌を上へ向け、加護を得て色の変わった瞳は瞼の奥へ隠された。


 実のところ、加護はまだ十分には使えない。だが力が減ったことに怯える必要もない。


(キリカが喜んでくれてよかった)


 眩い笑顔を自身へ向けてくれたことを素直に喜ぶが、ジオは無表情を保つ。輝かしい笑顔を見ると、どうしてもマリィが浮かんできてしまう。


(次に悔いないため、俺は俺の出来ることをやり切る)


 ラザロへ昨日告げたことを自身へ言い聞かせ、ややもすれば曇りそうな顔を、勇者らしいと信じる形にして押し留める。


 瞑想に徹し切れたのならよかったが、そういった修練はまだまだ未熟。半ば無意識に避けてきたため、今しているのは真似事に過ぎない。あれやこれやと考えは廻り、集中とは言い難いものであった。根気よく魔法の修行に付き合うティアは大したものだと、また雑念が入り込んだ。


(……風が、いつもより感じられる)


 形だけではあったが、それでも正解に近いものをジオは自然と引き寄せていた。オッサンに教えられたこの姿勢なのだ、間違いなどはない。瞳を瞑った所為か、上に向けられた掌の感覚はいつもより鋭くなる。


 ラザロの後悔、オッサンとの問答、キリカの笑顔――判然としなかった考えに輪郭が僅かだが与えられた。


(迷い、悩み、ブレてしまっている。が、それでも今はいい)


 倒れたヴァリスナードの姿が思い描かれた。腹の奥から燃えるものが湧き出してくるが、それを否定はしない。感情に呼応してシンボルである生長鎧(アムド・グラス)はカタカタと震え、持ち主の頭を呑み込みにかかる。


(いいんだ。怒りがあることを認めろ。否、既に俺はそれを認めている)


 眉間に皺が刻まれていることにも気づき、ジオは呼吸を意識的にゆっくりとしてみせた。


『何があっても決して折れるな』


 カルデレナでヴァリスナードが教え諭してくれた時を思えば、怒りはあれども呑み込まれることはない。力強い大英雄の姿を、あの優しい口調を思えば、鎧の震えを止めることが出来る。


『ティアを救うためならば手段を選ばぬと、この儂、大英雄ヴァリスナードに誓えるか?』


 人工魔獣の一件のお陰で、忘れていた約束を思い出せた。今でも「勿論、ティアを護る」と言ってみせる。次に王都へ行く時、ヴァリスナードを真っ直ぐに見ることが出来る筈だ。


(刻印)


 怒りが鎮まるとティアの顔が浮かんだ。呪文が唱えられることはなかったが、祈りの所作が如くごく自然に魔力は働いた。


『どうした?』


 笑顔で祈り続けてやろう、そう言ってくれた家族の声が届く。顔が見えないからか、却ってよく少年の胸に響いた。


 成長して少し低くなったこと以外、特にティアの声に代わりはない。安心し、ジオは思うまま話始める。


「朝から感謝の念が湧いてきてな」

『なんじゃそれは……。爺のことなら礼を言わんでもよいぞ。ああ、その爺なんじゃが――』

「それも聴きたいけど、違う。ティアがどうしてるか気になったんだ」

『は――?』


 声が少々変わろうが、喋り方はジオのよく知るまま。予想外のことがあると、ついフリーズしてしまうところなどもティアのままであった。


 変わったのは自分の方なのだろうか。声だけのやり取りだから、まだ迷うところがあっても話すことが出来る。オッサンが認めてくれた素直さに倣って話そうと、ジオは己へ言い聞かせた。


「あのさ、昨日の晩ご飯がすげぇ美味かったんだよ。ティア、ちゃんと食ってるか?」

『そうさな。私もヴァリス爺宅で豪華な食事を頂戴したな……、エルにも食べさせてやりたかったのぅ』


 人工魔獣を倒した後、ティアはシャロに連れられてヴァリスナードと母シオンの治療に王都へ向かった。しばらく滞在する予定だが、時折は精霊の気まぐれで一緒にカナン亭へと戻ってくる――それが突然であるので、昨日の朝は大絶叫をジオは上げてしまったのだが。


「それでな、モータリアのおっちゃんが今度トトリに行くなら、カンナさんの様子見て来て欲しいってさ」

『ほぅ』

「何でも手紙が届いたそうで、お腹が大きくなってきたから、おいそれと移動出来ないんだって。でもなんか、俺らに会いたがってるんだとさ」


 お、そうか、と呟くティアはどうやらまだカンナに会えていないらしい。そいつは好都合だとジオは続けた。


「じっちゃんやオバさんの様子も気になるし、カンナさんの顔も見たい。そのついでっちゃぁなんだが、王都観光でもしないか?」

『は――?』


 またしても戸惑いに満ちた声が上げられる。余程この提案が信じられないのだな、とジオは少々傷つきそうにもなった。しかし日頃の己の言動を考えるとここで腐るのはお門違いだ。


「冗談じゃないぞ。大体のことが落ち着く頃には、暁の勇者も戻って来るだろ? そしたら、今程俺が駆けずり回らなくて済むし」

『や、約束出来るんか? ヌシはどうせ何処かで何かあったら、そっち優先するんじゃろうけど』

「……信用ないね。いや、むしろ俺の性質をよくわかってるってことだよな」


 デートするというのがそもそも約束なので破るつもりもない。つっこみどころではあったが、オッサンを見習って反論することもなかった。


 約束するよ、とジオが告げれば流石のティアも納得していたようだ。声の色に疑うようなものはみられない。


『しかし、なんじゃってまた魔法なんぞ使って言いおるんじゃ? 別にその内シャーロットの気まぐれで一度は戻るじゃろうて』


 その疑問はご尤も。ただし、面と向かってだと言えないとは、それこそ言えない。他の理由も探そうして、やめた。昨日の気づきこそを大事にすべしと、ジオはなるべく力まぬように息を吐いた。


 迷惑をかけたと彼女は言ったが、むしろ逆だ。ティアはずっと自分の我儘に付き合ってくれている。何も返せていないから、まずは感謝するところから始めたい。


「俺には覚悟が足りないってことがわかってな……」

『無理することはないが、その気持ちは嬉しいものじゃ』


 ポツりと呟くようなものであったが、十分伝わった。安堵したのはジオだけではなかったようで、二人して笑ってしまう。


 後日、覚悟が足りないことへの気づきを尋ねられ、素直に「キリカとのデートで」とジオは答える。ティアの機嫌が過去最高レベルで損なわれたことは、言うまでもない。


 素直さとバカ正直さを捉え違えてはならない――勇者は一つ、教訓を学んだ。




白色光が空へ走ってからしばらく。人工魔獣の脅威はゆっくりと、だが確実に民へ広がっていった。

漠然とした不安は形ある恐怖となり、人々は忘れ去られた魔神を心に思い描き始める。

大英雄ヴァリスナードが倒れたことから、再び魔物が蔓延る世に戻ろうとしているのだと、否定しきることが出来ない。

一つの時代が終わったが、希望はまだ残っていた。

暁の勇者の帰還――それと共に届けられた話題に民衆は歓喜してみせる。

期待と失望を繰り返し与えられる王国民へ、次に届けられるものは一体何となるか。黒騎士の戦力拡大は何を意味するのか。


先の大戦で暗躍した大工房の魔導士が白色光とともに現れば、歴史に謳われぬ勇者の息子は緑色光を灯して立ち向かう。

大英雄の時代が終わったとしても、勇気ある者は必ず現れる――ジオは大戦を収めた父を越えることが出来るのか。真なる勇者になるため、今こそ少年は試される。


次回、第七話「精霊と踊る狂信者」に続く。

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