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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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竜神の子守唄

 レジナス王国西端、集った人々は人工魔獣の断末魔を聞いた。それまでの何かを求めた哀しい鳴き声とは異なり、上げられたものは悍ましい怨嗟の声であった。


 アイリスの加護を強く受ける黒騎士らですら、こぞって耳を塞ぐ。後に時を止めての悪戦苦闘があったとわかるのだが、彼らの視点に立てば、空から降ってきた緑色鬼(グリーン・オーガ)が、凄まじい力で一瞬の内に魔物を葬った光景に映る。


「興味深い話でしたね」


 黒騎士スティンからの報告を受け終え、アジード司教はチラリと視線を投げかける。彼の言葉どおり、白い鳥の仮面をつけた人物は興奮した様子で、今にも立ち上がり兼ねない程浅く椅子へ腰かけている。


「私も見ていた、見ていたよ! 大英雄すら沈めた人工魔獣を圧倒し、トドメは魔法の一撃――嗚呼、何て鮮やかな緑……。いいなぁ、アレ、本当にいい! しかも絶命の直後の大爆発のなか、幼馴染を救い出して周囲の人間たちは無傷? 無茶苦茶だ、実に勇者らしくて反吐が出る!」


 笑い声を上げながら、カーラは怒りを隠すことをしない。闘神の神秘を発揮すればこれくらいのことが出来て当然なのだ。


 魔物をねじ伏せ人々を護る、その場に居た者たちはさぞ荘厳な美しい色を見たことだろう。その様は主神への信仰を翳らせると懸念された。実際、熱心なアイリス信奉者であるスティンが、父との確執を忘れて熱弁する様には驚きを持たざるを得ない。


「あの勇者にはもっと強くなってもらわねば困る、あなたはそう言っていましたね」


 身をくの字に折って苦悶するカーラに向け、アジードは改めて問うた。ずっと止め役に徹してきたが、そろそろ頃合い。笑い怒る異様さを博愛の精神で受け入れては次へと促す。


「そうさアジード。闘神の神秘はずっとずっと秘匿されてきたが、ついに見ることが出来たよ。美しい、何と美しい色だ。私はこの色が見たかった……、でもまだまだこんなものじゃない。もっとだ、もっともっとだ! この世全てを破壊し尽くせる闘神の力はまだまだこんなものじゃない!」


 立ち上がった拍子に椅子が倒れ、派手に音を立てる。平素ならば叱るアジードも頷き見守る――鷹揚に頷く姿はアジードらしくない。が、実にアイリスを信奉する神父らしかった。


 主神エレナ・アイリスは全ての生き物を愛せと教えを遺した。一方、サリナ・アイリスは魔物とは一定の距離を保つ、人間種にとって現実的な教えへ修正した。教皇の教えを忠実に実行するアジードであるから黒騎士の長を任せられている。


「あなたの自身の望み、と言ってはいけない。ですが、そろそろ悲願の成就は近い」

「嬉しそうだな。まぁ、私が目指すものはアジードの欲するものに近いからな」

「ええ。エレナ・アイリス神の教えを実行するには、今のこの世は雑多過ぎる。一度平らにならして差し上げる必要があるでしょう」


 鷹揚に構えながら口にされたものは、サリナの教えにもエレナの教えにも(モト)る。本人の態度が示すとおり、アジードはこれこそがアイリス信奉者の正しい姿だと信じている。


「その精神構造、私よりも余程狂っているぞ」

「おやおや手厳しい。ですが、他者の目など気にする必要はありませんよ。大きなことを為そうとしているのですから、気にしている暇もないでしょう。そうは思いませんか?」

「まぁ、その通りだな。目一杯に、一心不乱に突き進もう」


 大聖堂の地下、熱心なアイリス信奉者は語らう。


 じっくりと下準備は続けられ、何年でも待つつもりであった。それが時計の針が大きく進められている。北の魔女や大工房の魔導士といった、一人の力で国を揺るがせる存在のチェックも終わった。


 暁の勇者の罰則(ペナルティ)明けにはまだしばらくの猶予があり、ここには進んだ針の影響も及ばない。何より、大英雄ヴァリスナードが倒れたことで王国は確実に変わる。ネギの勇者が如何に絶大な力を持とうとも、か弱き人間たちのために働かねばならぬ。


「余計なことには目も暮れず、そうあれるよう祈りましょう」


 ああ、アイリス――両手を組み合わせ、惑う子羊たちは懸命に祈った。




「――飛竜に負われて見た景色」


 やや低い、ゆったりとした唄い声がルファイドの私室に響く。眠る闘神の頭を膝に、琥珀色の瞳をしたエギレアが、これまたゆったりと宙をなぞるようにして指を動かしていた。


「きれいな茜を追い求め」


 竜人の全てが闘うことを是としていた訳ではない。故郷を離れ、西へ西へと彷徨った者が唄ったもの。全ての竜、竜人を愛するエギレアは憂いを持ってフルゥエラ大陸の成り行きを見守っている。


 鼻歌交じりに指は動く。音韻に合わせて膨大な魔力は魔法へと昇華され、空間に幾つもの窓を作り出した。それぞれがルファイドやランギスといった神々が選んだ、これから選ぶプレイヤーを映し出す。


 当然その中には竜人の王子であるエドワンの姿もあった。ジオたちからは少し距離を取り、震える程固く握られた拳を凝視していた。


「私の小さな茜を抱き寄せて――っと。今はエドワンを見てる場合じゃない。心配するな、きちんと選んでやるとも。流石は私の熱心な信奉者、強い癖に世渡り下手な男を好いてしまうところも似てしまうか――勇者は神に似るというのはランギスの説だから、何だか癪だが」


 うーむ、と一つ唸りが上げられ、琥珀の瞳が瞼の裏に隠れる。再び開かれると、窓の一つ、聖地の地下を映したものを睨んだ。神父と黒騎士のやり取りは聞き捨てならないものがあった。


「こいつらは、一体誰が勇者に選ぶ……。サリナ・アイリスは既に暁の勇者を選んでいるし、エレナ・アイリスは勇者を選べる訳がない。少し、否、相当にきな臭い」


 王国が荒れれば、そこに隠れ暮らす竜人は勿論、中立地帯を挟んだ向こうに暮らす竜人たちへ影響が出てしまう。竜人は闘う種族だが、本人らの望まぬ争いは避けるべき。それこそが神の役目なのだ。


「罰則を気にしさえしなければ、今この手で芽を刈り取ってしまうことも出来る。そうすべきではないが、そうすべきなのだと私は思ってしま――何だっ!」


 永く続いていた独り言が突然に途切れた。


 膨大な魔力を持つエギレアは感覚が拡張されている。今は大気の僅かな揺れを感じ取り、膝上に頭を置いたルファイドを庇うように抱きかかえた。


「姫様が居るのだ。害になることは愚か、不快になるようなことはしない」

「キミか……。害がなかろうが、私は既に不快だよ。マナーを守る方だと思っていたが、やはり無礼」


 破壊された扉へは視線を向けず、エギレアは琥珀の瞳を鋭くさせた。音よりも早く飛ぶ生き物が誰なのかなど、見ずともわかる。


「そちらがどう思おうがこちらには関係ない。姫様を拐かしておいて無礼とは、道理が通らないのはそちらだ」


 そもそも、扉を壊さねば入室することすら敵わなかった。それ程にこの大ガラスの身体は大きく、怒りも大きい。金色の目を輝かせながら、残る理性を動員してアーニュスは語る。


「人聞きの悪い話だ。ランギスは自らの意志で、ここで眠っている。キミもアレに仕えるのだと言うなら、主を尊重しては如何か?」

「神はそもそも同格、そう言ったのはそちらだ」

「今度は都合の良い話。コロコロ変えるようでは、儀礼の神の名が泣くぞ」


 ギザギザの牙を見せ、アーニュスを煽りながらエギレアは立ち上がる。眠るルファイドを丁寧に椅子へ座り直させる間、その背中はまるで無防備であった。


 今やエギレアの魔力を以ってすれば、この大ガラスの相手も訳はない。が、それ以前に神同士が本気で争うことも規則(ルール)に触れる。まして大事な姫様が眠るこの部屋で争いが始まる訳がなかった。


「随分と余裕を見せるじゃないか」

「意外だ。キミはそういうことはしないタイプだと思っていた」


 心底驚いた顔をしながらエギレアは落下していく。目の前に一面のコバルトブルーを認め、外へ放り出されたことを理解した。


 魔法に依る転移。明らかな敵対行動だ。


「……これを何と言おう。こちらの今の気持ち、それは恐らく“惜しい”というものだ。こちらはそちらを憎んでいた訳ではないし、とりわけアギト・エギレアとは対立したくなかったようだ」


 頭を下に、自由落下に任せたままアーニュスの声を聞く。風音が耳に五月蠅く入り込むが、魔力の灯る声は彼女へ届いていた。しかし見渡したところで大ガラスの姿は見えない。


 敵対は明らかだが、攻撃はまだ始まっていない。エギレアはいつもの気怠そうな口調のまま、根気よく続けた。


「何なら今から対立を止めてもらっても構わない。一言謝ってくれたなら、私はそれで許す」

「無理だな。こちらは決死の覚悟で臨んでいる。姫様は全てを壊したい衝動を抑え込んで、調和を求めている」

「その調和に、地上は含まれていないのだろう?」

「当たり前だ。エレナ・アイリスをそちらが待ち続けるのと同様、ムドラ・ヴォークリッサをこちらは待ち続けている。そもそも我々(・・)は空に生きるもの、地上など関係はない」


 矛盾しているな、とエギレアは思った。


 性質が真反対のエレナとムドラを同列に捉えておきながら、地上と空を別物と言い張ることには無理がある。理屈っぽい神は、やはり反論しようとして、止めた。


 もっと言うべきことがある。琥珀の瞳に力を込められれば、細い女性の身体は炎に包まれた。


「キミの弁、聞き捨てならない。私は竜は愚か、竜人も含めて愛情を注ぎ切っている。空はいいが、地上もまたいい」


 燃え盛る炎の中から、現れた二対四枚の翼が大きく広げられた。鱗に覆われた黒い肌、翼と同じ数だけある腕の先には、鋭く尖った白い爪が備えられている。人間の姿の時は綺麗に切り揃えられていた色素の薄い髪も、今はトサカのように変貌していた。


 琥珀色の瞳を持つ竜――アギト・エギレアは大ガラスと同様、闘うための姿へとなり、尚も言葉を続けた。


「キミの今の問いは、愚問なんだよピッサ。私は種族が退廃していくことすら含めて、彼らの終わりまでを見つめ続けようとしている。リックの直接関与はまだ子どもの悪戯程度、ヴォークリッサのそれは、見過ごす訳にはいかないな」


 中空に制止し、巨体から魔力が放たれる。攻撃するためではなく、竜の姿になったように手足を延長させるためのものだ。


 広がる魔力の波は、隠れていた大ガラスを暴いた。空に放り出されたエギレアよりも遥か下、雲に紛れた薄い青の中にいる。よもや大陸に暮らす生命を盾には取るまいが、こちらからも迂闊には攻撃出来ぬ位置取りであった。


(端から、私を釘付けにすることが目的か?)


 黙考していたところ、不意にアーニュスの姿が消える。


「止むを得ない。その翼、捥がせていただこう」


 視認することの出来ない超スピードで、大ガラスは黒竜の目前へ現れた。ルファイドの私室の時とは異なり、その移動に伴い衝撃波が駆け抜ける。


「無理だね。以前なら空でのキミは止められなかった。だが、今は無理だね」


 闘神の魔力を呑み込んだエギレアは、防御姿勢すら取ることなく、暴風の前でもさらりと述べる。


(ああリック、このためにキミは罰則を受けたのか?)


 疑問は声にされることもない。


 白色光が灯った日から僅か数日。フルゥエラ大陸の遥か上空にて、琥珀と金の光が激突した。




舞台は再びレティアへ。

過ぎた力の代償か、ジオは加護を使うことが出来ない。ルファイド神は勿論、シャロとの交信もままならぬ。

幸いにして白色光が見られることはなく、しばしは平和に浸っていられるだろう。

だが、やはり勇者には試練が与えられるものだ。

ぼんやりしているジオの前に、大層ご立腹なお嬢さんが何名か。

勇者に休むことは許されぬ。


次回、六.五話「あたしをデートに連れてけよ」に続く。

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