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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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緑色鬼と黒百合 2

 人工魔獣は止まらない。人間の手で押さえつけられようが、触手を振るって抵抗してみせる。これも正しくは抵抗などではない。進路を塞ぐものを排除しているだけのこと。つまりは、前進することがこの魔物の目的であった。


 バカデカい身体を捩じり震わせ、芋虫状の魔物は只管(ヒタスラ)に前へ前へと向かう。真なる目的地は何処かなどは誰にもわからない。それ故、人間たちは必死になってその歩みを阻もうと動いた。


 中心人物その一、青い鎧を纏った女性騎士が声を張り上げて抵抗していた。


「無理をするな! だが最期の最期まで手を緩めるな!」


 彼女の命に従って周辺を取り囲むのは、若き黒騎士たちだ。


 ある者は怒りに、ある者は悲壮に顔を歪めては弓を魔法を射続ける――大英雄すら叩き潰した魔物が相手なのだ、優秀な指揮官を得ても形のある恐怖と対峙することに変わりはない。だがそれ以上の恐ろしさから、彼らは一丸となって大き過ぎる魔物へと向き合い続けた。


 ここで退けば、先の村が平らにならされてしまう。王国の西端での出来事と笑う者はこの場にはいなかった。誰も口にせずとも、果てには王都トトリの陥落すら現実に思えてきてしまう。漠然とした不安は、徐々に輪郭をハッキリとさせて騎士たちの前にあり続けた。


「待――」


 魔物との大戦時さながらの光景を前に、半裸の中年は言葉を出しかかった。実際に音になってしまったが、無理に口を閉じて呑み込んだ。すぐ様自制できたことにこそ感謝したが、次いで後悔の念が彼を襲う。


(何を言おうとした。私は、今更ながら何を願うのだ)


 精霊に連れられ、オッサンはこの場に現れた。目的はハッキリとしている。十年も前に消えた妹を救うためであった筈だ。


 今は背中にいる妹と再会出来たことですら幸福に過ぎる。十分に分かった上で、老いの始まりを覚えた男は伸ばした腕をゆっくりと後ろへ戻した。


 背中には妹が、シオンが眠っている。


(人々が心配か? ジュラス殿が不憫か? ヴァリスナード様が無念であったのか?)


 自問自答しつつ、熊を思わせる顔を悲痛に歪めた。この問い自体が間違いだ。大英雄と二代目ネギの勇者に救われた彼は、己はさておき人々を救うことに注力し続けてきた。


 魔物に苦しめられる人々を救う。人々の笑顔を護ることが、彼の望みであった筈だ。


「ジュラス殿!」

「問題ない、一番の矢面に立っているのが貴方なのだ。私の心配は無用」


 魔法を展開しながらの指示、疲労が窺えたジュラスだが言葉と共に次の行動で黒騎士たちに応えた。


 中心人物その二、スティンが剣を振るっては白色の煙を散らす。彼が鼻先を押さえているからこそ、魔物の進行もゆったりとしたものになっている。しかし、大剣が嵐のように暴れようとも、正面からでは硬い外皮に切り傷をつけるに留まった。


「どうすれば、私はどうすれば……」


 若者たちを見れば、既に己は用済みではないか。そのような幻聴すら聞こえてくる始末。キョウジは今にも駆け出したい気持ちと、自分の勝手で邪魔をしてはならないという気持ちに挟まれている。迷いを振り切れずに魔物と騎士らと並走するのみ。


 何より、探し続けていた妹が今は背中にいる。これを手放してまで、我儘を通してまで姪を救うなどとは言い出せない。目の前で懸命に戦う若人を見れば、これ以上の我儘を言うことは出来ない。


 精霊が何とかする筈だ――おぉランギスと呟いた。流れに任せることが一番と、己に言い聞かせる。それが無責任であることは自覚もしていた。


「隊長っ!」


 スティンが触手に押されたのを見て、黒騎士から悲鳴が上がった。


 騎士らは懸命に闘っているが、いずれも決定打に欠けた。オッサンの読みでは消耗戦の末に人工魔獣の足を止めることには成功するだろう。


 姪をどうするかはそれからだ。自由を奪いさえすれば何とかなるのだと、胸中で繰り返し、大戦を生き残った男は闘わぬことを無理くりに納得しにかかった。


「止まらぬか、魔女の子守唄とは何であったのか!」


 吐き棄てながら、再度魔物へとスティンは向き合った。村を通過しながら戦力を補強して立ち向かえばいい――頭ではわかっている。だが、大勢を犠牲にして持久戦に持ち込む、これを納得するには彼は若過ぎた。


 焦れる隻眼の騎士が咆える姿をオッサンは見ていた。であれば、ここらで作戦を与えることが永年魔物と闘い続けた彼のお役目というところではないか。それこそわかってはいるが、喉が震えて言葉にはなってくれない。


 シオンが無事に戻ったことすら幸福過ぎたのだ。この上姪まで救おうなど、己の利を求める行為でしかない。身内を優先するなぞは、大恩ある大英雄も二代目ネギの勇者も決してしなかった。二人の英雄に命を拾われた彼には、その望みはとてもではないが口に出来る類のものではなかった。


『ベーー、ヴーー!!』


 彷徨う魔獣の姿を捉え、オッサンの瞳は揺れる。何かを求め、ただただ直進するものの姿に心は痛んでしまう。ましてあれは母への後悔に暮れて過ごした姪である――湧き上がる様々な感情を、キツく眼を閉じることで躱していた。


 この魔物は大き過ぎた。かろうじて均衡を保っている今、ここで無責任に口を開くことが躊躇われた。余計な力が加われば今にも崩れることは必至。


 迷いの断ち切れない中年は、別の何かによってこのバランスが崩れればと、不謹慎ながら祈ってしまった。


「な、何だっ!?」


 そこかしこから驚愕の声が上がる。魔物と人間、危うい均衡は大きな音と光、雷が如き衝撃によって、儚くも崩れ去った。


「何ということだ……」


 金切り声を上げる人工魔獣を見て、オッサンから後悔に染まった声が漏れた。果たして彼の祈ったとおり、第三者の手によってデカ過ぎる魔物は悶え苦しむ姿を見せた――何てことを祈ってしまったのか。衝いて出た感想はそのようなものであった。


 魔獣の背に突き立ったものは緑色の光。強き魔物程、死に際に眩い光を見ることになるとは、ここ最近語り継がれている話だった。


 大戦の遺物、絶大な力を持った人工魔獣が見たものとは、瞳を焼き切らんばかりの強烈な緑色光であった。


「おぉ」

「あれは」


 手を緩めず、黒騎士たちはそれを歓迎した。むしろここが絶好期と、これまでの疲労を置き去りに全力を尽くす。


『ベーー、ヴーー』


 大き過ぎる魔物故、攻めるには鼻先または尻に着くかしか選択肢はなかった。そんな中、今現れたものは無防備な背中から思うがままに食い散らし始めている。不快な鳴き声も、今に断末魔へと変わるとわかれば、大聖堂の鐘と同じく音色にこの場に集うアイリス信奉者には思えた。


 王都すら平らげかねない魔物が足を止める。歓迎すべきことと、キョウジも理解している。その上で、緑色光を纏うものを見ては惑いに惑った。


「ど、どうすれば」


 思わず出た言葉に、自身でもがっかりとしてしまう。一体誰に尋ねたのか、誰に届いたところで止めようもないではないか。


 今降りてきた光は間違いなく彼の主である。離れた場所にいたジオが何故と問うことはない。何らかの奇跡が起きたとすんなり納得してみせた。それが出来るから、ネギの勇者なのだ。


「私には、もう何も……」


 こうして呟いている間にも、人工魔獣の背は弾けて肉が吹き飛んでいく。邪魔者と認識されていたスティンやジュラスへ向けられていた触手の全てが、今や背中へと回されている。人間などそれこそ一溜まりもない筈だ。


 触手の一本が叩きつけられたが、緑色鬼(グリーン・オーガ)はなされるがままであった。一発喰らった後でも、それ以上に強烈な一撃を浴びせればいい――我関せずと只管に魔物の背を殴り続ける。


『ベーーッ!?』


 触手の動きが止まると、一際大きな鳴き声が上がった。


 今や突き入れられる緑色の拳は、歪な鍵を思わせる形へと変貌していた。殴りつければ外皮を砕き、柔らかな部分を抉る。腕が引き抜かれれば鍵のかえし(・・・)が肉を捲り上げた。


 最早数分と待たずして緑色の拳は魔物を殺してしまうだろう。鬼が暴れるのは、倒れたヴァリスナードの姿を見てしまったから――会話をせずとも、オッサンにはすぐに察することが出来た。防御すら捨てて一心不乱に殴り続ける、自分を見失うまでの怒りに駆られている。


「あ、ああ……」


 止めたい。喉が震えて何やら音が出る。


 あの魔物は姪なのだ。緑色鬼が暴れ尽くした果てには、誰の望みも叶えられないとわかっている。


 だが、止めることなど出来ない。オッサンは、我儘を言うには歳を喰い過ぎた。


「フラティラリア……」


 背負っているシオンが呟いた。


 迷いを振り切るには、誰かの後押しが必要であった。妹のためならばと、すべてを投げ出す覚悟でキョウジは飛び出した。




「ガアアァッ――」


 人語を放棄して咆えながら、ジオは緑色の拳を突き入れた。ベーヴーとの鳴き声は何故か耳に残った。怒鳴り返してやりたくもあったが、抗議しようにも理性は燃やし尽くされていた。


 大英雄の無残な姿を見た瞬間、彼の視界は歪んで弾けた。触手に打たれて上体がそれようが構わず拳を打ち続ける――ヴァリスナードが倒れたという事実は、ジオにとって痛みよりも強い衝撃であった。


「――――――ッ!!」


 砂漠蟲を相手にしたときは白色の煙に不覚を取った。言葉が出せぬ程の怒りに焼かれながら、ジオは二の轍を踏まぬよう緑色の風を吹き上げて煙を散らす。作戦を立てる頭は元からない。


 ただただ目の前の魔物が憎くてならなかった。これ以上煩ってたまるかと、直感、或いは本能的に敵の絶命最短コースを拳は選び取って突き入れられている。


 よくも――言葉が出せたとすれば、そのような音になっていた筈だ。


 緑色鬼と化し、緑色の光を溢しながらも彼の視界は赤く燃え上がっている。一刻も早くこの魔物を滅ぼさんと、拳は的確に放たれた。触手を振るって抵抗がなされていたが、次第にその動きは小さくなる。


 凡そ人間の範疇を越えた攻撃であったが、闘神の加護を得た勇者であれば当たり前の行為。ただ、この鬼は魔物を圧倒する状況になってこそ、尚一層力を込めた。


(こんなものに……!)


 魔物は図体はデカいが、それだけ――こんなものに、あのヴァリスナードがダメにされたのかと思えば、冷静さを取り戻すにつれる度に怒りは何度でも燃え上がる。


 噴き出す血飛沫を緑色光でライトアップしながら、何度でも拳は振り下ろされた。


「化け物……」


 誰かが漏らしたものが聞こえたが、構うものか。足を止めた騎士たちが顔を強張らせていようが、彼には関係がない。それらは旅路で見慣れた光景であった。


 強い魔物を相手に立ち回ると、最初こそ歓声が起これどもいつの間にか怯えた目を向けてくる。己以外の人間とは、どうやらそのような生き物なのだ。


(だからどうしたっ!)


 分かり切っていることに、今更戸惑う必要はない。この少年は人々の涙を止めるために勇者を目指したのだから。誰に何と思われようが、構いはしない。闘うしか能がないのだ。それすら出来ねばここまで走り続けた意味が途端に失われてしまう。


 拳を振るう最中、彼の心に廻るのは大英雄の立派な姿であった。悩み迷いブレる己とはまるで違う、人間臭さを持ちながら人間を越えた大英雄。厳しくも優しい、そんなヴァリスナードの教えを思い返しては湧き上がる憤怒をぶつける。


 八つ当たりと言って差し支えのない暴力の末、遂に右の拳は魔物の背中を剥がし切った。だが、まだだ。まだ魔物は絶命していない。


 返り血を浴びながら致命傷となる箇所を探す。何者かを求めて魔物が鳴き声を上げていたが、緑色鬼と化した彼には耳に障るだけであった。


「――――ッ!」


 有効打を探しながら突き入れられた拳が止まる。再度引き上げようとした腕が握られていた――不可解さに、鬼はひび割れた瞳をその人物へと向けた。依然怒り泣く瞳とは裏腹に、冷え切った言葉がジオから吐き出された。


「止めんなよ、オッサン」


 腕を握る半裸の中年へ向けてのものだ。男が哀しそうな顔をしていることは理解出来ないが、何も告げてこないのであれば、再び鬼が如き瞳を滾らせて腕は振り被られようとした。


 緑色鬼となったジオを止めることは容易ではない。腕を掴んだものの、オッサンは振り払われてしまった。邪魔が消えれば、再び拳を突き下ろすのみ。であったが、鬼の拳は止まる。


「待ってくだされ」


 オッサンが拳の進路を自らの背中で塞ぎにかかっている。不可解極まりない。何か理由があるのだろう――平素のジオであれば訳を問うた筈。


「邪魔するな!」


 だが、怒りに燃える鬼はオッサンを避けて拳を突き下ろす。幸いにして的は広い。ピンク色の肉が見えているのだ、今更手を止めてこの生き物を逃がすなど人間種の勇者を志す彼には出来ない。ましてヴァリスナードを壊した生き物を赦すことなど出来たものか。


「ジオ様――」


 オッサンは名前を呼ぶに留まる。二代目ネギの勇者を知るが故、こうなって(・・・・・)しまったからには止めようがないことも理解している。闘神の加護を得る勇者は、人々の笑顔を奪うものを決して赦しはしない――わかっているだけに身は硬くなる。


「待てと言っている!」


 それでもキョウジは諦めなかった。止められるかどうか、間に合うかもわからない。だが、止まる訳にはいかなかった。


 故郷である村を襲ったものとよく似たこの魔物は、彼とて憎くて堪らない。その上で、主は止めねばならない――姪を殺させては後々に主の傷となってしまう。この緑色の拳を今は止めねばならない。


「どけっ!」


 ジオの腕が振り上げ切られれば、行き場のない怒りを晴らさんと怒号を上げて拳が突き入れられる。事前に止める手立てはない。キョウジに出来たのは自らの身を投げ出すことばかりだ。


 オッサンの抵抗も空しく、巨大な魔物を砕く拳が振り下ろされた。どれだけ頭を煮え滾らせていようが、ネギの勇者が人を殺すことはしない。緑色の拳は魔物の肉へと降り注ぐ。


「しまったっ!」


 瞳を瞑ったオッサンの耳に、狼狽する主の声が届いた。


 振り下ろした拳の先、ピンク色の肉を割って高い魔力の塊が現れている。人工魔獣にも学習能力はあったようで、先程ヴァリスナード相手にやった手が再現されていた。


 ガバリと空いた背中から核となるものが見せつけるようにして露出される。それは藍色の髪をした女性であった。泣き疲れて眠るその女性こそ、この人工魔獣の核――紫の光が放たれるそこへ、鬼の拳が振り下ろされる。


 外から止めることが出来ないのと同様、本人にすら今更止められたものではない。


「主の願いを形にするのが」


 従者の役目だ。勢いに乗った拳は止まりこそしないが、僅かに緩む。その間にキョウジは身を主と姪の間に捻じ込んでみせた。


(すまぬ!)


 誰にかはわからないが、謝るための言葉をオッサンは反芻させた。


 死ぬ覚悟は疾うに出来ている。が、それも現実に迫ると様々な想いがオッサンの脳を過ぎる――恩人や幼きジオ、姪や妹の顔が見えてはこの結末にも納得しかけた。だが謝る相手ではない気がした。


「あぁ……」


 時間にしては極僅か。こんな自分を好いて家族なってくれた女性の姿を思い描き、今度こそ誰に対して申し訳なく思ったのかに気づけた。ラフィーネの泣き顔はこれまでの何よりも堪える。


 それでも最期には人々の笑顔を護りたいと言った恩人の姿が浮かぶ。訳がわからずとも、憧れた英雄を真似て彼は魔物と闘ってきた。ようやく護るべきものの何たるを理解出来たところであったが、それもここまで。


 元々はとっくの昔に死んでいる。拾ってもらった命を恩人の息子へ返すだけと、オッサンは惑う己の心を納得させるためにキツく目を瞑った。


「――っ!!」


 声にならぬ音が喉から漏れた。自身の耳にそれが届くことが不思議に思える。だが、いつまで経っても衝撃は訪れない。主の拳は痛みを覚えさせる前に絶命させるのかと、妙に誇らしいものすら覚えた。


 時間にして二、三秒。やたらと永く感じた沈黙の後、オッサンの熊を思わせる瞳が開かれた。文字通り目一杯に見開いたため、目の端が痛んだ。


「なんと……」


 痛みがある時点で、まだ生きている。


 出した言葉は間抜けに違いないが、他に表現が思いつかない。感情としては驚きが一番近い。


 だが、主の拳が細身の剣でいなされてしまっているこの光景を受け止めるには更に時間を要した。


 それは緑色鬼も同じであった。突き出した拳があらぬ方向へ滑っていったことを、ひび割れた細い瞳が見送っている。


「あーーー、怖い! マジで怖い! 本気の旦那に向き合うのはこれっきりだかんな! ああもう!!」

「よくやったウスイーノ。出番はこれで終わりだから、ゆっくり休むといい」


 この間、往生際悪く抗い続ける人工魔獣の身体からは、白色の煙が吐き出されていた。その靄の奥に手足の長い男と髪の長い少女、二つの影が浮かんでは消えた。


「流石はネギの勇者が見込んだ従者、でありましょうか……」


 ようやく出た言葉はそのようなもの。気づけばいつの間にか現代のシャロが戻り、「流石は私、計算通りだ」などと嘘臭い言葉を溢している。


 おふざけに見えるこれも、精霊の本気であると理解するオッサンは、特に追及する様子もない。むしろ生き延びたからにはやるべきことがあると、口を開いた。


「ジオ様、よろしいでしょうか」


 怒りに腹を煮え滾らせた主も、今ならば話が出来る筈だ。出来ねば今度こそ拳をもらうだけ。意志を再確認するようにしてオッサンは向かう。


「……」


 未だ驚きに目を白黒させる緑色鬼であるが、随分と冷静さを取り戻してはいた。現に鬼の風貌をした冑が溶け、年相応に迷う少年の素顔がそこにあった。


 またしても緑の拳がゆっくりと持ち上げられて行くが、その手を包みつつ、従者は告げる。


「オッサンからのお願いです。しばしお待ちくだされ」

「……何故だ?」


 半ば強制的に冷静さを取り戻した勇者は、不満顔を隠すこともなく問うた。新旧の従者がみな己を止めにかかっているのだから、踏み止まるべきだと勘づいている。


 だが、内側から焼き尽くさんとするこの怒りを止めるには、理由が必要であった。


「礼は言うよ。危うくこの綺麗な姉ちゃんを殺してしまうところだった」


 苦々しい表情でジオは言う。実際、誰ともわからぬ女性を殺めるところであったのだ。


「信じられないかもしれませぬが、この女性はフラティラリアなのです」


 オッサンの言葉は実に簡潔であった。シンプルであるが故、ジオの心は再び大いに揺れた。




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