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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第一話「語り継がれることのない勇者」
12/202

ネギと村娘 5

 吹き飛ばされた時よりも、それは高い位置から地面へと突き立った。土煙を巻き上げながら咆哮を上げる様は、彼らが魔物と呼ばれる由縁を人間に思い出させる。通常の個体から離れた異常種のゴブリンは、捩じれた首もそのままに人間を睨みつけていた。


「勇者殿……」


 呻くような声を、ゴブリンの長だった男はつい漏らしてしまった。緑の全身鎧を着込んだ少年へと向けたその言葉には、何が込められていたのか。自らの両目を引き裂いた男に対しても、老ゴブリンは未だ同胞と思っているのか。


「ああ、悪い。だがあれは人間を食うよな?」

「……」


 言葉も動作も取ることは出来ない。この少年が人間側の勇者であることは、既に知っている。幼き頃から人間に向けて並々ならぬ憎悪を燃やしていたヘスを御することも出来ない。ならば、口にするものも最早なかった。


「武運を」


 眉間に皺を寄せて、老ゴブリンは勇者の背中を見送った。


 拳を固め、引き絞られた右腕はこれまでと変わらない。だが勇者は左手を振ってその声に応えていた。


「ちょっと、アンタっ――」

「ん?」


 未だ動かずに呪詛を吐くゴブリンへと向かう最中、勇者は一度足を止めた。魔を打ちのめすための手を引くことはせず、首だけで声の主へと振り返ってみせていた。


「アレは一体、何なの?」


 ただの村娘の理解を越えた存在に、グリデルタはそう漏らすしかなかった。


 この日だけで一生分程の驚きを使い果たしたか、少女は呆れた様子を隠すこともしない。日がな一日畑を耕して暮らす生活にあった彼女には、想像の埒外だったと言っていい。これ程怒りに震える魔物というものは、今までに見たことがない。


「ゴブリンですな。ちょーっと常識外の持久力を持っているようですが」

「ああもう、わかったから、一々抱えようとしないで!」


 トトンと足音を響かせ、少女はゆっくりと地面を踏みしめた。勇者に代わり、オッサンが魔物(ヘス)から距離を取るため抱きかかえてくれていたのだが、彼女にとっては半裸の男に抱きかかえられていることの方が由由しき事態だったらしい。


「そんだけ元気がありゃ、大丈夫だな」


 埒外の魔物を前にした勇者であったが、守るべき村人を見られたことがよかった。気の抜けた返答であったが、それだけのことでこの少年は引き絞った腕へと力を倍加させることが出来た。ただのゴブリン――そう呼ぶには頑丈過ぎる生き物を前にしては、多少の虚勢も込められていたが。だが、村娘に心配をかけることだけは心外であったため、やはり空いた左手を振って勇者は応えた。


(どうやって倒すかな)


 先程全力とは言えないまでも、相当な力で殴り倒した相手が起き上がってくる。更にはゴブリンの村長から聞かされていた話も相まって、少年は余計に考え込んでしまっていた。


 白い呼気を吐きながら怒れる魔物を前に、少年は歩みを止めることはなく、ただ唸っていた。結局は殴り倒すことしか、彼には出来そうもない。


 ヘスが身に纏っているものは、魔法による祝福を受けている。そいつに関しては、ゴブリンの村を訪れた際にヤーロより聞かされている。並みの魔物であれば軽く屠れる筈の拳もいなされてしまう――それは十分に警戒すべきものだと勘が告げていた。


「はっはっは、お悩みのようですねー」


 うんうん唸る勇者の元へ、緑色の少女はフワリと降り立った。胡散臭い言葉運びであったが、それすらもいつものことだった。悩む中であれば勇者のパートナーに相応しく、この状況でもシャロは口元に笑みを携えている。


「何なら、地面ごとひっくり返そうか?」

「絶対、ダメ。山の中でそんなことしたら、麓の村が地獄絵図だ」


 これすらもいつものことであった。シャロの提案はいつでも大雑把だ。ドルイドの扱う自然魔法の中には、確かに地震を起こすものもあった。並みの勇者では到底使えない大魔法であるが、このシャロならばしれっと使えてしまうのだから、洒落にならない。


「うん、地割れはダメか。別に他の魔法でも、十分に殺せるよ。ジオ、どうする?」

「うーん……」


 赤い瞳に射貫かれ、勇者は顎を天に向けながら大仰に考え込むポーズをとってみせた。打撃、斬撃の利かない相手だ。自分よりも強い魔法を使えるシャロに任せることが最善だとは彼も理解している。


 それでも無垢な少女に殺しをさせてよいものか。シャロはその真っ直ぐな心ゆえに、魔物を屠ることに躊躇をしない。それは、よいことなのだろうか。ようやく首を上げたゴブリンを目にして、勇者はいよいよ迷いを吹っ切らねばならないかとも思う。


 この少年が悩むのだとすれば、ただ一つだ。先代勇者である父だったらどうしただろうか――ただ、そのことに尽きる。


「ああ……すまんが、ギリギリまで俺にやらせてくれ」


 言葉こそ歯切れ悪かったが、シャロを追い越して、少年はやはり左手を振って応えた。背後から聞こえる声は納得してもいないようであったが、勇者は立ち止まらない。


 よくよく思えば、考えるまでもなかった。飛行を始め、高度な魔法を容易く行ってみせるが、このシャロには“殺す”という言葉は使って欲しくない。恐らくは、父でもそうしただろう。それに、この少年は人を守りたいがために勇者を継いだのだった。


「勇者様、何か策がおありですか?」

「ない! 殴りながら考える」


 遠くから投げかけられた従者の心配を他所に、少年勇者は大柄なゴブリンの元へ歩み始める。いつものように引き絞った腕には、これまでにない熱が込められていたようにも錯覚した。




 殴り合える間合いに達する直前、それは吠えた。


「――――――っ!!」


 爆ぜるという表現が似つかわしい。それまで沈黙を保っていたゴブリンが、憎き人間へと襲いかかる。


「ちっ――」


 繰り出された腕、その先には人間を引き裂くには十分な爪が備えられている。放たれたそれに対し、勇者は首を振って躱してみせた。ついつい舌打ちをしてしまったことが、悔やまれる。一々考えていても仕方ないことであるが、自分はまだまだ上手くやれていない。そのような想いが勇者の胸に詰まる。


「暴れてんなよ!」


 相手の攻撃を避け、尚も暴れるそいつへ少年は怒鳴ってみせた。


 空いた左手で飛び込んで来た腕を掴む。これが対人間であれば既に終わりであったが、ゴブリンの纏う鎧が邪魔をしてくれる。


「ガァっ」


 言葉にならない音を漏らして、半狂乱になった魔物は暴れ出す。右の爪が届かないのであれば、左の爪を。何せ、彼は打撃剣撃に対して圧倒的な優位を誇っている。攻めあぐねる必要がない。


「ちっ――」


 再び舌打ちをしながら、勇者は致命傷を避けるべく身を捻った。拳の一撃では片付かない相手だ。必殺の一撃は秘めたまま、空いた左手で相手を牽制することに没頭せざるを得ない。




「あれは、何なのでしょう」

「神父様……」


 身体能力では人間の勇者が圧倒している。それでも猛威を振るい続けるゴブリンと、それをいなす少年の姿を見ていた神父が、口を滑らせていた。


 グリデルタは何を言ってよいかわからずに、神父の名を呼ぶに留まった。先程、ゴブリンを完膚なきまで殴り倒した彼が、ここまで苦戦を強いられている。今の自分に何が言えようというものだ。


「我々は、人間とは、一体何なのでしょうな」


 先程から繰り返される疑問であったが、それすらも少女の気持ちを代弁するものだったのかもしれない。到底、人間では踏み入れられない凄惨な殴り合いを彼らは見ている。であれば、年長者としては、そのことに解釈することこそが彼に出来る精一杯であった。


 魔物とは、人間からしては非日常的な存在でありながら、日常的にあるものだ。


 魔物と出会う時、人間は試されている。


 それらに対して、どのように振る舞うか。それは魔物のみならず、同胞である筈の人間にも見られている。そうであれば、この非力な村娘も、自らを奮い立たせることが出来るというものだ。


「が、頑張れ!」


 小さな声ではあったが、グリデルタはそれを口にしていた。吟遊詩人の語る勇者像とはかけ離れた姿を晒す少年であった。助けに現れた者は、ネギの勇者などという、とても受け入れらぬ勇者だった。どこからどう見てもふざけた存在でしかない。


 だが、大して歳の変わらぬこの少年は、今必死で闘っている。


 少女は、それに応える術がわからない。怪我をしても放っておく少年だ。ならば、ただの村娘として、自分が当たり前のように心配の声を上げねばならないのではないかと思う。


「頑張りなさいよ、アンタ、勇者なんでしょ!」


 これまでにない程、大きな声を出した。規格外のゴブリンとの殴り合いをする彼へと届くものだろうか。だが、それでも少女は声を張り上げてその姿を見守るしかなかった。


「――――ッ!!」


 再びゴブリンが吠える。


 武器を失っても、未だ闘争心は折れない。先程己を打ちのめした右腕は未だ振るわれない。魔物はここに勝機を見出した。


 人間はやわらかい。皮膚をなぞるついでに主要な血管をはねられれば、それだけで終わる。そのことがわかっているゴブリンは、咆哮とともに炎を放った。人間の勇者が怯んで隙を見せた時が、最後だ。


「あ、おい……」


 直前、光景を見守ってた人達の時間が止まる――比喩でもない。当事者である勇者も、間の抜けた声を上げるだけで精一杯だった。


 ゴブリンは不器用な生き物だ。そんなゴブリンの奥の手が、“炎を吐くこと”など、誰が想像出来たであろうか。





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