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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
119/202

緑色鬼と黒百合 1

 何が起こったかは、彼には理解出来なかった。魔物の動きが止まったことへの驚きが勝り、魔女が忽然と姿を消したことには気づけないでいる。


「止まった……。眠った、のか?」


 構え直した剣は行き場に迷い、隻眼の騎士は代わりに独り言を漏らしていた。しつこく叩きつけられてきた触手も地面に投げ出されており、瞬きの前と後で状況が変わり過ぎている。


 少々訝しがりながらも、スティンは魔物の本体へと歩み寄る。魔女が子守唄を唄うと言っていたが、剣と祈り以外はからきしな彼には判断がつかない。しかし、すべきことは決まっている。


「ならばこの好機、逃す訳にはいくまい」


 仕掛けられるものは単調な攻撃ながら、魔物そのものの大きさが桁違いだ。再び動き出す前に仕留めんとスティンの気が引き締め直される。村に入られればどれ程の被害になるか、それは考えたくもない話であった。


 鳴き声の止まったバカでかい芋虫を前に、隻眼の少年騎士は剣を構えて駆け出した。


「あいや、しばし待たれい!」


 いよいよ斬り込もうというところで太い声が割って入った。いつの間にかスティンの前には見知ったもの、見知らぬ者が現れている。


「慌てるなサイクロキシ。寝た子を起こすようなことをしちゃいけないんだ」

「わかった、聴こう。精霊殿の方が魔物には詳しいだろう。ところで……」


 剣を納めるとスティンの表情も変わった。腕は立てども、そこはまだ十代の少年だ。半裸の中年が突然現れたことに困惑を隠せないでいる。


「えー……、精霊殿よ。そちらの半裸の御仁は、と訊ねても失礼に当たらないか?」


 歯切れの悪い言葉を出しながら精霊に助けを求めている。相手の身分がわからない以上、名乗れというのは気が引けた。どこをどう見ても貴族とは思えないが、万が一ということもある。


「うむ。心して聴くといいぞ」


 困り顔の少年に向かって一つ頷くと、シャロは紹介のために左手を横へ出した。神妙な顔つきになるとまるで精霊のようである。


「右手をご覧ください。三代目ネギの勇者が絶大な信頼を置く従者、その名もオッサンです。ティアティアの伯父さんだぞ」


 さらりと告げると今度は回れ右。精霊が突飛なことを始めるも、身近に奇人変人の多いスティンは別段驚いた風もなく続きを待った。


「こちらサイクロキシ。生意気な黒騎士にしては、なかなか見所のある少年だ」


 ふふん、と何やら自慢気にシャロは語った。腰元に手を当てて笑みを絶やさない少女を見ること数秒、紹介が終わっていたことに気づいた少年騎士は改めて右手を差し出す。


「スティンと言います。ネギの勇者殿には何度かお世話になった」


 よろしくオッサンさん、との自己紹介に半裸の中年――キョウジは精霊へ視線を送る。親指を立ててバッチリだと合図が返ってくるのだが、生憎と理解は出来なかった。


 シャロが妙な仇名をつけることはいつものこと。大らかなキョウジは少年がこれ以上困らぬよう、差し出された手を握り返した。


「オッサンで構いませんぞ。呼び止めてしまって申し訳ありませぬ」


 柔和な笑みを見せたのも数秒であった。握っていたものを離すと、オッサンは表情を厳しいものに変えて続ける。この隻眼の騎士へ、剣を止めた理由を早く伝えるべきだろう。


「闇雲に向かっても体格差があり過ぎでしょう。狙うならば一点です。大きな魔物程、身体を維持するために魔力炉とでも呼ぶべき核を持っているのですな」

「そこを叩けということか?」


 なるほど、一撃で決せねば被害が大きくなる。スティンが納得顔を浮かべて剣に再び手を伸ばすが、相手の頭が下げられることで制された。


「我儘だとわかっておるのですが、しばしお待ちいただけませぬか。あの魔物は、妹の成れの果てだというのです」

「ティアティアの母親で、ジオのオバさんに当たるんだぞ」

「そんなことが、あるのか?」


 人間が魔物に変わってしまう。魔法、魔物には明るくないスティンには、にわかには信じられない話であった。


 しかし、これまでに泥人形や精霊などという想像を越えた存在を目の当たりにしてきた彼だ。その精霊が言うのならば――迷ってみせた時間は案外と短かった。


「嘘を言っているようにも思えんな……」


 口元に手を当て、少年騎士は考え込む仕草を披露する。迷いは残るが、ジオの身内だというのならば一度は信じてみたい。彼が黒騎士として励んできたのは、何も国教を護るためだけではなかった筈だ。まして、家族を失う悲しみはそれこそ痛い程に知っている。


 騎士の身分とはいえ、歳下もいいところのスティンに半裸の男は躊躇なく頭を下げた。そんな姿を見ていると、このオッサンを助けたいとまで思ってしまった。


(ああ、アイリス。迷ったことをお赦しください)


 間接的にだが、ルファイド信仰に加担するのではないか。余計な考えのために即決出来なかったことを、心内で主神へ詫びる。己が博愛の神の徒であるならば、信仰を越えて隣人を救うべきだ。


 神の教えに立ち返れば、冑を失くした黒騎士も片眼を見開き口を開く。


「理解した。私もオッサンの妹さん救出に助力しよう」

「な、この子は見所のある黒騎士だろ?」

「感謝いたす」


 少年騎士が悩む姿は、どこか弟分に通じるところがある。シャロは嬉しげに笑ってオッサンの肩へ手を置いた。それは半裸の中年も同様であった。再度頭を下げてから少年の如き笑顔を携えて顔を上げる。


 自己紹介は終わって目的もはっきりした。だが、スティンの表情はまだ幾分も固い。目的を達するための方法、肝心要が見えてこないのだ。


「今斬りかかるべきでないとはわかった。しかし待ちの一手しかないのですか?」

「うーん……」


 出された疑問にシャロは言い淀む。幾らか手はあるのだが、この(・・)シャロは現在の状況が把握出来ていない。


「悩むな、私よ。シオンならここにいる。受け取るのだ、オッサン」

「え、シャロ様――」


 頭上からの声にオッサンは驚きつつも、指示に従ってゆっくりと落下してくる妹を両腕に抱えた。疲労困憊の末に眠っているようだが、魔物になった筈のシオンはそれ以前と変わりない姿であった。


 感動の再会の筈が、唐突過ぎたためにオッサンは呆然とするしかない。ネギの勇者に付き従う彼も、シャロが二人に増えていることをどう受け止めればいいかわからなかった。


「やあ、私よ。うっかり未来へ来ているから、早く作業に戻るのだ」

「あいよー。じゃあ私はルファイドに見つかるまでは人集めをしてるよ」

「任せたぞ。ここからが正念場だ」


 ひらひらと手が振られると、オッサンを連れてきた方のシャロが消え失せた。ぽかーんとした表情を浮かべる一堂を前に、現在のシャロが笑いかける。


「では作戦開始。人間よ、自らの手ですべてを掴むのだ!」


 騎士姉ちゃんもやる気だぞ、精霊の声に合わせるようにして魔獣が眠りから身を起こした。あまりに大きな身体と声――ベーーヴーーと鳴き声が変わろうが、何かを求めて金切り声は響き続ける。




「へー、竜よりも大きな魔物がいたんだ。ティアは知ってた?」

「無論じゃ。吟遊詩人が謳うに謳えぬ代物よ。そうじゃろ、爺」

「左様。人の手により生まれたあれのことを、シャーロットは人工魔獣と呼んでおったわ」


 魔物との大戦について、大英雄は目を細めて少年少女へ語る。「でも、じっちゃんや親父が倒したんだよね?」とキラキラした目で少年が尋ねるものだから、ヴァリスナードは瞳を閉じて少しばかり時間を置いてから口を開いた。


「大戦で暴れていたものについては、な。世は平和になったと言うが、そいつは脅威になる魔物が減ったってだけさね。吟遊詩人も謳わぬ話を貴様らに聴かせるのはな――」

「人の涙を止めるためだ! じっちゃんと親父が護ったこの平和は、僕が護るよ!」


 勇者になったばかりのジオは迷いなく言い切っていた。ヴァリスナードの前へ、父親の形見である篭手を嵌めた左腕が突き出される。憧れの勇者となったことを誇らし気に、父の無類の友へと意気込んでみせた。


「暑苦しい……。爺、今からでもエルが勇者になるの止められんか?」


 諦めに似た雰囲気を持ちながらも、ティアはしつこく勇者反対を唱えずにはいられない。久々に幼馴染みの顔を見たかと思えば、その身は傷だらけ。加護を疑う程にボロボロであった。


 一足先に修業を始めた少女には、どうにもジオが無鉄砲に見えて仕方ない。憧れた勇者に成れたばかりで燃えに燃えている――心配だと言っても聞かないであろうからと、言葉には出さずにいた。代わりに恨みがましい視線が大英雄へ投げかけられる。


「おお、怖い怖い。爺に向けてそんな目をする奴には、こうだ!」


 小柄なティアはいとも簡単にヴァリスナードの膝元へ抱え上げられてしまう。抵抗しようにも、何せ相手は大英雄だ。抱きかかえられると抗議の視線すら送れない。


 高い魔力を持つ魔女も彼の前では幼子扱いであった。子どもと戯れるようにヴァリスナードの指がティアの脇腹をつつく。


「よ、よせ! 私はもう童女ではないから、やめ――あっひゃっひゃっひゃっ!」

「あーー、じっちゃん、やめるんだ! ティアが嫌がって、笑って……。どっちだ?」

「ふははははっ! ネギボウズよ、貴様が真に勇者であるのならばティアを救ってみせよ!」


 どこまでが戯れであるのか。悪役ムーブをかますヴァリスナードは少年勇者を煽る。少女の身体

を小脇に抱え直しているが、尚もくすぐりは止まらない。


「人質とは汚いぞ、大英雄!」

「たわけっ! 手段なぞ選ばんから儂は大英雄なのだ。貴様な、魔物はともかく人間の小悪党に対しても同じ弁を垂れるか?」

「……わからない。僕は人間種の勇者になるんだ。お姉ちゃんともそう契約したから、人と争うことは出来ない」


 論点が掏り替わっているが、生真面目な少年は仕掛けられた問いに悩んでみせる。苦しそうな笑い声を背景にして問答は続く。


「貴様の言う勇者道とはなんだ? ほれ、ティアも泣いておろうよ。この儂を倒して救い出すことはせんのか?」

「その涙は違うでしょ……」

「何が違うか。笑っていれば平気なのか? であれば、貴様はこれからの旅で救うべき人々を見落とすことになるぞ。苦しみを笑顔で隠す人がどれ程おるか」


 ティアの苦しみがわからぬか! そう叫んではジオが逃げられぬよう、ヴァリスナードはくすぐる姿を見せつける。


 子ども相手に大人げないことこの上ない話であった。だがツッコミ役が呼吸困難に陥っているため、話は止まらない。ヴァリスナードとしてはジオが王都トトリまでやってきたことは嬉しいが、勇者になるのは早過ぎるとも思っていた。


「そうか。里を出たばかりで、僕は何もわかっちゃいなかった」


 しゅんとした表情に変わる少年を見ると、優しい言葉をかけたくもなる。しかし、大英雄は心配を己の胸に留めた。


 勇者となったからには、大人も子どもも関係ない。内心ではティアに同意していたとしても、ジオを一刻も早く一人前の勇者にすることがヴァリスナードの使命とも言える。


 今は亡き友の名前を呼ぶことも出来ない中であっても、その不器用を貫き通した姿はありありと思い浮かべることが出来る。二代目ネギの勇者の忘れ形見を託された彼は、おどけた雰囲気を崩すことなく、だが神妙に幼き勇者へ問う。


「では改めて尋ねよう。ティアを救うためならば手段を選ばぬと、この儂、大英雄ヴァリスナードに誓えるか?」

「話、逸れてない?」

「逸れちゃおらんさ。貴様が親父を越えると豪語するならば、全てを救うくらいの気概が欲しい」


 半信半疑の視線を向けられても、ヴァリスナードは折れることはない。友は勇者としての望みを叶えたが、個人の望みを叶えられたかと言えば、そこは無念の内に終わっている。それを知る老人にすれば、是が非でも親父越えをしてもらわねばならない。


「いや、そりゃ僕は全ての人を――」

「否! 勇者でありたいなら、あやつの嘆きを知れ。貴様の父はな、家族を護れなかったと嘆いておった。ジオよ、儂が小脇に抱えておるティアは貴様の何じゃ?」

「ティアは僕の……、家族だね。ああ、うん。わかったよ、じっちゃん。僕は――俺はティアを護る。例えじっちゃんが相手でも、俺はティアを護ってみせる!」

「ほほぅ」


 自身の呼び方が変わった。そのことにヴァリスナードは思わず口の端を持ち上げた。


 父は今際に、家族を護れなかったとジオへと溢した、そのことを彼は知らない。だが、今の短い決意から多くのことを悟る。


 父が出来なかったことをしてみせるとこの少年は嘯いてみせた。友が口に出来なかったことを言い切ったのだ、それだけでジオの行く末に愉しみを覚える。もっと言えば、ここまで大英雄という過ぎた看板を背負ってきたことに、改めて意味を見出せた。


「俺はじっちゃんが相手でも引く訳にはいかない。じっちゃん、覚悟しろ!」


 握られた右の拳に緑色の金属が纏われていく。今はまだ小さな輝きであるが、その眩さにヴァリスナードは目を細めてしまう。


 大英雄の思惑はどうあれ、ジオは決意新たに、ぐったりしかかったティアを救うことに注力した。今更ながら上げられていた笑い声が止まっていることに気づいていた。一刻も早く家族を救うのだと拳を固めた。


 が、些か時間が経ち過ぎた。大人しくくすぐり続けられていたティアは、ジオの動きを待たずして濃い紫色の光を飛ばす。


「ええ加減に、せんかーーっ!」


 くすぐり地獄の果て、呼吸困難に陥っていたティアが咆えた。


 修行中の彼女であるが、ヴァリスナードも唸る程の魔力が大火力となって室内へと迸った。結果、勇者に成りたてのジオは愚か、大英雄も揃って部屋の端へと吹き飛ばされた。


「なぁじっちゃん、ティアって俺が護らなくてもいいんじゃない?」

「そう言うな。覚えておけよネギボウズ、女ってのは怒らせると後が怖いもんだ」


 出された言葉の声音は明るく、ジオにはいつもの冗談にしか聞こえていなかった。


 未だにわからないのは、何故これ程にも強い魔女を護ってやる必要があるのかということだ。三代目ネギの勇者になって年月が経った今でも、ジオには大英雄の伝えんとしたことがわからないでいる。




「――オ殿、よろしいか?」

「ん、ああ。すまん、寝てた」


 横から届いたものにジオは目を開いた。横目で見れば、白銀の鎧を着たエドワンが心配気に声をかけているところであった。


「立ったまま寝るとは、まるで闘い慣れた竜人ですな。人間の勇者も行き着くと我らと同じくなるのだろうか」


 冑のバイザーが持ち上げられると、露わになった琥珀色の瞳には関心の色が窺えた。居眠りをしていたジオとしてはバツの悪さも覚えてしまう。


「行き着くと言える程、俺は習熟しちゃいないさ……。それより、何か用があるんだろ?」


 ヴァリスナードやティアを夢に見て懐かしく思うものの、白色光を上げた原因への対処が最優先。移動を助けてくれたエドワンに応えるべく、頭を強めに振って意識を切り替えにかかった。何度か刻印(マーク)の魔法を試みたが、ヴァリスナードとは連絡が取れないまま。妙な胸騒ぎがあったが、いつまでも引き摺る訳にはいかない。


 ネギの勇者がそうしたように、白銀の竜騎士も瞳を尖らせてはそれらしい表情を見せる。


「最終確認だ。エディンのブレスで牽制、ジオ殿の広域魔法で仕留めるというプランだったが、少し変更がいると思う」

「変更――なるほど。あれはとんでもなくデカいな」


 エドワンが指差した先、生い茂る木々を薙ぎ倒しながら進む魔物の姿があった。進行速度こそゆっくりなものだが、シャロが止めることも納得のサイズ感だ。並の竜よりも大きなエディンを遥かに越えている。


「ブレスが牽制になるかもわからないが、幸いにして魔物はノロマなようだ。直上まで移動、真上からの全力攻撃で核となる部分を叩く、ではどうか?」


 出された案にジオは異論はあっても反対することはない。提案されたものを越える案は示すことも出来ずに黙って首を縦に振った――闘うしか能がないと嘯きながら、闘う方策も示せないのではティアに文句も言えたものではなかった。


 父が退治し損ねた魔物を前に気持は逸るが、父のように人間種の勇者でありたい。未熟を自覚しつつも、見える景色は彼の故郷が近いことを教えてくれている。母や里の人たち、果ては先日別れた黒騎士たちの安否が気になる程度には、ジオは勇者であった。


「了承が得られたようで一安心だ。後はどの時点でエディンに加護を使うか、ですが……。ジオ殿は熱耐性がありましたか。もう今から本気を出してもいいが、どうだろうか?」


 上目遣いに視線を寄越すのは、エドワンにも少し迷うところがあったからに相違ない。エギレア神の加護を用いればエディンの能力は格段に上がる。一方で灼熱の肌から放たれる熱量には、竜人も流石に堪える。


 ネギをくれと頼めばいいのだが、放浪に出されても王族であるエドワンには、物を乞うことにどうしても抵抗があった。まして実力を認めるジオには自分から言い出すようなことは出来ない。


「よろしく頼む」

「あ――ああ、了解した。最速で向かおう」


 期待が裏切られたと思うことは的外れ、そうとは思えども返事に不満の色を乗せてしまっていた。彼女自身、そのことで自己嫌悪に落ち込みそうにもなったが、バイザーを下げてしまえば顔を見られることもない。


 いつものように相棒の赤竜の背に掌を当て、進化の加護を発揮する。赤竜エディンは身が膨らんだと思わせるぐらいに輝きを増しては溶岩竜へと変貌した。


「っ――ん?」


 エディンの肌から漏れる熱に焼かれることから、エドワンの美貌が冑の下で歪んだ。だが彼女から上げられたのは堪える声ではなく、不可解さから起こった疑問の声であった。


「ジオ殿、私の知らぬ間にネギでも食わせたか?」


 熱くない。全く以って不思議であると、竜騎士は手綱を引くことも一瞬忘れて尋ねていた。


「必要ないだろ。俺を、ネギの勇者を本気で信じてくれる人には、ルファイド神の加護が得られる……。即死でなければ何とかなるようなものとか、俺と同じくらいの熱耐性だとかさ。この話、したよな?」

「初耳です」


 即答しながら、エドワンはようやくティアの苦労の一端を理解出来た気になった。


 ジオへ向けた気持ちの整理は不十分であるが、好意に類するものだと自覚している。だが、大事なことを聴かされていないことには不満が溢れ出す。具体的に言えば、あれーおかしいな、と頭を掻く姿を見てブン殴りたくなる衝動に駆られてしまう程であった。


 思わず溶岩竜へ進化したエディンが心配の唸りを上げる中、エドワンは冑の上からコツコツと額を叩いては怒りを散らすことに成功した。


 勇者とは勝手なもの――自身の振る舞いを省みては呑み込めようものだ。


「さて、ジオ殿。私はエディンの熱を懸念していたが、貴方も私も問題ないようだ。少しばかり懸念していたが、いつの間にか問題がクリアされていた。喜ばしいことだ。懸念し続けていたことがバカらしい程、喜ばしい」

「なぁ、俺の勘違いかもしれんが……、言葉に棘がないか?」

「ありませんとも。ええ、まったく以って。むしろティアの苦労が理解出来たので、思わずエギレア神に感謝する程です」


 取り付く島もないとはこういうことであったか。少し違うような気もしたが、エドワンが問題ないと言うので、ジオはそれ以上口を挟むことはなかった。むしろ藪蛇になると思ったために、出しそうになった疑問を思い切って呑み込んだ。


 自身が鈍感であることは自覚しているが、こればかりは自覚したところでどうにかなるものではなかった。


「さてジオ殿、直に魔物の直上だ」


 呟く白銀の騎士からは、先程感じられた怒気はすっぱりと消え失せている。ここにいるのは竜人の勇者そのものであった。


 未だに何事を言うか迷っていたジオも、それに倣って勇者らしい表情へと切り替えられた。


「見ませい、木々が邪魔をして把握しづらかったが、何てことはない。魔物の進行が遅いのは、人々が抗っていたからなのですな」


 大きすぎる魔物へと近づくにつれて、エディンは高度を下げていく。地表との距離が近づき、依然細々として映るものも視力の良い竜人はそれらを捉えて説明してみせた。


「黒騎士、だな」


 並ぶジオもまた、目の良い部類であった。常人では鮮明には見えない距離であっても、エドワンに少し遅れただけで把握出来ていた。


 芋虫のような魔物が地を這っている。あまりの巨体のため止め切ることは敵わなかったが、隻眼の剣士を基本に他への被害を抑えながら、その足を弛めるように攻撃が繰り返されていた。


 中心は剣士ではない。そのことにジオは特段注意を払うこともなかった。檄を飛ばしながら剣を振るう金髪の女性騎士の姿を捉えれば、このくらいは出来て当然という想いがあった。


 大英雄ヴァリスナードの秘蔵っ子は三人いる。ジオとガッシュ、更には今ここで指揮を執っているジュラスがそうだ。


「そろそろ我々も……。ジオ殿どうされた?」


 眼下で進行する魔物、それはあまりにもデカい。このことは既に二人で共有していたにも関わらず、ここに来てジオの表情が硬くなったことをエドワンは不可思議に思った――心配に思ったと言っていい。


 隣に立つネギの勇者が、日頃悩む姿とはまた異なった形で顔面に皺を刻んでいる姿を見ていた。気掛かりを解消しようと、エドワンは視線の先を追う。横からチリチリと、何かが蠢くような音が聞こえていたが、まずはジオが何を見たかが知りたかった。


 芋虫のような魔物が這って進んで来たところを、隣の人物は目に収めている。木々は薙ぎ倒されども、黒騎士やらが注力したか、この規模の行進に際して屍の一つも見当たらない。


 では何故ジオが険しい表情をしているのだろうか。よく視える瞳に魔力を凝らして更に先を見る――その先には一人の老人を取り囲み、癒しの魔法を唱え続ける黒騎士らの姿があった。


 手足のひしゃげたその人物が何者であるのか、一度しか面識のないエドワンにはよく理解出来ない。ただし、この人物がジオにとって大事な人であることは直ちに知れた。


「ジオど――」


 声をかけきる前に、事前に立てた作戦を実施する前に、隣にいた人間種の勇者は緑色の鬼と成って飛び出してしまった。


 手を伸ばせば間に合ったかもしれない。だが、人間種ではないエドワンには、何と声をかければよいのかがわからなかった。躊躇している間に、緑色鬼(グリーン・オーガ)は巨大な魔物へ一撃をくれていた。




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