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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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精霊と愛すべき人たち

 精霊は走る。宙に浮いていようが、懸命にあちらこちらへひた走る。今も神々の共有空間(パブリック・スペース)から大陸へ空間を越えてきたばかりだ。


「さて、あの子はああ見えて案外お人好しだ。もっと手がいるか」


 ティアを神の元へ送りはしたが、少々心許ない。久々に対面した母を殺すことは出来ないだろうと思い至れば、一度大きく頷いてから首を傾げた。精霊であるのに、その顔には少女らしさがあった。


「お人好しとはちょっと違うか。考え過ぎる、優しい……、うーん。人間はややこしい生き物だ」


 表現しようとするが、どうにもぴったりな言葉が出てこなかった。わからないものはわからないと、気を取り直して次の準備へ。


 ティアの望みには神が応えるだろうが、それは邪神なりのやり方になる筈だ。その結末がみんなの望むものになるかは、シャロにはわからない。だからこそ何があっても大丈夫なよう、ジオには待機するよう伝えた――二代目ネギの勇者(グリオ)には劣るが、魔物相手ならば何とかしてしまえるくらいに弟分は強い。


「でーもなぁ……、ジオ、最近変わってきたからなぁ」


 妹分(マリィ)を得たこと失ったこと、そのどちらも精霊には嬉しくも悲しい誤算であった。マリィが見せる笑顔のおかげで、勇者以外のことをジオはようやく考えるようになった。一方でその笑顔が見られなくなって、ジオは悩み迷いブレている。


「グリオを目指すか、化け物になるか、はたまたジオ(・・)になれるか」


 シャロにしてみれば弟が一番可愛くて大事であった。出来れることならば契約をした時のままに、あの頃の少年のままに自分との約束を果たしてくれたらいい――当初はそう思っていた。困ったことにすっかり姉役が染み込んでしまい、ジオがジオらしく生きてくれればそれでいいかとすら思うようになった。


「なら、最初からジオと一緒に人工魔獣を倒しておけって話だよね。わかってるよ?」


 初めから一緒に乗り込んでおけば苦労も少ないとわかっている。その一方で、シオンのことを伏せて強硬的に解決してしまえば、後で可愛い弟が嘆くことになることは想像に難くない。妹を護れず、その上ティアを泣かせることになれば、ジオはきっと耐えられない……。独り言を呟きながら精霊は状況を整理する。


 お気楽精霊が悩んでしまうくらい、今回の人工魔獣は事情が複雑だった。二代目ネギの勇者とヴァリスナードは勿論、オッサンやティアまでがかかわっている――結局シオンは殺さねばならないのだから、程々のところでジオが諦められるように状況理解だけはさせたい。人殺しの罪悪感だけは背負わせないように悩みに悩んだ。


 今日ばかりは慎重さを見せる精霊は、少し先を覗きにかかる。


「まぁ、この辺りが落としどころかな? 結構綱渡りじゃないか……。ルファイドはケチだから、やり直しは利かないんだぞ」


 親指と人差し指で作った輪をシャロは覗く。観測された少し先の未来では、関係者には酷であっても最悪だけは避けられるようだった。この可能性の糸を手繰り寄せるため、シャロは淡々と行動すると決めた。


「あちらを立てればこちらが立たず。厄介事をおしくらまんじゅうで外へおいやれたら楽なんだけどなぁ」


 永い時を生きる彼女はお気楽な振る舞いを見せているが、元来はシビアな考えの持ち主だ。魔神由来の加護を持つ化け物が出てきたとなれば、油断はしない。いざとなればルファイドが持つ矛すら使う腹積もりでいるが、それはあくまでも最後の手段にしたい。


「この世界は今を生きるものたちのもの、だね」


 ルファイドが常々言うことに、シャロも基本的には賛成している。大きな力を使えばそれに見合った対価を払わされるのだから、進んで神や精霊が力を使う必要はないだろう。過去を改竄してよくなるならば、ルファイドが時間を戻すことを禁じる筈もない。


 人間種の問題は人間種の手で解決すべきだ。そう考えていはいるが、だけど、と精霊になってしまった少女は思う。


「だけどヒントやきっかけくらいは欲しいもんだ。あっちのオバケ虫はムドーさんの力使ってるんだし、不公平じゃないか」


 白色光を見て以来、どうにも躍起になっている気がする。自覚はあっても止められず、やや気が荒れるままにシャロは空間を跨いだ。再びジオの元へ行く前に、準備をすべて済ませておきたい。ティアがこれから人工魔獣に対面するまでの間が勝負だ。


 勢い込んでみたが、任意地点への空間跳躍というやつは非常に難しい。ジオやルファイドといった彼女が契約しているポイントへは容易に跳べるが、その他になるとこのポイントが干渉してしまう。


 まずはヴァリスナードを勧誘するところからであるが、残念ながら魔法を使う前から上手くいくイメージがわかない。


「まぁ、成功するまで続けりゃいいか」


 こうして気楽に溢せるのも、魔力が桁違いの精霊だからこそ。気負わずにヴァリスナードを目指したところ、以前に記憶させたポイントの干渉を受けてしまった。


 果たして、シャロは緑色の全身鎧を纏った青年の元へ出た。見慣れた後ろ姿は安心するが、失敗は失敗だ。再挑戦を試みる彼女の気配を感じ取ったか、ネギの勇者が振り返ってぶっきらぼうに話しかける。


「シャーロット、何処へ行っていた。さっき戻ったばかりなのに、またルファイドに別空間へ送られでもしたか?」

「気にするな、ジオ。お姉ちゃんは神出鬼没なんだ」

「……ジオ? お前は何を言ってるんだ。拾い食いでもしておかしくなったか」

「お?」


 シャロの首が思わず傾げられた。


 鮮やかな緑色の瞳を鋭くさせ、青年が訝しんだ視線を向けてくる。この二代目ネギの勇者は、よく見ればジオよりももっと精悍な厳しい顔つきをしている。年齢も二十代後半なのだが、姉代わりでも見間違える程二人は似ていた。


 ははーん、さては過去に来てしまったな、などと思っている間にこの時代のシャロが姿を現す。


「グリオー、私はこっちだよー」

「シャーロットが二人……、お前は分裂出来るクチか?」


 驚く勇者を放ったらかしに、二人の精霊が手を上げ微笑んだ。「よぉ私」「やぁ私」ニコニコと愛らしい笑みを浮かべるが、破天荒精霊が増えたことに青年は頭を抱えてみせた。


「時間旅行かな? よくルファイドが許してくれたね。あ、やっぱりさっきの少年勇者絡みかな」

「ううん、ちょっとだけ盛大に間違えた。きっとジオのことだと思うけど、今の私には何のことか思い出せぬ……。おっと、急いでいるから長居はできぬのだ」

「そう、ちょっと残念。でもあの子はジオって言うんだー」


 嬉しそうに笑う過去の自分の姿を見ていると、シャロは弟自慢を繰り広げたくもなる。「ほぅ、あのボウズが」などと二代目の方が呟くので、何か言っておかないといけないと指を差す。現代で人工魔獣が出たから、少し彼のことも懐かしく思えていた。


「グリオ、おまえのことはあんまり好きじゃないが、ジオのことは好きなんだ。長生きしろよ!」

「……俺もおまえのことは嫌いだよ。でもな――あ、おい、消えやがったか」


 青年が何事かを言い切る前に、現代のシャロはまた空間跳躍を試みた。残った過去のシャロが「私のこと嫌いなのか。別にいいぞ、私はグリオのことはそこそこ好きなんだけど」と意地悪そうに笑っていた。


「あっれー、過去に行くつもりはなかったけど……。過去というよりは契約が干渉してる?」


 空間を移動しながら、シャロは腕組みをして唸る。日頃はジオとルファイドの間を移動するためだけに使っていた魔法だ。いつもと同じようにしているつもりが、どうにも上手くいかない。


 悩むくらいならどんどん行こう、あまり考えることなくシャロは跳躍を繰り返す。


「シャーロット? どうしましたか」

「おぉ、騎士姉ちゃんのところへ出たか。今日は何年の何の日だい?」


 何度目かの跳躍で出会ったジュラスの反応に、ようやくそれらしいところへ出られたかとシャロは一安心した。彼女の顔つきから、深刻な事態があった後とは思えないし、ひょっとしたら現代に戻れたのかもしれない。


 奇しくも時間旅行者になったシャロは確認のために尋ねていた。


「変なことを聞く……、いえ、貴女にとってはいつもどおりですね」

「なんだと、精霊様に失礼な! だけどこちとら急いでいるんでい、不問にしといてやらぁ!」

「貴女の変わった言葉遣いに慣れつつある自分を、正直なところ恐ろしく思いますよ」


 渋い表情をジュラスはしてみせるが、生真面目に今がいつなのかを教えてくれる――シャロの主観では白色光の上がる三日前であった。


「まだ過去か……、いや、逆に丁度いいか」

「まったく話が見えませんね」


 やれやれとお手上げポーズを取る女騎士。頭は硬いのになんとか話を理解しようとする生真面目さをシャロは好いている。ヴァリスナードに声をかけるつもりであったが、先に彼女へ告げる方が何かといいだろうと思い始めていた。


 思ったが最後、精霊は神妙な顔つきになり告げる。


「驚かないでください、実は私は未来から来たのです。よいですか騎士姉ちゃん? 心して聴くのですよ」

「……はぁ、そうですか」


 冷たい視線と生返事が向けられたが、精霊は人間の態度などお構いなしに続けた。


「これより三日後、ファディアの里より更に西の地。そこで大戦時から生き残った人工魔獣が現れます。ヴァリスナードには死ぬ気でその魔獣と闘ってもらいますが、多分ギリ負ける。今から馬飛ばせば間に合うから、骨を拾いに行くのだ」

「ふ、ふざけるな! 死ぬとわかってて先生を行かせるか!」

「これは決定事項だ。ヴァリ助を監禁しても時空間を越える私には無駄だ、ふははははっ! じゃ、後はよろしく」

「待て、未来って言った割りにはすごく近い……。じゃなくて、人工魔獣って何ですか。もっと情報をくださ――消えた。言うだけ言って、消えた!?」


 このポンコツ精霊がっ! ふと湧いた苛立ちに任せてジュラスは叫ぶが、もうそこにシャロの姿はない。いつもあの精霊に引っ掻き回されてしまう。


 ただ、大英雄は即決で応えてしまうことだけはジュラスにも理解出来た。大戦を生き残った魔物がいるとなれば、ヴァリスナードは全てをかなぐり捨ててでも闘いに出てしまう。


「……今は先生も軟禁状態です。兵たちは休日扱いですから、しばらく私が不在でもなんとかなるか」


 観念したように溜め息を吐き、女騎士は馬の用意を始めた。


 ヴァリスナード邸に出られたことはよかった。跳躍先のイメージに手応えを覚えたシャロは、少し遊び心を出してしまう。


「お姉ちゃん、何処行ってたの?」

「まーー、幼いジオの可愛いこと! すまぬ、私は姉であって姉ではない。この時間軸にいるお姉ちゃんと仲良くなっ!」


 早々に立ち去ったが、出会ったジオは全身鎧ではなく篭手のみの装備であった。恐らくはネギの勇者の契約直後――昔のジオに会いたいと思ってみれば、これが上手くいった。


「……なるほど。段々掴めてきたぞ」


 契約をしたポイントに跳ぶのとそう変わりはない。今まで自分がかかわってきた人をきちんとイメージすればいい――刻印(マーク)の魔法を唱え、今現在ヴァリスナードが居る位置を手繰り寄せる。


「人工魔獣が出た。ヴァリ助、どうする?」

「わかった、儂がやろう」


 艶のない黒い鎧を着た老人はすぐに頷いてくれた。目論見どおりにことは進むが、シャロは少し複雑な心地にもなった。


 若き日の二代目ネギの勇者を見た所為か、友に応えようとするヴァリスナードの姿が眩しかった所為か、今を懸命に生きる人間を今更ながら羨ましく思ってしまう。同時に、死地へ送り出すことへ今更ながら申し訳なさが募った。


「私が言うのも変だが、無茶するなよヴァリ助。援軍を用意してくるから」


 空間を抜けた直後、黒騎士たちの戸惑いが伝わる。驚く程スムーズに人工魔獣の前へヴァリスナードを送り出すことが出来た。


「不要だ。それよりもここしばらくジュラスの姿が見えん。儂が不在になっていることを伝えてくれまいか?」

「あいよー」


 お気楽に応え、シャロはまた空間を越える。何処まで出来るかわからないが、ともかく準備はやれるだけやっておきたい。ジオのためだけでなく、ジオが大切に思う人々を護るために――凡そ初めての動機にシャロは突き動かされた。


 時間すらも飛び越えられるならばと、真紅の瞳を輝かせて少々無茶なイメージを持って魔法を唱える。


「シャーロット、あの化け物は何ですか! いや、それよりもあそこに先生がいるのですね?」

「おうともさ!」


 青い鎧に身を包む少女騎士からはそのような言葉をもらう。“強い人間のところへ”そのイメージで跳べば、馬に乗り急ぐ彼女の元へ出た。ならばもう一度、別の力のある者の元へ。


「精霊殿、今はそれどころではないが……。地上に出れば必ず」

「頼んだぞサイクロキシ。ところでここは何だか暗いし狭い。ちょっと穴を空けておくね」


 何やら窮屈そうにしている隻眼の黒騎士もまた、彼女の頼みを素直に応えようとした。満足したシャロが、えいやぁ、と魔力を上に向かって打ち放つと、崩れたばかりで柔らかくなっていた土が吹き飛び空が見えた。


 いつの間にか地下に跳んでいたとようやく気づき、精霊は更に先へ。


「おや、ネギの精霊が僕に何か用かい?」

「あ、ちょっと間違えた! 休業中だったな、勇者っぽいの」


 さらばだ、そう言い残してシャロは次へ。今暁の勇者を酷使すれば、流石にアイリス神に怒られる気がしている。


「あっしでもお役に立つんで?」

「いないよりマシだ、ウスイーノ」


「ヌシは誰じゃ?」

「通りすがりの精霊様だ。未来でまた会おう」


「シャロ様、私が今から行っても間に合いますかな?」

「気合いでなんとかしろ、オッサン!」


「……訳あって今は動けぬ。だが、いずれはネギの勇者に加勢しよう」

「金ピカじゃなくなってるじゃないか。生まれ変わったキミにはクロ助という名を授けてしんぜよう」


「待ってたよ、この時を……ずっと、ずっと待っていた!」

「ごっめーん、間違った」


「いきなり現れて、なんなんすか!?」

「驚かせてごめんよシェーフ、元気な子を産むんだぞ!」


 あちらへこちらへ飛び回る精霊は、段々と境い目がわからなくなってきていた。途中、過去や未来へも跳んでしまったような気がするが、長居をしなかったためわからない。


 今を終わらせないためにあちらへこちらへ。イメージは掴んだものの、時の狭間へ落ちているのではないか。そもそも、時間を越えて出会った人たちはきちんと繋がるのか怪しく思えてくる始末。


「うーん、跳び回ってみたけど段々わからなくなってきた。でもでもあのままだったら王都まで人工魔獣一直線の王国最後の抵抗路線だろうし」

「シャーロット……」


 こちらとあちらをつなぐ空間を揺蕩う精霊に声がかけられた。考え事を邪魔されたシャロはむっとした表情を隠すことなくそちらを見る。このような場所に誰がと思えば、褐色肌と黒髪、更には鮮やかな緑色の瞳を持つ神が現れていた。


「おー、ルファイ――じゃないや。私は怒ってるんだぞ!」

「それはすまなんだ。お喋りはお前の機嫌が直ってからと思ったが、ちょいと事情が変わった。こんなところに、長居しちゃいけない」


 闘神と呼ばれ、破壊に長けたルファイドが憂うように瞳を揺らす。迷っているようにも見えたが、その実、寵愛する精霊へは父のような母のような態度を崩すことはなかった。


「うっさいなぁ。わかってるよ、時間を戻したりはしないから! ちょっと放っておいて!」

「おい待て、シャ――オレは怒ってはいないのだがな」


 時間も空間もあやふやなこの場に、ルファイドの呟きが流れていった。シャロも見た目程子どもではないとわかっていたつもりだが、今日もまたついつい過干渉をしてしまった。


 反省しながらも、神は変わらない。可能性の束が詰まったこの空間でルファイドは独り言ちる。


「様々に可能性があるが、観測されてしまった時点でそれが事実になるんだ。お前が弟を大事にするなら、可能性を残しておいてやれよ」


 やはりこの世は今を生きるものたちに委ねるべき――考えの変わらないルファイドは寵愛する精霊が、己が選ぶプレイヤーが嘆き哀しむことがないよう独り祈る。


 この先に起こる悲劇から目を反らすよう、緑色の瞳が躊躇いがちに伏せられた。




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