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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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大英雄の勇姿、魔女の決断

 黒騎士たちが戸惑いを見せるなか、空間の歪みから一人の老人が姿を現した。この歪みを作った精霊と嘗て旅をした大英雄が、悲壮な面持ちをしている。隊長、副隊長、更に隊員の半数を地下に呑まれた騎士たちは、突如現れた魔物にすっかり動揺しきっていた。


「大戦時の魔獣クラスだな」


 黒騎士たちを尻目に、ヴァリスナードは一言感想を溢した。魔物との大戦時さながらの緊張感が胸底から湧き上がる。纏われた黒鎧は、持ち主の心内に同調するようチリチリと蠢き、大きな傷のある剃髪を呑み込んでは冑に黒い豹を象った。


(老いた身でどこまでやれるか――否、こやつは儂が止める)


 独り佇んでいれば、つい弱音を溢しそうにもなった。だが、彼には大英雄としての矜持が、大切な人を護り切れなかったことへの後悔が強く燃えている。吐き出して白けることを恐れ、想いは胸にやはり秘めたままヴァリスナードは魔物へ向かう。


 地の底から現れて黒騎士を眺めていた大きなものが、大英雄の気配を感じ取ったか、ゆったりと頭を持ち上げた。


「来るぞ、逃げろ!」

「隊長は――」

「バカ、死ぬぞ!」


 頭を失った騎士たちに統率はない。蜘蛛の子を散らすようにして方々へ走っていく様を、魔物は目玉をギョロつかせて観察している。しばらくすると狙いが絞られたようで、ヴァリスナードに向かって進み出す。


 顔は竜とカエル、ついでに山羊を混ぜ合わせたかのように異質な造りであった。黒い肌は岩と見紛える程――三対六本の腕に、鱗代わりに岩を生やした竜らしき胴体が長く続く。流石に大き過ぎたのか、二足歩行は放棄されていた。尻尾とも足とも判別のつかない下半身が、芋虫のようにうねって進む。


 ヴァーヴァーヴァーーー、擦れた鳴き声は聞く者を不快に、そして不安に陥れる。安全圏へ逃げた黒騎士も冑の上から耳を抑える始末。ただ、この音を出している者のことを知る人には、不快さよりも憐みが勝るようであった。


 老人は目を細める。眼前のそれは、これまで出会った魔物のなかでもトップクラス。赤竜エディンも大きな部類だったが、これの前では大人と子ども程の差だ――目測を立て、ヴァリスナードは両手を組み合わせた。日頃アイリスに祈らぬ彼も、そうせねばいられなかった。心優しい女の成れの果てにはそうでもせねば対峙出来たものではない。


「シオン、何と変わり果てた姿に……」


 呟きが投げかけられど、魔物は擦れた鳴き声を上げて迫る。精霊から説明がなければ、彼もこれが古い知人だとはわからなかっただろう。


 感傷に浸る間もなく、腕の一本がヴァリスナードへ振り降ろされる。人間大の手の平が地面へ迫ると、日光を遮って作られた影にヴァリスナードは呑みこまれた。


「大英雄が……」


 一瞬の出来事に、黒騎士は呆けた声を出すことが精いっぱいであった。仲間の半数が失われ、魔物と呼ぶにはデカ過ぎる化け物が現れた。更に救国の大英雄が潰されたとあっては処理能力を越えようものだ。


 人間種の無力さ、その強い衝撃を受けたことが却ってよかった。少なくとも恐慌状態に陥ったところを追撃されることだけは防がれた。呆とする間に生まれた空白、それを埋めるように魔物の手がゆっくりと持ち上げられていく。


「忘れたか、大英雄の力を……。この程度で儂は倒せんぞ」


 無手であったがいつのまにか槍が携えられており、大英雄が化け物を押し返す。伸長されていく黒い槍は、ついに手の甲を突き破りついでに腕の一本を引き裂いた。


 ボトリと肉が地を打つ音が響き、騎士たちは口々に驚きやら喜びやらを伝える。


「シャーロットを泣かせて、ネギ坊主に怒られるのは御免だ」


 群衆が盛り上がっても傷だらけの老人は心を揺らさない。精霊と直前にしたやり取りを思い出しては、冑の下で不敵な笑みを浮かべた。「二代目ネギの勇者が倒し損ねたものを、おまえが代わりに倒せ」いつもの無茶な頼みだが、大英雄は二つ返事で応えた。


 泣きそうな顔をするものがいれば、それが精霊であろうとヴァリスナードは、この黒豹は立ち上がらねばならぬ。長大に生長した槍を構え、相手の残る腕と出方を注意深く窺う。


「泣くもんか。ヴァリ助はたまに嘘を吐くから困ったもんだ」

「帰ったんじゃなかったのか……。伝言はどうなった?」


 振り返るとまたしてもシャーロット。ヴァリスナードは何も言わずに飛び出してきたため、ジュラスへの連絡が必要であった。心配する彼を横目に、精霊は唸る。


「ぬかりないぞ、精霊様は仕事が早いんだ。それと、忘れ物を届けにきた」


 これで完璧大英雄だ、続く言葉と一緒に大戦を潜り抜けた愛馬――エンオゥが届けられた。大きすぎる魔物をどう攻めようか、考えあぐねていたヴァリスナードには渡りに船であった。


「あとは任せた。私は他にやることがある」


 たまには礼を言おうか、そう思っている間にシャロはまた消えてしまった。精霊の神出鬼没さを思うより、ヴァリスナードは愛馬に跨る。瞬間、馬にも黒い鎧は浸透し、元よりガタイのよいエンオゥは一回り目方を上げて黒豹と一体化した。


 主人と同じく鎧に包まれるが、頭部の意匠が異なった――愛想の悪い瞳の上へ目元に鋭いひび割れを持つ冑が重なり、鬼のような形相となる。ここに、今もなお魔物を震え上がらせる大英雄が存在を示す。


「我が友エンオゥ、この老いぼれに力を貸してくれ!」


 魔物の腕が今度は二本叩きつけられようとしたところ、ヴァリスナードの声にエンオゥは見た目からは想像も出来ぬ従順さを示した。嘶きを残し、身長を優に越して飛び上がった。


 跳躍で左側から来たものを躱しては、腕に乗り駆け上がる。更に奥に控える四本目の腕に向かって主である黒豹を投げ出した――元より一つであり、二つであることが当たり前と、分離したヴァリスナードは槍を振るい、魔物の腕を刺し穿ちながら自由落下を始める。


 続き着地点にいたエンオゥと一体化しては、相手の背後へと駆け抜けた。その際、ご丁寧に芋虫状の下半身へは槍の穂先を突き入れて走っている。


「ヴァーヴァーヴァーーーっ!!」


 残った腕をがむしゃらに振り回し、魔物は吠えた。人と馬、取るに足らない小さなそれを上手く掴むことが出来ずに苦痛と苛立ちが窺える。


 ヴァリスナードを包む咎深き鎧(アムド・ブラム)は持ち主の意思に呼応し、劣化しながら生長する――人馬が融合しているように見えてその実、人と馬の接合部は次第に崩れ、また新しく再生されていく。これが人馬一体になりつつも、ヴァリスナードとエンオゥのそれぞれが独立して動ける仕組みだ。


「あれが、大英雄っ!」

「いけるんじゃないか、いけるぞ!」

「すげぇ……」


 傍観者となっていた黒騎士たちの声に、少しばかり力が戻った。興奮するもの、以前呆然とするもの、それぞれであるが英雄譚に違わぬその活躍に希望を見出し始めていた。


「エンオゥ……、無茶に付き合わせてすまぬ」


 圧倒しているにも関わらず、ヴァリスナードは誰にも聞こえぬ音量で吐露した。胸の内を明かさぬ彼であったが、友に向かってとなれば別だ。


 エンオゥは齢二十を軽く越えており、ここまで生きていることだけでも十分。また馬上の主も六十を越えて自身の力が落ちていると実感した。腕を斬り落とそうが魔物はまだまだ健在、むしろ竜のブレスのような奥の手が秘められていると考えねばならぬ。


「徒に傷めつける趣味はない。手早く行こうぞ」


 実際のところは、時間をかけるゆとりがない、それが正しい。エンオゥが相手でもその言葉は口に出来なかった。代わりとばかりに、大英雄は冑の下で不敵に笑った。友もまた何かを察し、短く嘶いた。


「ヴァーギーーズゥゥっ!!」


 身体を捩り、魔物は上半身を反転させて標的を追う。鳴き声は怨念がましいものへと変わっていた。カエルが如きギョロつく目玉も色を白へと変えて敵を追う。


「そう、ヴァリスだ。久しいなぁ!」


 残った四本腕が交互に叩きつけられるが、黒豹はまだ軽口が叩いていられる。


 今の無理矢理に発せられた音がヴァリスナードの名であるならば、ずっと発せられていたものは何だったのか――既に思い至ろうとも、それを噛み締める余裕はなかった。黒槍の握りを変え、必滅の道を睨む。


「見える、儂にもまだ見えるぞ」


 凝らした瞳は魔力の流れを捉える。岩とも思える黒く硬い肌、それに守られる内側に魔力の塊が点在する――物理法則を越えて存在する巨大な魔物は、桁違いの魔力により身を留めている。


 その魔力炉とでも呼ぶべき力の元を断てば、重さを支えきれず自ずと自壊する。実にシンプルな話だ。ただし、今回はその魔力の塊が何か所にも見つけられた。


「迷うな友よ。一番大きなところを叩くことは変わらん、邪魔な頭を叩いたら胸を打つ!」


 愛馬は嘶くこともせず、二の腕中腹を蹴り身を宙へ投げた。道はヴァリスナードが教えてくれた。幾つかの生物を混ぜた、その頭へ槍を叩き込むのみ。


「エンオゥっ!」


 先程までとは異なる浮遊感を味わい、ヴァリスナードは叫ぶことを堪えられなかった。魔物の頭部、特に口腔内に膨大な魔力が集められているのが見える。不揃いの牙を備えた口から迸る魔力、それに友が呑み込まれていく――エンオゥから切り離されて見届けるしかなかった。


「……恩に着る」


 出かかった謝罪の言葉を喉で止め、大英雄は前を向いた。冑の下のものとは異なり、槍を構えた大英雄は雄々しく咆えた。


「ヴァ――」


 攻撃に夢中、無防備な頭を黒槍が裂きにかかる。擦れた鳴き声も、顔の半分を斬り分けるついでに喉を引き裂けば続けることも出来ない。


「眠れ、シオン。涅槃でグラフォードが待っている」


 目的は頭に非ず。一番魔力の集まる箇所へ獲物を叩きつける――崩れた穂先の後から新たな槍を生み出し、硬い岩に護られた胸部を砕く。


 それでもまだ外装が崩れただけだ。自身の魔力が尽きる前に終えられることを悟り、知人を殺してしまう罪悪感を、今は人を護る使命感が上回った。


 柔らかな肉を突き破る、たったそれだけのこと。


「不甲斐ない儂を嗤え、ネギ坊主、フラティラリ――」


 ついぞ大英雄はトドメの一突きが出来なかった。躊躇いから気を戻す、一瞬の隙を魔物は見逃す筈もない。巨大な手の平に捉えられ、ヴァリスナードは宙を舞った。




 しばらく眺めていろ。


 邪神セルペンティア・ランギスの言い付けを大人しく守ったことを、ティアは後悔した。


「まだじゃ。まだ出番には早い」


 神々の共有空間(パブリック・スペース)の長机へ広げられた鏡には、ヴァリスナードが吹き飛ばされた場面が映し出されている。拳を固めて立ち上がった魔女へ邪神は自制を促した。


「無理を言うな……。私は、気が短い」


 紫の瞳を燃やして睨むが、相手はより濃い紫の瞳の持ち主だ。少女の怒りなどはそよ風程度に受け流す。額に生えた一本角をいじりながら神は言葉を選んだ。


「行くなとは言っとらん。今行けば犬死にと言っとるだけじゃ。あの禿げ頭を想うなら、ようく見やれ」


 座れ、厳しく睨むランギス神に言われるまま席へ戻れば、続く光景にティアは驚きを隠せなかった。


 何事かを呟くヴァリスナードは、叩き上げた腕とはまた別の腕に弾かれ、更に別の腕に捕まれ、新たに現れた腕により地面へ叩き潰された。


「何じゃ、これは……」


 鳥肌を浮かべながら、ティアは呻く。腕の数を増やす魔物など彼女は聞いたこともなかった。


 背後に回ったヴァリスナードを追い、身体を反転させた時以上。頭を失った生き物が別のものへと生まれ変わっていく異常さに、生理的な嫌悪感を覚えた。


「人工魔獣、そのようにヴァリスナードのヤツは言いたかったのだろうな。あれはオレたちの加護の範疇を越えている。大戦時の魔物ってのは、人間の手が入っている……、余談程度に聴いてくれ」


 強い生き物を作るにはどうするか? 強いものの特徴を混ぜ合わせればいい、不都合さは魔力が賄ってくれる――頭がいいのか悪いのか、どちらかはわからないが、どちらかに突き抜けた発想が突き詰められ、人工魔獣は生まれた。


 魔物との大戦は類を見ない惨事となった。これは魔物と結託した人間がいたから、人の知恵が魔物の力を増幅したからと、ティアは知識としては知っている。だが、現実に目の前にすると理解よりも怖気が先立った。


 ルファイドの言葉を耳にしつつ、一方で魔物の変化、変態から目が離せない。


「こんなところに、こんなところに居ったのか……」


 人工魔獣は役立たずになった頭部を棄て、肉の内から新たな頭を生やす。斬り裂かれた腕を棄て、身を捩じりながら下半身へ上半身はめり込む。


 巨大な芋虫となったそれは白い煙を吐きながら、爛々と紫に輝いていた。指を咥えて見ていたティアは、複雑に混ざる感情のなかから腑に落ちる感覚を手繰り寄せた。


 光の発生源、ヴァリスナードが槍を突き入れられなかった魔力炉――そこにはあの日と変わらぬ母の姿があった。剥き出しになった肉に腰元までを呑み込まれた状態で、シオンはどこを見るでもなく紫の瞳から光を漏らしていた。


「ヴァリスナード、大英雄と呼ばれども所詮は人間よ。知人を殺すことは出来なかったな……」


 手出しの出来ない闘神は、皮肉気な笑みを作ろうとした。人のことなぞ知ったことかという態度であったが、殊の外腹のムシが収まらないことに気づき「オレはそんな弱い人間が好きなのだな」と独り言ちた。


 足を組み、口元に手を当てるとルファイドはそれ以上は語らない。神は不変の存在であれば、揺れたように見えたとしても元の観測者へと戻ってしまった。ここから先は、今を生きる当事者の問題だ。


「さて、妾のプレイヤー。本題はこれからじゃ。選ぶといい」


 尊大な態度と共に寛容さが示されている。信奉者の望みに応えようと神は迷える子へ、指を立てながら問う。


 空いた手で鏡をすっと撫で、映し出すものが入れ替えられた。そこには赤竜の背に負われる緑と白銀の勇者の姿がある。方角などわからずとも、人工魔獣へ向かっていると知れた。


「一つ、リックやアギトが選ぶであろう勇者らと共に戦う」


 指がもう一本立てられる。


「一つ、シャーロットを説得してアレに人工魔獣を殺させる」

「……どちらも選べんよ」


 選択肢はティアにとって絶望的なものだった。いずれにせよ、母を殺すということに変わりはない。


 苦渋の顔を隠すために俯いた少女へ、ランギスは「早まるな」と三本目の指を立てる。鬼の姿でありながら、嫉妬の神は魔女を誘うように優しく告げる。


「一つ、人工魔獣に取り込まれたものの代わりを用意する」


 望みに一番近い提案を聞くや否や、ティアは頭を上げて頷いた。




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