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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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蓋が開いた

 レジナス王国は西部、山を更に西へ越えれば亜人が暮らす共和国へとつながる。そのような位置に三代目ネギの勇者の故郷、ファディアの里は位置していた。


 ルファイド信仰が主な地方を、アイリス神を崇める黒衣の集団が行軍の最中であった。


「隊長、何か忘れものでも?」

「そんなものはないさ。仮に忘れ物があったとしても、一番大切なものは握り締めている」


 ぼんやりしていたことを部下に指摘され、黒騎士スティンは毅然と応えた。格好つけるのは如何かと思うが、その方が隊長らしいと思い込んでいる節がある。実際に部下たちのウケが良かったものだから引き際を失ったともいえる。


 大切なものとは祈りだ。アイリス神への信仰心は本物で、堅物のスティンも隊長として認められている。神暦から王暦へ変わり、半ば形骸化しつつある祈りの所作をこの少年は守ろうとしている。


「……何だ、変な顔をして」


 ああアイリスと手を組み合わせようかと思えば、副隊長を務めるキャリーが怪訝な様子を示していた。冑を被っていても、付き合いが深くなればそれとなくわかるものだ。


「スティン様は真面目だなと思いましてね。アイリス神は博愛を示されているのだから、他の神を信仰する者と交流しても嫉妬なんてされませんよ」

「何故そこで他の信奉者が出るんだ」

「時折後ろ振り返ってるのは、緑色鬼(グリーン・オーガ)が気になってのことでしょう。バレバレです」


 歩きながら脇腹を小突かれ、スティンは「むむ」と呻きを漏らす。途端、周囲の黒騎士たちがたじろいで鎧からガチャガチャと音を立てた。何なら鎧が軽装の者たちは頭を伏せて動揺を隠した。


「誰かあの三男坊を黙らせろよ」

「私には無理だ」

「俺らを巻き込まないでくれよ……」


 ヒソヒソ話の筈が、ざわめきに変わって隊に広がっていく。その様子をスティンは背中越しに感じる。規律を思えば黙らせるべき、足を止めて振り向こうとした隊長の首に重みがかかった。


 言葉遣いこそ丁寧だが、キャリーは陽気過ぎる。隊長の首に手を回す姿に、背後の騎士たちは気が気でない。ただ、この男なら仕方ないという諦めのようなものも漂っていた。


(この図太さは何処からくるんだろうか)


 当然この陽気な青年にも後ろの声は聞こえている筈だ。


 貴族の子息ばかりが集められた隊において、スティンは異質な存在であった。身分を考えれば下から数えた方が早い。にも関わらず、アジード神父の息子だということでどう扱えばいいか困る――間違いなく腫れものなのだが、信仰心と剣の腕が確かなために畏怖と憧憬が半々といったところ。


 本人の想いとは無関係に、何処へ行っても“あの神父の”と形容がついて回る以上、どうしてもスティンは腐ってしまう。


 それこそアジードの汚点(ステイン)だと呼ぶ者を黙らせ続ける内に、彼は随分と怖い生き物になっていった。そのお陰で、恐れるものと憧れるものに分かれつつ小隊は組まれた。


 部下たちとはもっと意思疎通を図るべきだったか。緑が鬱蒼と茂る森が急に開け、目的地が近くなったことを知ると少しばかり迷いが生まれてきた。


「隊長殿、お顔が強張ってらっしゃる。マッサージでもします?」

「顔は見えていないだろうが」


 馴れ馴れしいやつを手で押しのけながらスティンは呻く。隊員から向けられるものは二つであったが、この副長はそれらと違うもので接してくる。


 実際にお見通しなのだろうと思えるのが恐ろしいところだ――彼にもキャリーが嬉しそうな顔をしている姿が見えるようであった。


 青年と呼んで差し支えない彼は、スティンよりも幾らか歳上だ。家柄を考えれば鬱陶しく思われても仕方無い筈であった。キャリーといい、リリといい、黒騎士らしからぬ黒騎士が寄ってくるこの状況をどう捉えたものか。少年騎士は密かに片眉を下げる。


「おや、何か気づいたようだ」


 本当に冑の中身が見えているのかもしれない。スティンが苦笑いを浮かべれば、目ざとくそこを突っ込まれた。


「キャリーが言うのだから、隠すものでもないと思ってな。勇者らしくない勇者ってのを、俺は気に入ってるらしい」

「ギルド勇者と我々は、まーーー仲が悪いですし。大きな声では言えませんが、私も一般的な勇者は好きじゃない」


 空いた左手でお手上げのポーズを取りながら共感の意が示される。しかしそれだけでは終わらない。隊長に倣って、何かに気づいたように頭を揺らしては言葉が続けられる。


「ところで、らしくなさってのはどの辺りで気づかれたんでしょうか……。私か。私が黒騎士らしくないって仰る? これ怒るところなんでしょうか。それとも私が気に入られてると喜ぶところ?」

「さっきから近いって! ……寄るなとは言わんから、抱きつこうとしないでくれ。自身で言われたとおり、キャリーはどう見ても騎士らしくないだろう」


 ぐいっと押しのけると、陽気だった黒騎士はオーバーに背中を丸めてみせた。がっかり感を出したかったようだが、生憎とスティンは冑の下にニヤけ顔を幻視する。


 黒騎士は国教を護る存在であり、凛々しさや清廉さが求められる。「それだけではまとまるもんもまとまりませんよ」とキャリーの言には一理認めるが、黒騎士愉快型とでもいうべき生き物をどう扱えばよいのか――自身の存在を棚に上げてスティンは悩む。


『リーーン、ゴーーーンっ』


 キャリーの相手が面倒に思われた頃、悩めるスティンの頭に鐘の音を模した肉声が響いた。この声の主も黒騎士愉快型であるため、助けられたのか更なる面倒に巻き込まれたのかは判別がつかない。


 片手を軽く上げると副隊長は全体へ止まれの合図を送った。「もうお告げの時間ですか」それだけを残して、すっとスティンの視界からは姿が外された。


「……何の真似だ?」

『遠征任務でお疲れのスティン様を、大聖堂の鐘の音で労わっておるわけですな。おや、浮かないご様子。あーたはリンゴンじゃなくて、ディンドン派?』


 相変わらずの黒騎士らしからぬ物言いに、生真面目な少年騎士は頭が重くなる。そもそも何派どころか、彼はその鐘の音が嫌いなのだ。


『んでは仕切り直し。はい、アクション! ディーーーン――」

「鐘の音はもういい。リリよ、行軍中なのだから用件は手短に頼む」


 本気で頭が痛くなってきたが、この会話を打ち切ることは出来ない。


 キャリーがお告げと言うように、この稀有な魔法を使う騎士の言葉には力がある。聖地カルデレナから届けられることも含め、アイリス神の代弁だとまで言う者もいる程だ。


『あいあい、兄様。愛しのリリでござーます』

「定時連絡ご苦労」


 スティンの悩みなど知る由もなく、お気楽な調子でお告げとやらは続けられた。件の魔導士が造ったとされる工房に乗り込むに際し、何か助言でもあるかと思えば、ほぼ世間話で終わりを迎える。


『あいあい、兄様のご武運をお祈りしております』


 ごく僅かにあった空気の揺らめきが消え、リリの声は聞こえなくなった。魔法のことはからきしであるが、魔力の波は感じられる。スティンは自称妹分とのやり取りの度に妙な感じを覚えていた。


 それは他の者にとっても同様らしい。リリと直接会話をしていない部下たちも何かを感じ取っているように見える。事前に魔物が村を襲うことをキャッチするなど、予言めいたことをしていれば魔法を知らぬ騎士たちは神秘に触れたと思うことだろう。


「隊長殿、如何でした?」

「これといったものは特に。強いて言えば、緑――ネギの勇者を話題にした時か。少し厭そうな声色に変わったというか……」


 いつもオーバーなリアクションを取るリリであるが、緑色鬼と対面した時や今の会話は、どうにもリリらしくないと感じた。らしくないと感じるだけで、その違和感の正体は上手く言葉に出来そうにない。


「ほらー、緑色鬼の話ばっかりするから辟易とされてるんですよ」


 キャリーに背中を張られると、違和感は痛みに塗り替えられてスティンの胸の奥底へ沈んでいった。「別に緑色鬼の話ばかりしている訳ではない」咄嗟にはこの程度の言い訳しか思いつかなかった。


 言い訳が下手であったからか、いつも陽気なキャリーが渋い顔をしているようであった。


「実のところ、今回の任務はどうも気が乗らないんです」


 隊が移動を再開すると、すぐに目的地は見つかった。一か所、地面の色が灰色になっているところがある。人の手が加えられたこと請け合いだ。


 いよいよ工房へ突入する段になって、副長から後ろ向きな発言が出てくる。


「魔導士の棲み家に入る……。気分のいいもじゃないな」


 スティンは近くに他の騎士がいないことを確認して、尚小声で返した。「そもそも何故我々なのでしょうね」疑問を隠さないキャリーが言わんとせんことはわかる。


「ただただ任務に忠実に――とはならんな。正直言えば、俺も変だとは思う。魔導士が放棄した工房ってことは、誰かが以前に確認している訳だ」

「アイリス神由来の結界や治癒の魔法を使えるものはいますが、魔導の専門家って訳でもない。異教徒のものとなると、もう何が何やら。一小隊に何故お告げがあるのか、何故このような任務を与えられているのか」


 おどけるように肩が竦められる。冑の下では、それとは違う表情がされているのだろうとスティンは感じ取る。


「何が言いたい?」


 後から思えば、立ち止まることも必要だったのではないか。こう問われたところで、一介の黒騎士であるキャリーに意見などは出来ようもない。騎士たちは工房へ降り立つ――物造りの部屋というよりは廃棄された研究施設に近いが、剣と祈りに暮らす彼らにはそれが何なのかはわからなかった。


「ああ、アイリス」


 祈りはしたものの、何を祈ればよいかも判別つかない。


 あまりに大き過ぎたために一瞥しただけでは、正体がわからなかった。目の前にあった壁のようなもの、それは魔物の一部であった。侵入者を得て、巨大な化け物が動き出す。


 起き上がったそれの全容を認める頃には土の中だ。天井が崩れて光が目に入ったが、それは太陽のものではなかった。網膜を焼くような白色の光がささる。


(蓋を開けてしまった)


 魔物と入れ替わり地下へと埋められるなか、黒騎士の隊長は内心の焦りと共に呟いた。


 彼自身、思い込みがあったと認めるしかない。魔物との大戦は過去のことで、大英雄ヴァリスナードがそれらを狩り尽くしたと思い込んでいたのだ。国教に弓引く魔導士は魔物に比べるまでもない、そのように思っていた。


 擦れた鳴き声が、割れ響く鐘が如く耳殻を鳴らした。魔物と形容するには大きすぎるもの、その出現を見送りながらスティンは鐘の音は嫌いだ、と他人事のような感想を抱いた。




「やめろ、セルペー。来客だ」


 神々の共有空間(パブリックスペース)に人の気配を感じ、ルファイドは纏わりつくものを引き剥がしにかかった。如何に闘神と呼ばれる存在であっても、相手が同格の邪神であればすんなりとは剥がれてくれない。「よいではないか、よいではないかー」などの呟きが罷り通れば、緊迫感は微塵もありはしない。


「……帰ってよいか?」


 呆れた声を出すのは、無理矢理この空間へ連れて来られたティアであった。神と精霊しかこの場におらねば、何を呟いたところで無駄かと思われた。諦め半分ながら、シャロがスタスタと歩いてはルファイドへと詰め寄ってみせる。


「ルファイド」

「おお、シャロ。お前もセルペーを引き剥がすの手伝ってくれ。これでは――」


 これでは神の威厳が保てない、そう続けようとしたが、異物が捻じ込まれて形にはならなかった。


 神をも畏れぬ振る舞い。シャロのグーパンチが闘神の鼻下にめり込んでいた。


「お、おい、シャーロット!」

「放っておくといい。この娘もまだまだ青い」


 物騒な状況に思わずティアは手を伸ばしたが、信奉する神であるランギスは事も無げに語る。ルファイドの首に搦めていた腕を外し、精霊の拳を手で包んで下ろす。


 シャロはといえば、手を振りほどいて自身に寵愛を送るものを睨んで憤りをぶつけていた。


「あれは何?」

「魔物、だろうな」

「だろうな、じゃないよ。強すぎる魔物は全部グリオに倒させたんじゃないの? そうでないなら、可哀想だ!」


 二代目ネギの勇者が名前すら棄てて力を手にしたのは、人間種に害なす魔物を全て葬るためだ。約束が違う、とシャロは見た目と変わらぬ少女のように訴えた。


 ティアも息を呑んで見守る最中「鬼、悪魔」と投げつけられた言葉に、ランギスがピクりと眉を揺らした。額に一本角、更には赤肌。見た目に鬼らしい彼女は、渋い表情を浮かべてからルファイドの鼻から垂れる血をハンカチで拭う。


「おいおい怒るんじゃないよ。魔物との大戦は終結したろ? アレの望みは叶えてやった、少なくともオレが責められる謂れはないね。そもそも、お前はそれがわかってるからこのお嬢ちゃんを連れて来たんだろ」


 言い切って、添えられたハンカチで鼻をかむ。既に殴られた傷は修復されている。鼻腔内に残った血が出されれば、いつもと変わらぬ美貌を携えてルファイドは皮肉気に笑った。


「もういい。後はティアティアに委ねる」

「……左様か。程よいところで機嫌を直すことを期待する」


 拳を振り上げる程の激情に駆られた彼女も、ルファイドが殴ったところでどうにもならないとわかりそっぽを向いてその場を去った。


 否、そもそも永い時を経て存在し続ける神は変わることはない。腹いせにもならないとわかっていながら手をあげたのは、シャロも僅かながら人間らしさ(・・・・・)を残しているからであった。


「嬉しそうよな、リック」

「おうさ。誰かのために怒る、人間っぽさを手放せないんだぞ。もう本人はとっくに人間やめてるのにだ。懸命で憐れで、可愛いくも愚かな子。シャーロットは愛すべき存在さな」


 椅子に座り直し、足を組み頬杖をついた姿勢でルファイドは笑う。先程の皮肉気なものでも、愉快気なものでもない。口の端だけ持ち上げて笑みを作っただけのようであった。


「さて、妾のプレイヤー。久しいな」


 シャロに対して、ルファイドは父のように母のように接する――いつもならば嫉妬の神として本領発揮するところだが、残念ながら信奉者が目の前にいる。紫の瞳がティアへと向けられた。


「ご無沙汰しとります」

「何年振りかのぅ、以前に()うた時は背も低かったが」

「十二の時に出会ったきりじゃから、かれこれ七年でしょうか。背丈は変わっておらんです」


 いつもは不遜な話し方をするティアも、信奉する神へは丁寧な言葉遣いになる。「殊勝な心がけだ」とランギスは気分良く呟いた。


「何から話そうかの……。ジオ何某からか、リック?」

「そうだな。先日ジオグラフィカエルヴァドスが人間の裁判にかけられたろ」


 その話ならばティアも後から本人に聴いて理解している。


 暁の勇者ガッシュをジオが倒して、その後ロジェクト神の神殿へ向かった。ティアの体感では半日程度のことであったが、神殿の外では一週間が過ぎていた。人間種の勇者不在、混乱を納めるためにヴァリスナードがジオを捕らえるまではよかったが、隙をついて黒騎士による裁判にかけられた。


「結果的にシャロのやつがサリーを、サリナ・アイリスを連れ出して説得しちまったんだ」

「それの何が悪い?」


 恐らくは予定になかった行動かと推察するも、ジオが人間種の勇者を続けられるのならば彼女としてはそれでいい。二月も前の話が今更蒸し返されることの方が、よくわからない。


「悪いってことはないが……」

「話を引き取ろう。元々はムドー――そなたらが魔神と呼ぶムドラ・ヴォークリッサの話をする予定じゃった。妾たちは加護を与える以外の干渉をしないと決めておるでな。白色光があろうが、それもムドーの加護なら神も直接手は出せん」


 ルファイドに並んで座ったランギスが面倒臭そうに語る。神の事情とやらを教えてもらっているようだが、ティアにしてみれば関係のない話にしか思えない。


 第一に、その魔神は数百年も前に人間の勇者に討たれて滅んでいる。この国では定番の英雄譚であり、小さな子どもでも知っている常識だ。


「そなたらは知らんと思うが、暁の勇者に討たれたムドーは休眠中でな……。その筈なんじゃが、ここのところ魔物が白色光により活発化しておる」

「ちょっと待ってくれまいか。その話とエルがどう関係するのじゃ?」


 滅んだ筈の魔神が実は眠っているだけ、その上どうやら地上に影響を与えているらしい――さらりと告げられた言葉にティアは困惑してしまう。


 戸惑いを隠さずにいると、ルファイドは眉間に指を当てて溢すように呟いた。


「かれこれ四百年前、ムドーを倒したのは暁の勇者なのだが……、初代ネギの勇者の力添えもあった。あの当時の勇者は神の加護を一手に引き受けており、現今の勇者と力は比べるべくもない」

「……つまり、有事に備えるならエルとウィゴッド、両方の勇者が必要ということかの」

「ご明察。おいセルペ、おまえんとこのプレーヤーは結構賢いな」


 褒められて鼻高々なのは嫉妬の神だけであった。ティアは魔女らしい顔つきになって、現在のレジナス王国を取り巻く状況を整理する。


(ウィゴッドはともかく、闘神の加護を一身に受けるエルも過去の勇者には及ばない?)


 疑問が浮かんだが、伯父から聞かされた二代目ネギの勇者の活躍を思えばすぐに解消される。エル少年が満身創痍になりながら倒した砂漠蟲(サンドワーム)、広域魔法を使ったとはいえ、彼の父親は単身で勝利を収めている。


 休眠中でありながら、ヴォークリッサの白色光は魔物を活気づけ、大型の魔物が活動する始末。更には不発には終わったが、マリィを介してフィル――精霊種を狙う者も存在する。


 考える程に、あどけない顔立ちのティアは額に皺を寄せてしまう。


「質問、よろしいか?」

「よかろうぞ、特別に応えてやろう」


 上機嫌のランギスをちらりと見て、魔女は飾らず言葉にしてみせた。


「その話を何故、私にする? シャーロットの独断じゃろ、ルファイド神はともかくとして、貴女が付き合う必要が何処にあった?」


 今また白色光を上げて現れた強過ぎる魔物、二代目ネギの勇者が倒し損ねたものというワードは、これまで意図的に考えから外していたものと結びつきつつあった。


「さて、何と応えたものか……。そうさな、そなたの背丈の話をしようか」

「だから何故、私なのじゃ!」


 無意識に否定してきたものが形を持って迫る。伯父がエル少年を放ってまで探していたもの、ティアが無理に成長を留めていたこと、その理由に嫉妬の神は迫る。


「そのまま成長が進めば、そなたは大きくなり過ぎる。“母と再会した時にわかってもらいたい”それが望みじゃったな」


 話は単純、と一言置いて、永らく顔を合わせていなかった神は信奉者へ告げた。


「精霊がそなたを連れて来たのはな、当事者だからじゃ。間接的にじゃが、ムドラ・ヴォークリッサがやらかしたことへ、妾なりに何とかしてやりたい……。疑問は解けたかの?」


 邪神、嫉妬の神、そう呼ばれるランギスであるが、浮かべた表情は己の信奉者を憂うものが示されていた。


 ティアは何も答えられない。暴れ出しそうな心を抑えるために指を噛んでみたが、それこそ無力な小さな子どものようであった。


 魔法という大きな力があれども、料理を始めとして人間らしい振る舞いは苦手としている。化け物として振る舞うには、周囲の人間が優しすぎた。父母を一度に失った彼女は、世界に独りきりで放り出された小さな子どもに今も違いなかった。




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