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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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緑色鬼と黒騎士たち

「オッサン、ちょっといいですかいね?」


 呼びかけられたことでオッサンこと、キョウジは日課のトレーニングを中断した。腕の力だけでロープを上っており、手を離せばすぐに声の主の元へと降り立つ。


「何ですかな、コーディー殿」


 額の汗を拭って顔を上げると、幸薄そうな青年の姿が目に入る。陽気に手を振りながらやってくるが、ギルドで因縁をふっかけられた時の印象とは異なり少々戸惑ってしまう。


 今や彼もジオの従者であることがわかり、名前も覚えた。覚えはしたが、名前を出すと妻が露骨に厭な顔をするため、あまり使う機会はなかった。


「朝っぱらからすんません。旦那は起きちゃいないよな」

「昨日、と言いますか夜中に帰ってきたばかりですな。寝てらっしゃる筈ですぞ」


 主が相変わらずコキ使われていることがわかり、コーディーは「そうか」と短く呟いた。この場にいないことをこれ幸いと、オッサンへ相談を持ちかける。


「ジオの旦那ね、またしかめっ面ばっかしてんすけど。あん人のお顔、あーいうもんでしたっけ?」

「無暗に愛想のいい方ではありませんがー……、ここ最近はいつにも増して険しい顔になってますな」


 むむ、と顎に手を当ててオッサンは唸る。


 図らずも里帰りをすることになった時は表情も柔らかかったように思えていた。しかし時間が経つにつれて険しくなったようにも思えた――どうやら彼の勘違いではないらしい。


「コーディー殿も心配か」

「要らんお節介ってやつかもしんねぇけど。ティアの姐さんはよくされちゃぁいるが、そもそも姐さんは勇者ってもんに対して否定的でしょや。黒騎士連中の理不尽な姿見ても、旦那は誰にも相談出来ないでしょうし」

「黒騎士の理不尽、か。貴方もなかなか苦労されてきたようだ」

「よしてくれや。あっしはただのチンピラでさ――と、話が逸れた。旦那が何でこんなに思い詰めてんのか、オッサンはわかりますかいね?」


 ようやく本題が見えてきたが、先輩従者はゆっくりと首を横に振った。熊のように大柄な男が背中まで丸めた姿勢になっており、コーディーは却って申し訳なく思う。


 お互いにジオを心配しているとわかって一安心。しかし原因がわからねば対処のしようもないところだ。


「じゃぁ、どうしようかいね。次に黒騎士から依頼来たら、オッサンついて行ってそれとなく旦那の様子見てくれね?」


 どの立場で言っているのかよくわからないが、コーディーに出来るのは精々お願いすることであった。オッサンが主の傍にいる間、ヴァリスナードに相談にでも行こうかと気楽に考えていた。


「否、そこはコーディー殿にお任せしたい」

「俺っ――あっしで?」


 え、何で、と一瞬ばかり素が出る程に驚いてしまった。


 北方へ向かった時のジオを見れば、オッサンに向ける信頼がどれ程厚いかわかろうものだ。悩みを話すならオッサンに限るだろう。


 それがどうして新参者の自分なのかと、コーディーは混乱半分で怪訝な顔を見せた。


「私がついて行きますとな、ジオ様は妙にしっかり振る舞おうとするきらいがありますれば。あとですな、虫が騒ぐ程度なのですが、フラティラリアが気にかかる」

「姐さんが?」

「左様。あれはあれで無理をしがちなので。ジオ様にばかり気を回して、己のことを蔑ろにしている気もしましてな」


 ジオのことを語る時に増して、キョウジは心配気な顔をしていた。そこまで言われれば、この手足の長い男に断る理由はない。


「そういうことなら、あっしにお任せあれ。旦那をテキトーにつついて、テキトーに発散させてみせますわ。いっそ色街にでも一緒に繰り出すのもありか? これか、これがあっしにしか出来ないことか! ……オッサン、まさかそれを見越して俺に頼んだ?」

「あー、そんなつもりはありませんな。確かに私ではそういう発散は……、いや、でもなぁ……、ジオ様がそれを望むなら。む、むむむ」


 難しい顔をしてオッサンは唸った。


 先代ネギの勇者が、大英雄ヴァリスナードにその手の話を持ちかけられてはどうしたか。思い出そうとして止めた。ジオはジオらしくあってくれればと、育て親の心でキョウジは遠い目をする。


「おたくも一緒にど――」

「私には妻がおりますので」


 女遊びを悪いとは思わないが、それはそれ。コーディーの誘いを食い気味にきっぱりと断ってみせた。


「ほぼ人外のオッサンでも嫁さんが怖いかー……、嫁というか女? それともラフィーネさんに限っての話?」


 話題が盛大に逸れ始め、キョウジは細い瞳を鋭いものへと変えた。コーディーはお喋りが過ぎる嫌いがある。


 何にせよこのオッサンにすれば、主を心配する者が多いことは喜ぶべきことであった。


「コーディー殿、黒騎士が来たようです」


 噂をすればというが、タイミング的には申し分ない。オッサンは往来を走る馬車を指差して告げた。


「お、そうか。んじゃ早速行ってきますわー。旦那もオチオチ眠れないねぇ」


 決断や行動の早いコーディーは即座にカナン亭の扉へ手を伸ばして中へ。バタンと音を立てて閉じられるが、すぐにまた開いて顔を覗かせる。


「すっげー怖いこと思いついちまった! 今さ、旦那と姐さんがお愉しみの最中だったとしてさ、声かけても殺されないかな?」

「早くお行きなさい」


 オッサンは苦笑いを浮かべて手足の長い男を送り出す。


(下衆の勘繰り――もとい、想像力豊かなのでしょうな)


 フォローにならない言葉を思い浮かべ、今更ながら人選を間違ったのではないかと一抹の不安が中年の胸に過ぎった。




 レジナス王国東部に緑色の金属塊が突き立った。村を背にした黒騎士たちと蜥蜴人(リザードマン)たちの間に割って入った形だ。両者ともに突然現れた異物へ驚きの声を上げている。


「ルファイド神に寵愛されし、精霊の声を聞け――」


 溶けるように金属塊が崩れ、中からはこれまた緑色の鎧を纏った少年が現れる。周囲が混乱真っ只中、その内にジオは呪文を呟ぐ。


「彼女の願いは無血停戦、包め大地鳴動グランブリング!」


 精霊の後押しを得て、高まる魔力は絶大な魔法へと昇華された。地面が隆起した結果、村へ向かってこようとしていた魔物を取り囲む土の檻が出来上がる。


 混乱から更なる混乱へ、土壁の中では蜥蜴人の叫びが響く。


「ふぅ……」


 一息吐いて、ジオは腕を下ろした。またも精霊により強制的に空間移動をさせられたが、脅威を前にすれば即座に勇者然とした行動が取れる。ズラりと居並ぶ黒騎士の背後には村がある――群れを成して走りくる魔物をこの奥へと通す訳にはいかなかった。


 蜥蜴人が土の牢獄に囚われたところで、勇者は厳しい表情を未だ緩めない。故郷に戻って以後も、暁の勇者の代わりとしてジオは呼び出されていた。人々を護れることは喜ぶべきことだ。


 だが、彼はここのところ勇者というものに疑問を抱き始めていた。


「魔物は無力化した。武器をしまってくれないか?」


 ゆっくりと顔を上げた先には、黒騎士の一団が待ち構えている。槍に剣、弓と厳重な装備で組まれた隊列だ、突発的な魔物討伐に対しては厳重過ぎるようにこの少年には思えた。


 現に、ジオの言葉を耳にしても一団は退く気配もない。たった今魔物を抑えた勇者に向けて、槍がいつでも突き出せるように構えられたままだ。


「それは出来んな。魔物はここで全て殺し尽くさねばならない」


 槍を構える騎士の間を縫うようにして、一名の騎士が現れた。他とは鎧の意匠が少しばかり異なったそれは、尊大な態度と口振りを披露している。


 正直なところ、ジオが抱いた印象は“いけ好かない”であった。冑に覆われていようが、目の前の男はスティンが持つ敬虔さが見えない。それでも、人間の勇者らしく問答で解決しようと試みた。


「あんた――貴方がたは、博愛の神の徒なのだろう。ここにいる蜥蜴人は闇雲に走っていただけじゃないか。これも人間の脅威になるのか?」

「危険かどうかはこちらが判断する。我らはアイリスの信徒、敬虔なるアイリス信仰者を護るために魔物を打ち滅ぼす」


 吟味する素振りすら見せず、尊大な態度の騎士は手を前へと突き出した。問答をするつもりはないというジェスチャーだ。


 取り付く島もない。人間種を想うなら魔物を排除すべし――わからないでもないが、年若い少年はそんな理屈ばかりをわかりたくもなかった。イーシアで見たゴブリンがそうだ。話せばわかるものもいる。闘わねばならないのであれば、せめても理由を欲しがった。


「私が責任を持つ。敵意のない魔物は逃がしてやれないか」


 森司祭(ドルイド)適正の高いジオには、自然や動物の声が届く。背後にいる蜥蜴人たちは、王国東の中立地帯で相見えた連中とは異なった感情が伝わってくる――それは何かに怯えている様だと理解した。


「闘神の勇者殿よ、以前にもそうやって魔物を逃がしたそうだな? 貴殿は人間種ではなく魔物に与する勇者なのか? 緑色鬼(グリーンオーガ)という通り名は、魔物を護る勇者のものであるか?」

「……魔物の味方を特別している訳じゃない」


 少年勇者は思わず握った拳をゆっくりと降ろし、次いで視線も下へと向けた。歳不相応に、眉間へと皺が深く刻まれる。ここのところ繰り返されてきた問答は、彼だけの問題であったようだ。


 怯えるものへ力を振るってよいのか、蹂躙される様を見ているだけでよいのか。ジオが逡巡してみせようが、黒騎士は退く気配もない。


(俺は人間種の勇者だ……、それは、変わりはしない。例え魔物であっても、敵意のないものを一方的に虐殺するのは間違っているだろう。しかしだ、人間にとっての脅威を完璧に取り除くことを勇者は求められているのか?)


 既に決着はついている。殺生は無益だと訴えかけたい。


 一方で、今の己は暁の勇者の代わりとしてここに立っている――黒騎士が槍を構え直す音を耳にしながら、ジオは眉根を寄せて拳を握ることしか出来なかった。


 固められた拳は、行き場を求めて震える。


「お悩みのようで?」

「コーディーっ、どうしてお前が」


 ガチャリと、金属が擦れる音がした。肩をびくりとさせたジオに反応し、最前列の黒騎士が一斉に槍を彼の方へと向けて音が立てられた。


「さっきから居ましたぜ? なるべくお邪魔せんようにと思ってたんですけどね」


 コーディーは主の背後から一歩、騎士たち側へ長い足を踏み出した。腕を広げながら主の目を見つめ、問う。態度こそ飄々としているが、瞳にいつもの軽薄さは認められない。


「旦那はさ、今日は魔物殺したくない訳だろ?」

「今日のところはそうだぞ」


 彼もまたか弱い人間である。だが、これから黒騎士がしようとしていることに反対だと――否、ジオがやりたいことに賛成なのだと告げている。


「そいじゃぁ、なーにを迷うことがあるんで?」


 自身よりも遥かに年下の少年へ、コーディーの問いが投げられた。主に物を言うのはおこがましいと思えたが、妙なところで迷っている姿を見る方が忍びなく彼には思えていた。


「けどな、今の俺は罰則による奉仕活動中なんだ」

「かーーーっ、あーたはそれで満足なんですかい!」


 天を仰ぎ見て、薄幸の男が咆えた。続きくるりと身を翻すと気怠そうに黒騎士たちを睨む。


「止まれ。これ以上こちらに来るならば、人間であろうと容赦しない」


 ああ、アイリス――指揮官役の祈りに、槍を持った騎士たちも続く。前線に立つ者どもを視線だけで値踏みし、コーディーの長い手が広げられる。


「旦那ー、奉仕活動ってのは魔物を殺し尽くすってことなんですかい? これは何のケツ持ちなんですかいね。こんなのに、本当に暁の勇者が呼ばれるんですかい?」


 再びガチャリと音が鳴る。騎士たちは鎧を着ているのだから当然と言えば当然であるが、あまりに音が小刻み過ぎるしあまりに数が多い。見る側に伝わる程の緊張を彼らは抱いていた。


「ちょっと前に小耳にしたんすけど、黒騎士の槍兵は大抵は新兵でさ。奥におっかないのが睨みを利かせてますが、緑色鬼が怖くて震えてるじゃねぇか」


 饒舌に語り、手足の長い男は大仰に溜め息すら吐いてみせた。胡散臭い風貌のコーディーがすると随分人を小馬鹿にしている風に映るものだ。


「き、貴様っ!」

「――おっと」


 突き出された槍が曲刀に合わさり、滑っていく。


 震えをより大きくした若い騎士が槍を突き出していたが、逆に突き出された長い足に引っかかって盛大にすっ転んだ。その様子に騎士たちが一層ざわついたが、何事かが紡がれる前に曲刀を肩に置いたコーディーが口を開く。


「手を先に出したのはそちらさんですぜ? こう見えてあのヴァリスナードの御大に手ほどき受けてるんでさ。おたくら、余程腕に覚えがあるようだな」


 これまたわざとらしい程、大英雄の名が強調されていた。「どうした、掛かれ!」指揮官が繰り返すが、槍を構えた騎士たちは動かず動揺ばかりが広がっていく。


 直ちに動きはないことを見越して、手足の長い男は再び主の顔を真っ直ぐに見た。


「ジオの旦那ぁ、あっしらは今何のために魔物退治に駆り出されてんでしょうね? この蜥蜴人はそんなに人間に脅威なんですかいね? 何のためにっていうか、ごく一部の誰かのためなんじゃないでしょうかね?」


 従者は拳を握る主へと問う。ここのところきな臭く思っていた黒騎士に、態々乗せられる必要などはないのだと伝えたい――少なくとも、ネギの勇者とはそんな柵に囚われるものではない筈だ。


「俺は、俺が倒してしまった暁の勇者の代わりを――」

「それこそナンセンス! ガッシュなりに旦那を認めてんだ、んなこと言ったら今度は旦那がぶっ飛ばされますぜ。……それに、あの男は無抵抗な生き物を殺したりしない」


 ジオが言葉を紡いでいる途中にもかかわらず、コーディーの長い腕がクロスされてバツ印を作って抗議した。おどけた素振りの中にも真剣さが見られる。


「む、そうなのか」


 眉根を寄せてジオは一旦言葉を出した。眉間に皺を刻みつけながらも、年相応にこの少年は迷ってみせた。


「そうだったとしてもだな、お前は俺の従者だろ……。なんだ、真っ当な勇者と比べてくれるなよ」


 誰もが認める勇者の中の勇者、そんなものと比べられても困るというのが正直な気持ちだ。だが、従者が笑みを見せるものだから悪い気はしない。


「いやいやいや、旦那程勇者らしいってのあっしは知らねぇよ。ここしばらく、らしくなかったけどな、ようやくジオの旦那らしくなってきやした」


 いつもの気真面目な、見慣れた顔を主がすれば、コーディーは面持ちを真剣なものにした。これまで抱いていたものをようやくぶつけることが出来る。


「あっしはネギの従者ですから、主に向かってあーしろこーしろってのは言えねぇです。ただね、俺のようなチンピラにも旦那は夢を見させた。聴かせてくれよ、ネギの勇者ってのはさ、強いだけの人なのかい? 人間の都合で魔物を殺し尽くす化け物なんです?」

「勿論違うさ。ギルドに属さず、人々を護ることが俺の――ああ、確かに俺らしくなかったな」


 皺の寄った眉間を親指の腹で解しながら、ジオが応える。


 元々融通の利かない性格を自覚してはいたが、魔物を倒すことばかりに捉えられていたとは……。自身が悩み、迷い、ブレていたとようやく気づいた。


「コーディー、俺は誰彼構わず殺したい訳じゃない。手伝ってくれるか?」


 背後の土壁を解きながら、蜥蜴人と黒騎士の間に改めて少年勇者は立った。


 ジオに迷いがなくなったようには見えないが、そこに黄金剣士をぶっ飛ばした時と同じ顔つきが見られた。それにはコーディーも満足であった。


「そうさ、旦那はそうでなきゃなんねぇ! 俺が憧れた男はとんでもなく強ぇが、それと同じくらいにはバカな生き物さ。人間の都合に振り回されて暴力を振るうなんざ真っ平だ御免だ。なぁ旦那、それこそネギの勇者ってのは何なんだって話だよな」


 曲刀を左手に持ち直し、動揺広がる黒騎士たちへ睨みを利かせながらコーディーはカラカラと笑う。


 正直なところ、新兵が混じっていようが三個小隊は人数が揃えられている黒騎士を相手にし切れるかは自信がない。だからこそ、緑色鬼や大英雄の名前を出して相手方の気勢を削ぎにかかったつもりだった。それでも主が手伝ってくれといったのだから、従者の身としては死人の一人も出さずに倒し切ってやろうと密かに心を燃やす。


「もういい、剣を構えよ!」


 指揮官役がいい加減痺れを切らしたようで、前衛の槍兵を割って剣と弓の部隊を押し出してくる。黒騎士を、引いては国境を侮られたとする彼らの構えに躊躇はなかった。


「ネギの勇者、それは秘匿された神秘を持つものナリっ!」


 よっしゃ全員倒してやろうと息巻いていた薄幸の男へ、あどけなくも力強い声がかけられた。誰だろうかと肩越しに確認してみると、それはやはりごく薄い藍色の髪をした精霊であった。


 自分の出番は終わったかとコーディーが剣を腰元へ戻すと同時、少年勇者が難しそうな顔をしていたのが見えた。


「一応聞こう……。いつの間に来た、シャロ」

「それはグモンというやつだ! お姉ちゃんはな、ジオのいるところならいつでもどこへでも、だ」


 腕を組み、自慢げに語られる。だが、弟の方はというと再び眉間を揉み解す仕草をしていた。


「精霊さんが来たなら何とかなりますわな」

「はっはっはー、そのとおりだウスイーノ! 戦は最初にぶちかますことがカンヨウと知っているか? ジオ、お姉ちゃんはりきっちゃうぞ、ルファイドの矛使うか?」

「使いません。この先の村ごと吹き飛ぶぞ。シャロは黒騎士を前にすると、どうにも好戦的になるな……」


 はぁ、と溜め息をジオは漏らした。後ろではシャロが「だってこいつら生意気なんだもん」と既視感のある台詞を吐いていたが、そう何度もツッコむ気にはなれない。


「腹決まったわ、コーディーのおかげだ」


 言葉通り、決意した勇者の姿は変貌した。ネギの勇者としてのシンボルである生長鎧(アムド・グラス)が彼の頭まで呑みこめば、魔物が恐れる魔物然とした勇者、緑色鬼が現れる。


「隊長、あれが――」

「ええい、怯むな! 数が違うわ、数が!」


 動揺する部下たちへと向けて檄が飛ばされるが、緑色鬼は止まらない。


「むんっ!」


 節くれ立った上に膨れ上がった右の拳が地面に振り下ろされた。魔法に成らずとも魔力を目一杯に込めた一撃だ――地面がへこみ、微細ながらその場に居た人たちは足裏に揺れを覚える。


 雄大な大地が揺れる、その脅威に未だ留まっていた蜥蜴人たちはジオとは逆、つまりは村に背を向け走り去っていった。


「魔物はいなくなったぞ。まだ、やると言うのか?」


 拳を打つ過程で伏せられた頭が、ゆっくりと持ち上げられる。先程にも俯いた姿勢から顔を戻していたが、比べられたものではない。


 緑色の金属で出来た頭部、尖った人外のフォルムをしたものが人間たちを睨み据えた。口のない化け物であるが、瞳はある。むしろひび割れのような鋭いそれが印象に強い――二つの孔から緑色の光が零れ、縦に割れた眦へ涙のように滾滾と溢れ出す。


 泣き怒る異様な化け物がそこに居た。


「旦那っ!」


 コーディーが叫ぶ声を聞きながら、緑色鬼は引き続き身を起こす。その胸元、膝元に矢が射られたが、金属に覆われた身体には刺さりはしない。先の潰れた矢が地面へと落ちる。


「撃て、撃ち続け――」


 指揮官役が言うよりも早く、矢が続けて射られる。立て続けに撃たれれば流石の緑色鬼にもダメージはあっただろう。だが、丸みを帯びた盾が如き左腕の前に弓は無力化された。


「抵抗しないでくれ。魔物は逃がしたが、俺は人間を傷つけるつもりはない」


 加護により攻撃性を増した分、狂人化の影響をジオは受ける。それに抗い冷静さを保つよう努めて話すも、黒騎士たちは剣を槍を突き出していた。始めから全員倒す覚悟はしていたが、人間が魔物でも見るような目で武器を突き入れてくる姿には、さしもの緑色鬼も少々傷ついたりした。


「精霊さん、どうしやしょ。旦那が泣きそう――いや、もう泣いてんだが、一層泣きそうだ」

「むむ、ジオがピンチか! よし、援軍を呼ぶんだ!」

「援軍ったって、ヴァリスの御大にもそんな権限は……」


 弟を助けようとするシャロへはコーディーの声も届かない。聖地カルデレナでサリナ神を呼び出した要領で、直ちに空間に孔を空けては軍に対抗し得る人物を呼び出した。


「……シャーロット、何の用ぞ? 私はだな、魔物討伐に出たエルを労うべく、料理をしておったんだぞ」


 いつもの野暮ったいローブを袖捲りした魔女がいつの間にかその場に現れた。言葉どおり、料理の途中らしく手には杖の代わりにおたまが握られている。


「ティアティア、見て見て見てよ、そのジオのピンチだ!」

「何じゃと――あい、わかった」


 ビシィと刺された指先、それを目に魔女はおたまを構える。


 今正に泣き声のような怒号を上げ、黒騎士が緑色の化け物へ槍を剣を突き入れようとしていたところだ。パっと見た感では劣勢の中、騎士たちは勇猛果敢に突撃している風に取れないでもない。


 だが、呼び出された魔女にとって、この化け物こそが世界の何よりも大切であった。有象無象の兵たちを睨み据え、短く呪文を唱えてみせる。


「雑兵ら、頭を垂れろ」


 幼子らしい見た目からは想像もつかぬ冷たい音が出た。「あああー」と場に似つかわしくない間の抜けた声が響けば、緑色鬼へと向かった騎士たちの悉くが地面へ平伏してみせた。


 邪神セルペンティア・ランギスから齎された魔法により、術者が敵だと認識した者たちに自重を遥かに越える重圧がかけられた。


「よし、流石はティアティア! ジオの願いどおりの不殺の感じだ!」

「……ティアの姐さんなら、軍にも匹敵するわな」


 鼻高々に唸るシャロの足元から声は続く。魔法の巻き添えを喰ったコーディーのものであった。


「さーあジオ、後は敵の大将にトドメをさすだけだ!」

「さしません……。協力は感謝するよ、ティアもありがとうな」


 圧倒的な力で黒騎士の兵団を無力化したネギの勇者一行。当の勇者は礼を言いながら、生長鎧を普段のものへと戻した。


「旦那、泣いてるのですかい?」


 地面に縫い付けられたままのコーディーが、そう口にする。主の後ろ姿しか見えていなかったが、何となく思ったのだ。大体、勢い込んで闘おうとして、精霊やら魔女の力で解決されたら、自分でも気持ちは腐ると彼は思う。


「泣いちゃいないさ。コーディーも心配してくれたこと、感謝してる」


 振り返った少年の顔は、片眉が下がっておりまだ悩みを吹っ切ったようには見えない。黒騎士にケンカを売ったのだから、当然と言えば当然だ。「これから厄介なことになるかもな」面倒そうに溢しはされたが、表情は幾らか晴れやかそうであった。


 従者としては、いつものジオらしい顔つきが見れればやはり満足だ。おたま片手に彼へと歩み寄るティアの表情も幾分か和らいで見えるから、もう言うことはなかった。


「いいんですぜ、旦那はやっぱり無茶をしねぇとな」


 主に倣って爽やかに笑うコーディー。


 オッサンと約束したガス抜きが出来てよかったと思う反面、少年と一緒に色街へ繰り出すことは断念せざるを得ないことが、残念でならなかった。




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