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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
112/202

大英雄がやり残したこと【幕間】 

 寝ているのか起きているのか、彼の意識は酷く曖昧であった。魔物との大戦が終結して早七年、大英雄と呼ばれる男はフラフラとした足取りで馬車を降りた。


「何ということだ……」


 傷の目立つハゲ頭を押さえ、ヴァリスナードは呻く。王国北部は穀倉地帯となっており、この北東部も長閑なものであると彼は思い込んでいた。


 今や眼前には生々しい破壊の跡が広がっている。地面をひっくり返したように何もかもがごちゃ混ぜであった。知人を探す視線は彷徨い続けるが、心の何処かでは諦めてもいた――目を覆いたくなる惨状がそこにあった。


「先生、危険はないんですか?」

「……あやつがこの先にいるから、大丈夫だ。ここで待っていてくれ」


 馬車の中から心配気な声を上げる少女へ声を掛ける。御者台に座る騎士へ目配せで後のことを頼めば、大英雄は荒れた村を歩んだ。


 倒壊した家屋の下からは土気色になった腕が覗く。死体を見慣れたヴァリスナードではあるが、反射的に目を逸らしてしまう。倒れ込んだ人らしきもの、その数が多過ぎた。「弔いは後で必ず」自身に言い聞かせるようにして足を進めた。


「一体どれ程の魔物が現れたというのだ」


 無人の村を歩く内に感想が零れた。以前に精霊が魔法で地面をひっくり返したところを見ているが、それとは異なるようにも感じる。中心に行く程に破壊の跡が強くみられた。


 ヴァリスナードの感じたものは単なる直感ではない。これによく似た爆発――それも大規模なもの――を思い出し、頭を振って打ち消した。彼女が人里に向けて大魔法を放つ理由がない。


「シオン、グラフォード……」


 疑いの代わりに知人らの名前を呼んでみるが、遮蔽物もなく声は散って行く。恐らくはフラティラリアも無事では済まない。考えたくない時程妙に頭が回ってしまうのが恨めしい。村がこの有様なのに己の知り合いだけが助かっている、そんな虫のいい奇跡なぞ在り得ない。


 大戦の終結以後、二代目ネギの勇者とは顔を合わせる暇もなかった。久々の連絡に胸が躍ったのも一時だけ。争いが続くのだと、まだまだ平和には程遠く感じられて気が滅入った。


「ヴァリス、来たか」


 すっかり禿げてしまったな、そう告げるのは緑色の全身鎧を纏う五十過ぎの男であった。久方ぶりの再会に軽口もいつもどおり。ただ、全盛期を過ぎた勇者を見て“色褪せた”とヴァリスナードは感じてしまった。


 元は黒色であった瞳はくすんだ緑色に、元々は黒かった髪に白が差し込み様変わりしている。友の姿に揺さぶられる程の想いが沸き起こった。


 それでも彼はいつもどおり悪態を吐き返す。


「いやさ、貴様には重大事であろうがー……、そこは大英雄ヴァリスナード様よ。髪などなくとも女は口説ける。どちらかと言やぁ、貴様の老け具合に驚いておるところさね」

「俺にはアイリスの加護がないからな。否、ルファイドの加護を使い過ぎたからかもしれん」


 二代目ネギの勇者、■■■■■■■■は頭を掻きながら話す。彼なりの冗談だとヴァリスナードは理解しているが、真面目腐った顔で出された言葉は笑えたものではなかった。


「貴様、エン――ああ、クソっ! どうして名が出ぬ、名が呼べぬ……、恨むなら儂を恨めよ。全て貴様におっ被せてしまったこの儂を」

「名前は神に捧げたから仕方ない、俺はキミやジオールが覚えているからそれでいい。むしろな、表のことは全部ヴァリスに押し付けてしまったことが申し訳なく思う。お陰で俺は大陸を回れるし、時折は倅の顔も見れる。それはな、贅沢に過ぎるんだよヴァリス」


 俺のことはいいが、とネギの勇者は視線を自身の肩の辺りに落とす。ヴァリスナードも先程からそれには気づいていた。もう全部終わったのだとわかって、悠長にも世間話を続けていたのだ。


 そこには幼子が背負われ眠っている。藍色の髪には黒っぽい赤が付着していた。


「俺はこの子が不憫でならんよ」


 褪せた緑色の瞳が哀しげに揺れる。歳の頃合いで言えば彼の息子とそう変わりはない。


 力尽きて眠っていることが救いなのだろうか。二代目ネギの勇者は珍しく神に感謝していた。襤褸(ボロ)切れのようになった親の姿など、幼い子どもに見せたくない。


「グラフォードはどうした?」

「埋めた」


 背負われた子の父親についてヴァリスナードが問うと、間髪入れずに返事があった。そうかと短く呟き返すことが精いっぱいであった。


「竜の姿で、フラティラリアを抱いたまま事切れていたよ。……こっちで暮らすために、二度と加護は使わないって言ってたのにな」


 苦々しい表情を浮かべ、勇者は続ける。魔物との大戦時に力を貸してくれたのは、人だけではなかった。今しがた埋葬してきた竜人は人間種に味方する稀有な生き物であった。


「シオンは?」

「どこにも見当たらない。しかしこの村の有り様を見れば、シオンが魔法を使ったと考えた方がいいだろう」

「にわかには信じ難い話だ」

「俺もそうさ……」


 勇者と大英雄は共に悲嘆に暮れた。立場や使命を思えば、村ごと人命が失われたことを嘆くべきだ。ただ、この場には他には誰もいない――この一時は友の死と、その忘れ形見の今後を憂うことも許されるだろう。


「貴様はどうする? 儂に出来ることはあるか、友よ」


 難しい表情をしている勇者へヴァリスナードは問う。この顔は昔と何も変わらないと、妙に懐かしい心地にもなる。何でもかんでも抱えようとするのは、この勇者の悪い癖だ。


 馬車に残してきたジュラスは年齢よりもしっかりしていれば、フラティラリアのよき友人になってくれるだろうと考えていた。


「キョウジの件もある、この子はファディアの里へ連れて帰りたい」

「わかっていると思うが、フラティラリアは親の才能を両方ともに受け継いでいるのだから――」

「いずれは王都へ寄越す。その時はこの子を教育してやってくれ」

「それは構わんが、魔法を覚えさせるなら早い方がいいだろう? 王の信頼を十分に得た今なら多少の無茶は通る。だがいつまで儂が大英雄なんて座についていられるかはわからんぞ」


 剃髪を撫で、おどけるように言うものの本音は隠さない。救国の大英雄という看板をいつまで背負えるかが、ヴァリスナードには正直なところわからない。竜人の血やらキンジョーの血やらを引く少女には、早く力の使い方を教えたいところだ。


 厭味にならぬよう睨んでみせると、緑色の全身鎧を着た男はかぶりを振っていた。


「子どもで居られる間だけでも、出来るだけ親族の元で育てたい。頼むよ、ヴァリス」


 無茶な頼みはこれまでに幾らでもあった。それに比べればこの程度――友の頼みを受け入れようとヴァリスナードは首を縦に振る。


 そうと決まれば勇者は踵を返して歩き出す。いつもはそのまま見送るところであったが、遠ざかる友の背中へ傷だらけの男は声をかけてしまった。


「どうした、ヴァリス?」


 振り返った男の顔はいつにも増して険しかった。それも当然だ。これから彼はキョウジとジオール、それぞれの妹と兄の死を告げに帰らねばならない。彼らの哀しむ顔は、ヴァリスナードも見たくない。


 代われるものならば、そう思うが今や大英雄である彼にはやらねばならぬことが多過ぎる。あれこれと言葉が過るが、衝いて出るのはいつもどおりであった。


「達者でな、友よ」


 絞り出した言葉に、苦楽を共にした勇者は何と応えたか? それを見る前にヴァリスナードは夢から覚めた。




「――生、先生!」


 高い声と共に身体が揺すられている。ヴァリスナードは眼を半分程開けて、声の主を捉えた。


 金髪を短く切り揃えた少女が身体を揺すってきている。ジュラスが血相を変えた様子であったが、そこは夢から覚めたばかりの老人だ。「大きくなったな」などと寝起きに呑気な言葉を出していた。


「何を言ってるんですか! はぁ……、いいんですよ。ご健在なら寝惚けてくださっても結構ですよ」


 額に手を当てながら唸る少女騎士。やれやれといった色が言葉には含まれているが、安堵の方が強い。


「ひょっとして心配かけたか?」

「当たり前です!」


 昂る声から視線を外すと、周囲には騎士たちの姿がある。特に近いところには回復呪文を得意とする者が真剣な姿で老人に魔法を届けていた。


「黒騎士なんて、放っておけばよかったんです!」

「言うなジュラス、結局は王国が崩壊しかねんことになる。段々と思い出してきたよ」


 地面に伏したまま、大英雄は語る。


 三代目ネギの勇者が暁の勇者を倒してから二月が経っていた。


 ジオは命じられるままに魔物を黙々と倒す。奉仕活動にも腐らずに黙々と応える勇者の姿に焦ったかこれを機としたか、黒騎士たちは王国内の不安材料を払拭しにかかった。


「先生ともあろう方が、どうして単独で……」


 怒ってばかりのジュラスが言葉を詰まらせながら言う。


 ネギの勇者への処分撤回に動いたヴァリスナードは、緩やかな謹慎処分を受けていた。その老人が地に伏しているのは、やはり誰かのために立ち上がったからであった。


 教会の黒騎士たちがこの機に動いたのは、国教に弓引く“大工房の魔導士”捜索のため。その手がかりを西部に求めた結果、とんでもない化け物を起こしてしまった。


 工房から起き上がった巨大な生き物は近づくものを踏みつぶしながら東へ進む。誰もの理解を越えたものであったが、ヴァリスナードは何を置いてもその化け物の元へと駆け付けた。


「いやさ、アレは儂が止めねばと思った」


 ふぅ、と息を吐きながら老人は語る。何故あの時の夢をと思ったが、意識がはっきりするに従い、それが必然であったと思い知る。


 現れた化け物こそ、ヴァリスナードが、キョウジが、ティアが探していたものだ。


「我が友……、名すら棄てた勇者が最期まで気にかけていたんだ。儂がやらずして誰がやるのだという話だ」


 語りつつ身を起こそうとするが、電流が流れるような鋭い痛みを前にまるで身体は動かない。


「無茶です。先生、ご自分の姿が見えていますか? 手足の方向、おかしいですよ。死んでないのが不思議なんですよ?」


 ジュラスの訴えを聴き、ヴァリスナードは遅蒔きながら己の状況を理解した。


 見れば右腕以外があらぬ方向へ曲がっている。己が身が埋まっている場所は本来平地である筈が、大きな窪みが生まれており、目で追う限りにその窪みは続いているようであった。


 人智を越える巨大なものが王国の地を踏みしめていった。そしてそれは既にヴァリスナードの手の届かないところにまで進んでいる。


「大英雄と持ち上げられ、この様か」


 自虐と共に、苛立ちが募った。二代目ネギの勇者がつけられなかった始末をつけるつもりであった。それが出来ぬことに身を焼き尽くさんばかりの憤怒に駆られる。


「あれは、人間種にはとても手に負えないものですよ」


 諦めたような顔でジュラスが言う。その顔に既視感を覚え、大英雄は言葉を絞り出す。


「貴様な、ずっと冗談扱いしとったな。魔物との大戦時はああいうのがうじゃうじゃとおったんじゃぞ?」

「……今は大戦が終わった後です。大英雄でも勝てなけりゃ、もう終わりじゃないですか」


 ヴァリスナードとしては冗談のつもりだ。あれ程の化け物がそう居て堪るかとも思う。それでもあれ以上の化け物が二、三居たことは確か――残念なことに生真面目な騎士には通じていなかった。


 かろうじて動く右腕でハゲ頭を撫でようとして、一時躊躇った。治癒の魔法が効いてはいるが、格好つけられる程には動けない。そうなれば、出来ることは精々不安がる少女の手を掴むこと、その他には口を動かすくらいしかなかった。


「終わらんさ」

「何ですって?」


 眉間に皺を寄せ、ジュラスは美貌を歪める。この状況下で出されるには楽観過ぎる言葉であった。


「終わらんよ。王国にはネギボウズがいるし、あやつが倒れるとしても十分に時間は稼ぐ。その頃にはカラシ小僧が立ち向かうさ。カラシ小僧がダメでも、まぁ新しい勇者が出てくるだろ?」

「先生の言葉、信じはします……。私にはどこまでが本気かわかりませんよ」

「全て本気さ。儂の時代、この老人の時代が終わろうとしてるってことさ」


 動かぬ身体に無理を言わせるでもなく、ヴァリスナードは東の方を睨んだ。西から東へと化け物は進んでいる。この先トトリに向かうまでの間には、幾つもの村や町がある。


 あの化け物がどれ程強かろうが、単独だ。


 この大英雄は人間の力を過信することはない。どこの村が破られようが、最終的には人類種が生き残る。それが出来るよう彼は勇者ギルドを創設し、人間種に闘う力を培わせたつもりだ。


「しばらくは頼むぞ」


 いつまでも老人に若き才を費やさせる訳にはいかない。ジュラスの手を握り、瞳を見つめ言葉を吐き出す。


 その後はうんともすんとも言わずに、昏々と眠り出す。


「……先生、そりゃあズルいですよ」


 任せるという命令ではなく、頼むという願望を聴くと仕方ない。


 かくして、レジナス王国に眠っていた化け物の討伐に向けた作戦が動き出す。東へ東へと動く巨大な化け物、それを如何に食い止めるか、王都まで食い込んだ場合は如何にして王国を存続させるか――ヴァリスナードの秘蔵っ子は持てる知識と人員の全てを吐き出さんと頭を回し始めた。




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