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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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緑色鬼と竜人 4

 日が昇り始め、木々へ差し込む光が影を作った。王国西部にひっそりと構えられた小さな里の手前へ、大型の魔物もまた影を落とす。バサリと独特の羽根音を立てて、赤竜がファディアの里までやって来た。


 王都に比べると格段に人口は少ない。加えて明け方の時間帯であったために、竜の来訪人目にはつかなかった。


「結構時間がかかったな。赤いお友達よ、精進せよ!」

「途中遅れたのは、シャロ様が暴れたからですぞ?」


 馬車を降りたオッサンが赤竜の頭の上で腕を組む精霊へ声を届ける。それも聞こえなかったのか、シャロは瞳を閉じて大きく息を吸い込んでいた――自然に囲まれたファディアの里空気を堪能している様子であった。


 ここはある意味で彼女の生まれ故郷でもある。百年単位で生きたシャロも懐かしさを噛み締めるような表情を見せる。


「結局、魔物の群れは確認できなかった」


 白銀の鎧を纏ったエドワンも続き、地面へ降りた。


 オッサンの背に眠っているキリカを見つけると、声を小さくした。ついでにエディンへはしばらく待機するようお願いすることも忘れない。


 律儀にも魔物を気にする竜人へ、オッサンはいつもの少年のような笑顔を向けてみせる。彼にとっても、ここは第二の故郷のようなものだ。想ってくれる人がいることは単純に嬉しい。


「お心遣い感謝しますぞ。魔物は先行した――否、先行させられた主が倒してしまったのでしょう。或いはジオール様の仕業か……。何にせよ、ジオ様を見つけないと」

「ジオール? 初めて聞く名だ」


 自由気ままな精霊は放って、二人は歩き出す。もう魔物の心配がないとなれば、ジオを拾って帰るだけで済む。


(エディンを休ませたいし、とんぼ返りは避けたいところだ)


 聞けばここ、ファディアの里はジオの故郷とのことだった。やや観光気分でエドワンはオッサンと談笑し始めた。


 この竜人は人間種そのものに深入りするつもりもなかった。何となく名前を聞き返したのも、気分に多少の浮つきがあったからかもしれない。白銀の冑に顔が隠れているため、彼女の想いも見えずにいる。


「ジオール様は、ジオ様のお母様ですな」

「ほう、ジオ殿の母君か。うむうむ、なるほ――何、だと?」


 ピタりと足が止まる。オッサンはそれに気を留めることはなく「放浪癖のある方なので、いないかもしれませんぞー」と告げていた。


 やはり冑を被っているため表情は見えない。軽く頭を振ると、エドワンは再び歩き出した。足取りはしっかりしたもので、竜人の王子らしい佇まいであった。


「ジオ殿の母君はどんな方なのか、尋ねてもよろしいか?」

「会えばわかりますが、豪快な方ですなぁ。大きな声では言えませぬ。しかしですな実は、私は少々苦手でして」

「……」


 歩みを止めることはなかったが、何事かを考え始めたエドワンは黙っている。オッサンにしても相手から尋ねられることがなければ、特に口に開くこともない。二人して黙々と里を進む。


「そうか、ジオ殿の母君か……」


 しばらくしてエドワンが口を開く。彼女にしても不思議な気分であった――ジオと友好を深めたい、そこに間違いはない。だが勇者とはいえども、どうして異種族の男にそこまでの関心を抱いているかがよくわからなかった。


「エドワン殿、そのジオ様がおられる」

「む、そうか」


 悩む間もない。オッサンに促されて竜人の王子は家屋の横、やや開けたスペースへ目を向けた。


 そこには逆立ちをする少年の姿が見える。


「ジオど――」


 すぐに声をかけようとしたエドワンが、台詞の途中で音を切った。急にゴツゴツとした手で口を塞がれたので、それ以上話すことは出来ない。冑の上から塞がれた時点で、今は声を出すべきではないとエドワンは殊勝にも理解していた。


 わかっていたとしても少々の不快感はある。抗議の意を込めて視線を上へ向けると、オッサンが真剣な表情で少年勇者を見つめる姿が写り込んだ。


「男子三日会わざればと言いますが……。うむ、なるほどですな」


 感慨深く吐かれた言葉、従者の視線の先には上半身裸で逆立ちを続けるジオの姿があった。単なる逆立ちでないことはすぐにわかった。少年の足先には鎧を変形させた重りが乗せられており、身体は片手で支えられている。


 その手も地面から少しばかり浮いていれば、それはこれまでの筋トレとはまるで異なる鍛え方だと理解出来た。


「そろそろ離してくれないか。何を驚かれているのかも教えてもらえると、私としては助かる」


 オッサンが気を抜いた隙に、エドワンが口を塞ぐ手を比較的優しく払いのけた。問うてみたものの、遠い目でジオを見つめる姿はどこか邪魔をしてはいけないもののように思えた。仕方なく瞳に魔力を込めると見えなかったものが掴めてくる。


(なるほど、筋力に加えて魔力で補って……、ではないな。魔力のみで姿勢を保っているのか)


 エドワンもオッサンに倣い、ネギの勇者の修行を黙って見つめた。彼は逆さまの姿勢を保っているが、その支えに筋力はさして使われていない。身体のバランスをとることも金属塊を支える力も、その全ての制御は魔力で以って行われている。


 エディンを伴って闘っていた際に見られた、大雑把な魔力運用はそこには微塵も感じられない。勇者が持つ膨大な魔力を細心の注意で制御しようとする姿が見られた。


「ああ、クソっ、もう無理だ!」


 声を上げたのはジオであった。頭から地面に落ちた彼は、大の字になって荒い息を上げる。布を纏わぬ上半身を大粒の汗が流れて行った。


「また一つ、強くなられたようだ」


 エドワンが動く前に、オッサンが歩み出していた。熊のような大柄な体であるが、笑みを携えた顔は少年のような純真さを感じさせる。


 その主もまた、年相応の笑顔で大男を迎え入れた。


「オッサン、来たか」

「貴方のいらっしゃるところ、何処へでも参りましょうとも。今のはアレですか? フラティラリアが?」

「そうそう。この一か月、ティアには魔法を教えてもらっている……、だが、まだまだだよ」


 よっ――軽く声を上げて腹筋の力だけでジオは軽々と上半身を起こした。音を上げていたとは思えない程の軽々しい身のこなしだ。


「オッサン、魔法ってのは難しいな。身体を鍛えるのとはまた違うし、奥がまるで見えない」


 嬉しそうに笑う姿には肉体的な疲労は見えない。妻が机仕事で精神が擦り減ると言っていたことを思い出し、オッサンはにこやかに笑う。


「普段使っているものとは違う力を使っておりますからな。ジオ様がお疲れなのもよくわかりますとも……、私は貴方様の姿を見て、妻を労わなくてはならないと思いましたとも」

「ん? よくわからんが、オッサンが言うならそうなんだろうな」


 腕で額を拭ったものの、汗は次から次へと湧き出てくる。話ながら、ジオは相変わらず身につけられている緑色の篭手から布を引き抜いて身体を拭き始めた。


「ジオ殿、ちょっとよろしいか?」

「構わんが……、どうした」


 ザリ――銀色の靴が小石を噛んで音を立てた。エドワンが改まって話すものだから、ジオの方も少しばかり身構える――これまでの彼女とは何処か様子が異なるように思えてしまう。


「血が騒いでしまった。お手合わせ願えないか?」

「うーん……、どうしたもんかな」


 困って向けた視線は、育て親であるオッサンに向けられた。ジオは女の殴り方だけは教えてもらっていない。女を殴ることはこの少年の勇者道に反するものであった。


「よろしいのではないですか。彼女もまた竜人の勇者ですぞ」

「……むぅ」


 真っ直ぐに見つめ返されてジオは唸る。だが、オッサンの表情を見ればそこに責めるようなものはない。


「貴方様は三代目ネギの勇者、御父上が為された偉業の上に立っている。退くことは許されませんがー、ジオ様よ退かず傷つけず、相手を真っ向から受け止めることも十分に出来るとオッサンは思いますぞ」

「厳しいこと言うなぁ……、だがそれが嬉しい。オッサンは誰より俺に厳しくしてくれる」


 二代に渡ってネギの勇者に仕えてきた男の言葉が、胸に刺さる。それは辛辣なものではなく、信頼なのだと少年は噛み締めた。


 ゆっくりと立ち上がると共に、ネギの勇者はシンボルである生長鎧(アムド・グラス)を全身へ広げた。頭を覆うことはせず、竜人の王子へと黒色の瞳を真っ直ぐに向けた。


「ジオ殿、よろしいな?」


 握るか握らないか程度に力の込められた手に、白銀の剣が顕れた。レジナス王国とエスジレーヌ王国の境い目で出会った時には見られなかったものだ。これが彼女の信奉する神より与えられたシンボルである。


 細身の刺突剣が朝日を受けて煌く。剣の形からエドワンは突きを繰り出すことが見受けられる。正々堂々、隠すこともなく踏み込みの足は地に軽く触れる姿勢を保っていた。


「よかろう。俺もキミも勇者だ……ただ一つだけお願いがある」

「何でしょうか?」


 生真面目な竜人は戦闘姿勢を崩さずに促した。よもやここで相手が退くことはない、そのような信頼すらある。


「一撃で全てを決する。俺もエドワンと闘ってみたいが、女を殴りたくもない。いいな、一撃だけだぞ?」

「何をバカな……、日頃は己を侮る者にはそう言います。ですが、エディンを倒した勇者が相手だ。十分です」


 白銀の冑の下、竜人の王子は笑みを作った。種族としては人間を圧倒している筈、それが挑戦者の気分でいられる。認めた男に挑めることが、今は純粋に嬉しかった。


「ようし、わかった――いつでも来い」


 右の腕を引き絞り、ジオは言う。この間に緑色の金属が顔にまで伸びて行き、ここに魔物が震え上がる存在が出来上がった。


「行きます」


 短く呟かれ、エドワンの足が地を踏み込んだ。


 竜人が信奉する神の加護が発揮され、力と速度が倍加される。王族に生まれながら、放浪せざるを得なかった彼女が鍛え上げてきたもの、生粋の赤竜から信頼を勝ち取ったエドワンの一撃が放たれた。


「来いっ!」


 既に切っ先が迫るなか、ジオは咆える。


 硬く握り締められた右の拳はいつものまま。ただ今日はそれが振るわれることはなかった。だらりと垂らされていた左の腕が刺突剣に合わされる。


「腕が弾け飛ぶぞ!」


 衝突の寸前、エドワンは叫んだ。同時、女の身であることから手加減をされているのかと、一瞬ばかりネギの勇者への失望も得た。


 緑色の魔力塊が打ち出されようが、それを超えて打ち貫く力がそこにはある。魔力によって作られた壁を打ち砕いて、剣先がネギの勇者の左腕に迫る。


 だが、想像したものとは異なる衝撃がそこにはあった。全力の一撃は確かに人間の掌を差し貫く――貫き、そこで止まってしまう。


「弾けやしないさ」


 左の掌を握り拳に変え、ジオは口を開いた。


 彼は生まれてこの方勇者の息子であった。同年代の子どもとも碌にケンカすらしたこともない。ましてオッサンという育て親のいるなかで、彼は一度足りとて左の腕で誰かを殴ったことはない。


「エドワン……、俺はキミを侮ったことになるか?」


 掌を突き破られども、切っ先はそれ以上進むこともない。刺突剣を握り締めると、それ以上の抵抗は感じられなかった。


 魔力の塊を放って防御するだけでなく、彼の左腕は敵対するものを全て受け止めてみせる。防ぐことに特化した腕は、闘神の加護とやらと相まって鉄壁の盾となっていた。


「いえ、侮られたなどとは思いません。……むしろ、私の我儘を受け止めてもらったと感謝するところだ」


 全力の一撃をいなすどころか正面から受け止められた。エドワンは剣を掴む手の力を抜いた。


「強くなられましたな」


 相手を倒すでもなく制した主を見て、オッサンは感慨深げに目を細めた。


 先代ネギの勇者とは異なる方向に向かうジオであるが、その育ちもまた勇者としての道には違わない。父の背を追いながら己の道へと少年成りに向かっている――従者はその成長を目の当たりにしていた。






 聖地カルデレナの大聖堂、その地下では空気に揺らめきが生まれていた。


「あいあい、兄様。愛しのリリでござーます」


 地下に居ることもあり、リリは黒光りする冑も脱いでリラックスした姿であった。少女のような顔つきをしているが、()は任務に忠実な黒騎士である。


『定時連絡ご苦労』


 頭へ響いたその声は、黒騎士を束ねるアジード神父の息子スティンのものだ。いつもどおりのぶっきらぼうな物言いに、リリは笑みを以って応える。


「どうでしたー、あーしが提供した情報どーりに事は進みもうしたか?」

『読み通りだった。先回りが出来たから、魔物へも一応の対処は出来たよ』

「一応……、一応なんですかいね?」


 むむ、と怪訝な表情をリリがしてみせるが、刻印(マーク)の魔法で伝わるものは音声のみ。しかして、人の好いスティンは丁寧に報告をしてくれた。


『最悪は我々が盾になろうと思っていたが、突然現れたネギの勇者によって魔物は一掃された』

「はへー、闘神の加護ってやつですか? まー、すごいですわね兄様」

『俺も驚いている。さて、道草を食うことになったが、そろそろ工房の魔導士とやらの潜伏先が見えてきた。何か助言はあるか?」

「にゃーですよ。兄様なら完遂されますでしょ。何か不安なことがあるなら、このリリが参りますが? いや、むしろこのリリが向かわねば――」

『結構だ。お前はお前の任を果たしてくれ」

「あいあい、兄様のご武運をお祈りしております」


 ああ、アイリス。最後に短く祈りの言葉を呟いてリリは刻印の魔法を打ち切った。


「ぬっふっふーん、っと。面白くなってきた、かなぁ?」


 言葉どおり、口角を上げて稀有な魔法を使う黒騎士は嗤う。


 世間は大英雄の活躍によって人類種に平和が齎されたと思い込んでいる。その裏で強過ぎる魔物が無名の勇者に葬られていった事実を、民衆は知らない。


 緑色の鎧を纏う勇者の存在を知っていたとしても、権力者によって握りつぶされているのが実情だ。嗚呼、嘆かわしいとリリは首を振る。


 ネギの勇者はもっと強さを示さねばならない。魔物との大戦が終わったとしても、魔物を前に涙を流す人はいる。否、もっと言えば魔物なぞ居らずとも人々は涙を止められないのだ。


「もっともっと、面白くしておくれなんし。……ん? リリはこの言葉遣いで合ってたか?」


 言葉の遣い方がぐちゃぐちゃになってきた。それを自覚してリリは自身の顔を手で覆う。混濁してきたのだ、リリとしてもその他としても動き過ぎた。


 刻印もそうであるが、他者と意識をつなぐような魔法は使い勝手がよくとも反動が大きい。こんなものは余程の神の加護(・・・・)がなければ扱えたものではない。


 リリを名乗る黒騎士は己を保とうと、椅子に身を預けたまま手を彷徨わせる。加護が反発しており、片眼がチカチカと様々に色を変える。


「もうちょっと、もうちょっとではありませぬか。リリは、私は後少しで――」


 適当に伸ばした手が何かを掴む。蓋をすべくそれは顔へと埋められた。押さえ込むようにして、背丈の低い黒騎士は椅子の上で身を捻る。バタバタと暴れ回るが、この苦悶から直ちに逃れることは出来ない。


 身がバラける苦痛に耐えつつ、彼女(・・)が思うことは一つ。一体どの神に祈ればよいのか。複数同時に進行する思考に頭が喰われる。一体どれが本当の己かわからなくなる。


「あーーーー! クソが、クソがっ!」


 思考が散らかりきった憐れな黒騎士は、腹立たしさに任せて椅子の肘置きを殴りつける。殴ったところで痛みが湧くだけだ。それでも意識が浮上することなく、繰り返しガンガンと腕を叩きつけていた。


 その彼女を見兼ねたか、或いは神の慈悲でもあったか。暗い地下牢で一人暴れていたところ一筋の光が差し込んだ。


 青白い肌の神父、アジードの姿がそこにある。日頃の表面的な優しさとは異なり、心底心配する姿がそこにある。


「あまり無理をしてはいけませんよ、カーラ」


 コツコツと音を立てながら階段を降りて男はやってくる。


 名前を呼ばれ、少女は苦悶しながらもようやく鳥の仮面を顔に押し当てた。己のために現れた神父へは、博愛の神の徒として応えねばならぬ。


「そうだ、私はカーラだ。うん、そうだった。大丈夫だ、大丈夫」


 己を取り戻した黒騎士は、王国を取り巻く勢力の動きを思い出して神父へ次なる作戦を告げようとする。


 無限に湧く泥人形の次は、工房の魔導士がいいか。それとも幻惑の魔女がよいか。


「いずれにせよ、ネギの勇者だ。彼にはもっと、もっともっと強くなってもらわないと!」


 神殿で手に入れた橙のオーブを抱え、稀有な魔法を扱う黒騎士は微笑む。




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