緑色鬼と竜人 3
緑色光と共に突如として森へ突き立ったものは、光と同じ色をした金属の塊であった。大きな球体がドロりと溶け、中からはこれまた緑色の全身鎧に身を包んだ少年が現れた。
「緑色鬼っ」
誰が言ったか、黒騎士がざつきをみせる。彼らは隊長から援軍が来ると聞かされていた。当然、緑色鬼が来るものと頭ではわかっていたが、空間を歪めて出現するなど想像の範疇を越えている。
当の少年勇者は冑を被ってもいない。黒髪黒眼、一目で平民とわかるそれは、高い魔力から彩が濃く映える。平素は世間知らずの間抜け面をしているが、不快気に瞳は尖らされていた。気分でも優れないのか、顔色はいつもよりも白い。
「ジーオ、魔物が!」
戸惑っているのは人間ばかり。まるで動じないキノコの行進は止まらず、ハインドは友へと叫ぶ。
「んん? 何故ハインドが……。よくわからんが、わかった」
口元に当てていた手の甲を振るい、ジオは顔つきを勇者らしいものへ変えた。
近くにコボルトがいるが、敵意は感じ取れない。その隣にジオのよく知る顔を見つけたが、正面に群れ成すキノコたちへ照準は定められた。
「見渡す限りに拘束を」
呟きに魔力が乗れば、周囲の植物が急成長を遂げる。隊列を組むキノコたちが短い手足を取られていった。もがこうが胞子を撒こうが拘束からは逃れられない。
「エル、壁を作りなさい」
「やっぱり母さんだよな。里に帰ってたの?」
「魔物がいるところで悠長に喋らないの」
「む――」
懐かしさに浸るより、母のご機嫌を損ねないことが大事。優先順位を誤ると何かと面倒になる。
「魔力塊」
ジオは続けて緑色の光を魔物の群れの頭上へ打ち出した。魔力の塊が爆ぜて広がり、光のトンネルが出来上がった。
「流石私の子、上出来っ!」
文句なしと笑うジオール。魔物を正面から止めた勇者より、更に前へ踏み込んでいく。
「ジーオ、母君は何をするのですか?」
これまでネギの勇者が活躍を見てきたハインドだが、今はその母に注目していた。彼女は無手のままであり、魔法を使う様子もない。疑問に思ったことが素直に口をついた。
「見てりゃわかるさ」
少年勇者は腕を組み、吟遊詩人やコボルトと並んで見届ける。未だざわめきの納まらぬ黒騎士たちへは「ちょっと下がっててくれな」と告げていた。
動きは止まっているものの、百体近くいる魔物の前に華奢なご婦人が軽い足取りで現れる。散歩に出るかの如く、力みのない自然体であった。周囲が見守るなか、ジオールは息を吸い込み――青い炎を吐き出した。
熱波がトンネル内を暴れ回り、キノコの丸焼きが出来上がった。地面に焦げ跡はあるが、木々や草花は炎の影響を受けなかった。役目を終えた緑色光が散っていく。
「よし片付いた。エル、お友達も連れて家に寄っていきなさい」
何事もなくジオールが戻ってきた。それを見ながらハインドは目と口を開けていた。吟遊詩人でありながら、目の前の出来事を上手く表現出来ずに悔いてもいた。
「わたーしは驚いてばかりです。まさかあんな綺麗なご婦人かーら炎が出るとは……。炎、出ましたよね?」
「何とかって神様の加護らしい。ファディアの里ではアイリス信仰の方が珍しいからな」
「ルファイド信仰、でーしたかね」
自然と受け答えをしながら、ハインドは心内で自問する――神の加護を人よりも知る彼にすれば、ジオールが信奉する神はアギト・エギレアである筈だと目星がつく。その加護が人間種に与えられることは稀有。炎の料理人カンナという前例も見ているが、やはり疑問が湧いてくる。
いつまでもうんうんと唸っていれば、ジオから「ほら、行くぞ」と促しがあった。
進もうにも里の入口には黒騎士が陣取っている。アイリス教徒には滅法優しい騎士たちだが、この場にいる四人はそれぞれ異なる神を信奉している。
(さて、どうなるか)
一月前に暁の勇者が倒されたことは、この吟遊詩人の青年にも届いている。横目でネギの勇者を伺うと特に構えた様子も見られなかった。
ジオが近づくと、誰からともなく道が譲られてやや細い通路が出来上がる。その最奥には大剣を背負う黒騎士の姿があった。ジオを避ける騎士たちとは対称的に、迎え入れるように歩みながら冑を外す。
金髪と左眼に大きな傷、背の高い青年騎士とは一月前に出会っていた。
「あー、あんたか。えっと、ステラじゃなくて――スティーブ!」
「スティンだ、ジオ殿。神殿では黙って帰る結果になり、申し訳ないことをした」
「すまないスティン、人の名前を覚えるのがどうにも苦手で……。魔女からはロジェクト神に追い返されたと聞いた。あんたらが無事なら、それでいいさ」
穏やかなやり取りが繰り広げられているが、周囲の黒騎士は気が気ではなかった。下手な騎士より騎士らしいスティンだが、呼び方一つで手がつけられないくらい激昂を見せることがある。
七光りと揶揄される以上に、アジード神父の汚点と呼ばれることを彼は何より嫌う。黒騎士の一部隊長に上り詰めるまでの間、ステイン呼ばわりした相手の中には再起不能となった者もいた程だ。
「ところで、今日はちっこい騎士はいないのか?」
「リリのことなら今はカルデレナだ。性格に難はあるが、あれで腕の立つ魔法剣士だ。連絡係として重宝されている――この村に魔物が近づいていること、レティアの黒騎士へ魔法を使って連絡したのがリリですよ」
「へぇ、珍しいな。俺やシャロ以外で離れたところに声を届ける魔法を使える奴がいるとは……」
世間話をしていると、ジオールたちの姿が小さくなっていることに気づく。ジオは話もそこそこに打ち切って、別れを告げた。
「スティン隊長、緑色鬼と話して平気なのですか?」
「見ての通りだ。彼とは既に面識があるし、ギルドの職業勇者とは違うものを俺は感じる」
ネギの勇者の活躍を一般の吟遊詩人は謳わない、その代わりに緑色鬼の名が独り歩きしていた。スティンが心配するなと言ったところで、成人したても含む若い部隊だ、一人でトロールの群れを壊滅させる勇者は下手な魔物よりも恐ろしく映ってしまう。
「炎を吐いた者もおりました! アイリス神の教えが届かぬこの村は危険なのでは?」
「そうだったとしても、我々がすることは変わらん。人にはエレナ・アイリスの博愛を説き、魔物には鋼をくれてやるのみだ」
「隊長の仰ることもわかりますが、あれらが人間種だとはとても――」
「やめろ。不安になるのは仕方ないが、自らで不安を煽ることはやめろ。どうしても不安になるなら、祈れ」
突き放すような物言いにも、部隊の中でも特に若い黒騎士は素直に手を握り合わせて祈り始めた。貴族の子息が集められた若輩部隊であるが、教養としてアイリスの教えは十分に叩き込まれている。
今のやり取りで部隊の動揺は少し治まったようにもスティンは感じていた。お飾り部隊であっても、黒騎士であることに違いはない。七光りと呼ばれようとも、彼らは自らの手で民を助けることが出来る――そうでなければ、西の辺境まで態々出向く筈がないのだ。
「他の隊がどうかは知らん。けどな、俺たちは進んで黒騎士になったんだ。勇者が人を助けるならよし、勇者の手が届かぬなら我々が民を助ける。それでよしだろう?」
「はいっ、その通りです!」
ああ、アイリスと口々に祈りが届けられた。
そう数も多くない部下たちであるが、いずれも熱心なアイリス信奉者である。スティンより身分が上の者の方が多かれど、主神の教えを体現せんとする若き黒騎士に信頼を寄せている。
「では行こう。我々は任務の途中だ」
部下たちが祈り終えた頃を見計らい、スティンは本来の目的地を示す。魔物の脅威が減ったとしても、未だ王国内に争いの種はある。ある魔導士の工房らしきものがこの付近で発見されたと聞かされ、国を憂う若者たちは進む。
「故郷に帰ってきたといーうのに。なーにやら浮かない顔ですね」
間延びした話し方をしつつも、心配を前に押し出してハインドは尋ねた。ファディアの里に入ってすぐ、実家に戻っても少年の表情は険しい。
「家に戻ったらさ、母が料理をするんだ」
「はあ、わたーしとしては羨ましい限りです」
「そうだよな。母ちゃんの料理食べたくないとか、ふざけんなよって話だよな」
わかってるんだ、そう呟くジオは手で顔を覆って溜め息を吐いた。横ではコボルトがない眉を寄せて渋い顔を作っている。
「……そんなに美味しくなーいのですか?」
「一度食べてみれば、わかる」
呟きにティレンも頷いて応えた。ここまで言われると、どれ程不味いのか食べたくなってしまう。これは職業病かもしれない――ハインドが唸っている内にジオールは戻ってきた。
大きな樽を小脇に抱え、木製のコップが手にされている。黒革の服はツナギになっているからか、上半身の部分だけ脱がれて余った部分は腰元で括られていた。薄手のシャツが着られているが、却って胸の大きさが目立つ。
女性としては背が高い。華奢に見えるが、嬉しそうに樽を抱える姿が何とも似合う。
「料理はしないよ。うちの男どもに散々っぱら厭な顔されたから」
「ごめんってば。ところで、この樽は何?」
「はー……、見てわからないのか。エル、あんた随分寂しい人生送ってんのね」
机の上に置かれた樽と人数分のコップ。これらを見れば酒だということくらい察しがつきようものだ。ただし、勇者しかしてこなかった少年は酒にも縁がなかった。
キョロキョロと見回すジオに対して、両隣の男たちは嬉しそうにしていた。樽の蓋があけられると、慣れぬアルコールの香りに少年が顔を顰める。周りの人と狼も難しい表情になる。
「ジーオ、お酒を飲んだことは? ……ない? なーんと、まぁ勿体ない」
「その歳で酒を知らんとは、確かに勿体ない」
一斉に勿体ないコールをされると、除け者扱いされているようで腹が立ちもする。何より、ヴァリスナードの酒の飲み方を見ているとよくないものだとすら思えた。毎度ジュラスに小言を言われても辞められないのは、どうなのか。
「酒は人を狂わせる。俺は知ってるんだからな?」
「飲んだこともないのに、わーかるわけがないでしょう!」
「む――」
珍しくハインドが強い調子で言うものだから、思わずジオは怯んだ。飲まずして吟遊詩人足り得ぬとは、憧れた吟遊詩人から言われた言葉だ――ジオが父親に憧れたように、ハインドも並々ならぬ想いで酒について語ろうとしてしまう。
「この子ね、父親に似ちゃって本当に堅物なのよ。似るのは顔だけで十分だわ」
やれやれと首を振りながらジオールは酒樽の中にコップを突っ込んだ。随分と豪快な注ぎ方だったが、ハインドもティレンも歓迎していた。「お行儀悪いよ」などと言うのはジオ一人である。
「母さん、ちょっといい?」
「ようやく飲む気になった? 母さんはいつでも歓迎よ。飲みながらティアちゃんとどこまで進んだか聴かせなさいな」
「ティアとは何もないから……。じゃなくて、この人? このコボルト、誰?」
「ティレンさんは酒のわかるいいコボルトでーすよ、ジーオ!」
「……酔っ払いめ」
酒を飲まぬジオは心底厭そうな顔を隠すこともなかった。ハインドは友であるが、急に大きな声で会話に入り込まれるのは気分のいいものではない。
「そうか、自己紹介をしていなかったな。頼むぞジオール」
コップから手を離し、ティレンは姿勢を正す。亜人はレジナス王国では目立ち過ぎる。誤解なきよう紹介をお願いしたいという気持ちがあった。
視線を感じ取ったジオールは一つ頷き、酒を一気に呷る。机にドンとやや大きな音を立てコップを置くと、真剣な顔をしてみせた。
「彼はティレン。私の新しいパートナーだ。エル、あんたの新しいお父さんだよ」
「……」
少年は驚きから瞳を揺らす。続いて項垂れ地面を凝視し、意を決したように顔を上げた。沈黙の後に出された言葉は「ティレンさん、母をよろしくお願いします」であった。
苦いものを噛み潰した表情になった少年と、渋い表情をした人狼。どんな顔をしたら良いかわからぬ吟遊詩人に、一人だけケタケタと笑う母親――場は混沌としていた。
「きちんと紹介してくれ。誤解だらけで凄く居た堪れない気分だ」
「あっれー、ティレンは私みたいなのタイプじゃない?」
「冗談でも止めてくれ。俺は異種族と契るつもりもないし、今は少年が親に向けちゃいけない目で睨んでいる」
ティレンの気持ちなど知ったことか。ジオールは上機嫌に笑いながら、青い毛に覆われたその背中をバシバシと叩いている。完全なる笑い上戸であった。
「ジーオ、ここはわたーしに免じて」
「堪えるさ、堪えてみせるさ。ああくそ、酔っ払いなんて嫌いだ……。俺はこの瞬間、コボルトの弟か妹が生まれてもきちんと兄ちゃんをする覚悟を決めたんだぞ?」
「うーぷす、ですな。わかりますとも、兄であるわたーしにはわかりますとも」
確かにジオールは性質の悪い冗談をよく言った。親の性格くらいよくわかっているが、たまにしか顔を合わさないのだから、くだらぬ冗談につき合わせるなとも思ってしまう。
母親のことは嫌いではないが、料理とこの冗談だけはどうやっても好きになれそうにない。
「やーねぇ、飲んで機嫌直しなさいよ。私がお父さんのことどれだけ好きか知ってるでしょ? あんたのお父さんはあの人だけよ」
「冗談ばっか言ってると、あの世にいる親父が泣くぞ」
とはいえ母親が変わらず元気なことにジオは安堵する。実家に戻ってきたなと気を落ち着けながら、ティレンは共和国を旅していた時に出来た酒飲み友達だと改めて紹介された。
改めて見ると、このコボルトは理知的な瞳をしている。今は壁に立て掛けられている大鉈を見て、武芸に勤しんでいることもわかった――ヴァリスナードのように武芸に秀でた生き物はこのような目つきになるのだと、ジオは何となく思っていた。
「エル、あんた益々お堅くなってんじゃない? 四角四面じゃティアちゃんがかわいそうよー。勇者反対の私が、何のためにヴァリスに預けたと思ってるのよ」
ハインドも含め、一通り自己紹介が済んだところで母が突然絡み出してきた。彼女自身一つ所に留まるのが苦手であるのに、息子へは危険だから勇者になんてなるなと言う。子どもの頃からティアと結託して反対され続けたものだから、ジオとしてはうんざりしてしまう。
「俺が描く理想の勇者ってのは、欲に溺れたりしないんだよ」
「お父さんのこと思い描いてんなら間違いだからね。あの人、酒も女も大好きな人だったわよ?」
「お、親父は親父、俺は俺だ」
「はー……、本当に堅い。ハインドくん、この子に何か言ってあげて」
急に話題を振られて吟遊詩人は肩をビクりと震わせた。ジオが融通の利きづらい人だとはわかってきたが、一方でその不器用さこそが三代目ネギの勇者の良さだとも感じている。
むしろ、母親の説得が必要かと思えば荷物の中から楽器を取り出していた。
「えー……、わたーしは吟遊詩人でありますれば、謳って聞かせるのが一番自然でしょう」
リュートが爪弾かれ、ハインドお得意の楽曲が流される。そこからは彼の本領発揮であった。レティア闘技場で黄金剣士との激闘が語られれば、ティレンは思わず拳を握ってしまう。辟易とした顔をしていたジオールも、次第ににこやかな表情へと戻っていった。
当のジオはといえば、自身を英雄と謳われることには慣れれておらず視線を再びキョロキョロと彷徨わせていた。手持無沙汰でもあり、謳うハインドに勧められて到頭コップの中身に口をつけ出した。
「ブ、ブラーボー! うおおおっ!」
赤髪の少女を守り、敵対した黄金剣士にすら情けをかけた勇者の英雄譚。それを聞き届けたティレンは思わず咆えた。武人である彼は人を護る働きに大層感動していた。
一方ジオールは「もっと艶っぽい話を聴かせなさいな」と催促すらしてみせる。これに対して、ハインドが勇者と赤いスカーフという演目を披露してよいか尋ねると、少年は必死に首を横に振った。
「母さんさ、そんなに言うなら先に母さんの話をしてよ」
「いいよ。あんたが聴きたいのは、私というかお父さんのことでしょうね」
代わりとばかりにジオがねだれば、すんなりとジオールは了承する。母としてはティアとの恋模様やら、話題に上りかけた村娘との話が気になるところであった。それでも息子が一緒にお酒を飲んでくれた時点で、大抵は聴いてやれる気になっていた。
「お父さんとヴァリス、すっごく険悪だったって知ってる?」
「は? じっちゃん、親父のこと最初から好きだと思ってた」
さらりと出された言葉は、ジオにとって衝撃的な内容であった。勇者になったばかりの頃、シャロやオッサンとまず目指したのは王都トトリだ。理想の勇者である父の話を求めて大英雄を訪ねたジオ少年に、ヴァリスナードは期待以上の話をしてくれた。
それ程まで二代目ネギの勇者を称える男が、元々は彼を嫌っていたということに驚きがあった。
「母さんからしたら、二人とも似た者同士だけどね。でも神官と傭兵じゃ日頃求められるコミュニケーションの仕方が違うもの。母さんが初めて二人と会った時も、それはそれは揉めていたわ」
これまでとは異なる笑い方をジオールはしていた。懐かしさに憤りやら嬉しさやら――悲喜こもごもの感情は語られずとも顔を見れば察することが出来た。
ハインドが奏でる音楽を背景に、ジオール少女が出会ったいがみ合いながらも共に人間を守ろうとした男たちの話を語る。
時代は魔物との大戦が始まってしばらくのことだ。各地で魔物が暴れるなか、放浪する一組の兄妹がいた。そのご時世にあって故郷を追われたジオールと兄は、北の穀倉地帯に身を寄せる――今では竜が一番強い魔物とされているが、当時は各地にヌシと呼ばれる魔物・魔獣の類が確認されていた。
魔物の決起に伴い、かねてから縄張りを荒らす人間へヌシたちも立ち上がる。その内の一体が大規模な争いを広げていた。偶々その地で身を休めていたジオール少女が巻き込まれ、勇者に救われた。そんなありふれた英雄譚であった。
「割とあっさりしてるね」
ジオの感想はそんなものであった。魔物が人間をどう扱ったか、勇者が現れるまでどれ程悲惨であったか、それらは割愛されているので仕方がない。
これまで語られることのなかった、父親との馴れ初めであるので出来るだけ血生臭さを除いた親心でもあった。ただし、息子の聞きたかったことはこれでもないなとジオールは勘づく。
「母さんから、何を聴きたいんだい?」
「えーっと……」
慣れぬ酒を口にして、少年の頭は船を漕ぎ出す。頭がぼんやりしていれば、ついつい本音が零れ出る。
「母さんは勇者が嫌いだろ? なのに、親父とどうして結婚したの?」
出てきた言葉に、母は「やっぱり」と胸中で呟く。彼女は二代目も三代目もネギの勇者は不健全だと思っている。誰かを助けたいというのは美徳だが、見ず知らずの人を救うために己を犠牲にする在り方は、ハッキリ言って間違っている――度々ヴァリスナードと衝突していたのも勇者の自己犠牲の点についてだ――息子も同じ状況にあるだとわかり、頭が痛くもなる。
しかし、素面でない今ならと首をゆっくりと振る。元々、堅物のジオが一緒にお酒を飲んでくれるならとジオールは決めていた。
「お父さんね、凄い怒りんぼだから。辛そうな人見たらすぐどっかに行っちゃうのよ……。ずーっと飛び回ってしまう人なの」
台詞の途中でまた酒を煽り、ジオールは上の方を向きながら話す。
「故郷も名前も全部棄てちゃうとか、訳わからないしバカらしいじゃない。でもね、それがお父さんの良さなのよ。だから、あの人が帰って来れる場所を作ってあげたかった」
結局、それが良かったかどうかもわからないけどね――そう言い終わる頃には少年は頭を机に埋めて眠ってしまっていた。
「はー……、まぁこんなもんね。昔語りなんてホント素面じゃ無理だわ」
「無関係なわたーしですので、好き放題に言わせてもらーいますよ」
陽気な吟遊詩人は咳払いを一つする。それは幼き頃に憧れた吟遊詩人が、真面目な話をする際の癖であった。
「いい話でした。吟遊詩人が語るものより余程胸にきました」
未だ上を向いたままのジオールへ、そう告げてハインドは立ち上がる。彼の思惑を感じ取って、ティレンも一緒にジオを寝室へと運んでくれた。
いつまでも堪え続けるのは辛いものだ。割り切ったつもりでも、息子はあまりに父親に似ていた。当時の想いやこれからジオが味わうであろうものが嫌でも胸を過ぎる。
「ホント、似ないでいいところばっかり似るんだから……」
その場に誰もいなくなり、ジオールは俯き涙を溢した。




