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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第一話「語り継がれることのない勇者」
11/202

ネギと村娘 4

「はぁ……」


 安酒を飲み干して、男は息を吐く。リンゴ酒で喉を潤したいところであったが、村の財政を鑑みれば、贅沢は許されない。そこそこの度数のアルコールを流し込み、胃が焼かれては再度嘆息を溢す。


 安価なエールビールを醸造する手段が確立されて久しいが、酒に弱い人間にとっては果実酒が恋しい。


 まだまだ公務は続くのであるが、口寂しさからついつい手を出してしまった。ここ数年、酒量が増えていることを自覚するも、イサックはそれを辞めることが出来ずにいた。


「ああ、どうすればいいのだ……」


 呻きにも似た言葉を吐いて、村長である恰幅のいい男は頭を抱える。酒を片手に机に突っ伏すその姿には、昼間に勇者を迎え入れた時のような穏やかさが感じれられない。


 村民の平穏を願い、ゴブリン討伐の依頼を出したが、気づけば誰よりも可愛い娘を危険な目に合わせてしまっている。グリデルタに何かがあれば、早くに亡くした妻への面目が立たなくなってしまう。それこそ妻はいい顔をしないだろうが、娘を魔物の毒牙から救えるのであれば、売れるものは何でも売り払う覚悟もあった。


――世界は平和になった。


 かように呟く人がいる。イサックは、基本的にその意見に同意していた。だが、平和になったところで、魔物の脅威は未だにある。


 大戦時に比べればマシなことに違いはない。遥かに被害は減った。だが、村を預かる身としては民がゴブリンに脅かされている現状を喜ぶことなどは出来ない。


 王都に要請し、大規模な魔物の討伐を行えばゴブリンを根絶やしには出来るかもしれない。だが、狩りつくした後には、ゴブリンを天敵とする動物たちの異常繁殖が待っている。害獣――とまでは言えなくとも、熊や猪が増えればいずれ村へ大きな被害をもたしてしまう。ゴブリンが雑食であり、山の獣を駆る以上、人と魔も共生状態にあるのだ。


「……グリデルタ」


 つい、娘の名前を呟いてしまう。何が変わる訳でもなかったが、他に出来そうなことがなかった。


 この村の財政を考えれば、逆立ちしても軍勢を呼ぶことは出来ない。つまるところ、単なる村人よりも強い勇者一人を呼ぶことが精一杯だった。だが、勇者は単なる奉仕者ではない。魔物のランクに合わせて報酬が必要であるし、ここ、イーシアのような田舎では価格は高騰するのが常だ。


 ゴブリンのような討伐が容易である魔物では、報酬はどうしても低くなる。はした金を手にするために態々遠征する物好きは見当たらず、付加価値をつけざるを得ない。ぼったくりとも思える対価を払うか、金とは別のおもてなしが必要だった。


 イサックは苦渋の決断の末、後者に賭けた。ただ一人の勇者が異常種であるゴブリンを倒し、対価に娘を捧げるというものだ。


「顔色が悪いな、村長殿」

「んあ、い、いや、そのようなことは」


 不意に掛けられた声に、イサックは詰まらせながらも答えた。彼がそろそろ訪れようことはわかっていたが、この人物が無音で現れることへは、いつになっても慣れることはなかった。


「それで、その後はいかがですかな?」


 手近に椅子に腰を下ろして、男は問うた。相手を気遣う丁寧な言葉であったが、口調は不遜。鋭い目つきも手伝って、敬っている気配はまるで感じられない。


「あの、何と言いますか、その――」

「どうやら、お疲れのようだな」

「……」


 引き続き口ごもる村長を労いながら、男は腰かけた椅子へ深く(モタ)れかかる。


 ギィと軋む音が立っていたが、聞こえていない様子で男は尚ふんぞり返る。その姿勢は、彼が招かれた客であることを鑑みても些か威張り過ぎているように見えた。


 薄暗い室内でも目立つ程に、男の肌は白かった。覗く瞳は眼鏡の奥にあっても鋭く主張しており、この人物の酷薄さを物語っているようだった。一介の村人ではとても向けられないような態度を、来客者はとってみせる。着込んだ上等なローブの皺を払うような仕草は、まるでイサックのことを気にも留めていない。


 顎に蓄えた髭へと手をやりながら、村長は視線を右へ左へ忙しなく動かしていた。出来ることならば、この男の言葉には何も答えたくないところであった。だが、やがて観念したように大きな体をすぼめながら村長は口を開く。


「その、貴方の描いた通りに、事は進んでいます」

「ふむ?」


 意を決して答えたものの、眼前の人物は横柄な態度を崩さない。


 男の冷たい視線に射貫かれ、イサックの日に焼けた肌には脂汗が滲んでいた。村長という位についてからこのやり取りは永らく続いているが、どうしても嫌悪せずにはいられない。


「わからないなぁ、村長」

「――っ」


 思わずイサックは身を強張らせてしまった。この男は、自らの意見を口にすることはしない。あくまでも、相手が自主的に行ったという(テイ)で事を進めるのだ。


「一体、私が何を描いたというのだろうか。教えてくれまいか?」

「いやぁ、それは……」


 目を反らしてしまいたかったが、男がこめかみに指を添えながら見下ろしている姿を見ては、観念する他ない。これは、彼が不機嫌な時にする癖のようなものであると理解していた。追い打ちのように、冷えた声が村長の耳を打つ。


「まさか、私がキミを唆したとは、言うまいな?」


 鋭い瞳を向けられ、イサックは己が決めたことだと首肯してしまう。その感情は絶望にも近いものだった。


 こうなる展開は、男が現れる前から分かっていた。


 だからこそ、娘を追い払うように勇者に同行させたというものだ。とんでもない化け物を操るゴブリンの元へだが、闘神の加護を得た男の傍が一番の安全違いに違いない。少なくとも、この人物の前に娘を晒すよりは遥かに安全だと思えた。


 年齢で比べれば、息子程――とはいかないまでも年齢の離れた青年に頭を垂れることで、イサックは村の平穏を守ってきた。内心情けなくも思うが、奥歯を噛みしめるだけで耐えられるのであれば、何も言うことはない。


「まぁ、よろしかろう。うるさい老人も、汚らわしい魔物ももういなくなるんだ。後は何とでも、な?」

「その通りかと、存じます」


 男――アジードの言葉に苦しさのある笑みを浮かべて答えた。未だふんぞり帰る人物へは、挑みこの場で勝ったところで、最終的には負けてしまう。人としての尊厳を賭けるだけであれば、彼も抗ったことだろう。だがここで争うことは、村の破滅まで引き起こしかねない。


「とりあえずは、魔物を狩りに出た勇者とやらの帰りを待とうじゃないか」

「そうは言いますが、現れた勇者はまだまだ若者ですので」


 村長は少し前に出会った少年のことを思い浮かべる。勇者としての力を品定めする、そんな非礼に対してもその少年は文句の一つも述べはしなかった。それどころか、無理からに付き合わせた娘の安全を優先すると彼はこっそりと教えてくれている。そんな少年には、ゴブリン討伐以上の迷惑をかけたくはなかった。


 はぐらかそうとはしたものの、彼の下手な腹芸ではアジードへは通じない。陰険な男は村長の細かな表情の動きを追って、口元に笑みすら浮かべてみせていた。


「何だ、心配する必要はないぞ? 結局のところ今回の勇者がゴブリンを倒しきれないのであれば、暁の勇者でも呼べばよいのだ。先代神父が倒れて勇者が敵わないとなっては、名のある勇者を呼ぶことも可能だろう?」

「……そのように思います」


――私に任せておけば、全て上手くいくのだ。そのような言葉を出されては、一地方の村長は最早続ける台詞を持たなかった。


「では、主神へ祈ろうではないか」


 ここにきて居住まいを正してアジードは胸元で手を組んでみせる。この地方ではポピュラーな祈りを捧げる姿勢だ。これがパフォーマンスであることをイサックは十分に理解していたが、膝を折らねばならないことも同時に理解している。


 男に続き、祈りを捧げるポーズを取るなか、村長は娘を守ると約束してくれた勇者の無事を、真に祈った。


「ああ、そうだ。お前の娘、そろそろ成人するころだったな」

「お戯れを……あれには作法も何も教えてきませんでした。ご子息には、とても釣り合ったものではないですよ」


 先日成人したばかりのアジードの息子の姿を思い出し、戦慄を覚える。村長は祈りを終えたばかりであるが、娘を思っては祈りに組んだ手を離すことが出来ない。


 この男に似て無礼な生き物になぞ、最愛の妻が残してくれた娘をやる訳にはいかない。娘の人生は、出来る限り娘自身に選ばせてやりたいのだ――儚い願いであったが、今この場では口にすることも許されない。


 彼の目の前にいる、偉そうな人物は今でこそ司祭の位置にいるが、行く行くは司教――否、大司教にもなりかねない。甚だ不服だが、熱狂的な信仰心と行動力を持ったアジードには逆らうことが許されなかった。


 魔物に囲まれて暮らさざるを得ないこの世界において、治癒を始めとする神の奇跡を起こす神父を相手に争いを起こすことは、それこそ許されない。




 


「やあやあ、待たせたねー」


 大柄なゴブリンが吹き飛んでいった様を見送っていた一行の頭上から、声が響いた。随分と間の抜けたものであったが、グリデルタは聞き覚えのあるそれに、日に焼けた前髪の下で瞳を尖らせてしまう。ローブを着込んだ少女は、相変わらずのマイペースさを披露していた。


 勇者にとってはピンチでもなかったが、大型の魔物を相手にしているなかでも姿を見せなかったことを考えれば、抗議の一つも送りたくなろうというものだ。


「ちょっと、あんた――」


 実際に声を上げ始めた少女であったが、半裸のオッサンに口元を抑えられ、後半は音にもならなかった。そんな彼女の想いを知らない少年は、天から降りてきた人物へ歩み寄る。


「シャロ、お前どこ行ってたんだ……色々聞きたいことはあるんだが、取り敢えずその人は誰だよ?」


 後は任せろ、そんな台詞を吐いていた少女は、当然オッサンと村娘の護衛に付いていると思っていた。だが、実際には全く別のところへ行っていたらしく、背には見知らぬ老人を背負っている。老の髪と髭は長く、そのどちらも年季の入った白色をしていた。見ようによっては威厳があるようにも見えないこともなかったが、寝間着姿のまま背丈の低いシャロに背負われる様は、何とも表現し難いものがった。


「あーーーっ! どうして、こんなところに!」

「うわ、何だよ!?」


 シャロに疑問を向けていたところであったが、勇者はオッサンの腕を振りほどいて叫ぶグリデルタへ意識が奪われていた。どうしてこんなところにと言っても、この緑髪の少女が宙に浮かぶ姿をグリデルタは見ていた筈なのに、と首を捻らざるを得ない。


「あぁもう、勇者うるさい! 何で神父様がここに居るのかって、私は聞いているのよ!」


 顔を真っ赤にしてが鳴る少女、その視線の先にいた老人は先日ゴブリンの襲撃で倒れた神父、その人であった。それが何故かシャロに背負われ宙に浮いている。何とも不思議、というかよく理解の出来ない光景であることは確かだった。


 何故と問われれば、話題に上がった人物を連れて来た身としては口を開かざるを得ない。きょとんとした表情をしながら、対抗する訳でもないないがシャロもまた首を捻って答えた。


「何でって、私が連れてきたからだよ?」

「あーーー、そういうことを言ってるんじゃない! 何で療養中の神父様を魔物の村へ連れてきてるのかって、私は言ってるんだーーーっ!」


 更に叫ぶグリデルタであるが、酸欠でも起こしたのか眉間に手を当てて俯いてしまった。


「グリデルタ殿、あまり叫ばれると血管が切れますぞ?」

「わかった。わかったから、しばらくそっとしておいて頂戴……」


 オッサンに背中を擦られ、少女は最後の力で放っておいてくれ、と呟いた。何しろ、彼女の短い人生の中でも理解の出来ないことが一日の内に巻き起こっている。


「ほっほっほ、相変わらずグリデルタは元気じゃな」


 この状況の中でよい点を探すとすれば、危篤状態だと教えられていた神父が朗らかに笑っていることだろうか。彼の後任となる神父からは、もう起き上がることはないだろうと言われていた。不可思議な点があるのだが、常識外のことが起こり過ぎて少女の思考はすっかりパンクしている。そうだねー、グリデルタは元気だねー、などと復唱しているシャロの姿を見れば、頭痛も起りそうなものだ。


「まー、このおじいちゃんのことは後で話すとして……ジオ、後でお説教だね」


 唸る少女はさておき、シャロは勇者へ鋭い視線を向ける。臨戦態勢を整えた魔女は、フードを被りなおして朱色の瞳を引き絞ってみせる。それに呼応するように、少年は再び緑色の拳を固める。

「――悪い、気が抜けていたのかもな」

「え、何を言ってるのよ? さっさと神父様を下ろしなさいって、ば……」


 勇者らのやり取りに神経を尖らせるグリデルタであったが、不満を乗せた言葉は本人も意図せぬ内に呑み込まれていった。それは、防衛本能がなせる業だったのかもしれない。


「――――――っ!」


 声にならない音が漏れた。中空から溢れ出したそれは、誰にも聞き取れるものでもなかったが、怨嗟を募らせた言葉である。


――ニンゲンフゼイガ。


 ひしゃげてはいるが、かろうじて動く口元から読み解くに、異常種のゴブリンはそのような言葉を吐いて勇者らへと迫っていた。




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