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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」
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緑色鬼と従者 1

 暁の勇者が倒されて一月が経過した。王国を護る勇者が不在になったことを、人々は吟遊詩人より知らされた。


 王都にほど近いレティアでは、魔物の猛威と併せて連日謳われている。王都トトリに比べて遜色がないくらいに、昼間のレティアは人と物の往来が激しい。吟遊詩人にとっては謳い甲斐のあることだろう。


「勇者不在を嘆く必要はありません。彼は休養を経て、より強くなって戻って来るのです。今しばらくは黒騎士がこれまで以上の活躍を見せてくれるでしょう。さて本日は、旋風という二つ名を持った騎士の話をお聞かせしよう」


 ここでも王都と同じ話題が繰り返される――これ以上の収穫はないと、手足の長い男は広場を離れた。


 王国は南側が海に接しているが、レティアは内陸に位置している。魔物が王都まで攻め込んだ大戦時ならいざ知らず、ここが戦場になることはあり得ない。


「王都だろうがレティアだろうが、どいつもこいつも勝手を抜かしやがる」


 勝手は民衆の権利と教えられたが、コーディーはこの言葉をまだ呑み込めてはいなかった。苛立ちを堪え、細い目が一層鋭くなっていった。


「あらやだ、怖いことになってるわね」

「何なら俺らの出番が増えるって話だな」


 怖がった顔をしてみせるご婦人や、息巻くギルド勇者を見ていると押さえが利かなくなりそうだった。


(何故そこで大英雄を謳わない。何故走り回っている旦那を謳わない)


 久々にレティアへ戻ってみても変わったところがまるでない。よくよく考えて“レティアはレジナス王国の縮図”との言い回しを思い出す。


 カルデレナでの裁判を機に、町中でヴァリスナードの名を耳にする機会はとんと減ってしまった。代わりとばかりに黒騎士の活躍が謳われている。


「吟遊詩人ってのも胡散臭ぇもんだ」


 腰元の愛刀に触れながら、綯い交ぜになった感情を押さえようとはしてみせる。それでもやるせない想いが消えず、幸薄い男は独り呟いた。


 主が戻って直ぐのことだ。ジオは大英雄に身柄を拘束されてしまった。ガッシュ自身が気にしていないことを知っているコーディーは、即刻釈放されるものだと思っていた。しかしながら事態は彼が思う以上に複雑であった。


 ヴァリスナードが所用で席を外した途端、黒騎士が現れてジオは聖地へと連れていかれる。抵抗しようぜとコーディーは提案してみせたが、主は黙って首を横に振るだけであった。


「今ならわかりますぜ。暴れたらヴァリスの御大に迷惑かかるってことくらい……。わかってるんですぜ?」


 曲刀を弄びながら、コーディーは不平を垂れる。結局、今回もジオの役には立てていないのだ。恩返しも何もあったんもんじゃないと、カナン亭へ向けられた足も段々と重たいものへとなっていった。


「いやいや、自信を持てよコーディー。旦那不在の間に情報収集やらを行うってのが、お役立ちの一歩よ。今日もネギはよく売れたし、そろそろレティアに持ち家ってのもいいな……。お、この案はいいんじゃねぇか? 旦那と姐さんもいい加減くっつくだろうし」


 悪い扱いばかりを受けてきた彼の立ち直りは早い。主に家を用意する、これは我ながら名案だぞと笑みが零れた。フィロッサ・ロジェクトの神殿から帰ってきた主と魔女は、これまでと雰囲気が違うと彼には思えていた。


 あとは修行の成果をジオに見てもらえれば、もう言うことはない。聖地で暴れかけたヴァリスナードは緩やかな謹慎処分を受けており、時間が空いたからとコーディーは剣の指南を受けることが出来ている。


「大英雄仕込みの剣技、ネギの勇者由来のタフネス。ついでに暁の勇者へのコネ! ふははは、ついに俺の伝説がこれから幕を開けるんさ!」


 幸薄い男は、るんたったーとスキップを踏む。王都で暁の勇者と豪遊したことも思い出し、日頃のしけたツラはすっぱりとお山の向こうまで飛んでいった様子だ。


 カナン亭はもう目と鼻の先にある。細い路地から角に折れ、大通りに出ればすぐ。


 角を曲がった途端、道を塞ぐ何かにぶつかった。岩でも置かれたか、硬いものに弾かれてコーディーは尻もちをついた。


「痛っ! んだよ、道を塞ぐんじゃねぇよ」


 ぶつぶつと呟きながら不満を垂れていると、岩がゆっくりと動き出す。腕が掴まれ引き起こされたことで、ようやくそれが大きな人だということがわかった。


「すみません。考え事をして立ち止っておりまして……、怪我はありませんかな?」


 背丈も恰幅も立派な男が少年のような笑みを見せる。背格好の印象とは異なり、その所作は随分と紳士的であった。ぶつかってきたコーディーを立たせ、服についた砂を叩き落としてくれもした。


「別段なんてことないっす、平気でさ。頑丈さだけが取り柄ですんで、はい」


 呆気に取られた表情のまま、手足の長い男はなすがままにされていた。この間にも糸目で向かいの人物を観察し続け、何ともモヤモヤとしたものが胸に湧く。


(このオッサン、どっかで見たことあるぞ。何処でだ?)


 身につけられた衣服は随分と上等なものだ。知り合いの金持ちと言えばヴァリスナードやガッシュであるが、王都で出会った人の数は少ない。それにごく最近出会った人ならば商売のためにコーディーは忘れることはない。


 おかしいなぁ、何だろうなぁ、と彼が考えている内にハッキリと見覚えのある人物が目に映った。


「ちょっとあなた、どうしたの?」


 ふわりとしたブロンドの髪と冷たい表情、それらが評判の美人が、顔を出しては心配するような言葉を投げかけていた。氷の女がそんな表情をするものだから、コーディーは瞳を輝かせながら踊り出る。


「ラフィーネさん、あっしは大丈夫でさ――」


 心配してくれてありがとう、そのように応えようとしたが、ラフィーネは手足の長い男をひょいと躱していった。そもそも、彼女はコーディーを心配したりしない。


「こちらの御仁が、私にぶつかってしまいましてな」

「あなた最近ぼーっとしていること増えたんじゃない? ジオさんに会うのが久々過ぎて、緊張してるのかしら」

「……フィーにはもうすっかりお見通しですな」

「もちろん、私はあなたの妻ですから!」


 氷の女と呼ばれたラフィーネは何処へやら。コーディーのことは全く視界に入れることもなく、良妻ぶりを前面に押し出していた。


「ああっ!」

「――何、驚くじゃない」


 気にも留めていなかったが、突然大声が上げられれば、流石にラフィーネも肩をびくりと揺らす。思わずバランスを崩しかけたが、大男がそれを受け止めた。その男に向かってコーディーは「あんた、そうだ、あんただ!」と興奮した様子で指を差していた。


「私、ですかな?」

「そうだよ、ジオの旦那の従者のオッサン――何か表現がまだるっこしいから、オッサンだ。オッサン、元気だったのかよ!」

「お陰さまで……。えぇと、失礼ですがどちらさまですかな?」

「黄金剣士の元従者ですよ。こんなクズのことは放っておくといいんです」

「お、おぉ、ラフィーネさんもいつも通りお元気で」


 オッサンには忘れられていたり、ラフィーネには忘れてもらえなかったり。何とも座りの悪い感じを覚え、コーディーの頭はがっくりと垂れ下った。


「まぁ、いいでさ。オッサンは俺の先輩だし」


 ショックを受けたが、それはそれとしてネギの新従者は気持ちを切り替える。予定であれば主はとっくに帰宅している筈だ。


「久々に会うのに空振りがあっちゃいけねぇ、あっしが見てくるよ!」

「コージ殿、だったか? 私は待っていても構いま――あの御仁、あんなに早く動けましたかな」

「こっちの返事はまったく聞かないわね」


 あれー? と手を伸ばした姿勢のまま、オッサンことキョウジは妻と二人でしばらく立ち往生を続けることになった。




「旦那ー、いい知らせだ!」


 大きな音は立てないが、ノックもしない。カナン亭二階、ネギの勇者が泊まる部屋が開かれた。


「あれー、旦那ー? 姐さーん?」


 思わずコーディーは小声になった。彼の記憶違いでなければ、昼前には戻る予定だ。期待に反して部屋は真っ暗だった。


(まさか、また黒騎士に召集されたのか)


 厭な予感とともに少しばかり冷静になった。オッサンたちを待たすのも忍びないため、書き置きでもないかと進む。


 灯りなどがなくとも、勝手知ったる要領で抜き足差し足忍び足。ジオが書きものをしている机に近づくにつれ、何やら小さな音が聞こえてきた。


 それはゆったりとしたテンポの旋律だった。誰もいないのに唄が聞こえる。


(え、何これ、唄? 超怖いんですけど)


 霊の類が苦手なコーディーは「おぉ、ヴァンデリック」と普段は祈らぬ神の名を呼ぶ。しかし音のする方へ近づこうにも足が動かない。痛みのない痺れが彼を襲う。


(こ、こいつはマジもんだ! やべぇ、やべぇぞ!)


 こういう時は目を逸らしたら負ける――幸薄い男はこれまでの教えを絞り出し、唄う幽霊を直視した。


 暗闇に慣れてきたこともあって、ジオのベッドに座る少女霊の姿がぼんやりと見えた。唄に歌詞はなく、どうやら鼻唄らしいところまではわかった。ただ、その霊の瞳が紫色に輝いているため、コーディーは肝を冷やした。


(これ、やっちまったかな)


 ゴクリ――唾を呑み込んだ音がやけに部屋へ響いて聞こえた。紫の瞳の少女は鼻唄を止めずに、人差し指を口元近くで立てるジェスチャーを見せる。


 少女霊、もといティアが静かにしろと伝えていた。


 ベッドに座って子守唄を歌う彼女の膝元には、眠るジオの姿がある。眉間には皺が寄り、苦しそうだとコーディーの目には映った。


「ついさっき、ようやく寝ついたんじゃ。起こすなよ?」


 小声で話す少女は、慈しむように膝に抱いた少年の前髪を撫でる。眉間の皺が少し減ったようで、ティアは少し安心したように笑みを溢した。


(旦那、ここんところ出ずっぱりだったもんな)


 従者としても心配していたところだ。一月前、マリィの顛末を聴かされた時にはどうなることかと思っていた。ティアが傍に居ることがジオの助けになっているのだと、実感出来た。


(これ、金縛りじゃなくて魔法だよな)


 依然固まったままだが、何となく原因はわかった。余裕が出てきたコーディーは、ティアの方へ目を向ける。魔法を解いてくれないかとお願いの意味があった。


「大声出したくないし、一度しか言わんぞ。魔法を解いてやるから、こっちを見ずに出ていけ。よいな?」


 頷きたいが、身体はやはり動かない。自由になる瞳を動かすとティアの全容が見えてきた。


(幽霊と間違えたのは、姐さんの服装がいつもと違ったからか)


 コーディーは独り納得する。目が暗がりに慣れた上、ここ最近の訓練の賜物があった。非常事態になると瞳に魔力を集める癖がついていた。見るなと言われたところで、既にバッチリと見えていた。


 日頃の野暮ったい外套ととんがり帽子は脱がれ、衣服と肌の比率が普段とほぼ逆転している。寝所にいるのだから下着姿であっても不自然さはない。


(金縛りにあってるから、動けないもんなぁ……。ん?)


 心の中で言い訳しながら視線は下りていく。コルセットに包まれた胸元から臍、その先へ見たところで眠るジオの姿が目に入る。


 何か変だなぁ、程度にしか思っていなかったコーディーの血の気が一気に引いた。


 よくよく見れば、上半身だけだがジオも裸だった。寝所で男女が半裸、そこへ従者がノックもなしに飛び込んだ――彼は、完全にやらかしたとようやく気づいた。


「ほれ、魔法はもう解いておる。とっとと出て行くんじゃな」


 確かに身体は動く。恐ろしさからビクリと震えることが出来た。当然このまま出て行くことが無難だ。だが、妙なところで頭の回るコーディーは、何か挽回せねばと口を動かす。


「用なら後にせぇ。ええか? 寝てるエルを起こしたくないんじゃ……、いつまでも寛大な魔女様じゃと思うなよ?」


 表情は変わらないが、言葉が紡がれるにつれてキツくなる。ジロジロ見ていたこともバレたと思ったコーディーは、素直に謝ることにした。


「お、お愉しみのところ、すんませんでした」


 頭を下げ、一拍空けてまた上げる。果たしてその先には、親指を立てて微笑む魔女の姿があった。


 やった、許された。一瞬そのように思ったコーディーは再び魔法に包まれる。


「潰れろ」


 立てられていた親指が左から右へ、ティアの喉をなぞりながら横断した。小さな呟きはその音韻を持って魔法へと昇華される――無音で重力操作が行われ、幸薄い男は間接のあちこちを折りたたまれた。


 断末魔を挙げる暇も与えぬ早業。腹立たしさはあったが、まだ冷静だった魔女は死なない程度に威力をコントロールしている。


「エル……、ヌシはアレの何処を買って従者にしとるんじゃ」


 ようやく静かになったが、手加減したために苛立ちは発散し切れない。眠る幼馴染にも、何となく腹が立ってきたので頬を軽く摘まんでみた。


 ジオは未だ眉間に皺が寄ったままだが、頬が歪められると愛嬌溢れる顔に変わった。ティアはニヤつきながら、しばらく頬を引っ張って遊ぶ。


「お愉しみのところ、だとさ。エルは私をどう思っとるんじゃ?」


 相手が眠っていることをこれ幸いと、日頃は聴けないことが口にされた。「やっぱり男女の仲にはならんのだろうな、この勇者バカめ」続けて呟いた後、少女はコーディーの手前では堪えていた溜め息を漏らした。




「んーーっ、おいしい! やっぱりモータリアさんの料理は最高よ!」


 カナン亭で絶賛の声を上げるのは帰ってきたラフィーネだ。“美味で安い、レティアに来たなら並んでも食す価値あり”と吟遊詩人にも謳われたモータリアの料理、それを久々に味わうことが出来た。


 具材はきのこのみといったシンプルなパスタであった。これに熱々のチーズソースがかけられれば、あら不思議。驚く程の旨さに、フォークを運ぶ手を止められない。胡椒もアクセントとして利いている。


「ありがとよ。ところでお前さんら、いつ帰って来た?」


 一仕事終えたモータリアがカウンターへ顔を出す。料理の腕前も健在なら、突き出た顎も気難しそうな顔も健在だ。喜色満面の元ギルド受付嬢は食べることに夢中であったので、代わりに旦那の方が答えた。


「レティアには今日到着しましてな……。これ、慌てて食べたら喉に詰まりますぞ」

「いい顔してやがると思ったが、お熱いことだな」


 これから中休み、食事を摂ろうかというモータリアだが、ラフィーネの様子を見ているだけで腹一杯の気分になった。氷の女などと呼ばれていた彼女が、デレデレの表情をしているのだから仕方ない。


 レティアのような大規模ギルドには荒事、揉め事が多く、どうしても気が強くなり過ぎてしまう。密かに彼女を心配していた身としては、一安心というところだ。ラフィーネの頬が以前よりもふっくらしてきたように思えるが、それは言ってはならないと呑み込まれた。


「おじさん、ちょっといい?」


 給仕役をしていた店の看板娘、アビーがテーブル傍までやって来た。そばかすと明るい笑顔が巷で評判であるが、今日は表情が少し曇っている。


 お水を受け取り、妻へ差し出すと「何ですかな?」とオッサン――キョウジは相変わらずの笑顔で促す。


「ネギの勇者って、何なの?」

「ふむ……」


 遠慮勝ちに話されたことへ、キョウジは顎元に手をやりながら唸る。見ればアビーはお盆を胸に抱くようにしている。これは主が誤解を受けているなと従者は察した。


「最近ね、ジオさんがちょっと変なの。あの人はいつも変だけど、何ていうかその、怖いの」


 アビーが溢した言葉に、モータリアは眉根を寄せていた。彼女だけでなく、カナン亭ではそのように映っているのだろう。


「ネギの勇者とは、そうですなぁ」


 咽る妻の背をさすりながら、キョウジは言葉を選ぶ。彼はネギの勇者、親子二代に渡って仕えている。その二人とも人間離れ甚だしい上に、説明が上手ではない。救った村人から恐れられることも少なくはなかった。


「不器用な男、ですかな」


 ふふ、と笑いながらこの場に適するであろう言葉を出した。横ではラフィーネがうんうんと頷いていた――ジオグラフィカエルヴァドスという少年を表すなら、これが一番早い。


「主が人々から心配される、ありがたいものです」

「心配、っていうか、何だろ。ここ最近ムスっとしてるからさー、私としてはティアちゃんが心配かな」

「そうだな、ジオくんは大英雄にも認められてるんだ。心配なのはむしろお嬢ちゃんの方か」

「姪の心配でしたか、恐縮です」


 座ったままだが、オッサンは深々と頭を下げた。しばらく離れてもネギの勇者が顕在であれば、もう自分の出番はない。そのようにも思えていた。


「あなた、あの薄い人なんか放って、ジオさんに会ってきたら?」


 部屋にいるんでしょ? とカナン亭の面々へ尋ねれば、曖昧な表情が返ってくる。トレーを胸に抱いたまま、アビーは困ったように視線を外しながら応えた。


「帰って来てるけど、部屋入りづらいのよね。いつも真っ暗にしてるし、試しにキリカちゃんを偵察に放り込んだけど、すぐに追い出されちゃったし。私が見に行ってもいいけど……、ねぇ? ジオさんとティアちゃん、最近雰囲気変わったから、何かの最中にお邪魔することになったら、ねぇ?」


 困っている割に、後半は嬉しそうにも聞こえる。客商売なのに妙な勘繰りを娘がしているので、モータリアは表情を渋くしてもいた。


 魔物との連戦で殺気の漏れる勇者には近寄りづらい、そうでなくとも恋仲になっているかすら微妙な二人の間には入りづらい。お年頃のアビーならそれは困りつつも喜ぶでしょうな、などとキョウジは思った。


「ねぇあなた。ジオさんとティアちゃんってそういう関係になったの? あなた、知ってた?」

「さてなぁ……。私も主の元を離れて久しい。いずれにせよ、聴いてみればよかろうものですな」


 みなさん、耳を塞いでください。呟いてからキョウジは大きく息を吸い込む。この間に、食堂スペースにいた人々が手を耳へ添えたことを確認しては、口を開いた。


「ジオ様! オッサンが帰って来ましたぞーーっ!!」

「でけぇ声だな」

「耳痛いっ!」


 慣れたもので、ラフィーネは食事の続きを始めていた。モータリア親子へ詫びつつ、オッサンは席から立ち上がった。


 部屋に入りづらいなら、呼べばよかろうもの――果たして、太鼓を連打するような足音を響かせてジオが現れた。


「オッサン、戻って来てくれたのか! 元気か?」

「恥ずかしながら、このオッサンめは戻ってきまして。お店にご迷惑ですし、外へ出ても?」

「わかった、外だな!」


 少年らしく、どころか小さな子どものように瞳を輝かせてジオはカナン亭から飛び出した。着の身着のまま、上半身裸で現れた少年の姿を前にアビーは瞳を手で覆ってみたりする。


「お、伯父上! やっと……、やっとエルは寝たとこなんじゃぞ!」


 遅れて現れたティアは色んなものを堪えた様子で、走り来る。いつもの野暮ったい外套が纏われているが、帽子は置き去りにされたまま。外套のボタンも留める暇がなかったらしく、合わさった部分を手で握って走っていた。


 小さな少女であるが、走れば外套を割って白い太ももが覗く。


「ティアさん、何だか可哀想」

「思っても言葉にすんじゃねぇよ」


 娘の言葉に、モータリアは溜め息交じりに答えた。飛び出した少年を追いかける、その姿には茶々を入れるものではない。


 ネギの勇者一行が店から出てしまったとあれば、後はどうしようもない。モータリアは黙々と仕込みを再開する。


「お父さんさ、心配じゃないの?」


 父の姿が淡々としたものに映り、アビーは思わず口にしていた。ジオが怖いというのも、彼女なりに不器用な勇者を心配してのものだ。カンナの件でもそうだが、父はどうにも淡白に見えてしまう。


「無暗やたらな心配をな、世の中ではお節介というんだ。心配する姿勢を見せればいいってもんじゃない」

「……うーん」


 言わんとせんことはわからないでもないが、納得がいかない。ネギの勇者はもう永らくこの地に留まっていれば、他人のようには思えない――それが看板娘の率直な想いであった。


「俺は料理人だからな、腹空かして戻って来た人に食わしてやれれば、それでいいんだよ。で、お前はどうする?」


 シンプル且つ明瞭な答えであった。モータリアが淡々とすることも、役割を意識してのものだ。


「宿屋の娘らしく、迎え入れてあげたいかな」


 父の言葉に、アビーはいつもの笑顔で応えた。宿の外、勇者と従者が拳をぶつけ合う音にも、看板娘は鼻唄混じりに帰りを待つことにした。




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