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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五.五話「ネギの従者だ、覚えとけ!」
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まったく格好つかねぇな

 商業区内に構えられた小さな教会、その広くもない庭先で少女が身を翻す。既に日も暮れた時間帯であるが、子どもたちの手拍子に合わせて笑顔で踊っていた。


「クレアー、もういい加減に戻って来なさい」


 日も暮れている上に、ここのところは何かと物騒だ。ライサは踊りを眺めている孤児たちへも呼びかける。


 区の境い目では治安が悪くなることは旧知の事実。最近ではこの教会近辺が荒れている――本来は大小幾つかの教会があったが、人々の関心は極近くにある聖地カルデレナへ注がれる。貴族王族の後ろ盾がない小さな教会は、いつの間にか畳まれていってしまった。


(お父さん、大丈夫かな……)


 住み慣れた教会を見上げれば、自然と神父である父のことが浮かぶ。数日前にカルデレナへ呼び出されていったが、碌な用ではないだろう。


 聖地と言われているが、サリナ・アイリス教皇猊下の教えを守る“新アイリス派”が今や主流だ。最早、アイリス信仰と言えば新派閥を指すまでに至る。ライサたち旧アイリス派の考えは、主神アイリスによる原初の教えはこの時代にそぐわないのだという。


(アイリス様の教えは、間違ってなんかいないのに)


 全ての生命が幸せであることを祈る、ここに間違いがあろうものか。そう思うライサだが、ただのシスターに出来ることはない。それでも彼女は、窮屈だとさえ言われる主神の教えに忠実にあろうとする。


 王都であろうが、親のいない子どもたちには庇護するものが必要だ。全ての者が傷つかぬ世界を……、そう教え諭すアイリス神だからこそ人々は病から護られている。


 聖地の司教が何を言おうとも、ここ王都では信仰の自由が保障されているのだ。堅物シスターは、父が信じる主神を信じている。


「ちょっと、聴いているの? クレアっ」


 自分の考えは杞憂に違いない。ただ、心配の募るシスターは庭先で立ったままの妹たちへ、少々荒げた声を出してしまった。


「お姉ちゃん、アレ」


 クレアが指差す先には、敷地を囲った柵にしがみつく男の姿があった。申し訳程度に拵えられた木の柵は、かけられた力に逆らうことなくへし折れる。


 一か所が壊れると、続けて他の柵もメキメキと音を立てて倒された。緩慢な動きで進む人たちは、段差につまづきながら押し倒すようにして教会の敷地へ押し入った。


 彼らを導くようにして、路地の角から白い煙が吹き込む。侵入者はまだまだ増えそうであった。


「は、早く中に入りなさい」


 血相を変えてライサが叫ぶ。


 厭な予感が当たったと思った。前々から他の教会と同じく、新アイリス派の人たち――つまりは王都の人々から、これまでも小さな嫌がらせを受けている。偶々(・・)、神父が不在の日に大勢が押し寄せたとは考えづらい。


「あれ何? ねぇ、何なの?」


 孤児の一人が怯えのままに溢した。


 あれが何か、知りたいのはこっちだと言いたいところだ。それをぐっと堪え、ライサは子どもたちへ身振り手振りで危険を伝える。


 わらわらとやって来る足取りは緩やかで、目は虚ろ。煙に押し流され、教会へ進む男たちの姿は異常に映った。


「いいから早く来なさい!」


 ライサの声には怒気も含まれていた。子どもたちは迫る大人の姿に怯えていたが、クレアが幼い子の手を引いて教会へと走った。


「ライサお姉ちゃん、教会に逃げ込んでどうするの!」


 ボロい教会に逃げてどうなるとも思えなかったが、必死の形相の姉を見ていれば従う他ない。


「それはこれから考えるから。この子たちを連れて、ずっと逃げられる訳ないでしょ!」

「そりゃそうだけど……」


 確かにその通りだが、随分と心許ない返事であった。慌てて教会内へ飛び込んで、クレアは孤児たちへ素早く視線を運ぶ。十までを数え、全員が揃っていることに一安心。しかしこの間にも男たちが迫っているのだと思うと、震えが起こった。


(お姉ちゃんも怖いの我慢してるんだから)


 自分が一人怖がっていてはいけない。そうは思うものの、成人前の少女には何をどうすればいいかがわからない。町の人は彼女の踊りこそ愉しんでくれているが、身を挺して暴漢から助けてくれるかと言えば首を捻ることになる。


 神父不在の状況では頼れるのはライサのみ。救いを求めるように目を向けると、姉代わりが足早に進む背中が映った。


 教会の奥、ライサの背中越しに一枚の肖像画が飾られているのが見える。美しい女性と白い隼の絵だ――そのどちらも瞳は水色をしている。見慣れた絵だが、クレアはこんな時でも綺麗だなと思う。


「すみません。そこの不埒な貴方」


 祭壇の前、最前列で肖像画を眺めていた青年へシスターは声をかけた。言葉と同じく、表情が強張ってしまっていた。


「何だい、気が変わった?」


 煤けた眼鏡をかけた青年が振り返って応えた。


 目が隠れているが、輝かしい金髪や眉の形を見るだけで美形であることは想像に難くない。路地裏ではお目にかかれないタイプを見て、クレアは思わず「わぁ」と声を上げていた。


「気など変わるもんですか。神に仕えるシスターを口説くなど、一体何を考えてるんですか」

「それなら気にしないでいい、僕は主神の身内みたいなものだから。目の前に素敵な女性がいるんだ。口説かないと逆に失礼になる」


 サリナ教皇はともかくエレナ様なら赦してくれるさ、青年はにこやかに笑ってみせた。嘯く様を見て、キツめのお説法をしようかと思うシスターであったが、用件を思い出して口を開いた。


「まったく、罰当たりなことを言っていると暁の勇者に成敗されてしま――いえ、今はそのような場合ではありません」


 堅物シスターからすれば、目の前の青年は神を心得ぬ無法者であった。それでも博愛の精神を体現するならば、声をかけねばならない。眉根を寄せ、堪えるようにしてライサは続ける。


「この教会に暴漢が迫っているので、早く逃げてください。そのついでで構いませんので、衛兵に知らせてもらえませんか」


 ライサの頼みに、青年は首を傾けて疑問を届ける。


「教会のピンチだ。黒騎士を呼んだ方がいいんじゃない?」

「いえ……。この教会は旧アイリス派ですので、助けは期待出来ないでしょう」


 アイリスの肖像画が堂々と掲げられいる――これを見れば子どもでもわかる筈だが、シスターは出来るだけ丁寧に説明する。


 納得したのか、青年は頷いて徐に立ち上がった。


「衛兵を呼びに行ってもいいけど、時間がかかる。素手では心許ないから、棒っ切れとかないかな?」

「子どもたちが、暁の勇者を真似て遊ぶ用のものがありますけど……あ、丁度レンが持ってますね」


 目くばせを受けて、クレアが木の棒を持って手渡す。受け取った青年は嬉しそうな表情を浮かべていた。暴漢を突っ切って助けを呼ぶ前に、何故このような顔をしたのか、シスターは純粋に気になった。


「どうして、笑ってるんですか?」


 緊張から声が掠れてしまったことを少し悔やむ。我ながらユーモアが足りないとライサは思うが、キツイ言葉かけにも青年はまるで動じない。


「主神エレナ・アイリスの教えを忠実に守る教会は、貴重だからね。その上でサリナ・アイリスが選んだ勇者にも憧れてくれる……、うん。こいつは勇者冥利に尽きるってもんだね」


 爽やかに告げ、ウィゴッドは扉へと向かった。途中、不安を隠せない男の子には「キミの宝石剣、ちょっと借りるな」と軽口を叩いてもいた。


「お兄ちゃん、気をつけてね」


 クレアたちが送る言葉には反応するが、立ち止まることはない。片手を振って、休業中の勇者は歩き出す。


「あー……、これは面倒だな」


 外へ出て状況を把握すると、溜め息を吐きそうになる。まるで隠すこともなくガッシュは心情を吐露した。


 彼の前には、徒党を組む男たちの姿がある。足取りが遅いといっても教会へなだれ込むのは時間の問題だ。


 それよりも問題なのは焦点の定まらない目だと思われた。皆が皆、一様に光の消えた様子でやって来る。操られている人間を傷つけた場合も、罰則(ペナルティ)があるのかどうか、考えるだに面倒になる。


「斬りながら考える――ことも出来ないでもない。けど、そんな必要もないくらいの力は持ってる」


 手にしたものを利き手に構え、青年は顔つきを勇者らしいものへと変えた。


 微かに空気に波を感じる。魔法の痕跡を白色の煙に見出した。


「力を貸してくれ、宝石剣」


 呟く暁の勇者。子どもから借りた棒切れが輝き出す。


 慈愛の神サリナ・アイリスの名の元に、暁の勇者は真価を発揮する。教会を背に、そちらへにじり寄ってくる者どもへ眩い光を放った。


「――――っ」


 目に光の灯らない男たちを、眩いものが打つ。


 夜を朝に変えんばかりの光量に、対峙していた者はみな身体をくの字に折って動きを止めてしまう。続き、まだ光の灯っている木の棒が振るわれると、巻き起こった暴風に纏わりついていた煙はすっぱりと払われた。


「すごい。お姉ちゃん、あの人……」


 瞳に白みがかったままクレアは二三度瞬きする。大勢いた男が、怪我一つすることなく無力化されている様は圧巻であった。


 教会の外は再び暗闇へと戻っている。一瞬とはいえ、人の身で夜明けを起こす勇者を彼女は知っている。


「ああ、アイリス! 未熟な私をお赦しください」


 咄嗟に手を組み合わせ、ライサは主神へ懺悔する。ついでに、お茶の一杯くらい付き合ってもよかったかと、堅物な自分へ嘆いてもみせた。


「……さて」


 煙は散れども、見据えれば魔力の残滓を辿ることが出来る。姉妹のやり取りを知らぬ勇者は、煙の発生源を目指した。




「何が起こった?」


 教会から離れていたディネスは疑問の声を上げる。


 放った魔法が散らされた。言葉にすると簡単だが、魔神由来の魔法が無力化されたことには驚きを隠せない。


 教会の方角が厭に明るく見えたが、まさかなと彼は思う。暁の勇者は別の勇者に負け、資格を失っている筈だ。


(どうする……、退くか?)


 旧アイリス教を潰しつつ、黄金剣士の収監先を攻める人員を確保する――見事な計画だと自賛していた男は、計画の変更も余儀なくされた。


 しかし彼は首を横に振って平静を保つ。黒騎士の装いをしていれば、慌てる必要もない。誰に見られても、騒ぎを確認しに来たと言えばよいのだ。


「黒騎士がこんなところで何を?」

「――っ」


 不意に声がかけられ、驚きを隠せないディネス。兜に表情が隠されていることに安堵する。ビクりと跳ね上げてしまった手を、ゆっくり戻しながら声をかけてきた青年へと向き直った。


「巡回ですよ。そちらこそ、こんなところで何を?」


 逆に問い返される形になり、青年――ガッシュは口元に手を当てて思案する。黒騎士の声音は落ち着いていたが、どうにもきな臭さを覚える。


「そこの教会でお祈りをしていたら、暴漢がなだれ込んできてね。僕も巡回ってやつさ」


 面倒だと思うが、相手のレールに乗る形で青年が答える。


「なんと暴漢とな? わかりました、私がそちらへ向かいましょう」

「いーや、それには及ばんさ。これは僕への依頼で、依頼主は衛兵をお求めだ」

「別に黒騎士でも構わないでしょうに……。依頼ってことは君はギルド勇者なのか?」

「……白々しいな」

「は?」


 余りにボロが出るのが早く、ガッシュは眼鏡の縁に手を添えながら淡々と呟く。途中までは日頃の彼らしい話し方であったが、雰囲気が一変した。


 それを見た黒騎士は変化の振り幅についていけずに、疑問符を浮かべる。続いて黒い眼鏡が外されると、素っ頓狂な声が出される始末。


「暁の勇者が、何故ここにっ!」

「お祈りをしていたと言ったろう……。どこまで惚ける気だ」

「惚けてなんて――」

「嘘だな。この位置からでも十分、さっきの光は見えていた筈だ。私の二つ名、暁の由来は余りに有名だろう?」


 露わになった水色の瞳が鋭く男を睨み据える。


「いや、その、暁の勇者だとわかっていたらすぐに答えましたとも。市井に一から十まで答えるような騎士も衛兵もいないでしょう。不自然な点など……」


 黒騎士のしどろもどろな態度を見て、ガッシュの瞳は鋭さを緩めた。面倒にも問いかけに乗ってやったが、思いのほか往生際が悪い。はっきり言って、呆れていた。


「出来るだけ穏便に投降を勧めていたつもりだがね……。では後は最短距離でいこう。私を暁の勇者と認識しても尚、冑を取らぬは不敬だな」

「くっ――」


 さっさと逃げればよかった。そんな想いも抱きつつ、ディネスは冑へと手を伸ばす。王位継承権はなくとも、ガッシュが王族であることは有名過ぎる話。


 一方で彼が人間種の勇者であり、人間を傷つけられぬということもよく知られていた。素直に素顔を晒そうとする男を前に、勇者が無防備になることは容易に計算出来た。


「お人好しだよな、勇者ってのは!」


 魔法による白色の煙を噴き上げ、ディネスは下卑た笑みを浮かべる。


 ガッシュが怯めばよし、怯まずとも文字通り煙に巻ければ十分だ。視界不良のなかでは、この勇者は手出し出来ない――下手に宝石剣を使えば護るべき人間を殺しかねない。


「じゃあな、ガッシュ!」


 勝った。


 計画が崩れた時はどうなるかと思ったが、まだまだ悪運は尽きていないと黒騎士はほくそ笑む。遅きに失した感はあったが、それでも体勢は十分に立て直しが可能。


 煙に目隠しを受けた暁の勇者は、剣を振るうことも追うこともしようとしない。代わりに、ゆったりと落ち着いた様子で口を開いた。


「そこの黒騎士、前方には気をつけた方がいいぞ」

「何?」


 背後にばかり注意が割かれていた。ガッシュの言葉で、ようやく逃走経路に何者かが立っていることへ気づく。


 自身が出した煙で視界不良。だが、薄っすらと見える手足の長いシルエットには見覚えがあった。


「どきやがれ、死に損ないの腰抜けが!」


 日頃心掛けているゆったりとした言葉遣いも忘れ、ディネスは叫んだ。誰かに従うしか能のない薄幸の青年に己が止められるものか。腰抜けコーディーに負けることはないと、黒騎士になった男は大剣を振り被って立ち向かう。


「死に損ないに腰抜け、結構なことだ。けどな、我慢ならねぇことがある」


 背中にナイフが刺さったまま、コーディーは歯を食いしばった。怒りの余り、拳をつくると爪が食い込む。


 走り来る大柄な黒騎士へ向かって、腰元に備えられた短い曲刀が引き抜かれる――出し惜しみの時間は終わりだ。


「どけ、だ? 流石の俺も、頭にくるぞ!」

「抜かせっ!」


 スピードを増して迫る巨躯と、静かに立つ痩身。対照的な二つが交差する瞬間、暁の勇者には劣るものの、ぶつかりあった刃が暗闇の中に光を咲かせた。


「とっとと逃げればよかったのにな」


 その光景を見ながらガッシュはぼそりと呟く。


 休業中とはいえ、彼はレジナス王国最高峰の勇者だ。棒切れを下ろして戦闘態勢を解いては、確信とともにことの成り行きを見守ることにする。


 結果、暁の勇者が睨んだとおりに剣は滑っていく。大剣を軽く振るう膂力は大したものであるが、獲物を扱う器用さに関してはコーディーに軍配が上がる。


「バカ、な」


 交差後、立ち位置を変えてディネスは目を白黒とさせる。彼が知るコーディーはへらへらと笑っているだけの軟弱な男の筈だ。


 少なくとも、数年前に女を賭けて闘った時はディネスの圧勝だった。逃げることも忘れて、背後の男へと振り返り叫ぶ。


「何かの間違いだ、私は腰抜けに負ける訳がないっ! こんな節操なく主を入れ替える男だ、誰でもいいんだろ? とっとと尻尾を巻いてろよ!」


 頑なに脱ぐことを拒んだ冑の下、男は目を血走らせている。こんな男に負ける訳がない、勝って当たり前なのだ。思い描いた騎士になどはなれなかったが、彼はようやく黒騎士になり、これからこの碌でもない世界をひっくり返す準備を始めたばかりだった。


「黙れよ、三下」


 振り返った男はまだ何事かを抜かしていたが、そんなことには興味がない。曲刀を鞘へと戻し、コーディーは静かに咆える。


 器用にも平然と言葉を吐いたが、その実震え上がる程の怒りに燃えていた。過去のことは勿論、それ以上に今出された言葉が大抵のことは流して受け入れてきた彼のスイッチを押した。


「俺を悪く言われるのは仕方ねぇ。でもな、旦那をそこらの奴と一緒にすんじゃねえよ」


 一度大敗を喫した相手に向かい、コーディーは怒りを燃やす。だが小心者の彼を知るディネスは大剣を取り落としても、未だに事実が受け入れらずに呻く。


「それがどうした、お前が幾ら慕おうとも勇者なんてものは――」

「あんな人間、見たことねぇ。他にいないんだよ……。大英雄とも暁の勇者とも違う、このちんけなチンピラにも夢を見せるクソ真面目な人間だ、それがネギの勇者だ!」


 拳を固め、コーディーは無手の黒騎士へと突き進む。冷え切っていたと思っていたが、思わず零れた涙に尚も熱は上がり続ける。


「それが俺の憧れる勇者だ。細い両腕で全てを抱きかかえようとする愚直な生き物はな、俺にもそうなれるって言ってくれたんだよ!」


 怒鳴り声とともに拳が引き絞られた。何の捻りもないただの中段突きであるが、長い足は相手の股下に潜り込んで逃げ場を完全に殺してみせる。


「これは間違いだ……」


 何事かをディネスはまだまだ続けたがっている。言われずとも、コーディー自身間違いだと思っている。ただ、人生が不本意の連続であったとしても、今の彼が生きる様に間違いはない。それは確信出来る。


 震える程に力を込めた拳が、因縁深い男へと放たれた。


「ぶっ飛べ、この野郎!」

「がっ――」


 主の一撃には程遠いが、従者は器用にもフォームを完全に真似てみせた。拳は黒い鎧に堂々と突き立ち砕き、その下の胸を大いに打った。


「腰抜けコーディーはな、ちぃっと前に黄金剣士に斬られて死んださ」


 ふん、と鼻から荒い息を漏らしてコーディーは拳を引く。鍛えてはきたが、鎧を全力で殴るなどは初めてであったため、殴った手が痛くて仕方ない。それはポケットへ放り込むと、後ろに控えているガッシュへと向き直った。


「やーやー、流石は僕が見込んだ男。国の危機には颯爽と現れますな」


 パンパンと手を叩きながら勇者がやって来るが、コーディーは褒められたところで嬉しくもない。


「これもおたくの狙いなんだろ? タイミングが良すぎやしませんかね」

「何のことかな。最近王都が騒がしかったり、主神派の教会へ圧力が強まったりしていたけど、まさかコーディーが懇意にしている踊り子のいる教会が狙われているだとか、僕は知らないよ」

「……ああもう、知らないってことでいいでさ」


 はぁ、と溜め息を吐きながら幸薄い男は腹元を撫でる。確かにナイフが刺さったが、今では傷がかさぶたで埋まっていた。最早自分も立派な人外かと嘆きかけた。それでも眼前の暁の勇者に比べれば、まだまだ人間らしいとは思う。


「ところで教会は、クレア嬢ちゃんは無事ですかいね?」


 気になることといえば、そちらの方だ。大勢の男がわらわらと向かって行ったことが気掛かりであった。


「平気だよ。暴漢は無力化したし、僕が出した光を見て騎士姉ちゃんが兵を連れて駆け付けてるさ」

「ああ、そいつはよかった」


 ふぃぃ、と息を吐き、青年は身を投げ出す。腹の傷は埋まっても、背中にはナイフが刺さったままだった。気を抜いたせいか、鎧を砕いた手が急激に痛み出す。


「後、よろしくな……」


 最早意識が遠のくことを止められず、コーディーの視界は黒く塗り潰されていく。


 暁の勇者がいれば致命傷を受けても助けてもらえるだろう、そのような算段があった。「おい、しっかりするんだコーディー! 僕は回復魔法が苦手だ!」聞き間違いであって欲しい言葉が耳に入ったところで、今更意識を繋ぎ止めることには無理がある。


(えーうっそ、俺って不幸じゃね?)


 ひょっとしたらもう目は開かないかもしれない。背筋に冷たいものが奔る。


 じくじくとした得も言われぬ感覚を受け、最後には誰にだかわからないが祈ってしまう。祈る神はなくとも、クレアがいつもどおりの笑顔でいられることが祈りたくなったのだから仕方ない。


 主なら褒めてくれるか? 夢想しながら、今度こそ薄幸の男は瞼を落とした。




 事件から二日後、相変わらず黒い眼鏡をかけたガッシュが教会を訪れる。


「あ、ガッシュ様」

「様づけなどよしてくれよ」


 出迎えたシスターに「不埒な人と言ってくれていいよ」とからかいながら庭先に据えられたベンチへと腰かけた。


 ライサは非常に困った顔をしていたが、暁の勇者には苦言を呈することも出来ず苦笑いを浮かべていた。


「あんまり、このシスターをいじめてやんねぇでおくれよな」

「コーディー殿がそう言うなら、気をつける」


 座ったガッシュは、隣に座る手足の長い男へ爽やかな笑みを向ける。素肌に上着だけを来たコーディーの腹には、包帯が派手に巻かれていた。


 見た目は酷くとも、元気そうな姿を目にしてガッシュは世間話を始める。


「傷の方はどうだい?」

「いや、これが痛くてね。ジオの旦那――ネギの勇者に鍛えてもらってるけど、刺されても即死しないだけで超痛いんすわ」

「痛いだけで済んだら十分十分」


 にこやかなガッシュがやたらと憎らしく思えたが、怒る訳にはいかない。彼がいなければ、こうしてクレアの踊りを見ることも出来なかったかもしれなかったのだから。


「おたく、本当に酷い人さな。勇者でなかったらどうすんさね」


 軽口を叩かれたことにジト目で返してみるも、当の勇者は爽やかに笑うに留まる。


「やつら、黄金剣士を利用しようとしていたらしいよ」

「……檻から出してどうなる、てことはないな。ジオの旦那やおたくを見た後だとアレだけど、トリルの兄貴は相当に強い勇者だ」


 一体誰が何の為に。疑問は尽きないが、ガッシュがそれ以上の問答は求めなかったので、コーディーは頬杖をついて眼前の光景を眺めた。


 教会の庭先で踊ることを許された少女、集まった人々の顔を見ればコーディーは満足気に頷いてみせる。明日帰ってくるであろう主も、妹を見る時には笑顔であった。ぼんやりと自分もそんな顔をしているんだろうかと思う。


「いい笑顔だよね」

「そうさな。クレアは見ていて飽きないさ」


 しばらく男二人で眺めていると、前を向いたままガッシュは世間話を続けた。


「ヴァリスナード様はこんな笑顔を護りたがっている……。どうだい、大英雄に師事してさ、僕と一緒に王国を護ってみないかい?」


 茶化しなどない、真面目な言葉であった。


「冗談じゃないってことはよくわかった。本当に光栄でさ」


 同じく前を向き、クレアの踊りを見ながらコーディーが漏らす。本人自身、まだ迷っているようで、瞳に揺れはないが眉間には悩むようにして皺が刻まれていた。


「ディネスのようなヤツもいて、国教を護るっていう黒騎士も一枚岩じゃねぇんだろうし。お役に立てるなら、嬉しい話でさ」

「じゃあヴァリスナード様に話を通しても?」

「ジオの旦那に相談してからだけどな」


 長く息を吐きながら、意を決したように手足の長い男は言い切る。長いものに巻かれ、それなりに酷い人生を送ってきた。クズだの何だの蔑まされてきたが、元々は誰かを護るために彼は力を欲してきた筈だった。


「ジオグラフ殿も悪くはないが、コーディーは剣士なのだろ――」

「やー、そいつは誘い文句にゃならねぇよ」


 繰り返されてきた台詞は最早聞き飽きていた。言い終えられる前に、これまで誰からも期待のされてこなかった男は口を開く。


 日々揺れる彼であるが、その揺れる振り子に中心部分をくれた少年勇者を思わずにはいられない。ネギの勇者である彼は、誰よりも真っ先に己を信じてくれた、己が信じることを認めてくれた。


 それを想えば、暁の勇者だろうが大英雄であろうが、教えを乞うても付き従うことはない。


「俺の主はジオグラフィカエルヴァドスっていう勇者バカでさ。俺はあのどうしようもない男の、ネギの勇者の従者だ。覚えておいてくれ」

「……そうか、わかったよ」


 諦めたような表情をしたガッシュへ向け、コーディーはにんまりと笑ってみせる。誰もが認める国一番の勇者にしてやったりの心境であった。


「おじさーん!」

「何かな?」


 余韻そのままに、手足の長い男はゆったりとドヤ顔で立ち上がる。間接的にだが、助けた教会の少女が呼ぶのだ。道の途中であれでも、感動のエンディングが見えつつあった。


 近づくにつれ、クレアの踊りに熱を上げていた男たちの視線が刺さる。肌がひりつきもするが、そこは大活躍をした興奮に打ち消される。優越感を胸に抱き、コーディーは外套を拾い上げた踊り子へと歩み寄った。


「おじさん、お代!」


 突き出されたのはいつもどおり、クレアが羽織っていた外套だ。見物客たちは増えたが、大半は元のファンである路地裏の人たち。結局のところ、銭を持っているのはコーディーくらいなものだった。


「嬢ちゃんな……、ここには俺よりも稼いでる勇者がいるだろ?」


 祈るような気持ちで溢したが、間髪を入れずにクレアは外套を更に突き出していた。


「恩人のガッシュ様にねだれる訳ないじゃない! おじさん、お代!」


 ん、と迫る様は荒事で対処出来ようもない。黒騎士の大剣よりも厄介な少女のお願いを前に、コーディーは頬を掻いて一言。


「まったく格好つかねぇな」


 コーディーは確かに成長しているが、その変化を少女が気づくのはまだまだ先のことだ。落とした硬貨が立てる音に被せ、人知れず幸薄い男は溜め息を吐いた。




泥人形の一件から一月が経過した。しかし哀しみに浸ることも勇者には許されない。

人間種最高峰の勇者ガッシュを倒してしまったジオは、その代償を求められる。


ジオの前には再び隻眼の黒騎士が現れ、大型魔物の討伐を命じていく。

己の在り方に悩み始めたネギの勇者を、幼馴染の魔女は見守り続けることができるのだろうか。その彼女もまた、因縁ある魔物に立ち向かえば心を揺さぶられることとなる。


何を信じたところで空虚さは残る。それでも、この揺れの果てにはきっと救いがある筈――そう信じてしまう勇者は、愚かなのだろうか。


次回、第六話「黒百合が紡ぐ子守唄」に続く。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネギの民間療法が出てくるとは思わなかった。 ヴァリスナード結構活躍してますね 改心したコーディーが良い舎弟キャラしてると思います。 エドワンまさか女だったとは
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