近づく戦火
以前のに加筆。前半は変わってません。
水の都、水竜を奉る都──ド=サン。荒涼とした丘の上に群れをなして広がるように幾万の住居で埋めつくし、平地と高地を痩せ馬ならへばってしまう道のりでもって高地を隔てる境に立つのがこの町の特徴でもある。
山が蓄えた豊富な水量を利用し、海や湖があるわけでもないのに町には水路が縦横するように張り巡らされて、その水路の上では小早のような小さな船が町の水先案内人として歓迎してくれる。
街の中をどこまでも続くこの水路を見た吟遊詩人が竜に例えて詩にしたことから水竜と結び付いた、と言われていたりいなかったり──
南の平地から穀物や嗜好品が、北の高地越えて帝都側からは果物や芸能品が、この町を経由して各々の町や村に届けられて、他の都市とは賑わいの度合いが違っていた。
ここド=サンは中継局として役割を果たすことによって一大拠点となり、ある意味で各地の商人たちの目指すシンボルと言ったとして言い過ぎだとはならないのだろう。
それほどにまで町は栄えていた。
塩や砂糖が山と積まれ、色とりどりの果実が市場を彩り、人々の明るい談笑の声が街を包む。
南北の様々な品を取り扱う商人が自然と集い、珍しい品もここにくれば揃う、と帝国内に住まう領民なら誰もが口を揃えた。
水路だけでも長い所で東西に歩いて1日掛かるような規模でこの町の規範としてあり、町の中を一本一本が川のように流れる蜘蛛の糸のように張り巡らされた水路を挟んで商店や住居がどこまでも続いている。
人口は20万に届くという、帝都に匹敵する大都市、ド=サン。
中継地のためか仕方ないことだったが、この都市に住み着く人の数より、出入りをする商人や旅人の数の方がずっと多い。
もともとは交通の要所となるべく作られたわけでは無いのが、帝国の範図に入った時にはこの町の有用性が指摘され、北側の門には関所の役割も付け加えられることになるほどだった。
獣人たちが楽園──ラリアスとかつて呼んだ町は帝国の手に渡ってド=サンと名を変え繁栄し、この世の盛りを謳歌した。
街の名の由来でもある、支配下に措いた将軍の家名がそのままあてられただけに、帝国としてもド=サン将軍を重要視していたのか、皇帝が単にきまぐれで許したのか……はたまた将軍が駄々を捏ねて我を通したためのものだったか──などと言っても今となってはそれは解らないのだが。
帝国にとって水運と利用されようと、もともと水の恵みを受けて暮らしていた彼ら獣人にとっては、いつまでも楽園であることに変わりはなく、最も尊い聖域のようなものだった。
そのド=サンを北側に抜けるとアロッサ盆地があり、その盆地の東には高地にあってさらに高い峻険な山に守られた、かつての王国の遺跡と遺産である町並みが残っているのを遠景にも、それはまるで天空の町のように目にすることが可能だ。
獣人たちとこの山奥の王国は一枚岩のような厚い信頼関係で結ばれていた。
盆地を治めるアロッサの王国とも、しばしば領地の関係からいさかいがあったにせよ、幾分友好的ではあった。
獣人たちがこの地で住まう人間と共栄しながら繁栄していたのを──全ては帝国が踏み潰したのだ。
アロッサ地方には盆地の国と山の国があり、盆地の国は平地であり比較的重要度が山の国と比べては大きかったため、徹底して盆地の国の王候貴族を分散し、刃向かう力を持たせないように帝国も尽力したという。
戦勝した帝国の支配が始まると、アロッサ盆地には新しく街道が整備され、南北の通商を繋ぐ中継拠点として生まれ変わっていったド=サンへの通り道としていくばくかの金殻が落とされる。
それはただ通り道としてそれだけの利用価値しか盆地の国アロッサに帝国は見出だせなかったと言うことだったが盆地に住まう人々にとっては十分にくらしていける額が転がり落ちていた。
では一方で、山の国の方はどうだったかと言うと、こちらは国王らが抗戦し、それに伴って帝国も本腰を入れて徹底した攻撃を加えた。
盆地の国は守るに厳しかったのか、あっさりと歴史から名を消したものの、その一方で山の国は天然の要害を構えた山奥まで戦線は伸び、帝国としては痛い敗戦も喫しながらその戦は長引く。
しかし、援軍の無い籠城戦には国として勝てる道理が無かった。
長引く戦争に心が荒んでいた王家の親族や臣下らの懐柔に成功すると国の中から綻び、その最中に徹底抗戦を叫んでいた者も続々と切り崩され、山の国も滅んだ。
帝国がここまで抵抗されても、その存在を無視出来なかったのには帝都に麓から七日で届く立地とド=サンが関係している。
ド=サンを抑えた帝国はさらにそれより南部の国々に侵攻し、これを打ち破った。山の国よりこれらの国々が地図から名を消す方が早かったのは立地による部分と土地の広さも関わってくるものがある。山深い侘しい国に派兵し続けるのも厳しいものがあるが、平地の豊かな国を襲うのは楽でもあり乱取りをすればいくらでも戦争を継続することができるという違いがあった。食うに困れば戦争は出来ないということでもある。
戦場は南部一帯に分散していってよりド=サンは中継地として重要度が増していった。そんな帝国にとって失うわけにはいかなくなったド=サンのこと、逆に言えば帝国の敵勢力にとってはこのド=サンこそ帝国の喉に映って見えた。
山の国に手痛い反抗されることになって万が一ドサンに戦線が伸びると、それが年を跨いで続くとなれば帝都が干上がるかも知れないという可能性もあったのだ。
かんばつや洪水など水害で北部の穀倉地帯が使い物にならなくなると、もう南部に頼らざるを得ない必要があることを指摘されると、勇ある将軍も軍を引き揚げることは出来なかったという。無駄な戦と思いながらも。
大国が抱える脆さとはこんなところにも転がっている、小さな小さな反抗勢力も見逃すこともできないくらいに、一ヶ所の綻びが気に障ってどうしても目に着いてしまうようなものだっただろうか。
例えば、喉にささった魚料理の小骨が忌々しく思えるように。
こうして周囲の国々を凋落させてド=サンは完全に帝国の支配下となった。
だがしかし、獣人たちが聖域として恋焦がれるのは、変わらず続いていたのだ。
一日千秋の思いといってもそれは、間違いでも言い過ぎでもない。
その隙有らば始祖の地を、故郷を取り戻さなくては、と牙を磨いでいたのだ───戦火が、そのド=サンにじわりじわり近付いていた。
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タルタでの反乱のことにまだ対岸の火事と思ってか、疎開も避難も始まっていないド=サン。
暢気な商隊の馬車列は常時となんら変わらず護衛を雇っただけでド=サンを発つ準備に余念が無い。
そんな変わらない空気を一変する事態が。門を守り、ド=サンを守っているひとりの衛兵を襲う。
「商隊でも引き返してきなすったか……いや、最近じゃここらに魔獣は出てないぞ?どうしたこった……」
魔獣に追われて商人たちが引き返してくるならまだ解るが、その魔獣の姿を最近は見なくなっておったのに。と、しわがれ老いた白髭の衛兵は長年の勘のようなもので異変を感じていた。
まだ陽も昇るに早く、真夜中と朝との境。辺りは真っ暗で静寂が世界を支配している。そのシンと静まった空気が震えるような感覚を覚えたような気がしていた。
冬も足踏みを始めて肌寒かったはずの風がいつしか生暖かい。
「──あれは!」
衛兵の立つ門の前には平地に下る坂道の始まりが見えていた。
視線のその先、坂道の向こうからぬるまった風が吹き付ける。
風が吹いてくる方向は南西。
ド=サンはタルタよりも南方に位置しているのだが、坂道を下った先に広がっている平原はタルタに繋がっている。
反乱の火が上がったタルタから南にぐるっと回り込むことによって辿り着けなくは無いのだ──衛兵の瞳には時を置かずすぐに数多くの松明の灯りが映りこんでいた。そして、松明の群れから追われる一団の姿も。
「ご、御領主さまの旗じゃないか……まさか──」
十騎の駆ける馬がかがけた旗には罠か真か、帝国の旗に、もうひとつの旗に描かれる紋はド=サン公爵家のもの。
奪われた帝国の旗を掲げて味方のふりをしながら欺いてド=サンに入り込むという罠でないとも考えられなくも無い。
しかし、公爵家の旗は帝国の旗よりその数は圧倒的に少ない。罠よりも危機を報せるものであると、長年の経験から賢い衛兵が読み取ったことは不思議でもないと言えた。
「南の砦が……襲われたってのか。そんなことになったら、大変なことになるぞ……」
それが示す意味は、出先の彼らが追われる事態が起こったということ、それはここより南の砦のいずれかが落ちたという事実を衛兵に悟らせた。
ドサン公爵家はことが起これば何であれ、真っ先に公爵の耳に届けるために出仕する形で街の外にも家人が出ている。
川の氾濫や山火事に備えるためな一面もあるこの外の家人が今、帰還の途にあり、追われていることを報せていた。
ぽたりと伝い落ちる汗。
少しの間、衛兵はあっけにとられていたようだった。
はっ、と我に還った衛兵は首に提げた呼び笛を口にくわえ大きく空気を含んでピィイイイイーッと甲高い音を響かせて街の外壁の物見に報せを入れると、番人小屋で待機していた同僚のもとへと足早に急いだ。駆ける足にも力が自然とこもる。
普段なら門から番人小屋に帰るのに走ったなら息があがってへばってしまう所を、焦りと必死さが疲れをどこか今だけは感じさせないていどには。「さてと。……こいつを上げることにはなってくれるなよ、戻すのに骨がおれるんじゃ。こいつは」
馬に乗せられるように駆けていった同僚のいった先を視線で追いながら衛兵は呟く。
そこには縦に馬五頭をすっぽり並べられるくらいの大きな跳ね橋があった。
衛兵二人が何が出来るでもない。出来るのは町の第一の守りである門の開け閉めと、万一のために門を抜けて街に入る最初の跳ね橋を上げるくらいのものだ。
もちろん、跳ね橋を上げたらこっちからは下ろせず、下ろすにもまた相当な労力が必要になる仕掛け付きの跳ね橋だった。
鍵の開け閉めで上がったり下がったりする優れものとは作りが違う、正にそんなものと較べたらちゃちい作りをしていると言っても間違っていない。
町に逃げ込もうと必死に駆けてくる十騎を救うか、見捨てるかの判断はギリギリで老いた衛兵でも出来た。
しかし、街に攻め寄せて来ることに変わらない群れをなす敵に対するには無いも等しいちっぽけな存在。
「敵さんが来なすったぞ。ありゃあ、相当な数だ。松明だけで百はあったろう。儂らが今やれることはなんだ?ただひとつしかないじゃろう?──公爵さまにすぐにお伝えしに行け!」
松明の灯りは数えきれなかったが、百は越えていると確信をもっていた。
番人小屋に着くとノックもせずに中に飛び込み、同僚を叩き起こして非常事態を報せると馬を用意させ、身仕度もする間も与えずドサン公爵家へ向かわせたわけである。
街を守りきる戦力が必要だ。すぐにでも兵を回してもらえと。
さてと、物語の場面はがらりと変わってド=サンの街を守る門の前。衛兵にとっての仕事場である、慣れ親しんだ普段通りならいつも今ごろは欠伸のひとつもあげて大口を開いている頃だった。
小屋から出るとそれまでの疲れが足に来ていた。ぐったりとしながらもとって返して門にたどり着いた衛兵は近寄ってきた松明の群れを視界に認めると、それでも門を閉めるか判断に困っていたのである。
「どうする……どうしたら、いいんじゃ。儂は」
仕事優先ならすぐにも門を閉めて目の前の跳ね橋も跳ねあげていていい。だが、それを衛兵がしないのは──追ってを振り切って逃げ延びる望みに掛けてここまでたどり着いた十騎と、その内のひとりが掲げる公爵家の旗印のことが大きくのし掛かっていたからだ。どうしても老兵は頭からそれを拭い切れない。
心無しか汗の量が増えた。被っていた兜のバイザーを下げたからだけではないだろう。なぜなら、その目前にまで逃げてきた騎馬が近づいて来ていたのが見えていたからだ。もう、すぐ近くまで。
もちろん追っている敵の松明もそのすぐ後ろに見える。
老いた衛兵の判断に任された門の閉めるタイミング。と、その時。
ここで十騎のうち一騎がくるり反転してその場に留まる形をとる。
馬の背に載せた荷物から一際大きな槍──ランスという名の突撃槍。を取り出すと馬首を切り返し敵陣に特攻を仕掛けた。
たった一騎で獣人たちの集団の中に飛び込んでいくひとりの騎士。それを視界にとらえた老兵は焦れながらも後悔はしまいと、覚悟を決めた。
『ギリギリまで門は閉めるわけにはいかん!』
残る九騎を救おうとただ一人で立ち向かった騎士の命を無駄にしないためにも。その忠義に報いるためにも。
そんな騎士の掲げた決心が稼げた時間はごく僅か。
そこまでの覚悟を見せて敵に立ち向かった騎士の亡骸はまるで軽いボールであるかのように宙に舞う。多勢に無勢、ランスを振るった決死の突撃は初撃こそ命中し、とある名もない獣人の胸板を貫いたが、やはり敵の数が多すぎた。
まさに槍衾とはこのことか。立ち向かった騎士は突撃してすぐの反撃で、周囲360度到る所から幾十の槍や矢を背胸腹に限らずその身に受けて苦しむ間の一時すら与えられず、あっさりとその生涯を閉じることとなった。
宙に放り上げられた騎士はまるでスマートボールのようにボロボロ。串刺し状態で自由落下して後続の馬に踏みなじられた。
それだけのこと、何事も無かったように獣人たちの掲げる松明の火は消えない、仲間の死にも動じない。まっすぐ獲物に向かって群れの進軍は止まらない。
しかし、騎士の捨てた命は無駄ではなかった。そのごく僅かの時間が騎士以外全てを、逃げてきた仲間の命を救った。
駆ける馬の足音が辺りに響き渡るなか、ギシギシ軋む跳ね橋が跳ね上がり、門がドオオンと轟音を伴って閉まる刹那の時間。彼らは門の中に飛び込み歓喜を上げる。
老兵が意気を汲んでギリギリまで粘った結果、名もなき騎士の仲間たちは全て、水路を渡す跳ね橋を走り抜けてその命を蹂躙されずに済んだ。門の中へと滑り込んでその命を救われていたという訳だ。
もちろん、この跳ね橋も一度上がれば下げるのに相当な労力を要するもの。
獣人たちの逸るように飛び出した先頭が門に迫る直前、跳ね橋は巻き取られ、引き上げられる。
門の目の前には堀のように水路が走っている。この水路を渡すように掛かっていた橋もやはり跳ね橋。
馬が数頭乗っても大丈夫なように分厚い板、さらにその板の裏に鉄を張り付けた跳ね橋は、チェーンで引き上げて巻き上げることによって今は閉じられた門の前にすっぽりと収納されてしまった。
跳ね橋の先に何人か獣人がしがみつき、体重をかけて下ろそうと登り始めていたようだったものの、異変に気付いた物見からの報告で急ぎ詰所からゾロゾロとやって来た弓兵からの投射によって、そのしがみついていた獣人すべてが弾き飛ばされるように落ちていく。止むこと無い一斉制射。降り続く矢の雨が絨毯爆撃となり、門の下に落ちていった獣人たちに追い撃ちとなってふりかかる。
簡単には跳ね橋に取り付いて登ることは出来なくされてしまった様子となっているのだ。弓兵の足元、閉じた門の前では断末魔にも似た悲鳴が響き渡っていた。
門の高さは獣人たちの背丈の数倍、いまこの時も弓兵が止むことなく斉射を続けている壁を含めるとビルの五階よりもっとだ。その頂きは遥か見上げる程に高い。
帝国に侵攻を受けた周辺諸国がド=サンを反撃しても、全く歯が立たなかったのはこの、弓兵の一斉制射とよじ登るのは不可能な巨壁に阻まれて街に入ることも出来なかったからでもある。
更にそれだけではなかった。回り込めば街に入り込めるとお思いになるかも知れないだろうが、ド=サンを形勢する断崖絶壁が東西に拡がっていて、何物も寄せ付けない。外からの侵入に心休まらないという、その心配は無いように思える。
空でも飛べたなら別段、問題なく飛び越えられたのだろうと思うものの、獣人たちの背にも肝心の羽は無いようだ。
跳躍力のあるものが飛び上がっても弓の的となり上がれるものでもない。だが、それだけで手放しに安心できるといった状態でもなかったと言うのが本心だっただろう。
「落とせ、落とせっ!……絶対にあがらせてはならんのだぞ!!」
「破城棍も無しで分厚い壁を抜けはせんでしょう。矢が続く限りこの門は開きませんよ。とは言え、破城棍もあったところで……門を壊して中に入れるとは思いませんが」
「衛兵が公爵様に知らせている頃だろう。七人将の誰々が来てくだされば、怖いものなど……ありはしまいよ」
「そうだとよいのですがな」
話し合う兵達の心配は現実のものとなる。
門の前に駆け寄った獣人たちは、押し寄せる波のように数をけたてて門に張り付き、上に上がろうと跳躍し門壁の半分くらいに届くと、そこから更に跳躍する驚くべき身体力で門の上に手が届く物まで出てきたのだ。
しかし、ド=サンの南向きの門は敵国からの防衛のためにあった。
攻め立てる獣人たちを下に見ながらも、それでもまだ、壮年のこの兵士には余裕の色が窺える。
それは吐き出される声色からも焦りの色は特に感じられなかったからだ。
それに隣で受け答える青年ていどの顔つきをした兵士の声からも焦りはやはり、感じられない。
弓矢を浴びせるように獣人の反乱軍に向けて射かける、彼らの後ろにはまだ街の姿は見えてこない。無機質な城塞のような石壁が偉容を誇っているようにそこにはあった。
念には念を、と三つ備えの門になっているのはド=サンの門の特徴で。
今兵士たちが暢気に獣人たちを矢を雨のように射続けている外門を第一の門とするなら、中門が第二の門となり最も分厚くなっている。
門の中に入るとアーケード街から商店を全て無くしたようなトンネルのような空間が広がっていた。それは大型の馬車が余裕で擦れ違えるくらいに広い。
第三の内門は高さも重厚さも控えめで、代わりに門を抜けると両側に兵士の詰所が措かれているのが見え、かつて帝国がここを軍事拠点に現の帝国南部地方と戦った名残が漂う。
ここまで説明してきた通りに、決して楽に落とせるものでない事がお分かりになるだろうか、まさに要害であるというのが相応しい造りになっている。
それも、人間に対しては。という一文を今のこのドサンに置いては添えざるを得ないのだが。
門の上に鉄条網なんかは用意されていない、万が一に乗り越えられると門と門との狭間に階段を伝って降りることができた。そうなると侵入成功と言え無くもない。
例え梯子や移動式砦(トロイの木馬のような物)を掛けられても、街をぐるりと囲う外壁は簡単には登れない見立てで作られているのだ。
登れないのであって、飛び越えてしまえばただの壁があるのと何も違わないという面もある。
対しては人間用のものでしかない。
分厚い壁は破城棍──丸太に鋼や鉄で加工したもので、門や城の壁を打ち壊す兵器。でももちろん易々と壊せない分厚い守りだ。侵入は不可能だったのだ。
何人も、門を、一度閉じてしまえば。
想定されていたのは人間相手であり、攻城兵器に対しての壁の高さだった。
20メートル程の頑強な壁を攻めきれるものなど居ない、はずだった。
少なくとも今まではそう。
しかし、現に今、ドサンの不落の門が圧されていた。
易々と一部ではあるが、門の上まで登られてしまう。
そんな獣人もすぐさま、元居た壁の下に蹴落されてしまう羽目になったのだから、それは大した時間ではなかったが登られたという目に見えた事実そのものが、兵たちを愕然とさせるには十分すぎる出来事になってしまった。
「おい!どうなってるんだ!!」
「俺が知るか!」
「この高さをひょいと乗り越えられたら……保たない、ぞ?」
「ええい、公爵様の兵はまだかっ!」
決して焦りを見せなかった壮年の兵が狼狽える。
そこに隙が生まれた。
一斉制射を続けると言っても全く隙がないわけではない。
弓は矢をつがえないことには、弦を引かないことには前に矢を飛ばすことが出来ない。
時間のラグが隙を生む、それはどうしても取り除くことが出来なかった。
威勢よく辺りに響いていた撃て、構えという号令がその時止まる。
陽が上り、辺りは薄暗い世界では無くなっていた。
朝がやってきた。
昼が過ぎ去った。
あれから、衛兵が残りの九騎を救ってからもう。
「ぐ、ごほっ……!!!」
数時間の刻が流れていた。緊張の糸が切れたようにぷちん。
ひとりの弓兵の命の灯火が消えた。
獣の毛に覆われた太い腕が彼を貫いていたのだ、深く胸板を。
「う、うわぁぁあっ!」
そんな亡骸となった兵の背中から、こちらを覗くように生える太い腕に恐怖を覚えたのか、その後ろ、周囲の別の弓兵が掴んでいた相棒とも言える、唯一の武器である所の弓を取り落として絶叫をあげる。
「そんなの、ありかよ……うぶっ!」
別の腕が別の兵の頭を潰す。
壁の上に飛び上がったその獣人は白い毛色を元々はしていた。
今は返り血でその白い地が所々真っ赤に染め抜かれている。
それがその場にいた人間たちにどのように映ったのか──
それは恐怖。そう、恐怖でしかなかった。
隙をみて壁を駆け上った獣人のその姿は狼か虎か、猫か犬科のようだ。
人間より大きく太い、パーツの一つ一つとっても。
一撃で鎧ともども肉をぶすりと貫いただけある筋肉と鋭い爪。
「ひゃあはっ!」
やっとでたどり着いたことに嬉しく思ったのか、元からそんな性格か、白い毛並みの獣人は掛け声ひとつあげると景気よく体の全身を振り乱して猛然と暴れ始めた。
あとはもう、阿鼻叫喚。
その場は人であった原型を留めない亡骸が散らばった。
詰めていた兵士の、血と肉でまみれた血の池と化す。
大した時間も掛けることなく獣人の一番槍をド=サンに叩きつけ壁の上を制した白い獣人は、目線の先にいる仲間を呼び込むように壁の遥か下をギラリ睨み、大きな声でこう叫んだ。
「おおーし。ぶんぶんうるさくてうっとおしいハエは潰したぜえ、早くあがってこいよ。……お楽しみはこれからだからよお?」
一日足らずでドサンの第一の門が獣人たちの手によって落ち、この門を守っていた守兵たちは後退せざるをえなくなったのは、彼らの怠慢だったのかも知れない。
しかし、難攻不落で堅牢な巨壁に守られていた門はこうして遂に開かれたのだった。
それからしばらく後、場面は変わり。ここは第二守衛門。
抜かれた第一守衛門の目と鼻の先にある、この門の上に赤いビロードのマントを翻した貴人、公爵その人であるメルセデス・ド=サンが立って遠くを見詰めていた。
その手には衛兵用の遠眼鏡が握られている。
メルセデスの瞳に映るのは毛深い人間たち、尻尾やこめかみの上に耳を持つ人間たちの姿だった。
多いな……ふむ、だからと言っても。
所詮は、獣人です、と。
そうやって侮っていた奴らは死んだのだ。私は違う。弱点は人間である以上は……火だ。焼いてしまえばいい。
黙ったままメルセデスはそう思うが早いか、側にいた鎧姿の赤毛の側近に告げた。
「火を用意しろ。油も沢山。門を焼いてしまえ……─!」
夕焼けのオレンジの光りが二人を射す。
メルセデスの見詰める先、戦場となったド=サン南の要の門はいまや獣人たちが続々と登っていた。
ロープや梯子が下ろされ、もう彼らを阻む者はそこには居ない。
湧き出す泉の水か、それとも群蚊のように壁の上、先ほどまで弓兵がずらり並んで獣人たちを蹴散らしていた最前線。
その壁の上に、守勢側の勢力を一掃した攻勢の獣人たちが殺到している。
我が物顔で威容を誇っている者も見えた。
それが酷く憎たらしく映ったのか、下唇を強く噛み締めて悔しがるメルセデスなのだった。
戦況は、酷く厳しいものとなったと。
まだ街に被害は広がっていないものの、こうなっては無傷なまま戦闘が終わってくれるとは思えない。
メルセデスでなくてもそう判断せざるをえない光景がそこにはあった。
歴戦の勇者ではないがそうであっても恐怖しただろう、ド=サンの抗防がその幕を開ける。
間違って途中まで書いてた方をあげてたので、修正削除。読み直してなかったから気付かないまま一週間たってたね……あ、はは……。
けど今あげたこれも読み返してなかったり。うーん。ダメダメだなー、がんばろ。




