お茶会にお呼ばれ。
悪魔契約前の事です、だからサタンは出てきませんよぉ。
その日、リロメーゼの家で催されていたのはお茶会。
学園外講習(遠足ですね。解ります)のすぐ後、リロメーゼが手配したものだったこの茶会はリロメーゼの実家、ルメリメ伯爵の屋敷の広間を借りきって盛大に行われる……はず……だった。
「このカップ……。ミルゼイラのものですね。凄い……美術品みたい」
ティルフローズもこのお茶会という名の社交界もどきに呼ばれている。しかし、リロメーゼと数人の女子の中に彼女の姿は見られない。
ぶっちゃけ───
「くすっ、見てばかりだと退屈でしょう?お茶のお味どうかしら?」
盛大に行われるはずの会の参加者は少なかった。
今はこの女子数人しか居ない広間は舞踏会も頻繁に行われる、格式高い装いで包まれている。
壁一面に掛かる大きめな絵画も、帝都では売れっ子の実力ある絵師が心血を注いで書き上げた逸品であるし、広間を暖かい熱気で温める大きな暖炉の上に、さりげなく置かれている彫刻やレリーフなどもその一つ一つが、家一件くらい建つのでは無いかという素晴らしい美術品の数々であることは見るものがみればわかる物で。
テーブル、ソファ、書棚、絨毯に至るまで広間に置かれた家具のどれを取っても、帝都でも手に入れるのが困難な人気の工房で作成されている、おまけに伯爵のオーダーメイドだった。
金に糸目はつけない、華美を極めた豪勢な広間に仕上がっている。
だから、勿論。少女たちの目の前に出されているティーカップ、ソーサー、個別のテーブルクロス、スプーン、ポットに至るまで、やはりのこと伯爵の目利きによる高級感のある本当に高級な食器や雑貨となっていて、家人たちの自己満足の結晶と言っても差し支えない。
一人の女子がそれに気づいてリロメーゼの顔を見て大袈裟に驚いて見せた。
胡麻擂りであろうことを見抜いたとしても、それは家人であるところのリロメーゼを充分に満足させるものだったらしい。
彼女も満面の笑みを返したのが、その証拠だった。
そんなリロメーゼが眉根を寄せて本題に入る、茶会をしているのだから、と。
「ほわぁ……たいへん、美味しいお茶ですね」
少女たちは長方形の白無垢な大きな木製のテーブルにソファに身を沈めながらカップを口に運ぶ。
このテーブルもソファとのバランスを取った、座っていてもカップが取れる高さにくるように設計されてたりする。
テーブルの上のクロスの更に上ソーサーの上に載せられたカップを手に取りカップの中身を眺める。
と、同時にカップの内側から立ち込める爽やかな新茶の香りを吸い込んでから顔をうっとりと綻ばせる。
高級い嗜好品を口にしているのだと至福感に包まれながら、カップの中に揺れる琥珀色の液体を口に含んでうっとりとした顔が更に幸せそうに頬を赤らめさせ、まさにこの世の春を横臥している気分に全身がふにゃあとたわんだ。
彼女たちに取って、この広間から薫り立つ雰囲気にのまれてしまい、普通の味だろうと今この時には至福の逸品となってしまっただろうか。
雰囲気を楽しんでいるのと変わらないかも知れない。高級感漂う部屋で、高級食器を使って、高級い茶を楽しむ。
「でしょう?うちのメイド長のグレアの見立てなんですの」
「よいメイドをお持ちなんですね、リロメーゼは。うちのメイドにも見習わせたいわ」
「……にしても、来られてない方も多いみたいですね…」
「ほんとうですわ、こんなに……美味しいお茶が手に入ったから折角なら皆さんと、一緒に楽しもうと、お呼びしましたのに。ずずず」
両手で上品に持っていたカップの中身の琥珀色の液体を傾けて、口にすすり上げながら微笑みをたたえていたリロメーゼは段々と不機嫌そうに顔をしかめる。
嫌なことでも頭に浮かべてしまったのだろうか。糸のように細くなった瞳は、普段ならドングリ型の大きな宝石のように輝いて見えたのに、この時は暗い宵闇のよう。
「外の方が……」
その時、微かに外で声がしたのを一人の少女が聞き逃さなかった。手に持ったカップをソーサーの上に静かに戻すと、えいっとソファを飛び降りて一歩を大きくひらりと舞うスカートを気にせず庭を見渡せる窓へと近寄った。
「え?……ほんと」
リロメーゼの耳にもはっきりときこえたような気がした。招待客であるはずの男子の声が。
「……アルド様の声がきこえたような。……まさか、ね?」
「リロメーゼ、あれ……見て」
アルドだけでは無い、招待した同じクラスの男子は数人居た。
リロメーゼはアルド様を是非お誘いしてと。心付けの言葉も数人の男子に囁いた。
全ては、恋しいアルドとの楽しいひとときに夢想してのこと。
皆と窓から見た実家の庭の光景は衝撃をリロメーゼに与えた。何故ならば───
「……え?何が起こってるんですか……」
はい。皆さんどーも!アタシです、ティルフローズですよ、はい。
今日はですねー、早速ですけど、ほんといきなりなんだけど、憂鬱です。
なんでかっとゆーと、あのですね。
はぁ………………この度、アタシは前世ふくめてハジメマシテな場所とゆーか、なんてゆーか、イベント?フラグ?そんな何か、場違いなむず痒い……正直とぉぉおっても嫌で嫌で嫌で嫌で堪らない、性格的に生理的に嫌悪しかねない、そんな場所に向かっています。
ええ、そうです。逃げられるなら逃げ出したいですよ、うん。何が悲しくてアタシはこんなことに巻き込まれてるんだ?
ってゆーか、何でアタシなんですかね?
茶会なんて!
紅茶、好きでもないですしー。どっちかとゆーとコーヒー派。それもまろやかで甘い、お子さま仕様のブレンドコーヒー。じゃなかったら50×50なカフェオレ。苦いだけだと飲めないよねー。舌がお子様だから。苦味はギルティ!
そんなだから、そんなアタシが、どーしたら。ね?茶会なんて、行きたいと思うんですかぁ?
そんな無駄な時間を過ごすくらいなら、ゼリエとでも訓練してたほうがとっても有意義に過ぎてくんじゃないかなぁー……。あー、やだやだ。
行きたくないよぉぅぅぅ……
頭ではそうは思ってても根が日本人だったからですかねー?
それとも、ジルリットに言われた言葉『招待状を貰った以上、重大な理由も無しに行かない。
なんてわけには行かないんですよ。家の沽券に関わりますから、隙を見て帰ってくるならアリなんですが……。参加だけはしてくださいね?』なんて、にっこり笑いながら額から角が見えてましたよ、ええ。
PTAの仕事でも回ってきた主婦がそこに居ましたね。じゃなければ、さぼってた子供を見つけた教育ママかなー?
用は有無を言わせないプレッシャーが介在してたんですって!ホントですよ、ぶるっちゃって嫌な汗かきましたもん。
首の後ろとか額とか……。
だからですかねー。
即、頷いて、イエスって言わされました……ってか、言っちゃってました。自然に。
アタシもいつか……あんな存在になっちゃったりするんですかねー?それを思うと怖すぎですよー。他人のふりみて我がふりなおせ、なあんて古語が頭を過っていく辺りまだその可能性は低いかと。
子供に優しーい大人にな〜りたいなー。
とか、とか、とか。不穏な妄想を続けてる内に目的の場所についたっぽいのです。
馬車を向かわせると書かれてたんですけど、そんなもの断りましたよ。
何でかって?一応、『住んでない』扱いになってる邸に伯爵家の馬車が横付けて止まるって言うのはどうかと、ジルリットとも相談して出した答えが『断った方が現アンダルネ領主に警戒感を与えないんじゃないか』ってね。
ルメリメ伯爵の屋敷は、王城とも、学園とも、勿論、アンダルネ邸とも離れた南門の側に建ってました。商人の倉庫や屋敷が建ってるような所です。
大通の一本入った裏手に大きな門構えのお屋敷が建ってたんですよ。
敷地も周りの屋敷や倉庫と比べると広く取って作ってますねー。まるで、ヤのつく職業柄の人の屋敷みたく広いです。
外から見た限りだとそんな感じなので倉庫とも見えます。敷地の裏手なんですかね?周りの風景に馴染んでて案内状の地図を見てなかったらしばらく、ここが目的の屋敷だ。なんて、気づけないと思っちゃった。
広くね?でかくね?
まあ、敷地面積とかアンダルネ邸は半端無いので勝負にならないんだけど。あの辺って、辺鄙だし、ぶっちゃけ。土地余ってる感あるけどさ、ここは土地余ってるってより土地剥がして屋敷建ててそうなんだよね……やっぱヤのつく職業柄の人みたいな怖い人格の持ち主だったりとか?リロメーゼの家族って……いやいや、ファンタジーの世界だよ、ここは。
だから、前世のそーゆー世知辛い知識に登場するような人たちは居ない、はず……。だけども、だよ?ど、奴隷が商品として流通してそれが当たり前なのがファンタジーな世界の当然な事例であって、えーと、えーと、人を売り飛ばしてる人たちはきっと、儲けてて、儲けてる、からそんなゲスで外道な事に手を、染めてても、これっぽっちも、心を痛めずに、人を売ってるわけで、つまり、人さらい?
え、……そんな事ないよ、ね?
伯爵だもん、ただ……貴族の屋敷って城の近くだったり、アンダルネ邸みたいに土地を持て余してるよーな離れたとこにどどーんと存在感示すみたいにどでかいのを建てるんだけど。ふつーは。
ルメリメ伯爵の屋敷って、街並みに溶け込むようにこんなとこ(大通のそば)に建てられてるんだよね。ふつーとは違うと、いうのは……どーゆーことなんだぜー……?
待て待て、うがった妄想はもうリセットしよう……答えの出ない堂々巡りで斜め上の解を出してもしょーもないって。
なんてったって、その答えは目の前にあるんだし。
門の横に付いてたノッカーをカンッカンッと塀に向けてに叩く。
門はよくあるRPGの城の正門みたいに一枚の鉄な感じの金属製で観音開きでやっぱり城の正門みたいで存在感があって大きい。
壁というか、塀というか、黒塗りで門も同じく黒塗り。周りの倉庫も似たり寄ったりな色あい。こんなのホントに見落とすわ!
ご丁寧にノッカーも周りに埋没させるような処置なのか、変わらない色をしていたんだけど。
ノッカーを鳴らすと、
「どこのモンだ?」
ギョロリとした目玉がこちらを見ていた。
門が重苦しいギギギという音を鳴らして少し開いたと思うと怖い人がこっちを睨んでくる。
どこのモンだって言われても……ねぇ?
「あ、あの、ですね。アタシ、これを戴いててコチラに呼ばれたんですよ。はい、これ」
「ん?……おおっ?」
招待状を見せると態度が軟化した。
ギョロリとしてた目玉が急ににゅるんと垂れて別人みたいにへこへこし出す。
敵か何かだとでも思われてたのぉ?
まぁ……いいけどね。ドレスを着てこいとは言われなかったから普段着で来てたから、招待客かとは思われてなかったらしいのだったり。
身なりで判断されたくは無いけど、ね……いや、アタシが言えないか。
怖い人だ、人さらいだなんて思ってたなんて言えない。アハハハハ、ハハ……
門を抜けるといきなり屋敷の中でロビーのようになってるのを想像してたんだけど……ホラ、外見が倉庫みたいだったからさ。でも、違ってたんだ。
「見えてたのは塀だったのかぁ……」
完全に嵌められた。騙された。門を抜けると庭に続いてたんだから、それも苔むした……なんとなく和風な庭園に。
積み石の囲みで人工的に作った池なんてあるし。
なんであるのかって、興味湧いちゃったからして冒険ですよ。ルメリメ伯爵の庭は如何なもの?
「ふわぁ……日本的……鹿威しとかぴったりなのに。それは無いんだ?」
無かった。竹でカターンて鳴るあれ。伯爵の趣味がいかなものか解らないけど……こだわって苔を繁殖させてるようにしか見えないんだけど……それって、京都の寺とかで見る日本庭園なんじゃないのかなーぁ?
あはは、……あ、悪魔とか魔法とか当たり前なファンタジーです、マジで!な、世界で、どーして日本庭園?
気付いたんだけど、歩いてるここ……これも飛び石だよね。なにこれ。
こんなの、日本でも中々見掛けないのに……え?なに、リロメーゼの家って、ファンタジー世界の忍者か侍の職業柄の人みたいな?確かに、あるよね。
ゲームの中の世界にありがち。忍者なジョブのNPCの村なんかでは。勿論のこと侍なNPCの屋敷はこんな庭だったっけ。……そういうことなんだ、きっと。
うわぁ……
「……おっきな木……。これも趣味の産物?……ふふっ」
それからも日本庭園もどきを探索していると、植え込みの向こうに楠タイプの大木を発見。
こんなの見ちゃうと。なぜだか……
「登りたくなっちゃうじゃん!」
アタシは別に猿の転生じゃない……はず。だけども。こればっかりは我慢できない。
登りたくなってしまったのだー。納まらない、登って仕舞わないと。
この胸の奥からゴゴゴ……と込み上げてくる、何かはアタシのものなんだろうか?別に木登り上手でもないし、好きだったことも無いんだけど、どーして?
ふむ、……手を伸ばせば届くような枝は無し。っと、じゃあ上手くバランスを取って木の凹みやぼこぼこ出てる何かを足場にして登らなきゃなのか、ひとまず、あの枝まで。
……靴、邪魔!ドレスでなくて良かったね、ドレスなんて着せられてたら破いて身動きしやすくしなくちゃだったし。
───あれ?───えーと?
───何でこんなことになった?
「へっへー!お先っ!」
「おーい、引っ張りあげてくれよう」
「実力で上がってこい。それが出来なくて騎士の家柄を名乗るなど片腹痛い!」
「あ、えーと……」
いつの間にか人が増えてるし。ほんのさっきまでアタシ一人で木登りに挑戦!なんて、斜め上なことしてたんですよ。
たしか、茶会……なんてものに呼ばれてたはずなんですけども。
「男子たるもの、せんじんの谷からも自力で這い上がるものだろう?お前の親はそんなことも教えなかったのか」
「あ、アルド?」
「んっ?」
「貴方さ、そんなキャラだったっけー……」
なんかではなく、力抜ける。キャラ付けだったのか?あの、キラッキラした少年がいまや、目の前でガキ大将も同然の振る舞いを見せてたり。こんなの見せられたら、力抜ける。
「キャラ?僕は一般論をギャレットに教えてやってるんだけど?」
「うん、そのギャレットがね。もう、何回も。何回も。アタシの前に落ちては、また挑戦してってのを見てるんだよ。……さすがに、手伝ってあげれば?って、思うよ。こんなの見せられて……」
アタシ?あたしは、登るのは半強制的にやめさせられた。
解せん───女の子には危険だからと、アルドに下ろされたのに……当のアルドはただ一人木の上から、木登りに挑戦してる取り巻き?の男子に叱咤激励?喝を飛ばしてて、ですね。
ギャレットかわいそうじゃね?
いや、まあ、アルドの方が細っこいけどさ。ギャレットって誰だよってくらい知らない子のことではあるけどさ。アルドの頑ななまでに実力以外ダメって態度はいかがかなっと。
「手伝うよ。押しあげてあげるから。ホラっ!」
見ているだけは耐えれなくなったアタシに対してもアルドは、
「情けなくないのか、ギャレット!お前が甘えの声などあげるから、見かねてティルフローズがそんなに苦しそうにしてるんだ!それが騎士の息子がすることか?答えろ、ギャレット!」
「……アタシは無視ですか。いいけどね、情けは人の為ならずですよ。きっと」
「ティルフローズ、いいよ、あいつの言う通りなんだ。騎士である父や兄の背を見て僕だって出来るんだって育ってきた。それが、木登りくらいのことで手助けを乞うなんて……恥ずかしい、ことなんだ!」
男の子って熱いんだね。熱もってるね。そんなこと言われちゃったら、手助けしたら悪者みたいじゃんか。なんだよ、もう!
「ん、わかったよ」
そんなことをしてるアタシと、学園の男子貴族数人を見つめる視線に気づかなかった。刺すように、冷たい、情念の籠った視線であったらしい。
ぎゃあぎゃあ騒いでるんだから、そりゃあ……ここで、何やってるんだって見咎められてもおかしくは無かったんだけども。
この時は、服を泥まみれに汚してなんかひたむきに木登りに向かうギャレットとかを見てたら、完全にそんなこと頭からすっぽり抜け落ちてたみたいで。
今いる、ここが、誰の持ち物で、何のために、アタシや男子が来たかってことに。
いや、お恥ずかしい。視線ってのは、気配があるものなのにね?
アタシもまだまだだなぁ………………あ、ごめん……ね?リロメーゼ……。
茶会がぶちこわしになりますた。男子はまとめてやってきたから、ティルフローズが危ないことやってるーと駆け寄って……それからは理由なんてありません。さして、言うならば男の子だから、子供だから、木登りには熱くさせられるものがあったんでしょう。




