ふつーの授業とは、こんなものでしたっけ?
「──で、聞いてますか?ディボタルタさん」
「はーい、聞いてまーす」
「今の所、復唱できますか?」
「やりましょうか? えーと、……ちらり」
「……コゴぉ」
「ないす、……王国期から帝国期に時代が移っていく流れでもっとも変わったものは貴族の在り方でした。上限が決められていて王家が管理し、また王家の親族の加数で新しい貴族が迎えられる場合、功労の無い貴族は領地没収され新しい貴族にその領地が与えられる仕組みができていたのですがー」
「よろしいでしょう……、次からは真面目に授業を受けていて下さい。……全く」
金髪をきっちり纏めて髪留めで止めている女教師は、最近の貴族はどうだとか、そんなことを口にしながら前を向く。
授業はワイドスクリーンシアターのような大きな黒板にチョークで文字を書かれてそれをノートに写すだけでは済まない。
やっぱり、読み聞かせが大事とでも思ってるんだか……半分以上は教科書のようなびっしり文字を書き連ねた本の中身を読んだ上で教師が思ったことを混ぜて内容を膨らませて解釈する。
時には、意見を求められるし。
今のように当て付けかというタイミングで本を朗読させられる事もあるし。
サボらせない、という教師側のプライドのようなものかも知れない。
けど、そんなのアタシが知ったことじゃないのよ。
予備知識も、ティルフローズの記憶頼りでどーしてもあやふやだってゆーのにさぁ。
これはあれだ、うん。
初回を飛ばして途中から見始めたドラマ。
う、いや。
漫画でもアニメでも何でもいいんだけども。
それと同じ感覚で授業は右から左へと流れてしまう、右から〜右から〜。
勝手に来てもらっても受け入れ体制がこっちには整ってないんですうー!
用意も出来てないのに、頭に入ってくるかってのよ?
うん……解ってる、予習不足。
それはそうなんだけど、この学園と言いますか、貴族の子女さん方は……家な持ち帰るといった慣習がないんですよね……うーん。
学園では勉強はするけど、家では自分たちの時間をゆったり過ごす、これがなんて事もない上も下も貴族というカテゴリーに入る生徒たちの“ふつう”であって例外は無い。
勉強する貴族の姿はみっともないと映るらしい、つーか……商人の子たちは持ち帰っても何も言われないのに、アタシが持ち帰ろうとすると何で変な顔されて止められるかな?
貴族社会の薄っぺらなプライド的蔑視環境は取り合えずここまでにしとこう。
それはそうと、いやぁー、助かっちゃったよキャシャリン。
感謝の意味を込めて、親指を立てウインクしてキャシャリンにお返し。
今は帝国公歴の授業。
机に肩肘を突いたまま、アタシのその視線は何か決まったものにピントをあてて見てる訳でもなく、どこかふわふわと漂わせている。
隣の席には銀髪の少女キャシャリンが真面目にノートを取っている姿がある。
左隣にはバグラートが前に座っている生徒にちょっかいを出している姿がある。
座っている長机の右上には番号が振られている、それが席番号でアタシの場合は『22』とある。
個の机でなくて長机になぜなったかとゆーと、その理由が異世界。
個人の机を認めてしまうと、際限なくそこに投資を始めて家同士の見栄の張り合いじゃ収まらずに領地同士の戦争にまで発展してしまうんだそーだ。
……なんだ、その理由。
それって方便だと思うんだ。
戦争にしろ喧嘩にしろ、争いたいやつはほっといても争いを始めちゃうんだから、きっかけに過ぎないと思うんだけども。
それって違う?
もう、いさかいが好きで好きで好きで、どーしても止まらなくて相手がぐうの音もあげなくなっても止まらない、そんなだから戦争になる。んじゃなくて、戦争に持ち込みたくってきっかけを欲しがってるだけであってね……。
見栄の張り合いから戦争に発展したって見方じゃなくて、元々その家々が仲が悪かっただけじゃないのって思うのは勘ぐりすぎなのかしら?
机ひとつ取っても戦の材料になってしまう、異世界のぶっ飛び貴族の都合はまあこの辺でいいでしょう。
授業はアタシやバグラートのような一部をほっといて勝手に進んでいく。
歴史なんて、ルートが決まったシミュレーションゲームみたいなものだから、合う人にはぴったりハマるけど退屈でしか無い人も出てくるって昔に、ぜんせで聞かされたけど、うん。
それって、絶対正解だったと思う。
これがことの外、つまらないのよ、ぜっんぜん解らない事ばっかりで。
王国黎明期〜帝国建国なんかを教え込まれてるわけだけど、王国黎明期なんか必要なの?
今住んでいる土地の元の持ち主の事をあーだこーだ言っても良いことないと思うアタシは、この授業が頭になかなか入ってこない。
てことは、つまり。
リズも歴史は苦手だったとゆー事みたい。
そんなだから、いつの間にか知らない内にうつらうつらしてたとこを教師にばっちり見られたっぽくて。
復唱なんてのをさせらりた。
「ディちボタルうタさん、授業受けなあいかんでよ。寝よだらアうーマリいア先生もそォれえは怒うるよー」
(ディボタルタさん、授業受けないとダメだよ?寝てるとアルマーリイア先生もそれは怒っちゃうよ……合ってる?)
「あ、うん。寝てないよ、寝てないまだ、寝てない」
あ、えーと……アルマーリイアってことでokなんだよね?公歴の担当教師の名前。
授業受けずにぽけーっと魔法が使えたらとかさ……ゼリエ攻略をどうしたら出来るかなとか、思考の海に浸ってただけでね。
決して、寝てないのに失礼な教師だよ、全く!
それは良いとして……急にどうして翻訳が必要になったかってゆーとだ。
キャシャリンの訛りはちょっとドぎつい。
え?そんな事知ってる?
とか、言われてもだ、知っててもだよ?
解んないケースだってあるんじゃないの。
だいたい翻訳前の文はアタシの優秀な頭で思い返して一句一文字書き出してみても、こりゃダメ、ダメなやつ。
言葉が合ってるのかちんぷんかんぷんだ。
そんなことはおくびも出さずにシニカルな笑顔で返事を返すアタシ。
声だってかわいーのに、この訛りが邪魔をする。
キャシャリンの為に翻訳ソフトを下さい、誰かマジで。
先生って言うだけで『せェんしェうぃ』みたいな発音してるし。
他の女子からも話しかけたら三度は聞き返されてる。
そんなとこを見かけた、偶然。
……いやぁ、と言ってしまうには回数が多すぎるかな?
ちょっと……うーんと、やぱり……ちょっとどころじゃないかも知んない。
辺境訛りなんだとか言うけど……ほとんど音が合ってないんだ、帝都の発音を基準とすると、キャシャリンの訛りは沖縄の人の訛りと東北の人の訛りをかけて割らないみたいな、そんなことを考えてみてそれってかけちゃダメなんじゃ……とか思ってしまう。
でも、キャシャリンの訛りを分かりやすく伝えるっていうとなると既にある何かに喩えるなら、そう言って言い切ってしまう方がとても楽。
違う言葉にするなら、伝わりづらい言葉同士なんだけど。
その意味はなんとなく伝える事は出来て、なんとなく意思は通じ合えるとでも言えばいいんだろーか?
なんとなく具合が、なんともビミョーで……それは伝わってるのか心配になるレベルじゃない。
基本となる標準語がある。
だから、違う言葉の二つがお互いなんとか、なんとなく、どうにか基準にできる言葉にエッセンスとしての方言が混じり合ったみたいな言葉になってて通じ合えるのかなって思うんけどどーかな?
……て、昔?
昔の事は知んない!
でも、昔なら標準語をお互い知んないわけだから、……それって無理ゲーじゃないの。
詰んでるとゆーか。
そもそも、昔ならその二つが話し合うって事は無いんじゃないかなー、絶対とは言い切れないけども。
TVならスーパーっていうか吹き出しが常につけてくれるから楽チンだけど。
……本気で翻訳ソフトないとキャシャリンの言っていることを半分理解できてないまま、それでいてキャシャリン本人はこっちが理解できてないって解らないままなんてゆーか、それってスレ違ってると思うのね?
すれ違ったままずっとそのままって、意思の伝え合いはどうにかできててもさぁ?
それって、人間としてどーなのかなぁ……。
「それでは本日の授業はここまでですね。みなさん各自で読み返しして理解を深めるように」
あ。
授業、半分も聞いてなかった……そんで、なんとなく終わった。
鐘付き堂でもあるか、まだわからないけど……どこかから確実にあの鐘の音が耳にまで届いて響いてんのよ。
りんごーん、ごーん、ごんんんん……!
訛りが気になって授業どころじゃないくらいに真剣に考えてしまってたよ。
キャシャリンの本人の問題なんだけど、これってね。
そんなこんなを妄想、想像してたら退屈な公歴は終わってしまった。
「いやー。魔法あるんだから、魔法でちょちょいっと。ね?この、頭の中に知識データ流し込んじゃってくれれば……はぁ、こんなダルくて眠い授業受けなくていーと思うの……」
「ほんだまぁに、姫様の言っでえごとわがんないぎ?聞ぃいだごんとも無いとよ。ちぃしぎぅデぃータぁん?をあだまぁに流すぃごむぅゆーまんは思ぉいづがんにーほんだあだまぁがーがいいね♪」
一度。
アタシなりに噛み砕いて翻訳する時間が必要になった、長いと。
うーんと……うーんと……。
本当に……姫様の言ってることわかんないんだ?……聞いたことも無いよ……知識データを流し込むなんて思いつかない……頭がいいね……ふむ、こんな感じ?
うん……。
アタシの言ってることが高度すぎて解んないと?
そういってんのかなー。
聞いたこと無いって……あぁそっか、なるほどなるほど。
時間を掛けないとこんなポンコツキャシャリン相手じゃ会話しててもやっぱり解らない。
まだ解決策の糸口も掴めないし、棚上げ、お手上げ、今の時点では。
それはそうと今思った事を実行することにする。
長机に体を預けるように前に倒れて、俯せになったままだったアタシはキャシャリンに話し掛けると、ゆっくりと隣の席に向き直り微笑んでみた。
瞳を合わせる。
「姫様、じゃなくってティルフローズよ。それに、親しい人からは。リズ、そう呼ばれてるわ」
銀色の房の髪がさわさわっと風に舞って、前髪がまきあげられてキャシャリンの瞳をきちんと見つめる事ができた。
ないす、風さん!
初めてキャシャリンの瞳を見れた気がする、いつも前髪が隠してて見えないんだよね。
瞳の色は、茶色がかった黒い色で粒の大きいドングリ型してる。
ん?
辺境の特徴だったりする、コレ?
キャシャリンの黒い瞳の真ん中で、テンパったみたいにキョロキョロ忙しなく動いてる瞳孔は白がかった紫色。
ぜんせでは勿論、今世のやたらと珍しい色の髪の毛や瞳の色をした人にも会ってきたけど、その中でもこんなに変わった瞳孔の色をした人を見た事無かったんだけど!
初めてだよ!
「───リィズ?」
「うん。それ、アタシたち仲良くなるんだから。そう呼んでくれていーのよ?……ふふっ」
キャシャリンと友達になれた気がして、嬉しくなった。
なんか自然と笑みが零れる。
まだキャシャリンは緊張するみたいにテンパってるのか、あううと可愛く声をもらしながら固まってて。
そんなでも時間は無常。
確実に少しずつ時間は過ぎていく。
アタシの声の後ろで鳴り響く鐘が、次の授業の始まりを告げてた。
ヴァリアリアーナ幼年舎は基本的に三時間、お昼を挟んでまた三時間の六時間制。
三時間でお昼を充ててるから、実際はお昼には少し早い時間に昼食を食べる……って訳でもないかな、お昼は、だって食事が出てくるまで長々待たないと出来上がらないし、システムの改善を求めていこうと思う。
ランチに何を食べるか、食券制にするとかして効率をあげる方がずっといいに決まってる。
それが無理なら、給食にしてしまえば一度に大量生産すればいいんだから、無駄に待たないといけない今の昼食の無駄を取り払えると思うんですけど?
給食なら席に座ってるだけで食事の用意をして貰えるんですよ、素敵じゃありませんか、素敵だと思うんですよ、とっても。
「う、……よろじぐぅ。リィズ♪」
キャシャリンはこの辺りではもの珍しい、辺境訛りが聞き取って貰えなくて頼んだ物と違う食事を渡されるんだってー。
うん、何と無くわかる。
そうじゃないかなって、普段の彼女を見てると胸がいたくなる程度にはわかり過ぎちゃうんだってば。
無意識なイジメじゃないかコレって。
とにかく、訛りをどーにかしないと。
それがアタシの悩みの種かも知んないな。
どーするよ?
コレ。
ティルフローズとキャシャリン(?)が友好を深めていた丁度その頃。
大敗を演じた帝国軍は骸となった同胞を連れ帰る暇も与えられることなく、即時撤退を押し付けられた。
ディボタルタ侯爵オーウェンは戦線を後ろへと転じた所で、同タルタ領内の陣幕にて思いがけない吉報を受けていた。
オーウェンは踏み留まってなんとか時間を稼いでいた部隊を、兵をなんとか纏めあげ、しんがりを努めてここまで引き上げて来た。
オーウェン自身の魔術も脱出の一因と言えるが、なにより兵たちの頑張りなくては五体無事、万事無事とかいなかっただろう。
最悪の最低の兵の士気の中、それでもあの戦場でマシな部類の兵たち。
残ったその数は百ていどであったが。
元々、国境警備の任をうけた兵たちだった。
「おお。なんと、ライクルゾール侯爵が辺境の軍と連合軍を率いて駆け付けてくれるのか。本当なのだな?」
伝令を届けた兵は言葉少なに返事をして自信ありげに表情を崩して頷いた。
「そうか。金色の覇竜が果ての東の地から遠征してくれるのなら、何も出来ずこのままズルズルと負ける事は考えなくてよくなったな。後ろの心配は無し。援軍が来る、それまで持ちこたえれば良いだけというわけだ。簡単じゃないか……なぁ、かのライクルゾールから強行軍だと七日、いや十日ていどあれば十分か」
兵を下がらせて、簡素ではあるが頑丈そうな椅子に腰掛け、オーウェンは陣幕の中で思いを巡らせる。
ライクルゾール侯爵と言えば東のお隣の国々と幾度となく戦い、多大な功績と戦功を挙げて長大な領地を治める、爵位は侯爵でありながらも充分に大公や公爵らと競える大貴族のひとり。
歴然とした英雄であるし、強大なカリスマ性をもった生ける伝説というのも頷けるだけの人物だ。
伝書には、そのライクルゾール侯爵の印が捺された正当なものである証しと確かに援軍を送ると共に自身も遠征すると書かれていた。
そんなライクルゾール侯爵とオーウェンは、アンダルネ公爵時代から師弟という関係を含んでもいい仲を続けている。
父と子ほど離れた年齢ではあったものの、オーウェンの才にライクルゾールも心動かさないわけにはいかなかったのだろうか。
そのライクルゾール侯爵の旗印は捺された印紋と同じく雄々しき竜を表すもの。
赤地の布に金糸で見事に刺繍が施された竜は、見る者を震わせる迫力があった。
その大きく開かれた口に、今にも噛み付かれ咀嚼されてもおかしくないほどの立派な牙が並び、長く鋭い爪はいざ引き裂かんと獲物を待ち受ける。
舞うように翳された両翼は、飛び出してきて目の前に現れてしまうかもと思わせる企みが施されているという。
それより数日の後、タルタの地には無数の竜の旗が翻っていた。
ライクルゾール侯爵、その人の到着であり、それはタルタに留まる帝国軍に援軍が来たことを報せるものであった。
生みの苦しみってこういうものだったね……。
キャシャリンが訛ってて聞き取り辛いよって話と、歴史の授業とはティルフローズと相性悪いですよってことを言いたくって。
更に、オーウェンの方もなんとかなるだけの援軍が来たみたいよってことを書きたいだけなのに……取り組んでから2週間くらいかかってるの。
ううむ。ワクテカのワクが最終回だって、悲しい……っても、繚乱居なくなってからは……数えるくらいしか聞いてないんだけどもね