気弱な小さな女の子に転生したらこうなった。
以前、短編を読んだ人もそうじゃない人も……面白くする、努力するから読んでね〜
やー、やー!どうも!
ティルフローズと言うらしいです。
ん……?
あれ……?
なんかこう……
しっくり……
来ない……
アタシってそんな名前だったっけ。
はて……?
「──ティルフローズ、聞いているのか?」
でも、明らかにアタシの目の前のでっぷり腹のデブがアタシを『ティルフローズ』呼びしてきやがるです。
言われたらそうだった気もするし違うよーな気もする、なんだろね?
返事を返して良いものか思案を巡らす。
要するに、
「──12番目ともなると能無しの腑抜けに育てられるらしい。外れクジを俺は引いたかもしれん、クソっ!」
アタシは何らかの12番目で、でっぷり腹のデブは外れクジのアタシを引いた……らしい。
外れ、か。
アタシは外れ……ハズレ?
遠い昔にも聞いた様な気がするなー、何だっけ?どこで聞いたよ?アタシ。
深く考えない事にした方が良いと思ったんで、思考停止。
バカのフリをしてひとまず、有利な情報をデブから貰おう、うん!それがいい!そうしよー!
「──耳が無いのか?おい、ハズレっ!……全く、いくら姫様をめとれても何の旨味もないぞ、こんなバカでは使い物にならん。はぁ、ティルフローズの妹にして置けば良かった……やはり残り物には残り物なりの理由があると言うことか。まぁ……ぐふ、ぐふふ。子種は……くれてやらん事も無い……クククク」
ああだこうだ言ってるけど屑でした、クズ。
耳が腐るわー、ああもう。
デブは肘置き付きの豪華な椅子にどっかり座り、肘置きに両手を乗せて肘置きを指先で弄んでいた。
その指の動きがもそもそ、やらしいの。
あとね、あと……このデブにアタシは嫁いだぽくて腰に巻く薄布1つでデブは椅子に座っている。
服着ろよ。
デブもとい、クズは丸々とした肉のボールみたいな顔で天辺まで禿げあがり、側面と後頭部には茶色の毛がわさっと生えていた。
それと比較しても首から下は毛が生えていない、胸から股間を辛うじて隠す腰布まで毛らしい毛が見えない。
近寄れば生えているのかも知れないけど、近寄って確めたい、とはとても思わなかった。
腕も足もだらしなく太い、筋肉ならまあアリかもしれんが。
……まず脂肪なんだろーなと、解る範囲でデブでクズで禿げ面の……
「我が妻が声無しとはな。王家に忠誠を誓った手前、破棄もしようがないのが、疎まれる。……まぁ、ティルフローズは御飾りと思って、側室でも取るしかない──」
どうやら、このッ!
クズで、デブで、禿げ面の、能無しで、口だけは満足に動かせるオークかウシガエルみたいな歪な生き物はアタシの旦那様、らしい。
いやあ、衝撃の真実!!
て、事も無いけどペラペラペラペラ、アタシが黙ってても独り言だけでアタシを不快にさせてくれる旦那様。
こんなキモい旦那様の呼び方はクズで良いよね?コイツにはそれで充分でしょ。
「側室はド=サンから連れて来ようか、こんなでも姫をめとってはロクな貴族からは来ては貰えんだろうし……うむ、ぐふ、ぐふふ。そうだな、奴等は反抗的だが──それがいい。クックッ」
こうして黙ってると側室が決まっちゃうくらい、クズは自分の世界に浸ってるみたいなんで〜。
コホン!
改めて、自己紹介をさせて下さい。
ティルフローズ・ルヴェ=ゾ・マリュー・ヴェロゼヴァン、11歳。
……もとい、……ティルフローズ・ルヴェ=ゾ・ディボタルタ、11歳。
ええ、どうやら旦那様を戴いたらしいです。
政略結婚とか、少しでも世の役に立てるものならそれで良かったんじゃないかって思うんだけど、クズの言い分じゃアタシ残り物っぽいし、それの可能性が微レ存。
そうですねー、つまりは体の良い厄介払いとかかも知れません。
「──ティルフローズよ、本当に喋れないのか?うーむ、言葉が解らない訳では無いだろう。14人、それだけ女ばかり生めば一人くらい能無しがいるかも知れない。が、姫様だと言え、口の聞けないハズレだとは聞いてないぞ……。っ──クソっ、トレロめ!」
アタシって女ばかり14人も居る内のお姫様の一人だったぽいってのも今……目の前の禿げ散らかした旦那様がいつの間にか自分の世界から出てきて何故か、恨みがましい瞳で見られながら説明を受けてますぞ。
え……えーーー?
ナンテコッタイっ!
どっかで見たと思ったらこの禿げ面、必死な顔でアタシに乙女ゲームを布教して来た同級生の家で見……た……、ん?
同級生ですと、それは何?
あれあれー、おかしいぞー?
アタシは……離宮で育ったお姫様じゃ無いの?
んー、……
んー、何か大事なことを忘れてる様な……
何この、内側から自身が書き換えられてく感覚。
コレは一帯全体なあに?
誰か、……ねえ教えてよ……。
やがてふわふわと夢見心地な意識の海を身1つでしばらく漂い、不思議な薬を飲まされた様な気分のアタシは全てを思い出し、そうなった経緯をなんと無〜く悟るのだけれど。
ちょっと神様、いいかしら?
てめ!
面貸せや!あん?
そうだな、そうだよな……
ああ、可哀想なリズ。
ん?リズってのはティルフローズの極近しい人らからの愛称ですよ?
神様よ?リズ……、アタシが何かてめぇにしたのか?
じゃ、なんで……11なんて若さで、20以上年の離れた無能の産業廃棄物みたいなデブでブサ面で禿げ面と結婚なんてなるんだよ。
ん?確かに。
こんなデブでクズでも家柄は、確りした由緒ある公爵だから申し分無い……んな訳あるかぁー!
周り見てみろって。
街道すら無くてここまで田園風景も、何にもない砂利道を馬車は走ったし、人気の無い見渡す限り赤茶色の荒れ地と遠くまで緑しかない、ほったらかしっぽい山と鬱蒼とした高い樹々が聳え立ってる森だぞ!
こんな……何て言っていいか……。
蝶よ、華よと都の離宮で育てられたリズが、さ。
こんなドが付く何の価値も無さそうな田舎に嫁がないといけない上に、年も全く違う禿げ面のクズと一生涯添い遂げなきゃいけないってよー、どんな罰ゲームなんだよ?人生ハードモード過ぎんだろ〜。
ド田舎だとしてもだ。
せめて年の頃もティルフローズと同じような素敵……とは望まなくてもふつーな王子様に嫁げてたら……アタシって人格はひょっこり顔を出す事も無かったんじゃないの?違うか?
前世です、はい。
アタシって人格はこの体、ティルフローズの前世なんだと思う。
それが解った所で、いつ、どのような死に方をして、ティルフローズと言うお姫様に転生して今の今まで、大人しく眠ってたのかまでは思い出せない。
ヴェロゼヴァン帝国・皇帝、ヴァロヴェス5世の12番目の娘としてティルフローズは生まれた。
うん、それは耳にタコが出来るくらい聞かされた事だった。
ん、リズがだよ、アタシじゃ無いよ。
下世話な侍女達はアタシが形成され書き換えられる前のリズに、繰り返し繰り返し何度も何度でも子供に愚痴を洩らしても、とばっちりは喰わないと思って正妃つまり、リズとアタシのコレ、この体の母親と側室達の悪口をあーだこーだ話して聞かせたんだ。
当然、何度も繰り返される内にリズも薄々は侍女達が話している事の本質に気付いてしまってそれが心の奥で傷になり、重なって澱みや滓みたく積もりに積もって……リズはリズで在る事ですら手離しちゃった……。
そこでっ!
アタシって前世の人格が甦った……はおかしいかな、目覚めた……覚醒した、うんカッコイイ!
リズの心の奥底で積もりに積もった黒い、トラウマめいた心の傷を一遍に、脳裏に焼き付けられる様なこの早送りで人生をリフレインする書き換え作業は、瞳を逸らせるならそらして全てをリセットしたいと思える様なものだった。
───この人生、ちぇんじ!
勿論、瞳を閉じてやり過ごそうともしたんだけど、どーしてもアタシに見せたい誰か……多分、リズ……リズのせいにしとくね。
で、瞳を閉じて見たくないのに、目蓋の裏でも早送り人生の上映会、やってました。
瞳が開いて様と閉じて様と結果、同じ事になっちゃってたってワケ。
面白いじゃない、リズ。
対抗心剥き出しだねー、いいよ?相手になるから、体明け渡して上げるから出てきて話しなさい。
心の奥に潜んでるはずのリズにそうして問い掛ける。
でも、変化は起こらなくて勿論書き換え作業は続くし、リズは姿を見せない。
女ばかりしか何故か生めずに、男を生む事が出来ない母親を侍女達はポンコツ呼ばわりとなんら変わらない言い方で、おべっかという言葉のオブラートに包みながらも、幼いリズに母親であるらしい正妃と側室達の出来を比べる様に語っていた。
母親であるらしいってゆーのもそもそも、ティルフローズは正妃と面会や謁見の場以外で会った事が無いから、うん。
そんな正妃をリズは母親って、なかなか認識出来なかったみたいで。
───認識するの難しいよなー、会ってないんだよ?
そんな相手を、親だっていきなり言われても、だよ。
そんなリズだから、極最近まで別の女性を母親と思ってた気さえするから根は深い。
忙しいにしても、部屋に呼んだりもう少しリズに会いに来れたりしないのかな、正妃、もとい、リズの母親。
今、もの凄いデータ量のリズの記憶がアタシって人格にPCで言うならドラッグ&ドロップされて付け足される。
そんなティルフローズの記憶の中で心がズキズキと痛いのは、侍女達がティルフローズの身の回りの世話を焼きながら毎日聞かせる愚痴。
チャンスは正室、側室共に平等だとか、正室は20年以上も女しか産めてないとか、側室の××(リズが聞き取れて無いよ!)は一度の出産で王子を賜ったとか、女ばかりしか産めない正室では国を弱らせてしまうとか、正室の香水が最近匂うとか、側室には若い者が入ったからババアの正室は役は終わったとか。
侍女がそこまではっきりと言ったかどうか解らない、んと、……はっきり言ってたら結構問題なんじゃないか?コレ、なー。
確かに14人も姉妹居たら、歳は取ってるけど、だろうけど。
口に出して言ったらダメだろ、侍女が。
記憶の中で侍女達の中には、『わたし達にも側室のチャンスあるかも。御父様に言って置こうかしら』なんて言う女の人も居たから、ある程度の貴族の娘か顔の広い商人の娘か知らないけど?
お前ら……リズが優しいから、チクッて無いだけでアタシなら容赦無くチクるからな!
仮にも一国の姫、お姫様なんだぞ。
ティルフローズは。
──リズはこんな思いを抱えて、今まで手離したくても手離せないで生きてきたんだね。
でも……ごめんだけど、引き継いだアタシはこんな産業廃棄物みたいなクズの旦那は嫌だし、ドが付く田舎に籠って一生を閉じるのは耐えられない、ってそっか……リズも耐え切れずに自我を棄てちゃったもん。
11歳、なんだよ。
アタシはなんと無く今よりは長く生きた、生を全うしてたかまでは解んないけど。
それでも11でお先真っ暗になっちゃってどうしようもなく無ったら、そう考えるとリズみたいに心が破綻するか、心の殻に閉じ籠っちゃうかすると思う。
だから、アタシはリズを責めない。
えっとでも、ごめん。
コレは無いわー、この旦那と寝る……うん、無いわー!
抱かれるの想像しただけで旦那の首絞めたくなるレベルで無理、アタシには難易度高すぎ。
どーすっかなー。
まずはこんな何も無いド田舎離れて、都の離宮に帰りてーなー。
離宮では沢山の乳母達に囲まれて暮らしてた。
侍女は棘を持った若い女性ばかりだったけど、乳母達はそれよりかお年を召してると言うか、何より落ち着いてる。
正妃や側室達は皇帝とイチャイチャをいつまでもしてたいもんだから子は生んでも育てない、そんなシステム。
元はずっと、ずぅーっと前の皇帝の作った習わしで、皇帝が妃とイチャコラしたいが為に何もかもをねじ曲げて作った、謂わば悪習の類いと言い切れるんだ。
正妃や、側室の子供は乳母に育てられるから、親の暖かみを解らないまま育つ場合もあるって考えないのかな。皇帝さまは。
まぁ、働く場所として考えると乳母達にとっては、好条件な職場なのかも知れないけど。
とは言え、リズの姉ちゃん達もそうなんだけど皇帝より、正妃と会う回数が少ない感じだった。
そんなだからリズが、正妃を母親と思えなかったわけで。
母親を母親と認識出来ないって、かなり破綻したシステムなんじゃ無い?
とか言ってもリズもお気に入りの乳母の一人くらい居たみたいで、お気に入りの乳母を母親と勘違いしてたくらい。
その乳母と過ごす時だけは、人生真っ黒に染め抜かれるように仕組まれてるんじゃないかってくらい闇、闇、闇だらけのリズなのに、心穏やかに過ごせていたように感じるんだもん、アタシも。
5、6番目の姉ちゃん達はもとより7、8番目の姉ちゃんに比べてもティルフローズは要らない子扱いを受けていた気さえするから、リズがどうしようもなくその乳母に依存していたか、なんと無く共感出来ちゃう。
心の拠り所だったんだ、リズの。
とにかく侍女はティルフローズの抱える闇の栄養源だった。
気付かないまでは、解らないわけで侍女が何か言ってるやー、くらいしかリズも解ってないんだけど、一度理解出来ちゃったら過去の記憶まで遡ってあの侍女が言ってたあれはこう言う事だったのか……的にリズは闇を育てる、誰に言われたワケでも無いのにね。
解ってからもティルフローズは生来の気弱さが祟って言い返せ無い、言い返さず微笑って……でも、内心で泣いて、それが闇に変わって。
リズの泣いているシーンは世界に色が無い。
気付くとある年齢から食事の記憶にも、乳母達に勉強を教わる記憶にも色が付いてなかった。
リズだけじゃあ無いんだけど同じように、上の姉なり下の妹だって側室派から送り込まれた侍女によって精神的に揺さぶりを掛けられてたっぽいの解るんだけど、リズは言い返せないからティルフローズて一個人としてじゃなく安易にサンドバッグか、起き上がる玩具的に侍女にも扱われてるのがインプットされて、自然と泣けてくるぞ?
この国、……内側から腐ってんな。
……正妃は男の子を産めてないから、側室派の方が力持っちゃうってな、どういう了見なんだってば。
まだリズも、アタシも知らないこの国の事情ってのがあるかもだけどさ?
いやまぁ、そんなのいーんだけど虐めになってるのは許さんよ?
離宮で絶対的に強権を振るっていた第2側室がそれとなくリズのお気に入りの乳母を辞めさせたのか、可哀想になリズ。
そんな手回しされてた事に気付いちゃったらショックだわな、どうやら母親認定者だったぽいし。
『どうして、どうして……行ってしまうの?』
『わかって?リズ。……苦しいのよ、わたしだって……苦しいの』
『いやだっ、行っちゃやだよ。お母さん───』
勝手なリズの脳内お母さんなんだけど、依存仕切っていた存在がいきなり、居なくなっちゃったらしばらく殻に籠っちゃってもおかしくない。
『おわかれなの、リズ』
『元気でね、リズ』
『リズ。もう、こうして撫でてあげられなくなるね』
『勝手に危ないことしちゃダメなのよ、もう助けてあげられないんだよ?リズ……』
『リズ……離したくない、離したくない!大切な妹だもの』
『アタシの方が女らしくなっててやるんだからな、リズ!』
その上、優しく遊んでくれてた上の姉ちゃん達も次々隣国やら辺境やら皇帝から離れるように嫁がされて、リズはそうして側室派の矢面に立たされてくのか、……酷いな。
外堀無くされて更に内堀はスッカラカンって感じだったろーか。
もし側室側にアタシがいて、更に出世を望むなら皇帝の娘達は邪魔だろうから、フツーに皇帝からより遠い国へ遠ざけようとするかもだし、間違ってない…………間違ってないんだけど、リズの気持ちになるとアタシは許せないし、……………………許さない!
とにかくリズはいつも一人で泣いてたんだ、黒く、……暗い、……闇の中で───